欠乏物資1
ボーイスカウト隊20名は無事に朝を迎えた。
朝、といって良いのだろう。自分たちが知っているような太陽(と思われる)が昇ったのだから。
そもそも異世界が地球と同じように1日の長さが同じ24時間なのか、ましてや昼夜の現象にきちんと規則性があるのかも分からないのだ。
季節の概念も同様である。今は幸いに、やや暑い程度の気温ではあるが極寒の冬が来る可能性もある。
雨にしてもそうだ。「水」が降ると分かっているわけではない。
もしかしたら、この世界の生き物には有効でも、我々には有害な物質が含まれているかもしれないのだ。
それに彼らの手持ちの装備は夏用のものしかない。
長期化する場合はこの辺りも考えていかねばならないだろう。
しかし、さしあたっての課題解決が最優先だ。
水・食料そして住居だ。
ほぼ徹夜組だったのは、康介と蒼真、それに聡だった。
希と真一、百花はすぐに叩き起こせる位置で仮眠をとり、残りのメンバーは、広場の中心に張りなおした本部テントとブルーシートを使った簡易テントの中で眠った。
もちろん、少しでも居住性のいい本部テントの方を女子用にして、簡易テントの方は男子用である。
結論から言うと、結界の持続時間は12時間以上。それ以上は計測中ではあるがまずまずの結果といえた。
一人が発動できる結界数は1つという制限も分かったが、二人同時に発動することも可能。
そして、上班の蒼真が持つスキルで監視が可能という連携体制がとれるところまでは掴むことができた。
注意点としては、範囲を広くすると効果が薄くなるか、ところどころに穴が生じる。
これも、何回か結界を張ったり消したりを繰り返すうちに徐々に精度も上がり、有効範囲が広がることも分かった。
熟練度のようなものが関係しているのかもしれないとひと先ずは結論付けている。
さしあたっての対策としては、康介と聡で二重の結界を張る。
そしてそれを蒼真の「戦略の眼」で監視し、結界の外に脅威がいる場合は「警戒レベル1」
結界が1枚破られた場合は「警戒レベル2」
全部突破された場合は「警戒レベル3」
ということにした。
このままだと、三人は寝る暇がないかと思われたが
徹夜でテストを繰り返す中で、がっつりと居眠りしてしまった康介の結界が消えなかったので、聡でも再現性を試みてみたところ同様に維持し続けたのだ。
そして蒼真のスキルも、先ほどの警戒レベルの条件付けをスキル内に設定することができることが判明し、しかもアラームを鳴らすことができることがわかったので、安心して?眠ることができそうだった。
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「それにしても、一晩徹夜しただけで、あんたたちヒドイやつれようねえ(笑)」
仮眠とは言え、それなりにまとまった睡眠をとれた希は日の出とともに起きてきた。
他のスカウト達もすこしずつ起き始めている。
「スキルの使い過ぎが影響しているって可能性はないの?」
「無いとは言い切れないなあ・・・まあ、いつ襲撃があるかわからない緊張もあるんだろうけどさ」
まだ眠そうな百花の問いに、そう答えると康介はトイレに歩いて行った。
水問題はトイレにも大きく影響する。トイレットペーパーもそうだ。
要するに全体的に物資が足りないのだ。
「全員集まってくれ」
全員起床してきたことを目視で確認した蒼真は、皆を集めた。
「いま俺たちが置かれている状況は、みんな知っての通りだ。」
しんと張り詰めた空気が醸し出される中で、蒼真は話を続ける。
「早急に解決しなければならないことが多数ある。主に物資の欠乏だ。もともと俺たちのキャンプは三日間程度の予定だった。その為の食材と資材しか用意されていない。
水と食料はこれから生き延びるための重要なポイントだ。
この世界に転移する前に汲んでいた水がある程度あると思う。あとで各班のサイトに残っている水の量を調べることが必要だが、この本部広場の水道は、さすがにもう使えなかった。
第一に水源の確保。
次が食料だ。保存のきく食材は手を付けないようにしよう。いざと言うときまで取っておくんだ。傷みが早い食材、生鮮食品や肉などは限界がある。よって本日はそれらをもとに朝食を計画する。すまないが充分な量はないと思ってくれ。
そういうわけで、第二が食料確保。ここまではいいね?」
みな、真剣な表情で頷く。なかには不安に押しつぶされそうな初級スカウト達の顔も見える。
そのことに蒼真は心の痛みを感じつつもさらに話を続ける。
「食料と合わせて、塩も確保したい。幸い今キャンプの資材には袋詰めの塩が2パックあるが、そう長くもたないだろう。
つぎに住居だ。各班の班サイトに張ってあるテントと資材は、すべてこの中央広場に集積する。理由は安全確保のためだ。散らばっていては昨夜のようなことが起きたときに対応が難しい。
しばらくはテント暮らしだと思うが、雨風をしのぐだけでなく安全性も考えて小屋を建てる必要があると思う。」
スカウト達から、ざわざわと私語が出始める。そんなことやったことがないので当然といえば当然だ。
「静かに!私語は控えて!」
見かねた希が、場を締めてくれる。
「そして、各自の技能章スキルの訓練だ。昨夜の襲撃では幸運といってもいいスキルの発動があったおかげで生き延びることができた。
おそらく、これが今後の俺たちの命運を分けることになる気がする。
発動のカギは、ひとによって感覚が異なるようで、うまくコツを伝えにくい部分がある。
しかし、いま発動したメンバーの話の中から共通点らしいものはありそうだ。
イメージするチカラ、想像するチカラといってもいい。これと併せて仲間を守りたいと強く願う心。今のところはそう考えている。」
蒼真は一呼吸おいて、みながこちらを注視していることを再確認して続けて言った。
「スキル訓練は作業をしながらでもチャレンジし続けてほしい。
そして、時間があるときはできるだけ同じ技能章を持つ者同士で、情報共有しながらチャレンジしてもらいたい。ここまでで質問はあるか?」
その問いに、百花と康介が手を挙げる。
「オーケー、では百花さんから聞こうか」
「はい、全体のことはわかりました。具体的に今日の作業はどうすればいいですか?」
「うん、それは今から話そうと思う。康介の質問はなんだ?」
「俺も同じです」
「よし。まず、ここのにある物資で朝食をとろう。献立はこれから考えるので各班長は一緒に倉庫テントに来てくれ。
朝食後は、各班の資材をここに集める。班ごとに行動することは避けて、全員で一気に一つの班の資材を片づけて運ぶんだ。作業中は康介の結界をこの広場に充てて、聡の結界を作業中の班サイトに充てよう。双方の結界をつなげるような接点を、移動経路に割りあてれば安全は確保できると思う。そのあとここに区画を作るので、テントの張り直し作業だな。
撤収作業はいつものような畳み方や整頓はしなくていい。またすぐに使うからね。
張り直しまで含めて、お昼には終えたい。」
そこですっと、真一が手を挙げた。
「その時間ですが、いま俺の時計では7時15分を指しています。皆の時計の確認と調整をしておいた方がいいと思います。俺たちの感覚で18時くらいに日が暮れると考えていたら痛い目に合うかもしれません。昨夜の日の入りを俺たちは経験していないですし」
「たしかにそうだね。よし、俺の腕時計はいま7時16分だ。皆それに合わせてくれ。
他に無いようなら、朝食の準備に入ろう。班長は集合。各次長は班員に指示を出して朝食がとれるように整えてくれるか?簡単でいい」
「「了解しました」」
こうしてスカウト達の、手探りのサバイバルは少しずつ前に進み始める・・・。
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