第2章:『なぜ僕は、令嬢の爆発魔法から逃げているのか』
【1】
セレスティア魔導学院の朝は早い。
特に、訓練用グラウンドでは、魔導騎士志望の生徒たちが日々の鍛錬に汗を流している。
「ふんっ……はっ!」
澄んだ声と共に、空気を震わせる剣の一閃。
その中心にいたのは、銀の髪と凛々しい表情を持つ少年、レオン・アルステッドだった。
「へぇ、さすがアルステッド。剣技は一級品ね」
「でも毎日吹っ飛ばされてるって噂、ほんと?」
背後から囁かれる声に、レオンの眉がピクリと動く。
「……それ、たぶん誤解だよ。僕は決して、爆発に巻き込まれたいわけじゃない」
本人は真剣に否定しているが──巻き込まれている事実は否定できない。
その“巻き込んでいる存在”は、言うまでもなく。
「おーっほっほっほ! 爆裂花火の魔導式、完成しましたわ〜!」
訓練場の裏手で、金髪がきらめく少女が高笑いを上げていた。
ヴァイオレット・グランチェスター。通称“爆発する令嬢”。
そして、爆裂花火の魔導式とは──威力と演出効果だけが異常に高く、実用性ゼロの魔導術式である。
「ねぇアリア、この魔導式、将来的には空飛ぶ馬車にも使える気がしますの!」
「いや、空飛ぶ馬車が爆発したら即死なんだけど」
冷静にツッコむアリアの後ろで、レオンが頭を抱えた。
「頼むから……誰か止めてくれよぉ……」
【2】
レオン・アルステッドは、自他ともに認める“普通の努力家”である。
貴族の三男でありながら、地道な鍛錬と優れた魔導適性により、騎士見習いとして将来を嘱望されていた。
だが──運命は、ひとりの令嬢との出会いで狂い始めた。
「レオン様。わたくしの魔導式を実験していただけませんか?」
──そう言われて「いいよ」などと答えたのが、そもそもの敗因だった。
彼は知らなかった。
その一言が、爆発人生の始まりだということを──!
以来、何度彼が空を飛ばされ、湖に落ち、屋根から落ち、パンケーキに埋まったことか。
【3】
「……というわけで、また爆発しましたの」
「説明が軽いよ!? そしてレオンがまだ煙を吐いてるよ!?」
アリアがツッコミながら、魔導回復を施す。
レオンは地面に座り込み、半泣きで問いかけた。
「……なんで、僕、こんな目に遭ってるんだろう……」
「わたくしの可愛さのせいですわね。おーっほっほ!」
「君のその自信はどこから湧いてるんだ!?」
その時だった。
学院の鐘が二度、低く鳴った。
通常とは異なる、警戒を知らせる音。
「……魔導結界が一時的に揺らいだわ。誰か、学園内に侵入したわね」
アリアの目が鋭くなる。
「ヴァイオレット様。もしかして、昨日の魔導書の波動を察知した者が……」
「……まあ。つまり、またわたくしが原因ということですの?」
「「そうだよ!!」」
ヴァイオレットが微笑む。
「では、わたくしたちが解決すれば問題ありませんわね!」
「……嫌な予感しかしない」
レオンがぼそりと呟く。
【4】
その夜。
学院内の禁書区画に、黒いフードの影が忍び込んでいた。
「……“ラクリモーサ・コード”は動いた。新たな契約者……まさか、令嬢か」
影の人物が微笑む。
「面白くなってきた……。ならば、こちらも“始まりの魔導書”を奪わせてもらうとしよう」
静かな夜の帳の中で、影は消えた。
しかしその裏で──
「わたくしがセキュリティを担当しますわ!」
「いや待って、君に任せたらむしろ壊されるって!」
「ミル、トラップ作成をお願いしますの!」
「お前が作らねぇのかよ!」
──予測不能な令嬢軍団が、既に出動を開始していた。
学院の未来やいかに。
※続く