第229話 閑話 騎士と令嬢②
日も完全に沈んだ頃、ハートフィールド一行はガードナー伯爵領の領都へとたどり着いていた。彼らを迎え入れたのは、歓迎ムード全開のガードナー伯爵夫妻と、その息子であるフリードだ。
ウェーブがかった茶髪に、翡翠を思わせる瞳。スラリと伸びた肢体と整った目鼻立ちは、ルークには劣るものの女性にモテそうな見た目である。
(ケッ、スカした面してやがる)
ルークの感想だが、全くそんな事はない。フリードがルークの淡い期待を裏切っただけだ。
イケメンかつ社交的な雰囲気。昔は海賊退治で名を馳せた武門と聞いていたので、少しだけガサツさを期待していたルークの予想が外れただけだ。
ヴィクトールのようなガサツな雰囲気を。
……ちなみにルークも、ヴィクトールにはない社交性と爽やかさだ。つまり自分の事を完全に棚に上げている。フリードからしたら、「お前には言われたくない」案件だろう。
とにかく、ヴァルトナーには劣るものの、このあたりでは有名な武門の一族にしては、珍しい社交性は、ヴィクトールの騎士達にはない長所だ。
(毛むくじゃらの熊か、無愛想な野郎だと良かったんだが。まあ最近は商売に傾倒してるらしいしな)
言い聞かせるように深呼吸をしたルークが、最近のガードナーは武力だけでなく、大規模ではないが交易も手掛けている事を思い出した。
確かにルークの感想通り、コンラッドはもちろんのこと、他の護衛騎士達にまで笑顔を見せるフリードは、気さくな好青年と言った雰囲気だ。
「ルーク――」
「はい」
コンラッドの指示で、ルークは雑念を追いやり、扉の脇に控えて頭を下げた。
騎士達の配置が整ったのを確認し、コンラッドが扉越しに声をかけてゆっくりと馬車の扉を開いた。
まず姿を見せたのは当主であるアルフレッドだ。ガードナー伯爵と挨拶とガッチリ手を握る後ろで、カタリナがコンラッドに手を取られ、そして続くセシリアの手をルークが取った。
「足元にお気をつけ下さい」
「……ええ」
普段から交わしている何でも無い会話だが、セシリアは浮かない表情だ。なるべく笑顔を見せようとルークも務めるのだが、その笑顔はぎこちない。いつもより冷たく感じたセシリアの手がルークの手から離れ……セシリアは両親と共に、ガードナー一家と挨拶を交わし、和やかな雰囲気で屋敷へと歩いていった。
ハートフィールド家もガードナー家も、どちらも両親に令嬢、令息、という三人一組だ。伯爵同士、夫人同士、そしてセシリアをフリードがエスコートする形で屋敷へと消えていく。伯爵家の護衛はもちろんコンラッド一人だ。
当たり前である。団長補佐のコンラッドは、ガードナー家でも顔が知られているが新人のルークはそうも行かない。伯爵家の護衛として屋敷へと入れるくらいには、ルークとコンラッドでは騎士の格が違うのだ。
その様子を見ていたルークの肩を先輩騎士、ロベルトが叩いた。
「ボーっとしてる暇はないぞ」
「……はい」
頷いたルークが、乗ってきた馬を一旦ガードナー家の厩番に任せ、自身は伯爵家の荷物を馬車から下ろす仕事に取り掛かった。本来騎士がするような仕事ではないが、今回の旅に下男は同行していない。
ガードナー家の使用人と協力し、馬車から荷物を下ろしたルークは、「それはお嬢様の、こっちはカタリナ様だ」とメイドや下男に、荷物の振り分けを指示していく。
ようやく荷物を振り分けたルークを待っていたのは、乗ってきた馬の世話だ。ガードナー家の厩番に馬を預けたとは言え、騎士にとって馬は重要な相棒でもある。それぞれに気質が違う上に、今日は知らぬ寝床だ。
