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ロスタイム  作者: 皐月裕
1/6

迷子の……

 赤・黄・青・緑・紫・桃・黄。

 目の前にやたらと派手な色使いの街並みが広がっている。私は首を傾げた。

 近くにある四角い建物は一面が真っ赤、一面は青、一面はと、見たことが無いほどにカラフルだった。通りには同じような色彩の建物が多く並び、四角、丸、三角など形も様々だった。道路にも色が付いていて、白いところがない。

――どこ!?

 私は目を限界まで見開いて、辺りを凝視する。十七年生きてきたが、ゲームの中でも見たことの無いような風景が広がっている。じっと見ていると目が痛くなってくる。

――まって、私、何してたの?

 私は必死になって思い出そうとする。こんなユニークすぎる街なんて知らない。少なくとも私が住んでいる田舎町に、こんな派手なアミューズメントパークはなかったはずだ。

 私は頭を抱えて唸る。ここに来る前、私は一体何をしていたのか。

――あ……


 九月の秋空。心地よい日差しを受けながら、()()は颯爽と自転車をこいでいた。濃紺のセーラー服、肩のところで跳ね放題になっている黒髪。風を受けて、膝に掛かるスカートが跳ねる。

 自転車通学をしている真衣は、お気に入りのピンクの自転車でいつもの曲がり角へ向かっていた。

 その角を曲がると小さい頃によく遊んだ公園がある。目玉の遊具はジェットコースターのように長い滑り台。くぼ地を利用した公園で、真衣の通学路から公園に入ると、すぐに滑り台がある。滑り台を降りると、ブランコや砂場といったお決まりの遊具が並んでいる公園だ。

 今日は晴れているから、子供達が大勢いるだろう。真衣は意気揚々と角を曲がった。

 とたん、目の前に銀色の塊が突っ込んできた。焦げ臭い匂いと体が痺れるような熱が走る。視界がぐるぐると回るような激しい動きに頭痛がした。

 遠くで誰かの悲鳴と、救急車の音がしていた。薄れていく意識の中で、真衣は赤くなっていく地面を見た。


――ロスタイム一日目――


「うっそ、ここって……天国?」

 私は天国ってこんな垢抜けたところだったのかと思った。

 ぽっかりと口をあけて、私はもう一度辺りを見わたした。いつもの緑溢れる通学路も、お気に入りの自転車もなければ、病室の白い天井が見えているわけでもない。頭上にはしっかりと空があり、雲が悠然と漂っている。

「て、天国に空ってあるんだぁ」

 私は空を見上げ、気の抜け声を出した。天国は雲の上にあって、空は見られないものだと思っていた。

「天国? おねぇちゃんはさっきから何を言ってるの?」

 頭上からよく響くテノールの声が聞こえてきた。驚いて私は辺りを見わたした。近くにそれらしい人影は見つからない。首を傾げると、もう一度声が聞こえた。

「あ……おねぇちゃん、こっちだよ」

「へ? ど、どこ?」

 私は昔、弟がこんな高い声を出していた事を思い出していた。その頃はまだ「おねぇちゃん」と呼んでくれていたが、今では「姉貴」と呼ぶようになっていた。弟は自分よりも背が高くなり、声も低くなり、意地悪ばかり言うようになって可愛げがなくなった。

 弟を思い出して少し苦い顔をした私は、声のした方を探し、建物の屋根を見た。声の主はそこに座っていた。

「こんにちは。おねぇちゃん」

 丸い突起の付いた屋根の上から少年が、私に向かって微笑んだ。私はぽっかりと口をあけた。

「そっか、ここが天国なんだ」

「え? 違うよ!」

 私の呟きに少年は驚いて身を乗り出した。

 少年は薄ピンクの半そでTシャツに、茶色の半ズボンという活発そうな格好をしているが、腕も足も細く驚くほど白かった。何より目を引くのは、顎のラインで切りそろえられた白い髪。ネコのように目じりのつりあがった大きな瞳の、赤。

「え? だって、君天使でしょう?」

――こんな綺麗な目してる子初めて見た。

 赤々と輝く瞳は、昔、母が見せてくれた宝石のように綺麗だ。私が今まで見たこの無いほど綺麗な容姿の少年だった。

「おねぇちゃん。こっちに来る時おかしくなっちゃたのかな」

 屋根から軽やかに降りた少年は、心配そうな顔で私に向かって歩いて来た。髪と同様に白い眉を垂れ下げて、困ったような顔をした少年に私は心を鷲掴みにされる。

「嘘だ!? 天使でしょ? 天使だと言って! こんな可愛い子が天使じゃないわけが無い! うちの弟だって可愛い時期があったのに! なんでああなった!?」

 この少年に言っても仕方の無い事だとわかっていても、私は疑問を投げかけずにはいられなかった。私は昔から弟をそれこそ猫かわいがりして育てたつもりだが、反抗期にあっさりと打ち負かされた。そのことが悔しいやら、悲しいやらでどうにもやるせない思いを抱いていた。

