第260話 雨降って地固まる
ルークへ迫るリヴィア達。
だが今回は真っ直ぐではない。
的を絞らせないような、蛇行する動きで距離を詰めてくる。
不意に一人が姿を消した。
緩から急――
真後ろに現れたのは、AかBか。
とにかく振り下ろされる一撃を、ルークが振り返らずに、受け止めたその時。
目の前にはもう一人の切っ先が迫っていた。
迫る切っ先……に、ルークは目の前のリヴィアAへ前蹴り。
ルークの蹴りに合わせ、リヴィアAは〝く〟の字で後ろへ跳びつつ、剣をその場に残していった。
残された剣は、突きの慣性のままルークに襲いかかる。
咄嗟に顔を逸らしたルーク。
ルークの右耳を掠め、後ろへ逸れた剣……を、未だルークの後ろで宙にいたままのリヴィアBが逆手でキャッチ。
左手の剣でルークの剣を防御に抑え込み、
受け取った右逆手の剣が、下からルークの背中へ襲いかかる。
迫る刃にルークが、左足を軸に反転。
リヴィアBに向き直る形で、切り上げをやり過ごした。
切り上げを空振ったリヴィアBは、空振りの勢いのまま剣を放り、剣はリヴィアAの手の中へ。
その間に距離を取っていたルークが、「フー」と大きく息を吐き出した。
「……剣士同士の戦いで、使いたくはなかったんだが」
ルークがゆっくりと魔力を練り上げた。
「ビックリドッキリ技は、お前だけじゃねえぞ」
ルークがその場で剣を振る。
すると剣先から魔力が放たれ、風の刃となってリヴィア達に襲いかかった。
とはいえ真っ直ぐ跳ぶだけの剣閃。
リヴィア達は、一人は受け止め、一人は回避のために飛び上がった。
「残念」
飛び上がったリヴィアBの真上に、ルークの姿。
相手の動きを先読みした回り込みに、リヴィアBが慌てるがもう遅い。
回転も加えたルークの一撃に、リヴィアBが地面へ叩きつけられた。
リヴィアBが地面に跳ね、飛沫を上げた時、未だ宙にいるルークの真後ろにリヴィアAが現れた。
剣を振り抜き、完全に死に体になったルーク。
だがリヴィアAを振り返る事なく、ルークはただ左の掌を彼女へ突き出した。
ルークの手から放たれた風弾が、リヴィアAを弾き飛ばす。
吹き飛んだリヴィアを振り返る事なく、ルークが着地。
飛ばされたリヴィアAも宙で受け身を取って、ルークに遅れて着地した。
丁度立ち上がったリヴィアBとルークを挟む形だ。
二人のリヴィアはルークを警戒している。ルークの魔法がかなり厄介なのだろう。
無理もない。ルークのこれは、対ランディ用の戦い方で、ルーク本人としても、剣士相手に使いたい戦法ではないのだ。
だがそうも言っていられない。本調子ではないとはいえ相手はリヴィア二人。純粋な剣術だけでは追いつかない、と魔法まで用いた形振り構わない攻撃と防御は、既に本気といっていい。
ゆっくりと距離を測った二人が、同時にルークへ襲いかかる。
ルークが地面に剣を突き立てた。
その瞬間、足元に溜まった水が、氷となってリヴィア達の足元を狂わせた。
よろめいたリヴィアBへルークがその場で剣を振り、風の刃を飛ばす。
と同時に、ルークは横薙ぎの勢いで反転。
氷を滑るように間合いを詰めて、リヴィアAへ斬り掛かった。
交わる剣と剣。
踏ん張りの効かない足場に、リヴィアAが吹き飛ぶのだが、ルークも思わず足を滑らせ転がった。
「っつー。やっぱ氷は駄目だな」
頭を擦りながら起きたルークの前で、二人のリヴィア達も立ち上がる。
再び始まる攻防だが、リヴィア達もルークを警戒した動きへとシフトしている。
そこからは本気の攻撃の応酬だ。
剣が閃き、雨粒を弾いて、魔法が空気を震わせる。
姿を消した三人だが、宙で、地で、衝撃が雨粒を弾いて飛沫に変える。
何度目かの衝撃の後、三人が滑るように地面に現れた。
飛沫をあげ地面を滑る三人。
復帰が早かったのは、二人のリヴィアだ。
未だ滑るルークへ、二人が足元を弾けさせて迫る。
リヴィアAのジャンプ斬り。
体勢を整えたルークが受け止めた瞬間、背後にリヴィアBが現れた。
「チッ」
舌打ちとともに、ルークが左足を踏み込む。
足元の水たまりがせり上がり、氷の槍がリヴィアBへ襲いかかった。
迫る氷をリヴィアBが斬り捨て……豪雨の中に氷の粒が煌めいた瞬間、それらを破ってルークの蹴りがリヴィアBを吹き飛ばした。
吹き飛ぶリヴィアBを他所に、リヴィアAが剣を引き戻しルークへ連撃を繰り出す。
それらを受け止めるルークが、左手に魔力を込め、一瞬の隙をついて掌底と共にリヴィアAへ叩きつけた。
