第234話 閑話 エピローグ
訪れた春の陽気と心地よい馬車の振動に、カタリナはスヤスヤと寝息を立てている。そんなカタリナの様子に微笑んだアルフレッドが、窓の外へ視線を向けた。
外からきこえてくるのは、楽しそうなルークとセシリアの声だ。
「羨ましそうな顔をするな。自分で撒いた種だろう」
向かいに座るコンラッドがため息をついて発言を続ける。
「それにしても、ここまで上手くハマるとは思わなかったが」
同じ様に窓の外を見たコンラッドに、「そうだね」とアルフレッドも頷いた。
「酷い父親だと思うだろう? 実の娘をダシにしたんだ」
「誰が思うか。お前がカタリナ様とお嬢様を危険に晒すはずがない」
鼻を鳴らしたコンラッドが、「信頼してたんだろう。ルークを」とアルフレッドに向き直った。そんなコンラッドに、アルフレッドはニコリと笑うだけで答えない。ただ、「若者の気持ちを利用した事に変わりはないよ」と窓の外に再び視線を向けた。
「気持ちを利用か……確かにそうだが」
同じ様に窓の外を見たコンラッドの視界には、今も楽しげに笑うルークとセシリアが映っている。
「それでも良いだろう。ブラウベルグ侯爵に言わせれば、お前は狐らしいからな」
ニヤリと笑ったコンラッドに「それは酷い」とアルフレッドは窓の外を見ながら笑い声を上げた。
「狐だろう。【真理の巡礼者】の……敵の思惑を利用して、その敵を討つための準備を整えたんだから」
苦笑いのコンラッドが語るのは、アルフレッドがルーク達に語らなかった真意だ。今回の旅で、【真理の巡礼者】の出鼻を挫いた事になっているが、実際はそれだけではない。
【真理の巡礼者】や帝国のお陰で、ガードナーに貸しを作れた。来たるべき戦いにおいて、ガードナーが奮戦してくれるのは間違いない。加えてたった一度の宴会とはいえ、ロベルト達騎士同士の顔合わせは済んでいる。一度酒杯を共にした仲だ。戦いの時はお互いの協力はよりスムーズになるだろう。
帝国や【真理の巡礼者】の目的を利用して、逆に連中を迎え討つ状況を作り上げた。
「しかもこれら全てが、最後のピースのための布石だろう」
ため息混じりのコンラッドに「何の事だか」とアルフレッドは窓の外を見たままとぼけた。
「ルークを焚き付け、お嬢様への想いを爆発させた。アイツが何の実績も手柄もなしに、お嬢様との交際を口にするとは思えん」
「そうだね。ルークは真面目だから」
「だから焚き付けたんだろう。分かりやすい手柄が……帝国との戦いが目の前にある状況で」
真っ直ぐなコンラッドの視線に、アルフレッドが「酷いと思うかい?」と呟いて視線を合わせた。
「普通なら、な」
今度はコンラッドが視線を逸らして窓の外を見た。そうしてまた口を開いたコンラッドが続けるのは、アルフレッドが何の考えもなく、ただ家の保身だけで子どもの気持ちを焚き付け、戦意高揚させる人間ではない事だ。
「全く。これだから君はやりにくい」
「幼馴染だからな」
笑ったコンラッドに、アルフレッドは確かに考えがあってルークに発破をかけた事を暴露した。
「セシリーの気持ちを考えれば、ルークを認めてやっていいと思ってるよ。でもね……」
アルフレッドが語るのは、結局はセシリアもアルフレッドも古い貴族なのだという事だ。恋愛結婚が許されているとは言え、まだまだ古い価値観に縛られた貴族が多い。特に名門であるセシリアの相手には、他の貴族達も注目している。
「古いしきたりはいずれ崩れ去る。だけどまだ今じゃない。そしてうちは、そのしきたりを無視して突き進めるほど、強くはない」
悲しいかな名門と言えど、他の貴族との繋がり無しに立ち回れるほど今のハートフィールドに力はない。そう続けたアルフレッドが、だからこそルークには他の貴族を黙らせられるだけの実績がいるのだと語った。
「分かりやすいだろ? 攻めてくる大国。令嬢を守って奮闘する若い騎士。それを機に燃え上がる恋。世間が喜ぶシナリオの完成だ」
