第235話 騙し合いをしてる外で、バカ正直な一手を打たれると困る
大陸北東部の大部分を治める巨大帝国。周囲の国々に恐れられ、大陸では帝国を相手にできるのは王国くらいだと言われて久しい。そんな大陸二強の一角である帝国が、分裂し始めた王国を狙い始めたのは必然だろう。
帝国政府の誰もが、既に弱った王国は相手にならないと理解している。だが彼らは決して慢心し、楽勝だなどと思っていない。いくら弱ったとはいえ、大陸最古の国であり、何より帝国内部の足並みも揃っていないのだ。
故に中央政府たる議会は常に緊張感に満ちているのだが、今日の議場はいつにも増してピリピリとしていた。
その理由は単純で、第一皇子であるラグナルが、第二皇子のレオニウスを呼び出したのだ。しかも以前のような執務室ではなく、帝国議会の議場に、証人喚問としてである。
皇子が皇子を証人喚問するという異例の事態。
水面下で皇位継承権の争いがなされている事は周知の事実で、そのせいで緊張しっぱなしだが、ここまで表立った敵対行動は初めてで、議場を埋める議員の緊張は最高潮だ。
下手をすれば、王国を落とす前に内乱に発展しかねない。
そんな緊張の発生源とも言える議場に、今まさにラグナルとレオニウスの両皇子が現れた。更に張り詰める緊張の中、準備された証言台に乗るレオニウスと、その前に立ったラグナル。
両者が視線を交わし、ラグナルが小さく息を吐いた。
「レオよ。この記事を見たか?」
新聞を叩きつけたラグナルに、レオニウスも苦い顔で頷いた。
「貴様の率いる特殊部隊、それが管理していた研究施設での失態。この原因と背景をキッチリ話してもらうぞ」
ラグナルの発言に、レオニウスは苦虫を噛み潰したように視線を逸らした。何とか逃げの口上を探すのだが、ここは天下の帝国議会の議場だ。下手な嘘をつけば、周囲の議員から一斉に突っ込まれる形になる。
そうでなくとも議会の多くがラグナル派だ。レオニウスの人気はあくまでも庶民人気で、議会を構成する貴族達の多くは伝統ある第一皇子への継承が基本という考えである。
まさに敵地のド真ん中で、レオニウスはどうしたものかと頭を働かせている。
「レール大河の水が逆流したとしか思えぬ現象。ここでは確か転移門を管理していたな」
鋭い眼光のラグナルが、王国進軍への大事な足がかりだと続けた。実際ラグナルの言う通りで、今回の王国侵略は、北と西を陽動に、南の要所を叩き、王国が動揺した時に、一斉に攻め立てるという作戦だ。
軍を割る悪手に見えるが、それでも大国と各領地での戦力の差は歴然だ。王国が一枚岩になるのを防ぐほうが、効果があるとの見立てだ。実際彼我の戦力差は圧倒的で、本来なら王国軍や様々な貴族が一丸となって始めて帝国と対等に戦える。
だがそれを【真理の巡礼者】の工作で横の繋がりを分断し、何処の領地も、自分の領地以外への疑心暗鬼を植え付け各個撃破の予定だったのだ。
そんな作戦だったが、要の一つである西が潰されてしまった。帝国議会としても、「説明しろ」と言いたくなるものだろう。
「軍が発掘した貴重な遺物が原因と思しき現象。にもかかわらず、事件後は貴様の部隊が現場を接収して公的な捜査を妨害しているそうではないか」
これみよがしに机を叩いたラグナルに、「妨害しているのではない」とレオニウスが首を振った。
「私の率いる特殊部隊が、口外できない任に付いている事は知っているだろう」
カルト教団を作り、それでもって他国へ攻め入る。そんな事を天下の帝国議会で、口が裂けても言えるわけがない。あくまでも特殊部隊を潜入させているのは、帝国でも活動が見られた【真理の巡礼者】を追っているという名目で、今回の進軍も【真理の巡礼者】によって混乱した王国平定という名目になっているのだ。
