第258話 それはズルいぞ!と言われても仕方ない
ある者は言った。あれは枷だと。
またある者は言った。あれは首輪だと。
とにかく奴らは、己に重しを括り付けたまま現れたのだ、と。
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巨大戦艦が突き刺さった浜では、コンラッド達による防衛が始まっていた。
バケツをひっくり返したような豪雨。
突っ込んできた巨大戦艦。
散開した帝国のエリート部隊。
一転して悪くなった状況に、防衛側の騎士達も流石に浮足立っている。視界も悪く、既に散開してしまった敵相手に、魔法での応戦では直ぐに包囲されると判断。
コンラッドの指示で、逆に敵を包囲するように歩兵を展開し、砂浜との境界あたりを目印に帝国を迎え撃つ形を取った。少しでも敵の足場は悪く、自分達はマシになるように。
それでも泥を跳ね上げ進んでくる帝国兵の鬼気迫る表情に、誰もが息を呑んだ。
甲冑を叩く酷く煩い雨の音の中でも、帝国兵が上げる鬨の声が響いているのだ。
迫る瞬間を前に、コンラッドが兵達に落ち着くよう指示を飛ばす。あまり効果がなくとも、何もしないよりはマシだ。そんな思いで飛ばした指示が、豪雨に掻き消された頃、帝国の第一波が防衛ラインへたどり着いた。
豪雨の中、ぶつかる両軍。
帝国兵の精強さは音に聞いていたが、想像以上の強さにコンラッドは舌を巻いていた。
敢えて退路を断った、背水の陣の影響か。はたまた前代未聞の作戦を成し遂げた自信か。とにかく異様に高い士気で突っ込んでくる帝国兵に、防衛ラインの騎士や兵士達は若干呑まれ気味だ。
本来なら拮抗するくらいには、防衛側の練度も高いのだが……。やはり天を味方につけた帝国の作戦は、少なくない影響を兵士達に与えていた。
(これはマズいな……)
コンラッドが顔を顰めた瞬間、港側から砂浜目掛けて掛けてくる騎士達の姿が見えた。
(援軍? だがあんな少数では……)
足場の悪い砂浜を考えなしに走る集団。どう考えても敵に包囲してくれと言われんばかりの行動だが、走る二〇程の集団は、そんな事お構いなしに奇声を上げながら帝国へ突っ込んでいく。
ようやくコンラッドの視界が捉えたのは、彼らが身につけている真紅のタバードだ。見覚えのある簡易的な紋章に、真っ赤なタバード。それに嬉々として敵へ突っ込むまるで蛮族のような行動。
間違いなく聞き及んでいた、ヴィクトールの騎士なのだが……
(思っていたより動きが鈍い……か)
……想像よりも動きが鈍い。足場の悪い砂浜のせいか、はたまた豪雨の影響か。思っていた以上に動きが鈍い彼らは、一瞬で帝国兵に包囲されてしまった。
普通の騎士や兵なら絶望すべき状況だが、噂ではヴィクトールの騎士一人一人が、他領だと二つ名を貰ってもおかしくない、一騎当千の猛者という話だ。
その噂を今は信じるしかない、と帝国の第一波を押し返したコンラッドが不安げに包囲されたヴィクトールを見守る。
帝国も不意に現れた奇妙な乱入者に集中するように、彼らへと向き直った。無理もない。あんな少数で突撃など、よほどの馬鹿か、猛者しかいない。後者の場合を考慮して、集中撃破するつもりだろう。
ついに帝国がヴィクトールへ襲いかかった。
始まった戦闘は、確かに二〇程とは思えぬ素晴らしい戦いであった。特に二人程おかしな強さを見せているが、やはり数の暴力は侮れない。
包囲が少しずつ狭くなっていき、ついにヴィクトールの一人が斬られた。誰かが上げる「あっ」という声は、コンラッド以外の者も、彼らの戦いを見守っていたのだろう。
雨中に舞うタバードの切れ端。
よろめきながら、それでも二撃目を弾いた騎士。
何とかダメージは防げたようだが、あの崩れた体勢では……誰もがそう思った時、僅かによろめいていた騎士が急に元気よく動き出した。斬られる前より明らかに動きが良くなっている。
(……何だ?)