少しでもストレスを和らげる為に、各自が自分の馬に飼葉をやり、ブラッシングくらいは行う。これも本来は従騎士や従者の務めであるが、この旅には……以下略である。
加えて旅行の日程は二泊なので、厩番に明日以降世話の一部を依頼するための、簡単な馬の特徴を伝えるという意味合いもある。
地味だが怠ることが出来ない、騎士としての重要な仕事だ。そして隊長であるコンラッドの馬を担当するのは、もちろん最年少のルークの仕事だ。
全員で厩へ赴き、厩番へ断りを入れて馬を労いつつ軽くブラッシングを行う。馬が二頭分あるルークはそれこそ大忙しだ。なんせこの後は、相手の騎士団からの歓迎会が待っているのだ。
あまり先方を待たせるわけにもいかない。
そんなルークの意識が、ふと厩の向こうに見える立派な屋敷に行った。ハートフィールドの伝統ある屋敷とも、ヴィクトールの小さな屋敷とも違う。少し洗練されたモダンな屋敷からもれる光から、ルークは思わず視線を逸らした。
あの光の中で、セシリアや伯爵夫妻は談笑の真っ最中なのだろう。
忘れていた。いや、知らなかった。
ヴィクトールでは領主へ近すぎたせいで。
そのままセシリアという主に仕えたせいで。
彼女と自分との身分の差は、こんなにも離れていたのだという事を。ルークは思い知らされている。
学園で、馬車で、屋敷で、中庭で、常にセシリアと共にあったからルークは勘違いしていた。自分はただの騎士ではないのだと。だがどうだ。実際にこうして他家へ赴けば、ルークは一介の騎士でしかない。
いやそれは正確には正しくはない。少なくともヴィクトールでは、騎士隊長や副長の補佐を務める分隊長の任にあった。
そう思えばここで馬のブラッシングをしている自分が、何とも惨めに思えてしまったのだ。
「こら、手が止まってるぞ」
そんなルークの頭を背後から叩くのは、先輩騎士ロベルトだ。
「すみません……」
覇気のないルークに、ロベルトがため息混じりに「変われ」とそのブラシを奪い取った。
「馬ってのはな、繊細な生き物だ。俺達にとっては相棒でもある。だからちゃんと向き合ってやらないと駄目だ」
説教をしながらも、ロベルトは馬に優しく声をかけてブラッシングを行っていく。
「ヴィクトールでは、あまり馬に乗らないんだって?」
「……ええ」
頷いたルークが、ヴィクトールでは馬で移動するより、走った方が速いという人間ばかりだと苦笑いを見せた。
「確かに以前来てくれたウォーカー卿も、それにお前も意味が分からないくらい強いもんな」
笑顔を見せたロベルトが、「これでよし」と馬の首を撫でた。
「でもな、ルーク。強さだけが騎士の基準じゃないぞ」
馬を撫でたロベルトに、ルークが「はい」と頷くのだが、実際は良く分かっていない。無理もない。実力至上主義のヴィクトールで育ち、力こそ全てというランディ探検隊出身なのだ。
――歳ぃ? 馬鹿か。俺が一番強えから俺が隊長だ。
そんな隊長のもとで思春期を過ごしたのだ。まともな感性が育っている方がおかしい。もちろんルーク本人は、その考えに固定観念を覆された喜びの方が大きい。少なくとも大公の落し子という烙印よりも、自分自身の力で勝ち取った地位だという自負が持てたからだ。
だがロベルトはそんなルークを見て「ははは」と笑って肩を叩いた。
「分かってないな、この野郎」
グッと肩を組んできたロベルトに、「実は……」とルークも苦笑いを見せた。
「まあいい。そのうち分かる、いや分からせてやるからよ」
ルークを引き摺るようなロベルトが、「さあ、飯だ」と他の隊員にも声をかけた。これからルークやロベルトは、華やかなセシリア達とは違い、ガードナー騎士団からの暑苦しい歓待を受けるのだ。
