偽装結婚の入り婿です
行き詰っていたのが何とか完成
明日妻になる女性とお見合いをした時友人と……何故か親しくない方たちに同情された。いや、親しくない方たちは俺の状況を楽しんでいたというのが正解か。
曰く、妻には身分違いの恋人がいる。とか。
(まあ、それなら納得)
女公爵として社会的地位のある女性がなんでしがない貧乏子爵三男を気に入って婚約してくれたのか分からなかったし、本当は次男である兄に来たお見合いだったのに押し付けられた時点で裏があると思ったのだ。
こういう場合、男女逆だとお前を愛することはないと言われるのがオチだと物語にはあるけど、男女逆だとどうなるのか。
「――それで、初夜のはずの時間でベッドの上でそんなことを言いだしたの」
「そうですね。やはり、ここは正直な話を聞きたいですし、別に托卵されても構いませんが、知らずにされるのと知らされるのではやはり知りたいというのが心情ですし」
正直者だと言われるかもしれないがそれが本音だ。
「……少なくとも、噂は噂。真実ではないわ」
「ならよかったです」
ここで噂が本当だと言われたら困っていたと胸を撫で下ろすと、
「…………………そこで素直に信じるの?」
信じられないとばかりに見てくるが、本人がそう言っているのだ信じるしかないし、
「そんなくだらないことを偽るような人ではないでしょうし」
女公爵とその婿。貧乏子爵の三男である自分に嘘を言うよりも真実を言って白い結婚をした方があり得るだろうし、こちらが文句を言っても立ち位置的に負け確なのはこちらだ。
「実家の援助もしてもらえる。好きなことをさせてもらえる。浮気とか愛人は持つつもりがないのでその手の不満は浮かばないので、まあ、いいかな」
所詮その程度だ。
穀潰しになる前に騎士になるとかの生計を考えたのだが、騎士には向くほど運動能力はなかったし、ならば学問をと考えたが、何かをなすためにはまず資金。独学でやれるには限度がある。
図書館の本一冊借りるだけで、貸出手数料も必要だし、教師は雇えない。何かにつけて専門の教師に教わっている者と付け焼刃の自分では雲泥の差があった。
そんな自分が幸運にも公爵家の婿入りだ。ならばせいぜい【良い婿】の役割を果たすだけだ。
「――面白い人ね」
笑う声。それと同時にベッドに押し倒される。
まあ、美味しく頂かれたというか頂いたと言うことだ。
入り婿になったからには自分で出来ることをしようと思って領地の仕事などをするが、もともと女領主になることが決まっていたうちの奥さん(?)はほとんど何でもできる方だったので仕事もわずかしかなかった。
かといってその状況に甘えるのは入り婿として問題あるので、何かできることないかと探していた。
「だからと言って、武具の手入れをしなくてもよいのでは……」
鎧を使ってもいいか確認したら、
「この布は捨てるつもりだったのでご随意に」
などとメイドに教えてもらったのでその布で拭いていると護衛に声を掛けられる。
「一心不乱で拭いていると気持ちが落ち着くよ。あっ、人目が気になるのなら場所を移動するけど」
奥さん(?)の悲恋の相手として噂になっている有名な護衛シュナイダーさんに正直どんな態度を取っていいのか分からないので普通に接するつもりで話をする。
「いえ、人目は大丈夫ですね。ユ……専属メイドがこの場所なら構いませんと案内したのでしょう」
確かに専属メイドの案内でここならいいと言われたが、お見通しと言うことか。流石、公爵家に働いているだけある。
「じゃあ、安心だね。――それにしてもここに来てよかったの? そろそろ奥さんの視察の時間じゃなかった?」
護衛がここで時間を潰していたら困るでしょうと尋ねると、
「……時間を把握しているのですか?」
「うん? 当然でしょ。奥さんの仕事は理解していないと」
一応【入り婿】だし、そこら辺は把握しないと。
「いえ、なんで時間が分かったのかと」
「日の長さと影の向き、メイドたちの動き。常に同じ行動をするのは流石だけど、護衛の交代時間は状況で変化した方がいいよ。交代時間や見回りのタイミングを計って侵入しようとすれば出来そうだから」
