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【書籍1巻発売中】モブの俺が悪役令嬢を拾ったんだが〜ゲーム本編無視で、好き勝手楽しみます〜(旧サブタイトル:ゲーム本編とか知らないし、好き勝手やります)  作者: キー太郎
第三章 カメラとゴーストと教会と

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第90話 聖教会〜崩れ落ちる楼閣〜

 侯爵家によるカメラのお披露目会、そしてその先に続く写真コンテストが盛り上がりを見せる中、もう一つ盛り上がりを見せる現象が起きていた。


「教皇を出せー!」

「上層部は説明をしろ!」


 大聖堂の前に集まった民衆による、教会上層部への示威運動デモだ。


 発端は、些細な写真であった。


 お披露目会の後に開催された『私の好きなもの』コンテスト。その中の一つに大聖堂を映したものがあったのだが……そこに映ってはいけないものが映っていたのだ。


 ――ねえ? この人何してるの?


 小さな子供が気付いた、小さな違和感。


 『空と大聖堂』と題された写真は、一見すると青空をバックにした大聖堂の上半分くらいの何の変哲もない写真だ。だが大聖堂の端も端、窓際に映る小さな人影に、少女が気づいたのだ。


 教皇の私室の窓に映った、明らかに露出の多い女の後ろ姿。


 ――何でこの人、裸なの?


 遠目に見ても半裸だと分かる女性の後ろ姿。女性の顔こそ分からないが、明らかに教会という場には似つかわしくない格好だけはよく分かる。この異様な写真の噂は、瞬く間に王都の住民へと広がっていった。


 ――教皇が私室に遊女を連れ込んでいる。

 ――女神様への冒涜だ。


 もちろん。これはセドリックが仕組んだ罠だ。いや、ハニートラップとでも言うべきか。真実は遊女に扮した侯爵家の影だ。


 娼館好き――調査済み――の教皇へ、派遣型娼館という新たなビジネスモデルの宣伝と称し、遊女に扮した影が私室へと訪れたのだ。そのために中規模の娼館を本当に買い上げ、実際に派遣型娼館を作り上げてまで。


 もちろん身体を触らせたりなどはないが、パフォーマンスという名目で半裸になって教皇を誘惑してみせたのが、あの写真である。


 美女が見せる半裸の官能的なダンスを楽しんでいた教皇は、予想すらしていなかっただろう。それがこうして偶然を装って写真というものに撮られていようなどと。


 大聖堂より高い建物が無いことに油断していたのか。


 とにかく教皇にとっては、クリスという心配事を一時的に忘れられる楽しい時間だったわけだが……その対価は、非常に高いものとなった。


 少女が発見した半裸と思しき人影の噂は、瞬く間に街を駆け回り、何処の誰が準備したのか――セドリックだが――人影をつぶさに確認できるよう、ルーペまで置かれる始末だ。


 しかも事態はそれだけではない。


 『娼館通り』と題された写真の一部に映り込む、枢機卿と思しき太った男性。

 『孤児院の仲間たち』と題された写真の端に映り込む、孤児を叩く別の枢機卿。


 どちらも画角のギリギリ端っこに映り込む形だが、一枚目の写真の効果もあってか、人々はそれを教会上層部の豚だと疑う事はない。


 二の矢、三の矢、と矢継ぎ早に打ち込まれた教皇を始めとした上層部の失態。それを後押しするように、匿名で投げ込まれたのは


 ――教皇に無理やり身体を触られた。

 ――枢機卿に、寄付金が少なければ、身体でも払えると言われた。


 などなど、押さえつけられていた人々の、魂の叫びである。


 もちろん最初の匿名は、セドリックの仕込みだが、それに勇気づけられたシスターや信者の心の叫びが実際に上がってきたのだ。


 完全に黒。


 そんな状況に、怒り狂った信者や市民たちが、大聖堂へ連日押しかけているのである。







「くそ……一体何だというのだ」


 窓の端から外を眺めていた教皇は、外に詰めかけた人々に驚き反射的に顔を隠した。


「おい! 写真とはなんだ! 何であんなものが出回っている!」


 声を荒げる教皇の先には、同じ様に困り顔の枢機卿達がいた。ようやく世間で盛り上がっている写真が、噂とともに彼らの耳に入ったかと思えばこの状態である。


 故に誰も彼もが正確な情報を知らないが、唯一その場に居合わせた騎士の一人が知っていたようで、カメラや写真の存在を教皇たちへと説明した。


「一瞬を切り取る……」

「なんという」


 そのせいで自分達の醜態が白日のもとに晒され、今の暴動へと繋がっている。その程度の理解は出来た教皇達が、分かりやすく顔を青くした。


「き、禁止にしろ! 異端な技術だ!」


 口角泡を飛ばす教皇に、枢機卿達も賛成するように声を上げた。だがそれを聞いていた騎士は苦笑いしか出来ない。


 なんせ、住民がデモまで起こすに至ったのには、街中に流れるもう一つの噂のせいなのだ。


 ――教皇のゴーストが出る。


 死んでもいないのに、ゴーストが出るとはこれいかに。と言いたげな噂であったが、ランディがセドリックにゴーストの真実を話した翌日からジワジワと広まっていたそれが、教皇の醜態を受けて爆発的に広がったのだ。


