第233話 閑話 ルークとセシリア
「今回の旅の目的……」
呟いたセシリアに、「そう、目的だ」とアルフレッドが頷いた。ルークもセシリアも、今回の旅の目的は【真理の巡礼者】へ対抗する為の横の繋がりと、それを理由にしたセシリアとフリードの顔合わせだと聞いている。
「そういえば先程コンラッドが、ガードナー家が【真理の巡礼者】に取り込まれていると……」
そう言っていたと続けるセシリアに、ルークは「やはりですか」とため息をついた。四聖の一人がいたのだ。取り込まれていても何らおかしい事はない。
そうでなくても、考えてみたら今回の旅の理由からおかしいのだ。【真理の巡礼者】に対抗する為に、横の繋がりが必要なのは理解できる。どこから狂信者が入り込むか分からないのだ。しっかりと横と繋がって、侵入を防止するのは正しい選択だ。
だが武力が必要というのは、いまいちピンと来ない。確かに必要ではあるが、今のところ王国で【真理の巡礼者】と帝国を結びつけているのは、ハートフィールドを含めた三家だけだ。
王国政府ですら懐疑的な状況だというのに、ガードナーから武力の見返りに、セシリアとの婚約の話が持ちかけられる事自体不自然なのである。
「つまり伯爵様は、初めからこの話が怪しいと……」
「そうだね。正確にはガードナー家が何かおかしいと思っていたのは、もっと前からだが」
アルフレッドが語るのは、【真理の巡礼者】が認識されるもっと前からの話だ。
例えば港の改築。港が大きくなれば、国に支払う税金も多くなる。だがガードナー家は港を大きくしただけで、交易ルートを増やしたりはしていない。不自然な改築は、増税による市民の圧迫だけでなく、もし帝国の進軍を考えると、大艦隊が寄港できる程の規模だ。
次に使用人の雇入れ。もちろんそれだけ聞けば、おかしな点はない。だが長年仕えてきた家令が引退し,その後釜が新しく雇った家令というのは珍しい。特に古くから続く家で、しかもブラウベルグ程の規模もない。であれば、普通は内部昇進が一般的だ。
加えて兵士の配置換え。別に珍しい事ではないが、海側の防御がこれまでと比べると少々薄くなっている。港を大きくしたのなら、そちらに人員を割かないのはおかしい。
あとはガードナー伯爵の交友関係の変化。伯爵家に出入りしている人間の変化は、交易ルートが変わっていないのに不自然だ。
「他にも……」
「フリード様の心変わり、でしょうか?」
ルークは言いながら、数時間前に門の前で見た光景を思い出している。
「そうだね。フリード君は、非常に実直で真面目な男として有名だった。そして一途な事でも」
アルフレッドが続けるのは、フリードがお抱え商会のエリーナと仲睦まじい関係だった事だ。街でも非常に有名で、ガードナー伯爵も商会との結びつきが強くなるし問題ないと全面的に認めていた関係だけに、突如としての破局はあまりにも不自然だ。
「それに輪をかけて我が娘に婚約の打診だ」
今まで殆ど交流がないにもかかわらず、急に降って湧いた婚約打診。あまりにも怪しいそれに、アルフレッドはガードナー伯爵家が【真理の巡礼者】に乗っ取られたのではと考えていた。
「そんな時、ヴィクトールから連絡がきただろう。武の心得がある人間への洗脳と、その問題点について」
「そういえば……」
ルークが思い出すのは、ランディ達が見抜いた洗脳の限界だ。
「それを聞いてピンときたよ。この情報は、ウチを狙い撃ちにしていると」
アルフレッドが語るのは、あの情報は武門で有名なガードナー家の乗っ取りを隠す一手だという。もちろんランディ達が予想した事も間違いではないが、本当に隠したい真実を覆うための布石だったのだ。
「という事は、フリード様がセドリック様を語った時の妙な違和感は――」
「恐らく【真理の巡礼者】の意思で、微妙な敵意が混じったのだろうね」
敵意を一瞬だけしか見せなかった事を驚くべきか。それともそれに気付いたセシリアを褒めるべきか。とにかく、普段から鍛えているフリードをしても、そこまで操られるだけの脅威があったというわけだ。
「だから私は敢えて、今回の誘いに乗ることにした」
敵地へ乗り込むことで、相手の出鼻を挫くのだとアルフレッドは言う。
「それなら、なぜ私達だけに内緒に……?」
「お前達はまだまだ腹芸など出来はしまい? なら初めから知らせないほうが、相手にも悟られないかと思ってね」