笑ったアルフレッドに、コンラッドは「なら言えば良いものを」と苦笑いを見せた。ルークにそれを言えば、喜んで張り切るだろうに。そんなコンラッドにアルフレッドは首を振る。
「まあ親として、簡単に認められないものだよ」
微笑んだアルフレッドの笑顔に、コンラッドが「胡散臭いぞ」とため息をついた。実際アルフレッドがルークに伝えない理由の一つであるが、本心を隠す理由はそれだけではない。
人に言われて自覚するより、己で気付きたどり着いた認識とでは、その覚悟は大きく変わる。アランに『己が剣の意味に気付いてから』と言わしめたルークだからこそ、己で気付かせる必要があったのだ。
人に言われてではない。己の意思で、セシリアと彼女にまつわる全てを守るという覚悟。それを引き出すことが、アルフレッドが誰もに語らなかった真意だ。
「何かまだ隠してるだろう?」
「さあ? 僕は狐らしいから」
肩をすくめたアルフレッドが真意を語ることはない。だが眼の前のコンラッドだけは何となく気がついている。だがコンラッドもそれを口にすることはない。
「とにかく……帝国と事を構える為の最後のピースは揃ったわけだ。ルーカス・ハイランドという頼もしい騎士が」
「頼りなくて悪かったな」
「何を言ってるんだい。【不動】のコンラッドだけで帝国を退けるには十分だよ。ただね……」
眠るカタリナに視線を移したアルフレッドが「ただ……」ともう一度呟いた。
「僕は……いや私はハートフィールド家当主だ。無理と言われようと、誰一人死なせない。それが私の責務だ。そのために必要なら、娘と若者の気持ちを弄ぶ悪者にでもなるさ」
アルフレッドが見せたのは。先程までの幼馴染の顔ではない。威厳あるハートフィールド家当主としての顔に、コンラッドも表情を引き締め「御心のままに」と頭を下げた。
ルシアンをして〝狐〟と言わしめる男アルフレッド。太平のためその真価を発揮してこなかった男の存在は、帝国や【真理の巡礼者】にとって、間違いなく誤算であった。
☆☆☆
同時刻帝国某所
薄暗い地下室のような場所に、怪しく輝く魔導灯の明かり。それらが照らし出すのは、様々な実験器具といくつもの巨大な水槽だ。
水槽の中に浮かぶのは、魔獣と人とを組み合わせたような悍ましい存在だ。【聖女の洞窟】に通じる崖でランディ達が出会った、気味の悪い鳥人間の姿も見える。
魔獣と人とを混ぜ合わせた合成獣。古の時代に禁じられた錬金術が実現した、悪魔の如き所業。
そんな錬金術の研究室の一画で、ホレスは奥歯を鳴らしていた。
「おのれ……ハートフィールドめ。調子に乗りおって」
ギリギリと奥歯が軋む音が部屋に響きわたり、それが頂点に達したころホレスが「目にものを見せてやる」と表情を下卑た笑みに切り替えた。
ケンタウルスのような合成獣を解き放ったホレスが、それを連れて研究室を飛び出し、ホールのような拓けた場所にたどり着いた。
「誰か――」
ホレスが声を上げると、【真理の巡礼者】の実行部隊のような黒尽くめが数人現れた。
「合成獣を連れて、ハートフィールドを少し荒らして来い。まもなく始まる大規模布教活動の前フリだ」
ホレスが醜悪な笑顔で、ホールの隅にある転移門を指さした。その意味を理解したのだろう。黒尽くめ達が黙ってケンタウルスを引いて転移門へと歩いていく。
「ガードナーなどいなくとも、お前達の喉元には刃が残ったままなのだ」
クツクツと笑うホレスの視線の先では、転移門を前にまごつく黒尽くめ達。
「……? 何をしている!」
声を張り上げたホレスに、黒尽くめ達が門の向こうが壁になっていて通れないと報告を上げる。どうも濡れた壁らしく、今も一人が転移門に腕を突っ込んで首を傾げている。
「濡れた壁……?」
ホレスが思い出す転移門があった場所は、暗く狭い洞窟だ。確かに片側は狭くなっていたが壁ではなかったはず。そんな事を考えホレスが首を傾げた頃、黒尽くめの一人が、「反対から入ればいいだろ」と一度転移門の起動を切り、逆側へ回って再起動した。