 その理由は単純で、教会がゴーストという存在を隠すためについていた、〝ゴーストは女神に見捨てられし悪人の魂〟という嘘のせいだ。


 その嘘が人々に定着していた事。

 教皇が聖職者にあるまじき醜態を晒した事。


 その二点が導いたのは


 ――教皇は女神様を裏切ったせいで、生きながらゴーストにされた。


 ランディやセドリックですら予想しなかった、ぶっ飛んだ噂である。二人の中では、『じゃあゴーストって……?』と人々に疑問を抱かせられるかと思いきや、人々は想像以上に信心深かったようだ。


 加えて噂のせいで、本当に教皇っぽいゴーストが誕生してしまった。それも想像以上のスピードで。実際にゴーストが生まれ、多くの人の目に触れてしまった以上、無理筋な噂でも真実のように広がってしまう。


 衆人環視の元、遂に冒険者に討伐された教皇のゴーストに、人々の怒りは頂点に達してしまった。


 曰く、悪魔に魂だけ抜かれただの。

 曰く、既に悪魔が成り代わっているだの。


その原因は、写真に映っていた不埒な行為のせいだ、と。


 教会が広めた嘘が、教会上層部を裁きに来ているなど、教皇や枢機卿は知らない。


 信者達も教会騎士も、上層部へそんな噂など話せるわけがない。そのせいでゴーストが誕生し、討伐までされたのだが、そんな事など口が裂けても言えるわけがない。


 とにかく噂を知らない教皇達は、我慢の限界と、ついに強硬手段へと出ることにした。大聖堂前に詰めかける市民達へ、カメラや写真が禁忌の技術である――確かに禁忌と言えば禁忌だが――と触れ回る事にしたのだ。


 大聖堂内に詰めていた教会騎士達を呼び集め、固く閉ざされた門の前で教皇が大きく深呼吸をした。


 ドンドンとノックされ続ける大扉を前に、教皇は集めた教会騎士を前面に押し出した。


「良いか。奴らは異端だ。もし儂に危害を加えるような不逞の輩が居た場合は、即刻叩き斬れ」


 とんでもない発言だが、教会騎士たちは教皇を始めとする上層部を守る役目もあるため従わざるを得ない。それでも彼らの多くが、乗り気ではない事は明白だ。


 そんな事にも気付けない教皇が、「では、いくぞ――」と教会騎士の影に隠れながら、大扉を閉じていた巨大な閂を開けるよう指示した。


 大きな音を立てて外される閂。

 その時には、不思議と外からドンドンと叩いていた音も止み……静かな中ゆっくりと開かれた扉から、一筋の光が教会内部へ差し込んだ。


 それはまるで女神からの福音のようで、光に導かれるように教会騎士も、教皇達も堂々と大聖堂の外へと踏み出した。


 そこにいたのは……


「教皇、レオナール・スピテオ。及び正教会枢機卿四名。国家転覆の容疑で逮捕する」


 ……まさかの王国騎士団と憲兵達であった。教会が開くのを確認した王国騎士団が、住民の間を縫って前面へと出たわけだが、集まった住民たちもまさかそんな理由で騎士団が来ているなど知らなかった。


 故に騎士を率いる隊長の言葉は、この場にいる全員にとって寝耳に水の言葉だったわけで……周囲に詰めかけていた人々も完全に沈黙し、そして波が広がるようにその発言が伝播していった。


「国家転覆?」

「教皇が?」


 そこかしこから上がる疑問の声に、ようやく我に返った教皇が、「な、何の話だ!」と口角泡を飛ばしながら前へ躍り出た。


 怒鳴り散らす教皇に、令状を持ったままの騎士がため息を返した。


「よくご存知だと思いますが?」


 それ以上言わない騎士の、馬鹿にしたような態度に教皇が大きく眉根を寄せた。


「貴様。私が偉大なる女神様の信徒と知っての発言だろうな」


 凄む教皇に同調するように、その場に居合わせた枢機卿達も「そうだ、そうだ」と声を上げ始めた。


「女神様の信徒、ですか……。私室に遊女を連れ込むような俗物が?」


 小馬鹿にしたような騎士の態度に、教皇の顔面が怒りで紅潮する。


「まさか騎士ともあろう人間が、写真などという異端の存在を信じているのか?」


 怒りながらも、悪い顔で笑う教皇が、「聞け!」と大声を張り上げた。


「写真など、まやかしである。あれは悪魔の囁きだ。禁忌の悪魔が作り上げた、呪われし技術だ」


 禁忌の魔女が制作に関わっている事を考えれば、その一点は間違いではない。


「あんなものを信じていては、悪魔に魅入られてしまうぞ!」


 勝ち誇った表情で声を上げる教皇が、「儂はそもそも女などに興味はない!」と言い切って胸を張った……その時、教皇が何かに押されるようによろめき、同時に胸元あたりから複数の写真が落ちた。


