第95話 幕間 収穫祭だよ全員集合(準備編)
時はかなり戻り。まだキャサリンとエドガー達がキャッキャウフフしていた頃……
「帰ってきたな」
「はい」
ランディとリズは、セシリアやルーク、アナベルにコリー、そしてハリスンとリタまで連れてヴィクトールへと帰っていた。
全員を連れて帰った理由はただ一つ。
「収穫祭、結構準備が進んでんな」
嬉しそうに城下を見下ろすランディの言葉通り、ヴィクトールで行われる収穫祭へ参加するためだ。
「こんな時期に収穫祭をするんですのね?」
首をかしげるセシリアの言う通り、既に小麦の収穫からはかなりの時間が経っている。ランディが二学期の学園へ旅立った頃には、収穫が始まっていたので、かれこれ二ヶ月くらいは経っているのだ。
「ウチの収穫祭は、どっちかってーと狩猟祭に近いんだよ」
笑ったランディが言うのは、元々小麦などの大地の恵みが少ないヴィクトールでは、冬に向けて少し前から積極的に魔獣や獣を狩っているのだ。
それでも魔の森は危険なため、普通の領民では中々奥まで行くことが出来ない。そこで昔からこの日は、ヴィクトールの領主が主催して、領民へ肉を大盤振る舞いするのだ。
これから冬になれば、どの家庭でも準備してきた燻製などの加工食品ばかりだ。故に新鮮な肉を食える時に食っとけ、と領全体で肉を焼いて食いまくるのだ。そしてこの日から各家庭では冬に必要な、燻製作りにも入る。
ヴィクトールの収穫祭は、祭りであると同時に、越冬に必要な大事な準備の日でもある。
「そ、そんな場所に、私達みたいな部外者が来ても良かったんですか?」
申し訳無さそうなアナベルに、「祭りは大人数の方がおもしれーだろ?」とランディが笑った。
「というのは建前で、準備のための人手が欲しかったんすよね……?」
ジト目のハリスンに、「お前ら男に関してはな」とランディが鼻を鳴らした。事実ハリスンとランディの言う通り、収穫祭は今日の前夜祭から明日の本祭にかけての長丁場だ。
しかもここ数日の狩りは、殆どが領内の小さな村落へ収穫祭用として配給されている。つまり、この領都の住民と、祭りを見に来る領民たちを満足させる肉は、まだまだ足りないのだ。
「よし、久々にランディ探検隊――」
「ランドルフ……お前はちょっとコッチ……」
屋敷の玄関から顔を覗かせたアランが、満面の笑みでランディを手招きしている。
「お前、何やらかしたんだよ?」
ジト目のルークに「し、知らねえし」とランディが口を尖らせた。
とにかくアランに呼ばれては、ランディも無視するわけには行かない。
そんなわけで急遽、ルークとハリスンのみが、他の騎士達と一緒に魔の森に肉を狩りに行く担当に決定した。そこへ、魔の森の魔獣に興味津々のコリーも加わり、肉調達部隊は領についてそうそう、魔の森へと消えていった。
「コ、コリーは大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だろ。ルークもハリスンもいるからな」
ため息混じりのランディが、女性陣を伴って屋敷の門をくぐった。
「ランドルフ……お前、他家のご令嬢に燻製作りを手伝わせる気じゃないだろうな?」
ジト目のアランに、「ンなわけねーだろ」とランディが口を尖らせた。実際この日は、戦える者は狩猟へ、そうでない者は家で燻製作りを、というのが昔からのスタンダードだ。
「それなら良いんだが」
安堵のため息をついたアランが、話題を切り替えるようにもう一度ため息をついた。
「今回はお前が、主役みたいなものだからな。皆に顔を見せてやれ」
笑顔を見せるアランの言う通り、ランディのお陰でかなり領が潤ってきている。冒険者ギルドの支部も出来、冒険者も増えたことで、彼らを相手にする店も増え、住民も少しずつだが増えてきているのだ。
潤った資金で小麦を仕入れ、領民へ安く流通させる事も出来た。つまり今年の収穫祭は、肉だけではないのだ。
住民も「ヴィクトールの若様のお陰」という事は理解している。そんな中で開催する収穫祭なのだ。皆がランディの参加を心待ちにしている事は言うまでもない。
「それで、だ。頼まれていた舞台はほぼ出来てるんだが」
「お、さっすが!」
嬉しそうに笑うランディに、「何に使うんだ?」とアランが眉を寄せた。
「収穫祭だろ? 祭りだろ? なら盛り上がるイベントがねーとな」
ニヤリと笑ったランディの説明に、アランが「お前は…」と言いながらも楽しそうに笑うのであった。
執務室を出た二人の耳には、楽しそうに響く女性たちの声が聞こえてきた。
次はこのチップを使おう、だの。もう少し小さくしないと、だの。
聞いている分には楽しそうで良いのだが、その内容はアランにとっては肝が冷えるような内容だ。慌ててランディと二人で裏庭へと出てみれば、そこにはグレースやメイド達に混じって、楽しそうに燻製作りに励むリズ達の姿があった。
「……ルシアン殿にも、アルフレッド殿にも、顔向けできない」
両手で顔を覆うアランに、ランディも苦笑いしか浮かべられない。まさか大国の令嬢を、それも二人共由緒ある家の令嬢を、燻製作りに駆り出すなど、アランとしては頭が痛すぎる案件だ。
唯一救いなのは
「いい匂いです」
「これってウチの領の豚ですわよね?」
「ええ。伯爵閣下が『祭りと聞いて』って融通してくださったの」
と全員が楽しそうなことくらいか。
「親父殿……諦めろ。セシリア嬢にはやんわりと口止めしといてやる」
苦笑いのランディが、アランの肩をポンと叩いた。その声でランディ達に気がついたのだろうか、リズがこちらを振り返った。
「あれ? どこに行くんです?」
小首をかしげるリズは、両手に肉の塊を持っているという中々見る事がないスタイルだ。
(言えねー。閣下には言えねー)
引きつった笑いのランディが、「ちっと準備の手伝いにな」と楽しそうなリズ達に手を挙げてその場を後にした。これは何が何でも、祭りを盛り上げて燻製作りの思い出を霞ませねばならない。
――収穫祭はどうだった?