「お、おねぇちゃん。落ち着いて」

 少年はいきなり騒ぎ出した私から少し距離をとって、「どうどう」と馬を宥めるようなポーズをとった。

「とりあえず、僕は天使じゃないし、ここは天国じゃないよ?」

「……違うの?」

 私はもう一度少年をじっと見つめる。日本人ではまずいない、白い髪と赤い目。綺麗だとは思うが、どこか異質なものを感じた。

「違うよ」

 少年は私を引きつった笑顔で見上げている。私は少年を異質だと思う理由を考えてみる。

――すごく綺麗……ゲームの中の人みたい。

 どこか違うと思う理由はそれだろう。私はゲームや漫画ではよく居る容姿だと、納得する。

――でも……実際にはいるものなのかな? 白髪と赤目って。

 前にそんな話を聞いた事があるような気がしたが、うまく思い出せない。私は首を傾げた。少年は子供らしい生傷一つない姿をしている。弟がよく傷を作っていたのを思い出すと、少し不思議な感じがした。

「えっと、落ち着いた?」

「あ。うん。僕はどこから来たのー?」

 まだ心配そうな表情をしている少年の目線に合うように私はしゃがみ、迷子を見つけた時のように話しかける。

「どこからって……おねぇちゃん、僕迷子じゃないよ?」

「え、そうなの? あ、ところでここはどこ?」

――そうだった、迷子なのは私のほうよ!

 こんな変な街知らないし、トラックに激突されて、どこに来ちゃったんだろうか。

「うーん……天国ではないんだけど、それに近いところかな?」

「天国に近いって、私やっぱり危ないの?」

 少年は首を捻りながら、あやふやな答えをだした。私は事態の深刻さを思い出し、青くなる。もしかしたら、本当に死んじゃったのかもしれない。

「大丈夫だよ。おねぇちゃん、とりあえず僕の家に来ない? ここの事説明してあげる」

 人懐っこい笑顔を浮かべた少年を見て、私はやっぱり天使だと思った。


 私は少年に案内されながら歩いていくと、ピンクで統一された一軒の家の前に着いた。小屋のような可愛らしい造りをしていて、私は蕩けるような目で家を眺めた。

「どう? 気に入った?」

「うん! 可愛い。ここが君の家?」

 少年は玄関の前でくるりと振り返り、満面の笑みを浮かべた。私はその笑みにほんわかしながらもう一度、家を見た。ログハウスのような木製の家だが、色はどこもかしこもピンクで、元の色はまったくわからない。さほど大きくもない家だが、一人二人が住むくらいなら充分な広さだ。

「そうだよ。ほら、入って。中も可愛いんだよ」

 私は少年に手を引かれるまま、玄関を上がった。家に入るとすぐにリビングだった。正面奥には洗面台が少し見え、リビングの隣にはキッチンが見える。階段は玄関の脇にあり、広さは外から見たとおりだった。

 少年の言うように内装も可愛らしい薄ピンクの壁紙、花柄の家具。おとぎ話に出てくるお姫様の部屋のようだと、私はさすがに驚いた。とても小学生くらいの少年が好みそうな部屋ではない。

「ね、可愛いでしょ? 僕、可愛い物大好きなんだ」

 少年は屈託の無い笑顔を向けてきた。私は少し疑問があったが「可愛い」と頷いて見せた。すると少年はとても嬉しそうに微笑んで、スリッパを出してくれた。

「おねぇちゃん、ここに座って! 今、紅茶淹れるからね」

 少年は椅子を引いて私に言うと、楽しそうにピンクのタイルが敷き詰められたキッチンへ走っていった。

――やっぱり、可愛いな。

 ピンクの小物で埋め尽くされたキッチンで、台に乗って紅茶を淹れている少年の後姿は可愛いとしか言えなかった。

 私が弟を猫かわいがりしていた理由もそうだったと思う。ただ単純に、後ろを追い掛け回してくる弟が可愛かった。自分が「おねぇちゃん」なんだって、無意味に頑張れたし、我慢できた。

 私は昔の自分を思い出して苦笑した。私はスリッパを履き、勧められたピンクの猫足の椅子に座った。背もたれに置かれたクッションもピンクだった。私は可愛らしい丸いテーブルの花柄を撫でた。