「え?」

「は?」


 今の今、「写真は悪魔の技術」と言っていたくせに、胸元から写真を落とした教皇に、全員の視線が集まった。


「な、なんだこれは? 儂は知らん――」


 慌てふためく教皇だが無理もない。透明になるマントで、あの場に潜入していた侯爵家の影が、教皇を押しタイミング良く写真をバラ撒いただけなのだ。


 もちろんそんな事を知っているのは、侯爵家の人間だけ。何も知らない騎士の男が、落ちた写真を拾い上げ、「なるほど」と頷いた。


「確かに教皇様は、〝女〟には興味がないようだ」


 鼻で笑った騎士が見せたのは、筋骨隆々の半裸の男だ。その正体は、顔を隠して撮ったランディ、ルーク、ハリスンの上裸写真であるが、それを知っているのも侯爵家の人間だけだ。


 顔こそ隠れているが、鍛え抜かれた筋肉は、確かに男性でも憧れを抱くレベルのものだが、そんなものに心底興味がない教皇からしたら……


「馬鹿な! 儂が好きなのは豊満で若い女――」


 ……思わず口走ってしまった。教皇が慌てて口を塞ぐがもう遅い。語るに落ちるとはこのことだが、詰めかけた住人に聞かれてしまっては、自分であの写真を認めたようなものだ。


 しかも写真を持っていた、という事実も残る。なぜ半裸の筋肉を、という疑問は既に隅に追いやられ、写真を持っていた、女が好き、という事実だけが残る。


 完全に自滅した教皇を前に、騎士がため息をついて「捕らえろ」と後ろの部下たちへと声をかけた。同時に教会騎士達へ令状を突きつけた。


「中を検めても?」


 国王の印があり、トップの教皇はもはや虫の息。加えて枢機卿達も捕らえられた今、一端の教会騎士がそれを拒むことは出来ず、ただ黙って頷くだけだ。


「全員、中を検めろ。王太子暗殺未遂の証拠だけでなく、今までの不正の証拠も全部集めるんだ」


 わざとらしく、王太子暗殺未遂を口にした騎士が、部下と捕らえた教皇達を伴って大聖堂の中へと消えていった。


 若干の沈黙の後、大聖堂の前は今日一番の騒ぎを見せていた。







 そんな大騒ぎを、近くの屋根の上からランディ達は眺めていた。


「ここまで上手く転がるとはな」


 前世での炎上騒ぎを知っているランディをしても、これだけ燃料投下が綺麗に決まった事案はあまり見たことがない。しかも自爆するという高度な燃料投下まで見せてくれたのだ。


「全く……上裸の写真を撮らせてくれ、って言われた時はどうしようかと思ったが」


 まさかあんな形で使うとは、ランディとしても驚きを隠せない。


「【銀嶺の貴公子】か。天才の名に偽りなし、だな」


 苦笑いのルークに「あの人はバケモンだよ」とランディも苦笑いを返した。今そんなセドリックは、セシリアとリズを招いて侯爵家の王都別邸でお茶を楽しんでいる頃だろう。


 現場監督を部下に任せ、それでもこの作戦の完成度だ。


 スキャンダルを作り上げ、それをばら撒き、最後は自滅を誘うダメ押しまで。完全に罠に嵌めた形は、褒められた方法ではないだろうが、現代日本を知っているランディでも舌を巻く手練手管だ。


 教皇の身から出た錆と言われたらそれまでだが、それを可能にしたのは偏にセドリックの柔軟性だろう。


 本来なら、ダメ押し前に教会がひた隠していた真実を突きつけるつもりだったが、噂が予想外の場所に転がった事と予想以上に早い火の回りに、勢いのまま国を突っ込ませたのだ。


 恐らく今日の流れも、幾つものシミュレーションを用意していた事だろう。その一つに、ランディやルークの上裸写真があったというわけだ。何とも恐ろしい男である。


「これ、ゴーストの真実ってどうするんだろうな」

「そりゃ国が責任を持って発表するだろ。教皇の裁判で」


 呟いたランディの視線の先では、未だに大聖堂の前で騒ぐ市民が映っていた。


「まあ真実が出回って、『あれ? じゃああのゴーストは……』ってなっても問題ねえしな」

「そういう事」


 二人が言うのは、これから裁判が進み、ゴーストの真実まで明らかになった所で、先のゴースト騒動が、結局その真実を裏付ける結果になる、という事だ。


 噂が象る……だから、悪いことをした教皇の噂でゴーストが現れた、と。ならば王国の言っている事は真実で、教皇達は今までそんな部分でも自分達を騙してきたのだ、という怒りに変わるだけだ。


「んでも、始めに噂を流したやつは誰? ってならねえのかね」


 ため息混じりで大聖堂前の騒ぎを眺めるルークに「ならねーよ」とランディが鼻で笑った。


「大多数が知ったのは、写真の一件からだ。その前に静かに流されてたデマなんぞ、大きな渦に飲まれて、もう既に流れ始めた時期すら不明だろうよ」


 頬杖をついて騒動を見下ろし「炎上ってーのはそんなもんだ」と呟いたランディの瞳には、燃え上がるような市民の怒りが確かに映っていた。

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