不可解な現象を前に、コンラッドが困惑した顔を浮かべた。
まるで水を得た魚。そんな表現がピッタリなほど、動きが良くなった騎士が、迫る相手を二人同時に叩き伏せた。
だがそんな反撃はごく一部だ。
相手は未だヴィクトールを包囲したまま。他の場所から、勢いづいた騎士の心を折らんと、帝国側が一気に猛攻を仕掛ける。
狭まる包囲に数人の騎士へ剣が迫る。
振り抜かれる剣。
破れるタバード。
そこら中でよろめいた騎士……は、何故か再び元気になって包囲を押し返した。それがそこかしこで起こるものだから、帝国としてはたまらない。
「くそ、押し返せ!」
包囲しているはずの帝国に焦りが見え始める。たった数人だが、動きの良くなったヴィクトール騎士の強さは、まさに噂に違わぬ猛者ぶりなのだ。
(あんな隠し玉があったとは)
一般騎士に猛者を隠し、敢えて彼らを斬ったように見せてからの反撃。確かに精神的には効果絶大だ。そんな勘違いをコンラッドがした時、別の騎士がタバードを引っ張られて砂浜へ転がされた。
破れて千切れるタバード。
足場の悪い砂場。包囲の中、そこへ転がされる事は、死を意味する。
必死に逃げようと転がる騎士へ、手に残ったタバードの切れ端を捨てた帝国兵が、槍を突き立てた。
誰もが終わった、と思ったその時、砂浜の上で槍を掴んだ騎士がそれを押し返すようにゆっくりと立ち上がった。
「馬鹿な……」
味方からももれる声に、コンラッドも思わず頷いてしまった。あの体勢で、上から迫る槍を掴むどころか、それを押し返す膂力を見せたのだ。それは最早人外の所業だ。
「こいつら、斬ると強くなるぞ!」
雨中に響く信じられない発言。だがコンラッドも実際にそれを目の当たりにしている。斬られたかと思えば強くなる。
「じゃあどうやって戦うんだよ!」
悲痛な声に、コンラッドは敵とはいえ若干の同情を覚えた。そりゃそうだ。斬りつけると強くなる。斬らねばこちらが斬られる。なんという悪夢だ。コンラッドとしても相手するのは御免被りたい。
豪雨の中訪れた悪夢に、帝国兵が半狂乱になって剣を振り回した。それが運悪く動きの鈍いヴィクトール騎士の手甲に辺り、周囲に甲高い音を響かせた。
……来る。また強くなって。
誰もがそれを警戒するのだが、手甲に傷をつけられた騎士の動きは変わらない。
初めて起きた法則外れの事態に、コンラッドだけでなく戦場の誰もが頭に疑問符を浮かべた。
「斬られるだけじゃないのか……」
眉を寄せたコンラッドが、記憶を辿っていく。今までパワーアップを見せてきた騎士達に、何か共通点はなかったか……。そうして記憶を辿るコンラッドの視界には、裂けて破れた紅い切れ端が映った。
「……タバード」
コンラッドが呟いた時、帝国側からも「マントを斬るな!」と大きな声が響いた。
「マントを斬るな! 強くなるぞ!」
この戦場にいない人間が聞けば、「何を馬鹿なことを」と言われかねない指示だが、確かにこの場の誰もがそれを経験している。
だがそんな指示を上手く実行できるほど、戦場は甘くない。相手は動くし何より動きが鈍いとはいえヴィクトールの騎士相手に斬る場所を限定してなどいられない。
そして己が剣を振らねば、己に剣が振り下ろされるのだ。
それを避けるために、帝国兵は半狂乱で剣を振る。
切っ先がタバードを引きちぎる。
一瞬よろめいたヴィクトール騎士がパワーアップ。
「だからマントを斬るな!」
響く馬鹿みたいな指示に、防衛ラインを維持していた連合軍も苦笑いだ。気がつけばあの緊張感はどこへやら……完全に士気を取り戻した兵士達へコンラッドが指示を飛ばす。
「各隊、ヴィクトールを援護しつつ帝国を分断せよ!」
防衛から一転、足場の悪い砂場へ突き進むコンラッド達だが、勢いに乗った彼らが一斉に帝国兵へ襲いかかった。
