第257話 誰だよ。ヴィクトール養成マントとか作ったやつは
王国北部、ヴァルトナーで戦端が開かれていた頃、王国西部のガードナー・ハートフィールド連合軍も、帝国との戦いを激化させていた。
明け方から始まった帝国の一斉砲撃を、港に設置した防衛施設や砲門が迎え撃つ状況に、港街の市民達は不安に怯えた表情で夜明けを迎えている。
戦闘は港ばかりではない。
帝国戦艦は、大型港の接収を目標にしつつも、その周囲の小さな上陸ポイントを見つけては、揚陸艇を放って何とか上陸を試みようとしている。そんな帝国を押し返し続けているのが、ハートフィールド騎士団とガードナー騎士団の連合部隊だ。
切り立った崖しかないハートフィールド側と違い、上陸ポイントが多いガードナー故の防衛戦だろう。そんな防衛戦の中でも最大のポイントなのが、港からほど近い砂浜だ。普段は海水浴場として利用される大きな砂浜も、帝国からしたら大きな玄関口にしか見えていない。
実際主戦場は、港の攻防から砂浜へと少しずつ移動しているのだ。
もちろんハートフィールドもガードナーも、砂浜の重要性は十分承知だ。故に砂浜にはバリケードはもちろん、後ろの高台に木製とはいえ急造の砦、そしてコンラッドを筆頭に、多くの実力者が防衛に当たっている。
ある意味で最終防衛ラインとも言える砂浜。そんな砂浜を一望できる港の高台で、ルークは海に浮かぶ戦艦を眺めていた。
本来なら砂浜の防衛に当たるべきなのだろうが、少々作戦変更の必要が出たため、こうして港で待機しているのだ。
「浮かない顔をしているな」
「もしかして朝ご飯食べてないなー」
背後から声をかけてきたユリウスとリヴィアに、「飯は食ったさ」とルークは苦い顔で空を見上げた。
「嫌な天気だからな」
重く垂れ込めた雲は、今にも降り出しそうな様相だ。実際夜明けには小雨が降った上強風が吹くせいで、春先だというのに今も少々肌寒い。
強風で時化た海もよくない。ガードナーは屈強な海軍だが、帝国海軍は常に荒れた北海を舞台に訓練している連中だ。海が荒れれば荒れるほど、敵に馴染みのあるフィールドへと変わってしまう。
ひんやりと冷たく湿気を含む空気と響く遠雷が、兵士達に緊張を強いている。
「ちっ、降ってきやがったか」
ポツポツと降り出した雨が、ルークの肩を叩いたのとほぼ同時、観測兵が帝国に動きがあったと声を上げた。
「狙ってた……だよな?」
ルークの言葉にユリウスとリヴィアが頷いた。
実際ルークの視線の先でも、帝国戦艦からいくつもの揚陸艇が吐き出されたのだ。他にもある上陸ポイントは完全に無視。一直線に港へと向かってくる帝国軍は、間違いなくここで勝負を掛けに来ている。
降り出した小雨は、帝国にとっては天の恵みなのだ。本来なら足場の悪いはずの砂浜が、僅かに水分を含んだせいでいつもより歩きやすくなるからだ。これが豪雨ではまた話が違うのだが……
とにかく天を味方にした帝国が、一気に勝負をかけてきた。
砂浜側の砦から、無数の魔法が揚陸艇へと放たれるのだが、時化てうねる海面のせいか、揚陸艇が左右だけでなく上下にも大きく揺れるため、魔法が上手く当たっていない。
激しい魔法や砲撃だが、それを抜けた揚陸艇が一つ。猛スピードで砂浜へと向かっている。
「上陸されるぞ」
苦虫を噛み潰したルークの目の前で、揚陸艇の一つが砂浜へとたどり着いた。
だがもちろん防衛側も上陸は織り込み済みだ。
砂浜にはあらかじめ、無数の罠を設置してある。戦争が始まるまでに出来る限りの準備をし、そこに敵を誘い込む。
トラップは至極単純、落とし穴だ。魔法で砂を圧縮し、穴を作る。ただそれだけだが、ただそれだけだからこそ、効果が絶大だ。
