襲撃2
活劇って難しい・・・
「みんな聞いてくれ!なんでもいい、武器になりそうなものを手に持ってくれ。
倉庫テントにナタやハンマーがあったはずだ」
「蒼真さん、着火安定しました。ほどなく火は大きくなります」
「ありがとう!康介のスキル、ほかに何かないか?」
「そうですね、イメージの中にいろいろあった気がします。もう一度視てみます」
「頼む。使えるものはなんでも使いたい」
蒼真はもう一度全員の声をかけた。
「ここに来る時間は、推定で約6分後だ!初級スカウト達を火の近くに!2級スカウト達はそのまわり。1級以上は迎撃に回ってくれ」
「「はいっ」」
有無を言わせない決意のこもった声。いや、そもそも言える状況ではないのだ。
指示通り素早くフォーメーションを組んだところで、康介が蒼真に声をかけた。
「効果のほどはわかりません。が、『結界』という文字と『火球』という文字が出てきました!」
「野営章でか?」「はいそうです」
「よし!ダメでもともとだ。まずは結界を試してみよう。そのあと火球といったっけ?それを結界と同時に発動できるか試してみてくれ」
「わかりました!」
「他のものは何でもいい、技能章スキルの発動ができないか試してくれ!」
「「はいっっ!」」
「接敵まであと2分!」
皆、倉庫テントからとりだした、思い思いの武器のなりそうなものを手にしている。
むろん、全員にいきわたるナタやハンマーなどない。
ある者はシャベル。ある者は大型の鉄ペグ。中には工作物に使う竹材の端を斜めに切り落として、いわゆる竹槍にしたスカウトもいた。
「蒼真さん!結界はおそらく張れたと思います。火球は同時にできそうなんですが、コツがわからず苦戦中です。」
「わかった!」
蒼真は常時発動させていた「戦略の眼」を確認した。
すると、康介が言っていた結界と思われる線が地形図上に描かれていることを発見した。
「康介!結界の範囲を狭くできるか!?範囲を広くしているためか、もともとそういう性能なのかわからないが、隙間が多い!」
「!?わかりました!」
地形図上の結界線が小さくなっていく。破線になっていた部分もそれに伴い少なくなっていくのがわかった。
「まにあうか?・・・」
完全な結界線になるまで範囲を小さくする速度、正体不明の物体が到着する速度、ギリギリのところだった。
「まにあってくれ・・・」
祈るような気持ちでいたが、7割くらいしか叶わなかった。
完全な結界線になる直前、赤い点の1つが結界の中に入ったのだ。
残り2つの点は結界線の外で止まったようだ。線に沿って横移動を始めていた。
「警戒!ひとつ結界内に入った!あと1分以内にここに来る!」
その緊迫した声に、初級スカウトのうち何人かが、怯えたように泣き始めた。
無理もない。いきなり命の危険を伴う環境に放り込まれ、なんの心の準備もなく、身を守るすべもないのだから。
「っ・・なんとかできないの?私の技能章・・・」
希は何度やっても発言してくれない自分の技能章に、もう一度意識を集中した。
彼女の技能章は、読図章、野営章、野外炊事章、リーダーシップ章、ハイキング章、救急章、看護章、パイオニアリング章、アーチェリー章。
学校の部活が弓道部だったので、似て非なるものではあるが興味本位で取得したアーチェリー章。
明らかにこれが役に立つのであろう。しかし、アーチェリーと矢がなければ意味がないではないか・・・
「役立たずの技能章じゃないか・・・」
希は悔しかった。隊付として皆を守りたい。
蒼真だけに重荷を背負わせるわけにはいかない。
アーチェリーがあれば!矢があれば!
