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『路地裏の目』第九話

綻び


夜の駅前。


仕事帰りの人波が、ゆっくりと流れている。


改札の前で、一人の老人が立ち止まっていた。


足が悪いのか、杖をつきながら階段を見上げている。


人は多い。


だが、誰も足を止めない。


その時。


「大丈夫ですか?」


若い男が声をかけた。


隆也だった。


スーツ姿。

ネクタイは少し緩んでいる。


老人が驚いて振り返る。


「いや……階段がな」


「降りられなくて」


隆也は笑った。


「腕、貸しますよ」


軽く老人の腕を支える。


「ゆっくりでいいです」


一段ずつ。


階段を降りる。


周囲の人間がそれを見る。


老人が言う。


「助かったよ」


隆也は笑う。


「いえいえ」


「気をつけて帰ってくださいね」


軽く手を振る。


その姿は、どこにでもいる優しい青年だった。



数時間後。


旧市街のバー。


カウンター。


隆也はグラスを空けていた。


ウイスキー。


三杯目。


隣に女がいる。


若い。


隆也が笑う。


「このあとどうする?」


女が笑う。


「まだ飲む?」


隆也は首を振る。


「静かなとこ行こう」


女は少し迷う。


「ホテル?」


隆也は笑う。


「いや」


「夜景」


その言葉で、女は少し顔をしかめる。


だが酒が入っている。


結局、頷く。



夜。


旧市街。


ビルの屋上。


女が立っている。


風が強い。


柵の向こうに街の灯り。


女が言う。


「寒い」


隆也が笑う。


「夜景、綺麗だろ」


女は少し後ろに下がる。


「もう帰ろう」


隆也は黙っている。


ポケットから煙草を出す。


火をつける。


煙を吐く。


そして言う。


「さっきさ」


「なんで逃げたの?」


女は戸惑う。


「え?」


隆也は笑う。


「キス」


「拒否ったじゃん」


女は言う。


「酔ってるから」


隆也は近づく。


一歩。


女は後ろへ下がる。


柵が鳴る。


金属音。


隆也は女を見る。


しばらく沈黙。


そして笑う。


「冗談だよ」


女はほっとした顔をする。


その時。


屋上の縁。


黒猫がいた。


クロ。


静かに座っている。


隆也の目が止まる。


猫と目が合う。


その瞬間。


隆也の表情がわずかに変わる。


「……」


クロは動かない。


ただ見ている。


隆也は舌打ちする。


「なんだよ」


猫は答えない。


風が吹く。


女が言う。


「猫?」


隆也は煙草を踏み消す。


「帰るか」


二人は階段へ向かう。


クロは動かない。


ただ見ている。



翌日。


警察署。


資料室。


段ボールの山。


内村が書類をめくっている。


窓際部署。


誰もいない。


静かな部屋。


パソコン画面に、地図が映る。


スマホの位置情報。


タクシー履歴。


深夜の移動。


同じエリア。


同じ時間。


隆也の名前が、何度も出てくる。


内村はペンを置く。


「……偶然か」


小さく呟く。


その時。


スマホが鳴る。


非通知。


内村は出る。


「内村」


女の声。


小さい。


「警察……ですか」


「はい」


沈黙。


女が言う。


「ニュースで……」


「屋上の事件」


内村の目が鋭くなる。


「何か知ってる?」


女は迷っている。


「私……」


「見てたかもしれない」


内村は立ち上がる。


「どこで?」


「向かいのマンション」


「動画……撮ってました」


沈黙。


内村の声が低くなる。


「消してない?」


「……まだ」


内村は言う。


「今から会えますか」



夕方。


古いマンション。


内村が部屋に入る。


若い女性がスマホを差し出す。


「怖くて……」


「警察来るかと思って」


内村は動画を再生する。


夜景。


遠くの屋上。


ズーム。


男女の影。


声は聞こえない。


だが


動きが見える。


女が後ろへ下がる。


男が近づく。


手が伸びる。


女が逃げる。


動画が止まる。


女性が言う。


「これだけです」


内村は画面を見る。


男の顔は見えない。


だが。


背格好。


服。


内村は静かに言う。


「……ありがとう」


スマホを返す。


部屋を出る。


廊下。


内村は壁にもたれる。


深く息を吐く。


「……やっぱりな」


ポケットから写真を出す。


隆也。


同じ体格。


同じ髪型。


内村は呟く。


「事故じゃない」



夜。


警察署の屋上。


内村が立っている。


街の灯り。


風。


そこに。


黒猫がいた。


クロ。


内村が言う。


「お前か」


クロは座っている。


内村は笑う。


「……また見てたんだろ」


猫は動かない。


内村は空を見る。


「証人になってくれたらな」


苦笑。


沈黙。


クロがゆっくり立つ。


内村の足元へ歩く。


匂いを嗅ぐ。


そして屋上の縁へ戻る。


街を見ている。


内村は言う。


「まだ終わってないな」


風が吹く。


クロは動かない。


ただ見ている。


遠くの街。


そのどこかに


隆也がいる。


そして


まだ誰も知らない


もう一つの夜がある。


クロは覚えている。


数年前。


同じ屋上。


同じ風。


同じ匂い。


そして


もう一人の男。


クロは静かに目を細める。


夜は、まだ終わっていない。

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