アルフレッドが肩をすくめた時、廊下の向こうがにわかに騒がしくなった。ドタドタと近づいてきた足音が廊下の角を曲がると、コンラッドを先頭に、ガードナーの騎士達と、ガードナー親子、家令ニコラスと続き、殿を務めるハートフィールドの騎士達が現れた。
「こ、これは――」
ホレスの死体を見て驚くガードナー親子と、わずかに後ずさったニコラス。確実に機を見て逃げようとしているのだろうが、ジリジリと下がったニコラスの背がロベルトにぶつかった。
「どこに行かれるんですか?」
ニコリと笑ったロベルトに、ニコラスの顔が引きつった。
「ど、どこ……き、決まっている。医者を呼んで――」
「必要ありませんよ。もう死んでますから」
ロベルトがウチの若いのは腕が立つので、と笑顔で続けた。
「うちの騎士が襲われたんです。もちろんガードナー家として、十分な説明をしていただけるのでしょうね」
笑顔のアルフレッドに、「襲われた?」とガードナー伯爵は呆けた表情を見せている。目は虚ろで焦点は合っていない。それは息子のフリードも同じで、見るからに洗脳というか、催眠が解けかかっている。
「セシリー、そう言えばエレオノーラ様に魔法の指南を受けたと言っていたね」
振り返ったアルフレッドに、セシリアが累唱の触りだけを教えて貰った事を話した。
「る、累唱だと! あれは選ばれし我々にしか――」
思わず叫んだニコラスが口を塞ぐがもう遅い。
「分かってたけど、アンタは黒か」
ロベルトが一瞬でニコラスを組み伏せ、抑え込んだ。
「残念だったね。うちの娘は可愛くて優秀だが、催眠を解く魔法など身につけてはいない」
笑顔を見せるアルフレッドに「謀ったな」とニコラスがギリリと奥歯を鳴らした。
「君が勝手に勘違いしたのだろう」
ため息混じりのアルフレッドが、胸元からペンダントを取り出し、目が虚ろなガードナー伯爵へと掲げた。ペンダントの淡い輝きを見つめていたガードナー伯爵の瞳に光が戻って来る。
「ハートフィールド卿……」
「ガードナー卿、ご気分はいかがか?」
「頭がハッキリしている。どうやら大変なご迷惑をかけたようだ」
頭を下げたガードナー伯爵が、フリードへと向き直り、「戻ってこい」とその頬を叩いた。何ともヴィクトールチックな行動だが、頬を張られたフリードの目にも光が戻るのだから、この世界の武門は単純な人間が多いようだ。
「父上……」
「まずはお前も謝るのだ」
ガードナー伯爵にならい、フリードもアルフレッドと、そしてセシリアへ頭を下げた。
「旦那様、何をされているのです。奴らは屋敷で殺人を――」
「黙れ。貴様が連中と通じているのは、既に何度も見てきた。今更言い逃れは出来んぞ」
中々の圧を見せるガードナー伯爵に、ニコラスが「チッ」と舌打ちをもらして顔を背けた。
そこからはあれよあれよと事が進んだ。
ガードナー親子の話によると、ずっと記憶はあるのだという。それこそニコラスの言うことを聞かねば、という意思が働いていた以外は、普通の生活を送っていたそうだ。
ニコラスは元々帝国の中規模商会で、番頭をしていた男だったという。前任の家令が老年で引退するのと同時に、ニコラス自身が売り込みにきたのだそうだ。
本来ならお断りする話だが、ニコラス自身中々やり手らしく、今回交易事業を大きくしたいガードナー家としても、帝国商会での番頭の実績は無視できない。
そこで試用期間を設けて雇い入れた所、これが本人の経歴通りかなり優秀だったそうだ。人当たりも良く、屋敷の人間の心を掴み、そして気がつけば伯爵家は乗っ取られていたという。
「交易を広げるために、港を大きくした頃からおかしくなったのだ」
力なく首を振ったガードナー伯爵が、ベルモンド商会と民衆には悪いことをしたと肩を落とした。
「そうだ、エリーナ――」
慌てて駆け出そうとするフリードに、ガードナー伯爵が「待て」とその肩を掴んだ。
「今何時だと思っている。明日の朝一番にでも先触れを出してから会えばいい」
「ですが明日は……」
フリードが遠慮がちにセシリアを見た。その顔には、明日はセシリアとの散策が……と書いてあるようだ。
「お前……この状況で――」
呆れ顔のガードナー伯爵に、フリードが「違います」と首を振った。
「理由はどうあれ、我が家に招待したレディです。それを放りだしては……」
「あら。私の事はお気になさらずに、ぜひエリーナ様と仰る方に、誠心誠意謝られた方がいいかと思いますわ」
笑顔を見せるセシリアに、「感謝します」とフリードが笑顔で頭を下げた。
そうして想像以上にあっけない幕切れとなった夜中の事件だが、集まった面々がその場を後にした頃、部屋からカタリナが顔を覗かせた。