真一も同時に歯ぎしりをしていた。
「武道武術章ってなんかできねーのかよ・・・」
剣道部ということもあって取得できた章だ。
「こんな時に役立ってこそじゃないのかよ」
いま、彼の手元には手ごろな長さの竹材が握られていた。
康介も焦っていた。
自分のミスで、敵?を結界内に入れてしまった。
火球という文字が浮かんだが、本当に出るかもわからないし、ただの火の玉で飛ばなかったらそれこそ意味がない。
康介の手元には投てき用に集めた石があった。
それを手に取り強く念じる。皆を守りたい、と。
「くるぞ」
蒼真が静かに言って指さした。
その方向にある草むらがガサっと一揺れし、黒い物体が姿を現した。
「ひっ!・・・」
百花は小さな悲鳴を開けかけた瞬間、自分で自分の口をふさぐ。
その後ろに1級スカウト、2級スカウト、初級スカウト達が震えていた。
黒い物体、それは四肢で歩き、鋭い牙と爪を持ち、紅い目、漆黒の毛並み、2本の尾を持つ異形の生き物だった。
地の底から響くような低い唸り声をだしながら、舌なめずりをして横に移動を始める。
まるでどれから襲うか品定めをしているかのような態度。
康介は気に入らなかった。なぜか無性に腹が立った。なぜこんなことになった。
なぜ自分は無力なんだ。
「やらせるもんかあぁぁぁぁ!」
渾身の力で石を投げた。投げ続けた。
そのいくつかは異形の生き物にあたっているのだが、微動だにしない。
それどころか、嗤ったように見えた。いや違う。嗤ったのだ。
「くそっ!あっちいけよ!」
投げ続けた石はついに最後の一つになる。それに気づいた康介は必死の形相で叫んだ。
「俺の仲間に手を出すんじゃねぇぇぇぇぇ!」
投てきの姿勢に入った康介の手に異変が起きたのはその時だった。
握った石が砕け、代わりに青白い炎の球が握られていた。
その勢いのまま、康介は全力で投げつけた。
異形の生き物は、驚きの表情を浮かべ、突然のことに反応しきれないまま顔面に直撃を受ける。
そしておぞましいほどの鳴き声の悲鳴を上げて地面を転がった。
「で・・・できた!できたぞ!」
自分自身、信じられないような表情で手を見る康介だったが、蒼真の「まだだ!油断するんじゃない!」という声で我に返る。
そうだ。まだ倒してはいないんだ。
気持ちを切り替え、再度火球を試みる。
あれほど出なかったものが、嘘のように手のひらに再現された。
離れたところからそれを見ていた飛鳥はあることに気づく。
(はじめてスキルの火が出たときはオレンジ色だったはずよね・・・それがあの火球は青白い・・・完全燃焼している証拠かしら)
康介の2撃目は脇腹にヒット。しかし3撃目は外れてしまった。
投てきタイミングを読まれたのだ。
そして連射間隔に間が開いてしまうことも。
そして4発目を手に持ったまま硬直状態となってしまった。
(外したら間違いなくやられる。あいつ飛び込んで来る気だ)
短い時間だったが、康介にはとてつもなく長い時間に感じられた。
その時、「外れてもいいから投げろおぉぉぉ!あとは俺がやる!」
という叫びが聞こえた。
声の主が誰かはすぐに分かった。
その声を信じて、康介はすぐさま火球を投げつけた。
案の定、易々と躱して康介に飛び掛かっていく異形の生き物。
鋭い前脚の爪が一閃する。
やられる!と顔の前に腕を交差して思わず目をつぶった瞬間に、鈍い金属音のようなものが聞こえた。
目を開けると、目の前にいたのは真一だった。
「おまたせ!ついに俺もスキル発動だぜぃ♪」
真一の手には竹材が握られていた。しかし、ただの竹材ではなく薄く光る膜のようなものに覆われている。
それが爪と切り結んでいるのだ。
「さっきの石が砕けて火球になるところを見てな、思いついたのさ。そしたらビンゴ♪持ったものが剣みたいに扱えるらしい」
「こっから反撃だ!いやぁあああああっ!」
真一の気合一閃で爪が砕け、異形の生物はうしろに飛び退る。