――ヴィクトール家の方々と燻製を作りました。
(ないないないない。無理無理無理無理)
「ランディ……」
「わーってるよ。イベントを盛り上げて話題を掻っ攫うぞ」
親子二人、絶対に失敗できない収穫祭の準備へと足を速めた。
☆☆☆
一方その頃、魔の森へと食材の調達へと向かっていたルーク達一行は……
「前方に足跡……それと木々に焦げたような跡……ブレイズラビットの活動域ですね」
魔獣大博士のコリーが、文献で得た知識を元に探検隊で大活躍をしていた。事実コリーの言う通り、気配を感じるルークがそちらに目を向けると、巨大な炎が飛んでくるのだ。
巨大火球を叩き斬ったルークが、その出所へ一気に向かい「森で火を吐くなよ」と炎をまとった様な大きめの兎を突き刺した。
炎の様に揺らめく不思議な体毛を持つ兎。その兎を持ち上げたルークに、コリーは大興奮だ。
「凄い! 本当にブレイズラビットだ!」
文献でしか見たことがない、高位魔獣の出現にコリーは「触ってみても?」とルークへ駆け寄った。
「凄いな……ブレイズラビットは、炎の温度を自由に調整出来るらしいんです。森の奥に住みながら、森林火災を起こさないよう、自分のテリトリーを守れるよう気をつけてるんです。それでも住処は、水分を多く含む樹木の近くに作るらしいですけど。あとは近くに水場があることが多いです」
饒舌に語りながら、「あ。熱くない」と炎の様な体毛に大興奮だ。
「確かに近くに川が流れてたな」
納得するルークの言う通り、ここから近い場所を大河へ流れ込む川の支流が流れている。
「というか。そんな名前だったっすね」
「火ウサギって呼んでましたからね」
ため息混じりのルークが思い出すのは、探検隊の隊長である。ちなみにグレーターリザードやブラックサーペントについても、ランディ探検隊での名称は「トカゲ。黒ヘビ」などの分かりやすいものだ。
ちなみにグレーターリザードより強い、テラゴンと呼ばれる巨大なトカゲも居る。
かつてはあまりの強さに、地竜の亜種ではと言われていたが、近年では竜種ではなく爬虫類系魔獣だとされているテラゴン。それの名前は「でかトカゲ」である。
分かりやすさ優先のランディ探検隊だが、魔獣研究家のコリーからしたら何とも可哀想なネーミングである。
「にしても、馬鹿隊長と比べて出てくる魔獣が事前に分かるのは良いですね」
「そうっすね。若は『お、なんかデカいのが居る』とかでしたから」
苦笑いの二人が言うのは、探検隊初期の頃の話だ。今でこそ気配でどの魔獣か大凡の判断こそ出来るが、探検隊結成当初はザックリした気配探知だ。故に出てきてみたら……
「こ、この傷跡は……グリムベアじゃないですか!」
……顔を青くするコリーの言う通り、凶暴な熊だった。なんてこともザラにあった。
「る、ルーク先輩。ここは逃げましょう。この時期のグリムベアは、越冬の用意で気が立ってます」
声を落としたコリーが、撤退理由を力説する。グリムベアはAランクの恐ろしい魔獣で、普通なら騎士が十人以上で当たるべき魔獣だ。しかもそれが凶暴化するシーズンなのだ。コリーが力説するのも無理はないのだが……
「副長。大物が捕れました!」
……数人の騎士たちが、巨大な熊を引き摺って現れたのだ。
「お、良いっすね。普段の緑グマはちょいと硬いっすけど、この時期はいい感じに脂も乗ってるし、何よりデカいのは正義っす」
楽しそうに笑うハリスンに、コリーが目を点にしている。
「グリムベア……騎士が十人以上……」
驚きに固まるコリーであったが、ルークの「触ってみるか?」の一言に一瞬で復帰。硬い緑の体毛を突いては、「なるほど」とか「これが」と自分の中の知識と実物をすり合わせている。
ひとしきりコリーがグリムベアを堪能した頃、「そろそろ帰るっすかね」とハリスンが大量になった獲物を振り返った。かなり奥まで進み、獲物を持って帰る労力を考えたら、捕れてもあと精々数匹くらいだ。