公爵家を観察していたら気付いたのだが、交代のタイミングである箇所の見張りが手薄になるのだ。あえて作っている隙のような気もするが、念のために。
「………なるほど。ユレイアが推薦しただけはある……」
顎に手をやって、何かを考えこむ姿勢を取る。
「――旦那様」
「うわっ!!」
考え込んでいる護衛の後ろから専属メイドのユレイアさんが現れ、護衛は気配に気づかなかったのか驚いたように声を上げる。
「ああ。ユレイアさん。どうしました」
「アリディアナ奥様から急な変更で申し訳ないが、視察を共に回ってほしいと言われたのでお呼びに参りました。と言うことなので、シュナイダー様。護衛の人数を増やすことは可能でしょうか?」
「あっ、ああ。というか、今日はいつもより護衛が多くて……………わざとか」
シュナイダーさんの言葉に何のことでしょうと首を傾げるユレイアさん。
「じゃあ、また後で会いましょう。――ところでその奥さん呼びは……?」
「あっ、変だった? ユレイアさんが喜ぶと思いますと言っていたからそう呼んでいるんだけど」
「……………………っ!! あいつ」
苦虫を嚙み潰したような顔になっているシュナイダーさんはそのまま去って行く。
「――では、準備しましょう」
ユレイアさんに催促されて外出用の格好に着替えて馬車の所まで向かった。
馬車は快適だった。
「振動が来ない……」
石畳で段差の少ない道。馬車も振動を吸収する仕組みになっているみたいだ。
「すごい。石畳を敷くだけでもかなりの技術と労力とお金がかかるのに道の隅々まであるし、この馬車の技術もすごい」
結婚した時に通った時にも石畳があったが、大通りのみだと思っていた。
「すごいな。この技術力。これだけの石畳を用意できると言うことは職人も多いんだろうな……」
腕の良い職人がいると言うことは職人を育てられる環境が整っていると言うこと。腕の良い職人が育つまでどれだけの時間が使われるのか。その前に仕事がきついと辞めてしまうこともあるし、育つ前に亡くなることもある。
裕福な証でもあり、余裕があるのが分かる。
馬車の方は公爵家だから特別仕様なのかもしれないが、現状維持ではなく新たに開発するという探求心とか向上心のある技術者がいるのだろう。技術者を腐らせることなく好きなように挑戦させるのも上に立つ者の度量だ。
そう言う仕事に誇りを持てる者がいるという環境を作れるのは公爵家の領地ならではと言うことか。
……我が領地は貧乏だから職人は新しいものを購入しないで古いものをちまちま修理している我が家を悲しく思っているだろうな。
「――リーンフィス・ゴルドラータ」
急に奥さんに名前を呼ばれる。
「わたくしはどうやらいい夫をもらったようだ」
「…………?」
意味が分からない。
「分からない。か……。いいだろう。――ちょうど、我が領地の問題を教えれるから」
「………孤児院の慰問ですよね」
視察にいくつか行くがまず孤児院だと聞いていた。それで、問題と首を傾げていたが、すぐに理解した。
……結婚式で会った公爵家の親戚が子供たちに何かを言って、子どもたちが泣いているのだ。
「――ごきげんよう。皆さま。なんの騒ぎですか?」
微笑んでいるが目が笑っていない。
「あら、これはアリディアナさま。いえ、ここに居る者達に自分たちの立場を弁えさせようと…………」
「それで、この孤児院に支給してあった石鹸を奪うつもりだったのですか」
「せ、石鹼!?」
最近市場に出るようになった身体を綺麗にしてくれるモノだ。それがこの孤児院にあるのも驚いたが、それを奪うって……。
「奪うなんて、高級品はそれに相応しい者が使うのは当然で……」
「――石鹸は病気予防に効果あるそうで、病気になりやすい子供たちが使うのは至極当然では」
確かに、孤児院では何もかも足りなくて病気が蔓延しやすい。それを未然に防げるなら使わせようとするのは当然だろう。
「それに、効果が見込まれたら石鹸の製作を今度はこの子らに任せる計画です。先行投資にケチをつけるのか」
