第3章:『王家の魔導書とスパイの紅茶事情』
【1】
深夜、セレスティア魔導学院──禁書保管塔。
誰も近づかぬはずの塔の一室に、影がひとつ、滑るように忍び込んでいた。
「……“アルカナ・オリジン”──王家に伝わる、始まりの魔導書。ついに見つけた」
フードの男が手をかざすと、保管ケースを守っていた魔導結界がバチバチと音を立て、静かに消えていく。
「この学院も、詰めが甘い。あの金髪令嬢が注意を引いてくれているうちに、仕事は終わる……」
男が手を伸ばす、その瞬間。
「ごきげんよう♡ 侵入者さん?」
ぱんっ!と乾いた音と共に、爆煙が舞い上がった。
「なッ──!?」
男が飛び退く。煙の中から現れたのは――
「わたくし、ティータイムを邪魔されるのが何よりも嫌いでしてよ」
ふわりとスカートをなびかせ、黄金の髪を輝かせながら、ヴァイオレット・グランチェスターが登場していた。
「なぜ貴様がここに!? 警戒結界を避けて――」
「ふふん♪ その警戒結界、紅茶が冷めたらアラームが鳴る式に組み換えましたの♡」
「完全に目的が私用!?」
背後からアリアが飛び込んできた。
「ったく……ヴァイオレット様、どこに魔力使ってるのよ……!」
「愛と平和とティーカップですわ♡」
「説明になってない!」
【2】
アリアが鋭く相手を見据え、魔導杖を構える。
「あなた、魔導結界の構成術式にかなり精通してるわね。……どこかの組織の人間?」
「……名乗る必要はない。だが、一つ教えてやろう。“我ら”の目的は――」
「待ってくれ!」
ドアをドゴォンと蹴破って現れたのは、全身ほこりまみれのレオンだった。
「やっと追いついた……! ヴァイオレット様、なんでまた爆発起こしてるんですか……!」
「レオン様、おそいですわ! わたくし、既に三爆発目ですの!」
「回数の問題じゃないです……!」
敵の男は舌打ちすると、結界の一部を崩して逃走を図った。
「逃がすものですか──!」
アリアがすぐさま追いかけようとする。
が、その時。
「みんな、ちょっと待て!」
空中にふわっと浮かぶ、銀髪の精霊──ミル=インクスが現れた。
「結界の魔力痕、そいつだけじゃない。……この塔に、もう一人いるぞ」
「な……!」
【3】
同じ頃。
学院の南塔にて。
「……ふふ、さすがヴァイオレット様。大胆で、華やかで、思い通りに物語を引っ掻き回してくださる」
暗い部屋で紅茶を静かに飲んでいたのは、黒髪に赤いリボンをあしらった小柄な少女だった。
「さて、王家の魔導書を餌に……この学院、そして王都の“記憶”を揺るがす時が、もうすぐやって来る」
窓の外を眺めながら、少女は小さく微笑む。
彼女の正体は、今はまだ明かされない。
だがその胸元には、黒銀の魔導印──クレパスの影の紋章が、はっきりと輝いていた。
【4】
翌朝。
ヴァイオレットは、グラウンド中央に立っていた。
「さあ、アリア。これから防御魔導の訓練ですわ!」
「……自分で爆発起こしといて、今さら守る側!?」
「わたくし、愛と爆発と防御を愛しておりますの♡」
レオンがぼそりとつぶやく。
「今日も平常運転か……」
アリアが呟く。
「むしろ加速しているわ」
学院の影で蠢く闇と、明るすぎる天然令嬢の暴走劇。
そしてその中央には、まだ知られざる“もう一つの魔導書”の謎が、少しずつ浮かび上がろうとしていた――。
※続く