第10話「人であるべきか?」
「こちらが、京砂さんの寮部屋です」
扉が開くと視界に入ったのは、寝心地の良さそうなベッド、綺麗な床と壁、さらに太陽の光が入ってきそうな窓、そしてまだ何もかけられていないガンラック。
寮と聞いて少し警戒してたけど、普通にホテルみたいに立派だ。
「できるだけ、この清潔さを保つようにしてください。部屋の清掃係はいませんので」
秘書さんは淡々と説明を続ける。
「洗濯機は通路の先を右へ曲がった場所にあります。洗濯物は各自の部屋で干してください」
一拍置いて、さらに続けた。
「朝昼夕の食事は食堂で提供されます。ただし、外食していただいても構いません」
その時。
僕は疲れていた。
病院から叩き起こされ、そのまま車に押し込められて。
バッジを貰って。
銃を撃たされ。
司令官に挨拶。
———もう一度言おう。僕は疲れていた。
そのせいだ。ベッドが僕に囁いているように感じたのは。
〈さぁ!僕に飛び込んで、身を預けて!!〉
その魅力的な誘惑は…我慢するのには強すぎた。
「説明ありがとうございました!では!」
「お待ちください」
ベッドへと一直線で向かおうとした僕を、彼女が引き止める。
「……なんですか?」
「明日、座学があります。……そこで聞く内容は…相当衝撃を受ける物となるでしょう」
そこまで言うと、彼女は少し視線を落として続けた。
「……ですが、冷静さを失わないように」
「?」
「JCIは……あなた方が考えているような組織では…ありませんから」
そう言って彼女は寮を後にした。
彼女の背中には、何か色々な物を背負っているように見えた。
———重々しい何かが。
———◇———
あれから、1時間。
僕はカーテンの隙間から月明かりが差し込む部屋で、天井を眺めていた。
『JCIは……あなた方が考えているような組織では…ありませんから』
あの言葉は警告だったのか、それとも忠告だったのか。
…あの言葉が眠ろうとするたびに、僕の目を覚ます。
目を閉じれば、今までのことが瞼の裏に焼きついている。
「…寝れないな」
ギシッ
僕はベッドから起き上がると、ベランダに出る。
都会の光に、星はかき消されてるけど…
———綺麗な満月だ。
夜の街は騒がしいけど。
声。
音。
その全てに、それぞれの人生があると思うと、一気に世界が広くなった気がした。
ふと視線を下すと、何か一際明るい物が目に止まった。
「……人か?」
何やら門の前で、7、8人くらいの人々が、JCIの建物へ向けて強いライトを照らしていた。
「化け物は今すぐ立ち去れ!」
メガホンのハウリング混じった、夜を劈くような声が、僕の耳に届いた。
「…デモか」
何度か見たことがある。
JCIの職員を、化け物呼びする人々だ。
守られているのに、化け物呼びされるのは、正直いい気がしない。
それに、もう他人事じゃないし。
「化け物…か」
でも、それは当たっているのかもしれない。
実際…僕はもう、人間じゃないような物だし。
「…寝るか」
他の人が誰も騒ぎ立てないのを見るに、この風景は日常茶飯らしい。
これから…ベランダに出て気を紛らわせることは無さそうだ。
「…せっかくいい景色なのにな」
———◇———
ピピピ ピピピ ピピピ
「うるさい…」
ガン!!
「痛っ!」
寝起きの頭に流れ込んだ鋭い痛みに、僕はベッドから跳ね起きた。
恐らく、僕のためにJCIが用意してくれた目覚ましなんだろう。
———もう少し、優しく起こしてくれてもいいんじゃないか?
「はぁ…おかげで目は覚めたけど…」
中々引かない鈍い痛みに、僕は顔をしかめながら腕をさする。
「今は………8時ジャスト。座学は…11時からだったな」
それまで、ご飯を食べたりしていいらしい。
外食もいいらしい。
まぁ、記念すべき、JCIでの初めてのご飯だし———
「食堂で食べよっかな」
———◇———
食堂は、凄く広かった。
職員が全員収まり切るくらいには。
少し空いている。おそらく、一部は外に食べに行ったのだろう。
結構騒がしいように見えるが、一部は無言で恐る恐る食事を口に入れている。
多分、訓練班の人達だろう。
まぁ、学校じゃああるまいし。
すぐに、『友達になろ!』なんてことある訳ないか。
どうやってご飯は頼むんだろ?
周りを見回すと少し離れたところに、食券機があった。
どうやら、ここは食券制みたいだ。
僕は、机や椅子を潜り抜けて、そこへ向かう。
結構、いろんな種類がある。
カレーとか。カツ丼とか。うどんとか。おにぎりも。
でも、たくさんのボタンがある中、僕の目に止まったのは…
「豚汁定食?」
700円。安い!