だから敢えてこの場ですら〝特殊部隊〟で通しているというのに、現場検証をさせる事など出来るはずもない。
そんな気持ちが言外に含まれるレオニウスの発言に、ラグナルが「フッ」と笑った。
「確かに軍事機密故、一般的な調査は出来んが、俺の任命した調査隊くらいは引き入れられるだろう」
ニヤリと笑うラグナルは、この失敗を機にレオニウスの勢いを削ぎたいのだろう。
だがレオニウスに、この場で断ることなど出来るはずもない。
事故原因の隠蔽を疑われれば、今の地位すら失いかねないのだ。完全に手詰まりに見えるレオニウスに、ラグナル一派が多い議場は、「流石ラグナル殿下だ」と感心しきっている。
「……分かった。調査を受け入れよう。その代わり私の部隊も同行する」
頷いたレオニウスに、ラグナルが不服そうに「初めからそう言え」と呟いた事で、議会はラグナルを讃えつつ終了した。
☆☆☆
議場を後にしたレオニウスは、険しい顔のまま早足で自室へと向かっていた。豪華絢爛な宮殿にそぐわぬ険しい顔は、すれ違う使用人達が思わず顔を背けて気配を消すほどだ。
完全にやり込められた。そんな印象を前面に押し出たレオニウスが、自室の扉を激しく閉めた。
カーテンが閉め切られ、薄暗い室内で、扉を背にしたままレオニウスが肩を震わせる。
「クっ……」
もれる声にならい、レオニウスの肩が大きく揺れ始め……
「クククク……ハハハハハハハ!」
……押さえきれない笑い声が、レオニウスの自室へ響き渡った。散々笑ったレオニウスが、嘲笑めいた顔を見せた。
「やってくれる。ハートフィールドか、ヴィクトールか……どちらにせよ、やってくれる」
鼻を鳴らしたレオニウスだが、強がりなどではない。全く予期せぬ方向に事態は転んだが、これでより動きやすくなったのは事実だ。
失敗し、寄る辺を失った弟が、何とか巻き返しを図るために、この戦い躍起になる。疑り深いラグナルに協力して戦争を激化させるために、色々と苦心してきたがまさかこんな形で転がり込むとは思ってもみなかった。
あの場の誰もが、いやそれどころか今や王宮中が、今回の失態のせいでレオニウスがラグナルにやり込められたと思っている。あれのお陰で少なかった議員からの支持も殆ど失った。
だがレオニウスにとって、議員の支持など本当にどうでもいい。今までこうしてラグナルと継承権争いをしている事すら、ブラフなのだ。真の目的の為に、何としてもラグナルを焚き付けこのまま戦争に突入させねばならない。
継承権争いなど分かりやすく焚き付ける材料がなければ、ラグナルの性格上、もっと確実に王国が弱るのを待つだろうから。
だから継承権を盾に煽りまくってここまで漕ぎつけた。まさかここに来て作戦の一つを潰されるとは思っていなかったが。下手をすると慎重派のラグナルに二の足を踏ませかねないが、作戦の失敗が露見した形が良かった。
ド派手に水が溢れる屋敷。
上手く新聞にも乗り、その奇妙さと場所から勘の良い政府高官が直ぐに転移門を疑ってくれたのが助かった。
ラグナルがあれを口実に、レオニウスを責めないはずはない。その結果が今日の出来事だ。
「途中俺の目的に気付いたろうが、遅かったな」
呟くレオニウスは、ラグナルがレオニウスがわざと身を引いた事に気付いたと思っている。
だがそれでも問題ない。
軍を完全に掌握し、議員の支持もほぼ得られたなら、ラグナルにとってもこの戦いは避けられない。ここで慎重論など出そうものなら、一気に今の地位から落ちるからだ。
だから放って置いても後は戦ってくれる。それに従うふりをして、王国へ入り自分の目的を果たすだけの簡単な作業に変わったわけである。
「とはいえ……だ。やってくれたな。まさか転移門を水の中に沈めるとは」
呆れを隠せないレオニウスが、大股で部屋を歩き乱暴に椅子へ腰を下ろした。レオニウスが押さえていたのは、各地の【聖女の洞窟】を管理するための転移門だ。つまり公国や帝国にも出口がある。