弾けた風弾が、リヴィアAの身体を大きく吹き飛ばす
三人とも完全に本気だ。最早手加減など出来ぬ、だが彼らが何度も激しくぶつかり合う度、少しずつリヴィアを纏っていた黒い闘気が霧散していく。
不意にリヴィアの動きが止まり……
「あ、あああああ、あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!」
……何かを開放するかのように、天に向かって咆哮を上げた。ルークの真後ろにいたリヴィアBが姿を消し、そして始め同様、鏡合わせのようにまた現れた。
今までとは違う。傍目に分かるその雰囲気に、ルークも大きく息を吸い込み、剣を握り直した。
「さて……大詰めかな?」
ルークの疑問に応える者はいない。
足元に波紋を残してリヴィア達が姿を消す。
ルークに迫る剣。
それを迎え撃つルーク。
三つがぶつかった時、雨粒が弾けた。
それが連続して起きる。
リヴィア達の猛攻をルークが受ける。
何かを振り払おうとする、単純で力任せの一撃一撃だが、素直な攻撃はルークにとって受けやすい。
しかも受ける度、返す度、リヴィア達の身体が、剣閃が一つに重なっていくのだ。
気がつけばリヴィアは一人に……だがその剣速と威力が途端に上がった。
腹の底に響くような一撃に、ルークは笑みをこぼして逆に一撃を返した。
お互い一歩も退かぬ、必殺の間合いでの斬り合いは、いつしか二人の間に衝撃波のドームを作り出した。
豪雨すら寄せ付けぬ二人の剣閃。
二人を中心に、雨粒がことごとく弾け、二人の立っている場所だけは雨が降っていない。
その攻防がしばし続き、二人が同時に斬りあった瞬間、中央で剣がぶつかって止まった。
一際大きな衝撃波の後にくるのは、思い出したかのように二人を叩く豪雨だ。
どちらともなく間合いを切った二人が、再び向き合って笑う。
「打ち勝ったみたい、だな」
「あれ? はははは……ほんとだー」
気付いていなかったのか、いや恐らく精神の中で剣を振り続けていたら、そのまま現実に繋がった形だろうか。
苦笑いのリヴィアが、これ以上は意味がない、と構えを解こうとした時、ルークが「おい」と声を掛けた。
「……なに?」
「まだ終わってねえだろ」
ニヤリと笑うルークに「終わって……?」とリヴィアが首を傾げて繰り返した。
「ったりめえだろ。ユリウスの土手っ腹に風穴開けたんだ」
その言葉にリヴィアの肩がビクリと震えた。
「ホントはユリウスの仕事だけどよ……暫く無理そうだから、俺が変わりにお仕置きでボコボコにしてやるよ」
剣を肩に預けたまま「ユリウスがドン引きするくらいにな」と笑うルークに、リヴィアも「は、ははは」と笑い声を上げた。
ルークならここで終わりにしても、いいはずなのに。
それなのにまだ剣を突き合わせるという。
それもリヴィアが抱いた、ユリウスへの後ろめたさを帳消しにするために。
口調こそ荒いが、ルークの見せた優しさに、リヴィアがゴシゴシと目元を拭って剣を握り直した。
「良いの? 今のリヴィア、すっごく強いよー?」
「抜かせ。そろそろ大海の広さを教えてくれって」
ニヤリと笑ったルークに、リヴィアが「おっけー」と笑顔を見せた。
「ルーカスって、いい男だよねー」
「知らなかったのか? 俺は世界一のいい男なんだよ」
ニヤリと笑ったルークに、リヴィアは「ユリウスの次だから、世界で二番目だねー」といつもの悪戯っぽい笑顔を見せた。
最早切り結ぶ必要など、ルークに命をかける必要などない。だがリヴィアの為、友の為に命を張っている。そんなルークの優しさに、リヴィアは小さく「ありがと」と呟いた。
「楽しかったけど、ちゃんとユリウスにも謝らないといけないから」
リヴィアが剣を霞に構える。
「隣のベッドでな」
ルークは居合でもするかのように、剣を抱え込んだ。
お互い構えだけで、やりたいことが分かる。最早言葉は要らない、と二人がその笑顔を獰猛なそれに変え、睨み合う。
激しかった雨もいつの間にか雨脚を弱めてきた。それでもシトシトと降る雨が、二人から雑音を奪っていく――
永遠とも一瞬とも思える睨み合い。
曇天が最後の悪あがきのように瞬く――
二人が同時に動いた。
一瞬で零になる彼我の距離。
先に踏み込んだのはリヴィアだ。
霞からの神速の突き。
雷光を思わせる突きが、ルークの人中※へ。
※鼻と上唇の間。
その一撃に、ルークは深く潜るように踏み込む。