———後で思い返してみれば、これを選んだのは正解だったと思う。
———◇———
JCIの座学は、新人職員に向けた、1度きりのイベントらしい。
ここで聞き逃すと、相当後悔する羽目になるらしい。
とりあえず、ノートにまとめておくことにした。
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①体制について。
JCI(Japan Corruption Intervention)は、本部であり、他に2つの支部がある。
1つ目は、CAT(Corruption Annihilation Team)で、可愛い名前とは裏腹に、JCIの加勢や、敵の鎮圧などを担当する部門だ。精鋭揃いらしい。
2つ目は、DOG(Detection and Observation Group)で、こちらも名前は可愛いが、主に腐神をJCIとCATに伝える部門だ。後方で汚染度(汚染区域にどれだけ近づいたかを現す数値)を測ることもあるらしい。
要約すれば、DOGが腐神を見つけて、JCIが向かって、やばくなったらCATが出動という形らしい。
②装備について。
JCIは、(支部を含む)バリア装置とシールド装置という2種類の防御装備を使用しているらしい。
名前は似ているが違う物のようで、バリア装置は、JCI(支部を含む)の職員に配布される制服(戦闘用スーツ)に備えられている物らしく、体を神秘の減少と引き換えに守ってくれる。
シールド装置は腕輪のような形をしており、バリア装置で耐えきれなかった際、もしくは制服を着ていない場合に、体を守ってくれる物らしい。
こちらは神秘を必要としないが、耐久度を回復するのには特殊な充電器を使用する必要があるとのことだ。それに、一応民間への発売も検討しているそうだ。
それと銃だが、やはり榊さんが言っていた通り常に持っておく物らしい。ガンケースに入れて所持することが前提ではあるが。
要約すると、バリア装置が体を守ってくれて、耐えきれなくなったらシールド装置の出番…という形のようだ。
そして、銃は肌身離さず持っておくこと。
ここまでは良かったんだ。
でも…問題はここから。
③コルプト・浄化体・遺物・R'O'L
コルプト。腐神に現れる人間の成れの果て。もしくは出現した化け物。
僕たちはこの敵と主に戦うことになる。
それはみんな知ってた…学校で習うし。
でも、この先からがおかしかった。
浄化体。コルプトには種類が分けられており、そのうちの一つに、概念型という物がある。この種類は特別なコルプトが多く発見されている。
何が特別なのか。
それは、童話。もしくは物語などが集まって生まれた物だということだ。
これらを文字通り浄化することにより、浄化体となる。
浄化体は、JCIの地下に拘束しているという。
浄化体を収容するまで、色々な作業を踏む必要があるらしい。
複雑なため、割愛するとのことだ。
……どちらかというと、ぼかされたような気がしたが。
ここから、さらにおかしくなっていく。
遺物。先程の浄化体から、特定の部分を摘出した物をさす。
人の脳が媒体となることにより、概念を抽象化し、存在させる技術……だとか。
遺物は特殊な力を宿していて、浄化体により、それぞれ全く違う。
人間が使用する際、代償が大きくなるため注意が必要。
現在の技術では再現不可能で、ある研究所で作られた物の残り以外、世界に存在しない。
特に……一番はここだ。
R'O'L。(ロール)
浄化体の概念を抽象化し、人間の脳に注入する技術。注射でやるわけではなく、浄化体と契約をすることにより、注入する。
契約は代償が必要らしいが……どんなものかは聞く気にはなれなかった。
注入し、発現した能力もR'O'Lと言う。
そして、R'O'Lを発現した場合、人ではなくなるため、遺物との相性が飛躍的に上昇する。
そして、人ではなくなるため……必然的に、人権が消える。
そう。人権がなくなる。僕も最初は聞き間違いだと思ったけど……座学担当の人が13回言い直していたのを見るに……事実だと認めざるを得ないだろう。
法律上でも、生物学上でも…人間じゃなくなる。
そりゃ………後で後悔することになるわけだ。
でも、JCI(支部を含む)に所属している間、法律によって最低限の権利は守られるらしい。
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「つまり、永遠に働けってことじゃないか!」
一人の新人の正論が、部屋に響いた。
その声に釣られるようにして、僕はノートから顔を上げた。
「別に、R'O'Lがなくてもいいんですよ?まぁ、死にますが」
『JCIは……あなた方が考えているような組織では…ありませんから』
僕は何を考えていたんだろうか。
それはそうだ。腐神に人間なんかが太刀打ちできるわけがない。
なんで思いつかなかったんだろう?
「今すぐやめたい人がいるなら、家に早く帰ってください。まぁ、いつも大体この座学で、8割ほどが辞めてしまうんですよね」
その言葉が引き金だった。
また一人。また一人と立ち上がり、逃げるように出口に向かった。
最終的に残ったのは……30人にも満たなかった。
「おや?今回は多いですね」
座学担当は、少し驚いたように教室を見回した。
「前回は10人にも満たなかったので」
その言葉を聞いて、もう一人出口に走って行った。
「…言わなければ良かったですね」