それなら帰りながら狩ったほうが効率が良い、との判断に全員が頷いて獲物を担いで入口へ向けて戻っていく。
「コリー、道中で魔獣の痕跡を見つけたら教えろよ」
ルークの言葉に、ブレイズラビットを肩に担ぐコリーが「実は……」と進行方向の斜めを指さした。
「薄っすらと見える足跡と、少しだけ光る草……多分ですけど、セレスティアンディアじゃないかと。でもあれって凄く希少で、目撃情報も殆ど――」
「セレスティアン……」
「ディア?」
首をかしげるルークとハリスンに、コリーが「光る鹿なんですけど……」とセレスティアンディアの説明をしている。
「それって。光ジカっすか?」
「多分そうですね」
「光ジカ?」
首をかしげるコリーに、「光ってるシカだ」とルークが苦笑いを返した。
「角も、身体もピカピカに光ってるから、光ジカ。単純だろ?」
笑うルークに、コリーの顔が驚きに染まっていく。
「ほ、本当に居るんですか? 目撃情報が少ない希少魔獣のはず――」
コリーが呟いた時、「シーッ」とルークが腰をかがめて、コリーの口を遮った。セレスティアンディアは非常に臆病な魔獣で、気配を殺すことに長けている。全身が光るのは、求愛行動や怒った時など感情が高ぶる時だけで普段は黒い鹿だ。
薄暗い森に紛れ、気配を殺す魔獣であるが、どちらかと言うと臆病で逃げてしまうことの方が多い。
だから遭遇する機会が少ないのだが、遭遇したなら絶対に狩りたい獲物でもある。
なんせその肉は絶品なのだ。
ハリスン以下全員が、気配を殺し神経を研ぎ澄ますこと暫く……ハリスンのハンドサインで、ルークや他の騎士たちがバラバラと森の中へと消えていった。
かと思えば、コリーの視線の先で、木々の合間が眩く光り輝いた。
「行くっすよ」
ハリスンがコリーの手を引き、光へ向けて駆け出す。そこにいたのは、騎士に囲まれ、光り輝く角を振り回す巨大な牡鹿の姿だ。
「は、初めて見た……」
興奮で顔を紅潮させるコリーの目の前で、セレスティアンディアが更に眩く光り輝いた。
「ま、眩しい。文献の通りだ。セレスティアンディアは、この光で敵の目をくらますんです」
目を覆ったコリーが、「どうするんですか?」と隣のハリスンに声をかけた。
「そりゃ、目を瞑って狩るんすよ」
ハリスンの笑い声が響いたのと同時、ルークが一瞬でセレスティアンディアの首を切り落とした。
「よっし、高級肉ゲットだ!」
ルークの声に喜ぶ騎士達。肉に湧く騎士達と違い、目眩ましから復帰したコリーは、慌ててセレスティアンディアへと駆け寄った。
「凄い。本当に輝いてる。しかも完璧な角まで……」
ブツブツ呟くコリーが、「凄いですよ!」とルークを振り返った。
「文献によれば、角は非常に優秀な回復薬の原料になるらしいです」
興奮気味で捲し立てるコリーに、「回復薬?」とルークとハリスンが首を傾げた。
「かなり加工が難しいのと、失われた古代の知識らしいのですが……」
そう言いながら「惜しいな……何とか再現できないかな」と角をさするコリーへ、騎士たちが笑顔で近づいてきて握手を求めた。
「コリー殿、魔獣の痕跡を見破る彗眼、感服いたしました」
「是非、我が領で魔獣についての教導をお願いしたいです」
口々にコリーを称える騎士たちに、困惑したコリーがルークとハリスンを交互に見た。
「ウチの教導係が、『考えるな。感じろ』とか言うタイプっすから」
「あいつ、首にしましょうよ」
呆れ顔の二人が言っているのが、ランディの事なのだろうと、コリーは何故か理解して苦笑いを返すしか出来なかった。
☆☆☆
「ぃえーっくし! 誰か俺の噂をしてるな」
「馬鹿な事言ってないで、ギルドにも話を通しに行くぞ」
アランに引っ張られるランディは、今も準備に奔走中だ。