「壁……濡れた?」
その異様さに悪寒を感じたホレスが「待て!」と叫んだがもう遅い。一人の黒尽くめが転移門を潜ったその時、大量の水が一気にホールへと流れ込んだ。
「と、止めろ!」
転移門を止めろと叫ぶホレスだが間に合うはずもない。
黒尽くめを押し流し、ケンタウルスを押し流した奔流にホレスが慌てて防護壁を展開する……が、その勢いにホレスも防護壁ごと流されてしまう。
魔術を駆使したホレスが転移門の起動を止めたのは、地下室が全て水没し、合成獣が押し流され、様々な研究資料が駄目になった頃だった。
☆☆☆
それから数日後……ヴィクトール領、新しい街の代官邸にて。
ソファに座り手紙を読むリズの顔は嬉しそうだ。
「嬉しそうだな。何かいい報せか?」
コーヒーを片手にソファへ腰を下ろしたランディに、リズが「そうなんです」と手紙を見せた。それはセシリアから届いた手紙で、そこにはルークから告白された旨が、喜びいっぱいに記されていたのだ。
「へぇ。あいつがねぇ……」
ニヤニヤするランディも、リズと同じ気持ちだ。何とか男を見せたか、と何故か偉そうにふんぞり返って、机の上にあった新聞を手に取った。
「そう言えば封筒の中に、ランディへの手紙もありましたよ」
「俺に?」
リズが見せてくれたのは、ルークからの手紙だ。
「ランドルフ様、ありがとう。一生ついていきます。ってか?」
ニヤニヤしてそれを見ていたランディだが、その表情が一転。クシャクシャに手紙を丸めて、床に叩きつけ、「あんにゃろ」と不機嫌そうにソファへ腰を下ろした。
そのまま新聞を開いたランディに、リズが首を傾げながら叩きつけられた手紙を拾い上げて開いた。
そこに書かれていたのは……
――で? お前はいつ男を見せてくれるんだ?
……短くもルークらしい文章だ。ニヤニヤしているルークが手紙の向こうに見える気がするから不思議である。エリーの身体を取り戻してから……そんな事はルークも知っているが、敢えてこのタイミングで言ってきたのだ。つまりは、「ビビるなよヘタレ」という煽りだろう。
それが分かったからこそ、ランディもクシャクシャにして叩きつけたのだ。そして今も新聞を見ながらブツブツと文句を言っている。
何とも二人らしい関係に、リズが「フフッ」と微笑んでクシャクシャになった手紙をゆっくりと伸ばした。
「あ――これって……」
突然声を出したランディに、「何か面白い記事がありました?」とリズが隣りに座った。
「これ」
ランディが指したのは、社会面の小さな記事だ。
『帝国南部の街で、屋敷から水が溢れる。水道管の破裂か? 溢れた水にはレール大河原生の生物も確認』
そんな見出しの記事に、ランディは「これって……」と苦笑いを見せた。
「河に沈めた転移門のせいでしょうね」
同じ様に苦笑いを見せたリズと顔を見合わせたランディが、思わず吹き出した。
「わ、笑ったら駄目ですよ」
「いや、笑うしかねーだろ」
転移門から水が逆流する光景を思い浮かべたランディが、笑い声を上げた。
「だから笑ったら駄目ですって」
「あーあ。朝から面白いモンが見れたし、気合い入れて今日もやっていくか」
新聞を放りだしたランディが立ち上がる。
「もう。河の底に沈めるから」
頬を膨らませたリズを伴って、ランディが部屋を後にした。二人の、いや三人がルーク達のように想いを口にし合うのは、まだもう少し先だ。
※オマケのはずが長くなりました。アレですね。多分「簡潔かつ具体的にまとめよ」とか超下手なんだろうな、って思いました。
さて長々と続きました閑話もこれにて本当におしまいです。実はかなり端折ってこの長さなので……(本当は一泊して、翌日ガードナーの領都での色々イベント、その日の夜に解決の予定でした)
明日以降は本編に復帰します。