「へっ・・・一気にとどめを刺したいところだが・・・」
正眼の構えを崩さず相対する真一だったが、康介は気づく。
「真一、お前っ!・・・」
「ははっ、あいつめ、さがるときに一撃食らわせやがった・・・」
真一の右目の上の額が裂け、血を流している。
「つぎが限界かもな・・・眼に入っちまった」
そうつぶやく真一は、正眼の構えのままスリ足で少しずつ近づいていく。
「真一!火球で援護する!無茶はよせ!」
異形の生物も覚悟を決めたのだろう。低い体勢になり飛び掛かるモーションを見せた。
その時である。
一本の矢が横から異形の生物の頭部に深々と突き刺さった。
そしてそのままゆっくりと倒れて動かなくなった・・・。
あっけにとられる真一と康介。
そのまま矢が飛んできた方向に顔を向けると、
視線の先には「やった!できたあああああ!」と飛び跳ねる希がいた。
「二人の戦いでイメージがわいたの!そしたら手にアーチェリーがでてきた!」
へなへなと座り込む真一と康介。
すかさず、蒼真が「救急箱だ!真一の止血を急げ!」と指示を出す。
百花は、固まって動けない自班の初級スカウトである朽縄 翔と龍崎 響に、倉庫テントから救急箱を持ってくるように指示を出し、自分は真一のもとへ駆けつける。
「大丈夫?傷口を見せて!」
百花は持っていたハンカチで血をぬぐい傷口を診た。
「うん、骨には達してないみたい。頭って派手に血が出るから」
全員、安堵のため息を漏らした。
「ごめんね・・・みんなが戦っているときに、わたしは何にもできなかった」
百花の目からぽろっと涙がこぼれたとき、彼女の手のひらが光に包まれた。
「え・・・なに?スキル・・・生命の守護?」
それは、百花の脳裏に浮かんだ文字だった。
そしてその手の光を真一の傷口にかざすと、みるみるうちに傷口がふさがっていった。
「そういや、俺の場合もなんか出たな、戦闘技術、だったっけ」
「わたしも。射撃精度、だったかな」
真一と希がそれぞれ脳裏に浮かんだスキル名を伝える。
「康介は?どんなスキル名が浮かんだの?」
「お・・・俺のは野営の守護だったかな」
なごやかな雰囲気になりかけたとき、蒼真が厳しい声で全員に伝えた。
「気を緩めるな!まだ結界の外には2体いるんだぞ!康介の結界が破られないという保証はどこにもないんだ!」
そうだった。まだ終わっていないんだ。
皆、気持ちを切り替え立ち上がる。
百花は救急箱を持ってきた二人にお礼を言って、そのまま持っておくように伝え、後方に下がらせた。
「康介、結界の一部をあけて一匹だけ入れることはできるか?」
「はい、出来ると思います」
「よし、希さん。さっきの矢、刺さったやつがいつのまにか消えてるんだけど?」
「うん、どうも実体化するエネルギー体っていうの?そんなものみたいよ?」
「ってことは、何回も撃てる?」
「うん、大丈夫みたい」
「真一、血は止まったか?もう一度行けるか」
「いけるよ蒼真さん。目に入ったのも取れたし」
「よし。すまんが今の俺のスキルでは戦闘ができるものがない。指示を出す。さっきと同じ戦法で一匹ずつ倒していくぞ」
「「はい!」」
「オーケーよ」
「康介の火球で足止め。接近戦になったら真一が迎撃。隙を見て希さんが狙撃。いいね?」
こうして2匹目、3匹目は息が合った連携で危なげなく倒すことができた。
しかし、百花の治療の出番がなかったわけではない。
3匹目のときに康介の投げた火球が爪で払われ、はじけた流れ弾のかけらが蒼真の額にヒットして軽いやけどを負った治療にあたったのだった。
この晩、結界の持続時間を計測しつつ、交代要員の育成が急がれるとあって、野営章を持つスカウトは夜を徹してのスキル練習が続けられたが、発動したのはイーグル班次長の鴇谷聡だけであった。
こうしてスカウト達は、異世界での最初の晩を生き延びたのである・・・
ここまで読んでいただきありがとうございます