ヴィクトールのせいで、後方がガタガタの帝国兵が浮足立つ。
指示の通りにくい豪雨の中、完璧な連携を見せたハートフィールド・ガードナー連合軍が、少しずつ帝国兵を減らしていく。
突撃と後退を組み合わせ、一端は後方へ回していた魔道士部隊も動員し、一揆果敢に責める連合軍に、精強な帝国軍といえど成す術がない。
なんせ、退路は既になく、そして……
「汚え! あいつら自分でマントを脱ぎやがった!」
……汚くない。普通の事だ。だがそんな敵兵の言葉に妙に納得してしまったコンラッドの視界の先では、噂に違わぬ、いや噂以上の勇猛ぶりを発揮するヴィクトール騎士隊。
たった二〇人。いや、化け物が二〇匹だ。その中でも明らかに頭抜けておかしいのが二匹。もちろんアーベルとガルハルトだ。
足場の悪さを感じさせない真っ黒な閃光。
敵を全てなぎ倒す巨大な不沈艦。
二人が暴れるだけで、敵の数がゴソッと減っていくのだ。包囲は既に崩れ去り、完全に形勢が決まった。
だがそれでも退かないのが帝国だ。
「我は帝国海軍、第二旗艦『鋼牙』司令のクロム・ロッシである」
ようやく現れた帝国司令が、剣を片手にヴィクトール騎士へ向き直った。どうやら一騎打ちを所望らしいクロムを前に、アーベルとガルハルトが顔を見合わせ、「じゃーんけん」と手を振った。
「くっそ!」
己の掌を見つめて顔をしかめるガルハルト。
「……ブイ」
ピースサインのままクロムへ近づくアーベル。
「名のある騎士とお見受けする」
剣を突き出したクロムに、アーベルが両手で短剣をクルクルと回して握り直した。
「ヴィクトール騎士隊、第二分隊分隊長、アーベル・ブラック」
アーベルの名乗りに、クロムが「ふむ……」と眉を寄せた。聞いたことのない名前に、少々困惑しているのだろうが、アーベルはお構いなしだ。
「流石に【黒鋼】ほど名前は売れてないよ」
肩をすくめるアーベルが「これから売れるけど」と舌を出してみせた。
「その名を刻むと良い。【黒閃】の一番弟子、アーベル・ブラックの名を」
きらりと瞳を輝かせたアーベルに、「ずっりーぞ!」とガルハルトが後方から声を荒げた。
「何が一番弟子だよ!」
雨を切り裂くほどの大声だが、アーベルはそれを一切無視してクロムを向いたままだ。
「面白い。音に聞こえし【黒閃】。その技、我に見せてみよ!」
雨を切り裂く突進をキッカケに、砂浜での雌雄を決する戦いが始まった。
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『暁浜の激突』において、駆けつけた王国側の援軍、たった二〇程の軍勢、通称【紅の猟犬】。彼らは戦場に首輪つきで現れたという。
現代において、このような荒唐無稽な話は信じられていない。死と隣り合わせの戦場に、わざわざ枷をつけてくる馬鹿の話など。
現在では彼らがあることをキッカケに、自らを強化させたように見せた……というのが主流の考えだ。
この「偶発に見せかけた意図的制御解除」は、兵法において《偽りの虚弱》《強化の仮面》と呼ばれ、現代においても局所戦術の一環として研究対象となっている。
彼らはそれをマントを斬られる、という見た目に分かりやすい視覚効果に持ち込んだわけだ。
マントを斬ると、強くなった様に見える。敵からしたら脅威であったろう。
なお、当時の生き残った帝国兵の証言の中には、「忘れてた」「そうだった」など、笑いながら自らマントを脱ぎ去った猟犬達の話が出てくる。
このように戦術として説明のつかぬ逸話も多いが、士気的・心理的効果において特異な影響を及ぼしたことは疑いようがない。
『戦術概論・応用編』第五章より抜粋――「予期せぬ士気上昇の戦術的活用」