今も上陸したての帝国兵が、落とし穴の中へ消えていった。続く帝国兵も、飛来した弓を避けようとした所、バランスを崩して穴の中へ。
穴から這い出ようとする所を、魔法や弓が狙い撃ちにする。まさにアルフレッド・フォン・ハートフィールドの策略通り戦場が進む中、天の気まぐれがルーク達へ力を貸し始めた。
小雨が次第に強くなり、気がつけばバケツをひっくり返したような土砂降りになってきたのだ。
豪雨とともに吹き付けてきた強風が、海を更に荒れさせる。ここまで大荒れになってしまえば、いかに帝国といえど揚陸艇で満足に上陸など出来はしない。立ち往生する揚陸艇だが、最早上陸は絶望的だろう。
流石にこの雨量では、砂浜が水分を蓄えきれなくなり、泥濘んでくる。
無理やり上陸したとしても、満足に動くことさえ出来ず、遠距離部隊の良い的でしかない。
落とし穴の中にも水が落ちるので、トラップの効果は半減するのだが、泥濘んだ砂浜が帝国歩兵の動きを鈍らせる天然のトラップに早変わりだ。
完全に天もルーク達の味方に見える……のだが――
「嫌な予感がするな」
呟くルークの視線の先では、揚陸艇を収容した帝国戦艦がゆっくりと陣形を入れ替えているのだ。烟るほどの雨のせいで、完全に様子が捉えられるわけではないが、ずっと陣形を保っていた戦艦が動くには、おかしなタイミングである。
雨に目を細めながらも、海を睨み続けるルークの視界に、一際大きな戦艦が現れた。どう見ても旗艦であるはずの黒い戦艦が、ゆっくりとその船首を砂浜へと向けている様に見える。
「何を……するつもりだ?」
呟くルークの後ろで、「まさか……」とユリウスが持っていた遠眼鏡を慌てて覗き込んだ。
「ありえない。もしかして――」
慌てるユリウスがルークを押しのけ前に出た。
「なんだよ? この大荒れの海で何を――」
首を傾げるルークに、「鋼牙」とリヴィアがポツリと呟いた。
「クロム……は? なんて?」
「鋼牙。帝国海軍の第二旗艦だよー。乗ってるのは、勇猛なクロム提督――」
リヴィアの声を、鳴り響いた雷がかき消した……その時、海が大きくうねり波が山のように鋼牙を上に押し上げた。
それと同時に鋼牙の後方が赤く光る。
「突っ込む気だぞ!」
「正気かよ! 座礁して転覆がオチだぞ」
雨の中、ユリウスとルークの声が大きくなる。それだけ帝国が選択しようとしている方法は無謀なのだ。喫水の深い戦艦で、砂浜へ上陸など物理的に不可能だ。
だがルークの予想に反し、魔導機関を唸らせた鋼牙は、坂を滑り降りるように勢いをつけて波を下り始めた。
豪雨と暴風による大時化。加えてルークは知らないが今は満潮だ。本来であれば絶対にたどり着けない浜辺が、ほんの一瞬、針の穴を通すようなタイミングだけ戦艦を受け入れるだけのキャパを持つ。
そこへ目掛けて、鋼牙が滑り出した。巨大な波を捕まえた戦艦は、ついに海の重力を振り切るかのように僅かに浮かび上がった。
「……マジかよ」
ルークでなくとも呆けてしまうだろう。
誰が予想しようか。戦艦が砂浜に突っ込んでくるなど。
誰が想像できようか。そんな馬鹿げた戦法を取る人間がいるなどと。
雷が近くに落ちたような音が、港にまで響き渡った。
帝国海軍第二旗艦、鋼牙。ガードナー領海浜へ着陸。
船首を突き刺すように着陸した鋼牙から、バラバラと帝国の精鋭が飛び降りてくる。
「くっそ、あそこを抜けられたら――」
「待てルーカス。俺達は港の守備だ」
「つっても、砂浜が落ちたら、港は完全に包囲されるぞ!」
ルークの言う通りで、大荒れの天気で港へ近づくことの出来ない他の戦艦より、砂浜に上陸した帝国の方が優先度が高いのだ。
だが帝国もそれを理解している。