ルークに遅れた髪の毛を、リヴィアの切っ先が数本斬り裂いた。
だがルークにしてもこの距離は近すぎる。
抱えた剣を横に振るには、近すぎてダメージが通らない。
そんな距離への踏み込みに、リヴィアの思考が一瞬だけ止まった。
それが勝敗を分けた。
ルークは剣を振らず、真っ直ぐに突き出した。
リヴィアの腹部にめり込む柄頭。
「ご……ふっ――」
リヴィアが口から血と苦悶の声を絞り出し、同時にルークの頬が僅かに裂けた。
膝から崩れるリヴィアが、「は、ははは……」と笑顔を浮かべて前のめりに倒れた。
「……深すぎるよー。井戸の、底って……」
「大海も、思ってたより広かったな」
「そっか……そりゃ、よかっ……」
笑顔を見せたリヴィアが気を失い、目を瞑ったのとほぼ同時、遠くの海に晴れ間が見え、陽の光が差し込み始めた。
「紙一重、か。大海……思ってた以上に広かったな」
リヴィアを一瞥したルークの目の端には、フリードに肩を借りて手を挙げるユリウスが映った。
雨はいつの間にか止んでいた。
☆☆☆
一方その頃……砂浜でも、アーベルとクロムの死闘に決着がついていた。
「ふー。まさかマントを脱がないと駄目だとは……」
砂にまみれ、泥だらけになったマントを見下ろしたアーベルが、「やっぱり大海は広いね」と倒れたクロムへと視線を移した。
完全に勝敗が決した事で、残っていた帝国兵も降伏を示すように、一人、また一人と武器を放り投げた。
既に海戦のほうも、旗艦を失った帝国軍がバラバラと敗走を始めている。
つまり西側からの脅威を、この手勢だけで撥ね退けたのだ。
歴史に残る快挙に、ハートフィールド、ガードナーの騎士や兵士達が歓声を上げて抱き合った。
湧き上がる歓声を尻目に、コンラッドは補佐でもあるロベルトを連れて、アーベルを始めとしたヴィクトール騎士隊のもとへ駆け寄った。
「ハートフィールド騎士団、団長補佐コンラッドと申す。此度のご助力、主であるアルフレッド・フォン・ハートフィールドに代わり感謝し申す」
頭を下げたコンラッドに、アーベルとガルハルトが顔を見合わせ、気にしないでくれと笑顔で首を振った。
「あっちが暇すぎて」
「そういうこと」
ガハハハと豪快に笑うガルハルトの声に、コンラッドとロベルトも笑顔を見せた。
「そういえば、気になってたんですが……」
口を開いたロベルトが尋ねる疑問は、マントを斬られた途端、ヴィクトールが強くなった事だ。実際アーベルとクロムとの戦いでも、アーベルがマントを脱いでからクロムを終始圧倒して勝利を収めたのだ。
「ああ、これ?」
泥に塗れたマントを拾い上げたアーベルが、「ヴィクトール養成マント」とドヤ顔でそれを掲げた。
「「ヴィクトールようせい?」」
首を傾げたロベルトとコンラッドに、アーベルがこれにはリズにより抑制と加重のルーンが施されている事を自慢げに話している。一通り説明が終わり、「凄い?」とドヤ顔を見せるアーベルだったのだが……
「え? なにそれ……怖っ」
……ドン引きのロベルトから吐き出された言葉が、全てを物語っている。
「コンラッドさんも、ロベルトさんも、着てみたら分かる。この凄さが」
マントを押し付けるように突き出すアーベルに、「え、遠慮しとく」とロベルトが青い顔のまま後退り……
「戦後処理があるので、ごめん」
……背を向けて全力で駆け出した。足場の悪い泥濘んだ砂浜とは思えぬ俊敏さは、ヴィクトール騎士もビックリな動きだ。
「コンラッドさんは、どう?」
マントを突き出してくるアーベルに、「い、今はいい、かな」とコンラッドが後退る。
「か、片付けもあることだし」
声が上ずるコンラッドに、「確かに」とアーベルが頷いた。
「手伝わせてもらいますぜ?」
力こぶを見せたガルハルトに、コンラッドがヴィクトールはいいのか、と尋ねた。ここに来ているだけでも二〇。元々五〇にも満たない少数精鋭の騎士隊から、半数近くも派遣しているのだ。いかにヴィクトールが主戦場ではないとはいえ、心配になる規模である。
「ああ。ヴィクトールの方は……」
「問題ない」
大きく頷く二人に、それならば、とコンラッドも砂浜の後片付けへの助力を願い出た。突き刺さった巨大戦艦の片付けから、不発の落とし穴の処理まで、人手はいくらあっても足りないのだ。
それでも戦争に比べれば何ということはない。皆が晴れやかな顔で、捕虜を収容し、巨大戦艦を接収するために動き出した。
雲間から見える太陽は、既に中天を過ぎていた。




