第19話
アオから目線です。
「研究所にいる研究員は約五百人」
カイは地図を広げて、芯の出てないシャーペンでセシリア研究所を指した。
「五百……」
普段やる仕事とは桁違いの数だ。俺はため息と一緒にその数を口から吐き出した。
「ま、実際俺達が相手にするのはその十分の一なんだけどね」
「五十人? どうしてそんなに数が絞られるの?」
アリアの言うことは最もだと思った。
「研究所は二つに分かれてるんだ。一つは機械関係で表向きの第一研究所。もう一つが……」
「表向きに出来ない第二研究所ってわけか」
俺が続きを言うとカイは軽く頷く。
「これは俺の推測だけど、第一研究所の人間は研究所の裏を知らないと思う」
「確かに五百の人間が研究所の全部を知ってるとは考えにくいわね」
「じゃあ俺らが狙うのは此処か」
トントンと指で地図を叩く。その場所は勿論第二研究所だ。
「その通り。シュウ、大丈夫?」
「あ、うん……」
戸惑い気味なシュウ。そういえばさっきからずっと黙ってたな。
「わからないところ、ある?」
アリアも気にかけてる。ちょっと複雑な気分になったのは気のせいだと思いたい。
「僕なら大丈夫だよ。だから続けて?」
シュウはそれをぎこちない笑顔でかわした。
緊張してるんだろうな。こんな真面目な俺達の会話をシュウは見たことないだろうから。
「……どっちの研究所も常に無休だ。一日中誰かしらいる。第二研究所で何かあれば第一研究所の人間も気付くと思う」
「四百五十人もどうするの?」
「寝ててもらうのが一番手っ取り早い」
「寝る?」
シュウが少し関心を持ったみたいだ。
「そこで登場するのがこれ」
「……何だそれ」
俺はカイが見せてきた白いボールを持った。それは思ったより軽く柔らかい。
「睡眠薬入りのボール。床に思いっきり叩き付けたら爆発して粉が飛ぶようになってる」
「また変なもの作ったのね……」
アリアは呆れる。それもそうだ、カイはこういう発明が趣味。しかも見事に使う気にならないもんばっか。
「カイさんの発明品かぁ……」
あーあ、シュウ本気で尊敬してるよ。
「なぁ、これ本当に大丈夫なわけ?」
俺は思わずそう尋ねていた。
「勿論。試す?」
「……いや、やめとく」
一瞬試そうかと思ったが命は惜しい。
「まぁ、実験済みだから問題ないよ」
「あ、そう……」
もう何も言わないことにした。
「第一研究所はそれで何とかするとして、第二研究所にはどうやって入るの?」
「強行突破……って言いたいけど、流石に無理があるからここの通気孔から入ろうと思ってる。
「カイ通れんの?」
「無理だね。だから三人に入り口の警備員を片してもらって堂々と入らせてもらうよ」
俺の問いにあっさりと言うカイ。
「あの……」
おずおずとシュウが口を開いた。
「どうかした?」
「研究所を潰すって具体的にどんなことするの?」
「そういやそうだな」
さっきからずっと入ることばかり考えていて重要なとこ聞いてなかった。
アリアも同じ気持ちらしい。あんぐりと口を開けて珍しく間抜け面だ。
「機械や装置は全部壊す。まぁこのメイン装置を壊せば全部動かなくなると思うよ」
「最低でもメイン装置は壊せってわけね」
「そういうこと」
その後俺達は一通りの流れを確認して会議は終わった。
「アオ、起きてる?」
その夜、電気も消してベッドで眠りに入ろうとしたとき、不意に隣のベッドにいるシュウに呼ばれた。
「……起きてるよ」
「ごめん、眠たいのに呼んで」
「悪い癖だよな」
「え?」
「すぐ謝るの」
「ごめ……、あ」
言ったそばから謝ってるし。変な奴。
俺は笑いを噛み殺しながら布団に丸まった。
「どうしたんだよ」
ひとしきり笑った後、背を向けたままシュウに聞いた。
「あの、さ」
口ごもり、なかなかしゃべろうとしないシュウ。
もしかして、と俺の中で仮説が浮かぶ。
「怖くなったのか? 研究所潰し」
「違うよ。ただ、お願いがあるんだ」
「お願い?」
シュウが大きく息を吸う音がした。
「僕のこと、忘れないでほしい」
その言葉を聞いた俺はカッとなってシュウにつかみかかった。シュウが死ぬ気だから。
「本気でそんなこと言ってんのか?」
シュウはうつ向いたままだ。
「何とか言えよ……!」
嘘とか冗談だよとか、何でも良いから。
「何も言わない」
「お前、ふざけてんのか?」
「ふざけてなんかないよ。研究所潰しは命を賭けた戦いなんだ」
澄みきった漆黒の瞳でこちらを見ているシュウ。この目には全て見透かされているような気分になる。
「俺らだって同じように命賭けてる」
運び屋はいつだって命を賭けてやってきた。
「それは駄目なの」
「シュウ……一体何言ってんだよ」
目の前の相手が何を考えているのか俺には全く読めない。
「だって、怪我するかもしれない。三人を傷つけたくないよ……」
「まだそんなこと言ってんのかよ。もう決まったんだ」
「心配すんなよ。ちゃんと俺が守ってやるから」
「ありがと」
安心したのか腹を決めたのかはわからないが、シュウはすぐに眠ってしまった。
「はあ……」
俺はというと、眠気はほぼ完全に覚めてしまったようだ。
パジャマのポケットに忍ばせておいた飴玉を口に運ぶ。
「守ってやる、か」
妙な気分だ。誰かを守るなんて今までなかった。
仲間になったから……だろうか。シュウという一人の人間に好感を持てたからかもしれない。
ともかく、俺はこれからも四人でいたい。柄にもなくそう思いながら、俺は瞼を閉じた。