「くるよー」
リヴィアの言う通り、鋼牙の突撃で乱れた味方戦線を振り切り、海岸線を真っ直ぐ走る帝国軍の一団が見えている。目的は間違いなく港の奪取だ。砂浜に防衛を回したことで、こちらが手薄な事もバレている。
散開した帝国兵相手に、こちらも打って出ると、間違いなくいくつかを討ちもらす。ならば今は港へ戻りそこを死守する他ない。
奥歯を噛みしめるルークの視界には、足場の悪くなった砂浜でぶつかる両軍が映っていた。
ここで帝国兵に港を押さえられてしまえば、それは完全な敗北を意味する。
「……コンラッドさん」
ルークがそう呟き、港を振り向いた時、再び鳴り響く雷鳴を背に、二つの影が現れた。
「……よ!」
「はっはー! 情けねえ顔してんな、ルーク!」
雨に濡れたアーベルと、その横にはランディに匹敵する偉丈夫。真っ白な髪を坊主頭にした褐色肌の偉丈夫は、アーベルと同じ分隊長の一人、ガルハルトだ。
「アーベル、ガルハルト……」
呆けるルークに、「久々だな」とガルハルトがその背中をバシバシと叩いた。ハリスンの一つ下に当たる彼らだが、ルークにとっては幼馴染であり、今は同じ身分の分隊長だ。
この場に彼らが来てくれたのは、ルークからしたら非常に心強い。
「状況は……」
「いい。何となく分かってる」
頷いたアーベルが、「ルークはこっち。俺達はあっち」と港と浜辺を順番に指差した。
「ガル、行こうか」
「おう。盛り上がってるみたいだしな」
ガハハハとガルハルトが笑った瞬間、彼らを追いかけるように二十人程の騎士が現れた。
「目標砂浜、敵戦艦」
「全員遅れんなよ!」
二人の合図に従い、ヴィクトール騎士隊が砂浜へ目掛けて駆け出した。その背中に「頼むぞ!」とルークが声を上げ、自身は港へ向けて反転して駆け出した。
いくら彼らが強いとはいえ、既に散開してこちらに向かってくる帝国軍全てを迎撃は無理だ。間違いなくなだれ込んでくるだろう帝国軍を、ルークは港で叩かねばならない。
駆けるルークの背後で、再び雷が響いた。……いや、それは本当に雷なのかどうかすら分からない。
雨脚も先程より強くなっている。
それでも港を目指すルークの顔に迷いはない。背中を任せられる、そんな奴らが来たのだから……。
後の世において、『王冠なき戦争』、『灰冠戦争』と呼ばれた戦いにおいて、民衆の人気を取り合う戦いが三つある。
そのうちの一つ、帝国では『鋼牙作戦』と伝えられる『暁浜の激突』はこうして幕を開けた。
特に、戦艦を上陸用の兵器と再定義した発想の転換は、後世の艦政思想においても〝ロマン〟という強い影響を与えた。
ただしそれは同時に、退路を持たぬ一撃必殺の戦術でもあった。成功すれば敵の陣形を粉砕するが、失敗すれば旗艦と主力部隊を一挙に失う。
『鋼牙』はこの極限の選択を制し、戦場に風穴を開けた英雄ともいえる。
だが守る王国も凄かったのがこの戦いの素晴らしい点だ。
激しい豪雨と突入により防衛線は一時崩壊したものの、王国側は「戦場を動かす柔軟性」を発揮した。
降雨と混戦による魔法部隊の躊躇を見越し、近接戦主体の予備隊へと一気に切り替え『鋼牙』から展開した帝国突撃兵を徐々に包囲・分断。
また、潮の引き際を見計らい、逆に海側から迂回する形で帝国軍を切り離す後の潮戦術まで見せた。
「正面を破られながらも、全体を崩さない」
この対応こそが、最終的な勝利を引き寄せた要因の一つと言われている。
だが民衆がこの戦いに最も熱狂する部分は、そういった高度な作戦の駆け引きではない。
今も伝説的に語られている、「マントを斬ると強くなる」という王国側に突如として現れた謎な援軍の存在なのは、最早語る必要もないだろう。