それは見過ごせないという言葉に親戚らは慌てている。その中の一人が、奥さんの傍でずっと立っている自分に気付き、
「これは、これは、(お飾りの)婿殿。婿殿も何かおっしゃってくださいよ」
こちらに助けを求める際に心の声もばっちり聞こえたんだけどなと思いつつ、
「孤児院に支給されている物を持っていくのは貴族としての在り方ではないと思いますが」
お前誇りないだろうと言外に告げるとどうやっても思い通りに行かないと悟ったのかすごすごと去って行く。
それを見送ることなくすぐに気になったことを奥さんに尋ねる。
「……石鹸って子供たちにも作れるんですか?」
「最初の発言がそれか。廃油を使えば作れるそうだ。あとは、庭に植えている薬草を混ぜたりアレンジをすればいいとか。使用してからじゃないと実際に作れないだろう」
何がいいのか分からないまま作らせるのもおかしい話だ。
「なるほど」
確かに言えてる。
公爵家の発展の理由が垣間見える。
お金がお金を呼ぶという格言があったが、お金に余裕があるところはそんな冒険に出る事も出来て、冒険の結果がプラスに働くのか。
冒険と無謀は違うから見極めが大事だが。
(そう言えば……)
子供たちと接しながら今更なことに気付いたのは公爵家の親類に会ったからだろう。
答え合わせをした方がいいなと思ったので帰りの馬車に乗り落ち着いた頃を見計らって、
「護衛との噂は故意に流したんですか?」
問い掛けてみる。
「ふっ」
奥さんは笑う。よく分かったなと言うかのように、
「なんでそう思った?」
「そうですね。公爵家は他にもいくつか爵位を持っていそうなので護衛と結婚したいのなら爵位を与えればいいですし、親戚の養子にすれば親戚も恩を売れるとばかりに得だと判断したのにそれをしない。ならば、所詮噂。あえて、流したのではないかと」
確認するように答え合わせをすると、
「……ユレイアの目は確かだったな」
どこか誇らしげに笑って告げると、
「わたくしの父が早逝して、祖父がしばらく代理だったのだが、祖父は自分も長くないと悟ってユレイアという耳目を与えてくれた。ユレイアは、早期に結婚という手段で我が家を手に入れようとする害虫を考慮して、相思相愛の恋人がいると噂を流したんだ」
「それがシュナイダーさん……」
「ああ。シュナイダーなら暗殺という手を出しても無事だろうし、騎士と身分違いの恋を憧れる令嬢も多かった。シュナイダーの家族がいないのも選ばれた要因だ」
「……なるほど」
何でメイドさんがここまでというのか反応に困るが、確かに手を出せない。
「せめて見合い相手でこっちを翻弄しようとした親戚も居たが、シュナイダーと惚気を演じたら引き下がった。あいつは丁度いい虫除けで、その間に我が家を盤石にしたのだが、そうすると今度は噂が足を引っ張って伴侶が見つからないのではと危うんだのだが」
そこで言葉を区切る。
「ユレイアはその手のことも動いてくれて、そちらの次男にお見合いの話を持ち掛けたら噂を気にして逃げる小心者だと読み取り、逃げるだけじゃなくて三男に押し付けるだろう……。全く、あの優秀な耳目のおかげで優秀な婿を手に入れた」
「優秀って……」
どう考えても自分に当てはまらないのだがと首を傾げると。
「なら訂正しよう。――わたくし好みの婿だと」
「こっ、好みっ⁉」
初耳だ。というかお世辞を言う価値もないのに何でここまでサービスを。
「わたくしの意見を頭ごなしで否定せず、公爵家のことで動くのにわたくしの意図を読み取れる……どうもわたくしの婚約者候補はわたくしの財産とか公爵家の地位ばかり狙っている輩ばかりだったから」
貴方は合格よと微笑んで告げられる。
「ちなみにいつ合格点を……」
「初夜。じゃなかったら押し倒さないわよ」
子供のできるリスクは減らしたいからと言われて、あの日のことを思い出して顔を赤らめる。
どうやら、お飾りの婿だと思っていたけど、しっかり恋愛結婚だったようです。
実はユレイアさんとシュナイダーさんは付き合っている。