 よく聞く「おねぇちゃんなんだから、我慢しなさい」なんて言葉は言われたことがなかった。母に言われなくとも自分は弟にお菓子も玩具も譲った。ただ、その笑顔が可愛かった。

 小さい頃の弟を思い出していると、少年が振り返ってトレイを持って戻ってきた。

「はい。ジャスミンティーだけど、大丈夫だった?」

「あ、うん。大丈夫……ありがとう」

 少年がトレイに乗せてきたのは、またもや薄いピンクのカップとポット。少年はソーサーを私の前へ置くと、カップを乗せポットから紅茶を注いだ。

 ジャスミンの香りがふわっと部屋に広がった。少年は自分の分も同じように注ぐと、ポットをテーブルの中心に置き、私の反対側に座った。私は少年の動作に優雅さを感じ、なぜか敗北感を覚えた。

――丁寧にいれればこんなに優雅に、なるものなのかな? そういえば、よく急須で淹れてたな。

 少年の動作に感心した反面、自分にはそんな風に出来る気がしなかった。私は母と一緒になって、家のティーポットは使い勝手が悪いからと、急須で紅茶を淹れていた事を思い出す。コーヒーも同じ要領で淹れるか、インスタントだった。

「どうぞ」

「……いただきます」

 私は促されてカップを口に近づけた。ジャスミンの香りが鼻を抜ける。私はゆっくりとジャスミンティーを飲む。

「どう? 熱くない?」

 一口飲んで黙り込んでいた私に、少年が慌てた様子で聞いてくる。

「うん。あんまりにも美味しいからびっくりしちゃった」

 今まで飲んでいたジャスミンティーは独特な味がして、少し苦手だった。でも、少年の淹れてくれたジャスミンティーは丁度いい温度で飲みやすかった。香りも強すぎず、苦味もほとんどない。私はもう一口ジャスミンティーを飲んだ。それを見て少年はほっとしたように微笑んだ。

「よかった。実は人に飲んでもらうの、初めてだったんだ」

「そうなの? 私こんなに上手に淹れられたことないよ」

 嬉しそうに笑う少年に、私もつられて笑う。少年の笑顔を見ていると自分も楽しくなる。

 私は落ち着いたとたんに、少年の家に来た理由を思い出した。切り出そうと口を開いた私に、少年は真顔になって言った。

「ここはね、夢の中なんだよ」

 それまでの穏やかな表情はまるで違うように思えて、私は乗り出した身を引いた。

「夢? 寝てるってこと?」

「そんな感じかな」

 少年の言葉に頭をめぐらせる。ここに来る前の記憶とつなぎ合わせると、冷や汗が背中を伝った。

――三途の川を見る手前ってこと!?

 私は慌てて立ち上がった。のんびりお茶なんか飲んでいる場合じゃない。

「おねぇちゃん。落ち着いて」

「落ち着けって言われても。このままじゃ死んじゃうんじゃないの?」

 少年は真剣な表情のままでじっと私を見ていた。何も言わずに少年は落ち着いた様子でお茶を飲んでいる。私はそわそわしながら、椅子にもう一度座った。

「うーん……どうだろうね? 僕がここにいるんだからきっと大丈夫だよ」

 暫く考え込んでいた少年は、明るい笑顔で言った。ニコニコと笑う少年は不安なんて抱いていないみたいだった。私はめまいがした。


 私は落ち着こうとジャスミンティーを一口飲んだ。少し冷めていたが、それもまた美味しく、私は一息吐いた。

――本当に、ここが夢の中なのかな。

 味覚もあれば、感覚もある。目の前で笑っている少年も、容姿こそ変わっているが夢の中の人には思えない。なにより、夢を見ているときのふわふわした感覚が全くなかった。

「僕もどうやって帰るのかは知らないんだ。……ねぇ、おねぇちゃん。帰れるまでうちに居てよ」

 私が悩んでいると、少年は身を乗り出して言った。少年は目を輝かせ、期待のまなざしで私を見つめていた。私は特にこれと言って断る理由が見当たらなかった。

「えっと……じゃぁ、よろしくね?」

 私がそういうと少年は「やったー」と両手を挙げて喜んだ。

「よろしく! 僕はロス。おねぇちゃんは?」

 少年――ロス――は楽しげに言い、私の答えを待っていた。私は一瞬だけ、弟とロスの姿が被って見えた。弱虫で、よく自分の後ろについてきていた、幼い日の弟は、ロスとは違う明るさを持っていた。好きなことを純粋に楽しむ、明るさを。ロスはどこか、弟に似ている。

「真衣、だよ。お世話になるね、ロス」

 私が微笑み返すと、ロスもまた、天使のような笑顔で頷いた。

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