「そろそろ、メインが始まるかなあ、って思ってぇ」
ニコリと笑ったカタリナに、「メイン?」とルークが首を傾げた。
「お嬢様と、伯爵様に、お伝えします……って言ってたじゃない」
あんな事があったのに、メインがそれだと笑うカタリナに、アルフレッドは苦笑いを見せた。
「いえ、カタリナ様の仰るとおり、これがメインです」
大きく頷いたルークが、まずセシリアに向き直った。本来なら膝の一つでも着いたほうがいいのだろうが、ルークは真っ直ぐ立ったままセシリアに一歩近づいた。
「お嬢様。俺はあなたが好きです」
飾らない、ストレートな表現に、セシリアの顔面温度が急上昇する。耳まで赤くなったセシリアに微笑んだルークが、今度はアルフレッドへ向き直った。
「伯爵様。お嬢様を思い続けること、ご容赦頂けますか?」
「思い続けるだけでいいのかね?」
表情の読めないアルフレッドに、ルークは「今は……」と首を振った。
「思い知らされました。私は……俺は何も持たないただの小僧なんだと。だから……必ずお嬢様を託すに足る男になります」
真っ直ぐにアルフレッドを見据えるルークが続ける。
「お嬢様が学園を卒業するまでに、絶対に。だから……」
「分かった。それまではセシリアへ来る婚約話は私が蹴っておこう。だが猶予はそれまでだよ」
微笑んだアルフレッドに、「十分です」とルークが大きく頷いた。
セシリアへの思いと、それを叶えるための道筋。それらが映ったルークの瞳に迷いは一切見えなかった。
☆☆☆
「結局一泊で帰る事になりましたわね」
「仕方ありません。ガードナーも事後処理で忙しいでしょうから」
ルークが苦笑いを浮かべるのには理由がある。なんせ帰り道中を、セシリアが馬車に乗ることを拒み、ルークに並走するように馬に乗っているのだ。もちろん跨ってはいない。横向きの所謂サイドサドルでの乗馬だ。
ガードナー伯爵に頼んだら、喜んで手配してくれたサイドサドル用の鞍に座るセシリアは、器用に手綱を握って笑顔を見せている。
「伯爵様が悲しそうでしたよ」
「いい気味ですわ。だいたいお父様がちゃんと目的を伝えていたら、ルークが危ない目に遭うことも無かったはずですもの」
プリプリ怒るセシリアは、自分達も腹芸くらい出来ると今も息巻いている。
(腹芸か……。恐らく本当の目的は違うんだろうな)
今回の旅行で、アルフレッドという男の片鱗を見たルークの感想だ。ルーク達に本心を伝えなかった理由。彼はそれが「腹芸が出来ないから」と言っていたが、本当の理由は別にあるのだと睨んでいる。
だがルークをしても、それが何なのかは分からない。
どうも一杯食わされた気はするが、不思議と悪い気はしていない。なんとなくだが、ルークとセシリアの為に、本当の事を伝えなかったと思っているから。
ルークがふと隣を見れば、今も楽しそうに馬を駆るセシリアと目が合った。
「お嬢様、お辛くありませんか?」
いくら専用の鞍と、乗馬の経験があるとはいえ、セシリアがここまで長い時間乗馬をした経験はないはずだ。だがセシリアはプイっと顔を前に向けてルークの言葉に応えない。
「お嬢様?」
「セシリアと呼んで」
頬を膨らませたセシリアに、「いえ、まだ資格が……」とルークが言葉を濁すのだが、セシリアは関係ないと首を振る。
「私が呼んでほしいのです」
顔を赤らめたセシリアに、ルークも頬を朱に染めて、「では……」と口を開いた。
「セシリア様……」
「よろしい」
頷いたセシリアに、ルークが吹き出し、そしてどちらともなく笑い声を上げた。
そんな二人を馬車の後方から見守るのは、ロベルト以下ハートフィールド騎士達だ。ちなみに隊長コンラッドは、馬をセシリアに取られて馬車の中だ。
「いやあ。若いっていいな」
「だな」
「いいよなー」
口々にルーク達を羨む騎士達だが、その顔は言葉とは裏腹に底抜けの明るさだ。そんな優しい視線に見守られ、ルークとセシリアの会話は弾む。
「見て下さいルーク! あの雲、シュークリームみたいですわよ」
空を見上げて喜ぶセシリアに、ルークも「本当ですね」と微笑んだ。心地よい春風に吹かれ、抜けるような青空の下、二人の笑い声が広い草原にいつまでも響いていた。
※これにて閑話は終了……の予定だったんですが、「閑話のその後」の短いエピソードが続きます。アルフレッドの真意などを描く予定です。
なので、閑話の閑話みたいなのが後一話だけ続きます。ご容赦下さい。 (入り切らなかったんです)




