「ずっと友達でいてあげてね」と言われたことが忘れられない
経験が死生観を作るという話
小学1年生のころ、友人のAくんと一緒にBくんの家へ遊びに行った。
私がBくんを見たのは初めてだった。
Bくんはいつも欠席していた。
理由は分からない。
けれど、その日にすべてが分かった。
◇
AはBくんに、変形するおもちゃを見せびらかしていた。Bくんは新幹線のレールを繋げて遊んでいた。私はおもちゃを持っていなかったので、ただ床に座ってその光景を眺めていた。
私の真後ろにはキッチンがあった。Bくんのお母さんが忙しなく、カチャカチャと何かを用意する音がしていた。
私がAたちを眺め始めて10分くらいたったとき、背後から、しゃくりあげるような音が聞こえた。
振り向くと、Bくんのお母さんは泣いていた。
「こんなふうに……長生きすると思わなくて…」
「ずっと、友達でいてあげてね」
Bくんのお母さんは私を見てそう言った。
どうしていいか分からなかった。私はとっさに目をそらした。心の中に――今日初めて会ったばかりなのに友達でいいのだろうか――、というモヤモヤとした気持ちが生まれた。
それ以降、Bくんに会うことはなかった。
学校で探したが、どこにもいなかった。
そして気づけば、学校でBくんの名前が呼ばれることもなくなった。
だれもBの話をしない。
たぶん、Bは……。
言葉にできない。
言葉にしたくない。
◇
一度しか会わなかったBは、私の死生観に強い影響を残した。
私は、「連絡を取らない人は、すべて死んでいる」という死生観を持っている。初恋の人も、親友のあいつも、連絡をとっていない人は全員死んでいると思っている。
情報が更新されないという点において、
彼らは亡くなった人と変わらない。
おそらく、Bのお母さんのあの言葉とBの安否が分からないこと。そんな「未来が分からない不安定な人生」という事実と、「自分はなにも分からない」という事実が結びついて、いまの私の死生観になったのだと思う。
そんな、個人的な経験が死生観を作るという話でした。