もちろん出口と言っても、大本の転移門から動力を供給し続ければ、双方向での移動も可能な代物だ。
「唯一の心配は、転移門をラグナルに押さえられた事くらいか」
メインと言える転移門を押さえていた事は、レオニウスにとってラグナルへのアドバンテージの一つであった。
「とはいえ、お互い出口と入口がない以上、意味はないか……」
ため息を付いたレオニウスが、机の上のペンを取り、短い手紙を数枚書いた。どれもこれも、各地へ散らばる部下へ宛てたものだ。
『布教活動を大きくせよ』
潜っていた【真理の巡礼者】達への大規模な活動開始指令。それは紛れもなく、帝国の進軍の狼煙だ。
☆☆☆
レオニウスが部下へ指示を出していた頃、ラグナルは私室で大物議員達におだてられていた。誰もが次の皇帝はラグナルだと口々に言うのだが、ラグナルはそれに笑顔で「ありがとう」と答えるくらいで、あまり大きな事は言わない。
それでも議員達のおべっかに笑顔で相槌を打ち、彼らを散々気持ちよくさせる事に徹している。そんなラグナルにおだて返され、ようやく議員らが満足して部屋を去った後、ラグナルは盛大なため息をついた。
「国に巣食う癌め。俺が皇帝になれば、貴様らは全て粛清対象だ」
鼻を鳴らすラグナルが、執務机の上の呼び鈴を激しく鳴らした。響く音に静かに現れた老人に、ラグナルが「少し帝都を離れる」と服を脱ぎ、乱暴にソファへと放り投げた。
「どこまで行かれます?」
「南だ。王国北東部、公爵領へ……まあ保険だな」
言いながら、自分で隣の衣装部屋へと入ったラグナルが、旅装用と思しき服をいくつか引っ掴んで現れた。
「謎の事件の調査はよろしいので?」
「構わん。どうせ連中も水底に沈めた門など使えまい。使えぬ転移門など意味がなかろう。」
鼻で笑ったラグナルが、「転移門は使えてこそ、だ」と呟いた。それだけで事情を察した老人が「かしこまりました」と恭しく頭を下げた。
「影武者は誰を使いましょうか」
「任せる。恐らくレオはもう絡んで来まい」
ニヤリと笑ったラグナルが、「今日の反応で確信した」と窓枠に足をかけて老人を振り返った。
「アレは継承権に興味がない。が……ここまで引きずり出された以上、俺もここから退くことは出来ん」
完全にレオニウスの考えを読んでいるラグナルが、恐らくレオニウスもラグナルに考えを読まれている事など知っているだろうと続けた。
「だからたまにはアイツの考えに乗ってやる。その代わり最後に笑うのは俺だがな」
それだけ言い残して、ラグナルは窓から颯爽と飛び降りた。
☆☆☆
「オーライ。オーラーイ!」
ランディの威勢のいい掛け声は、レール大河に沈めた転移門のサルベージ作業の指揮だ。沈める時につけた鎖にくくりつけたワイヤーを、二艘の船に作った滑車式クレーンで海の男達が引き上げているのだ。
「オーライ……ストップ。一号機、もう少し引いて……」
ランディの指揮のもと、少しずつ引き上げられた転移門がついに水面に現れた。
「引き上げ止め! ここから重くなるから慎重にいくぞ!」
「「りょーかい!」」
ゆっくりと引き上げられていく転移門。巨大な石の建造物が水面から頭を見せ、ゆっくりと持ち上がっていく。完全に持ち上がった転移門から、ポタポタと滴る水が、太陽にキラキラと輝いている。
「よぉし。じゃあ、受けるぞ」
ランディが乗っていた指揮船が、ゆっくりと二艘の間に入り込み、そしてそのままゆっくりと門が船に降ろされていく
「これが解明出来たら、色々なところに置きたいですね」
「だな。まずはブラウベルグだな」
ラグナルとレオニウスの二人の知らぬ所で、「使えない」転移門が、使えるように魔改造されていくのはもう間もなくだ。