少しだけ気持ちが軽くなったルークだが、それでも屋敷からもれる光を、振り返る事は出来なかった。
☆☆☆
ディナーが始まるまでの間、セシリア達は応接室でガードナー家からの歓待を受けていた。出された紅茶の味にこそ驚いたセシリアだが、内心ではため息が止まらない。
父同士、母同士と話は弾んでいるし、自分に話しかけてくれるフリードも悪い男ではない。事実ハートフィールド家が展開している事業への理解に始まり、学園の話でも盛り上がりはしている。
なんせ三つ上とは言え、同じ学園の出身者だ。授業から教官まで、共通の話題など腐る程ある。
話の仕方もセシリアへの気の遣い方も、紳士そのもので、実際にダリオより全然マシだと思えるレベルだ。だが残念ながら比較対象はダリオだ。今のセシリアの心を掴んで離さないのが、ルークという男だ。
紳士に見えてどこか抜けている。だがやる時はやるという事を地で行く男。学園でもその見た目と強さから、ファンクラブがあるというのに、セシリア以外の女性には見向きもしない。
セシリアにだけ見せる優しさも。
ランディとのやり取りで見せる、少年のような無邪気さも。
そしてドキッとするような男らしい一面も。
どれもこれもがセシリアの心を掴んで離さない。それでもルークへの思いをおくびにも出さず、フリードの相手を出来るのだから、セシリアも一端の貴族令嬢だ。今も笑顔でフリードの話に相槌を打つのだから、生まれついての貴族というのは恐ろしい。
ランディがこの光景を見ようものなら、「ヒェ」と声をもらしてしまうだろう。
とにかく表面上は盛り上がりを見せた応接間での談笑は、想像以上に早かったディナーの準備完了とともに一旦の終了となった。
そこから再び三人とコンラッドを伴い、ガードナー家が先導する形で食堂へと移動する。そんな道すがら、廊下の窓からセシリアの目に飛び込んできたのは厩から出てきたルークだ。
先輩騎士に肩を組まれ、少しだけ困ったような笑顔のルークに、セシリアが思わず微笑んでしまった。自分の騎士が、家の騎士団に馴染めている。その事実だけでも、セシリアは喜ばしいのだ。
今後二人の立場で、どんな関係に落ち着くかは分からない。
出来れば添い遂げたいと思っている。だがもし思いが叶わずとも、ルークにこれからもハートフィールドに居て欲しいと思っているのだ。
だから仲が良さそうな二人の騎士の姿に、セシリアは思わず微笑んだ。
「セシリア嬢、何か面白いものがありましたか?」
声をかけてきたフリードに、「いえ」とセシリアが首を振って、窓の外で見えた光景を話した。
「騎士の結束が固いのは良いことですね」
笑顔を見せたフリードが、ガードナー家の騎士団も精強かつ繋がりが強いと自慢げに話している。
「ちなみに私も騎士団の一員なんです」
「まあ。お忙しいのではなくて?」
セシリアが驚くのも無理はない。ヴァルトナーのようなゴリゴリの武闘派貴族ならまだしも、ガードナーはあそこまで武に振り切った家ではない。
商売もする貴族の嫡男として、求められるのは、武力以上に――セドリックのような――政治的能力だ。いくらなんでも騎士団に入る程、時間があるとは思えないのだ。
「同い年に、セドリック・フォン・ブラウベルグがいましてね。彼に触発されたんです」
肩をすくめたフリードが、学園では一度もセドリックに勝てなかったと笑った。そしてそれが悔しくて、学園の途中から自領の騎士団に所属して鍛えているのだとか。
「彼ほどではないですが、剣の腕もまあまあ上がりましたよ」
微笑むフリードにセシリアは若干の違和感を覚えた。ほんの一瞬、だがそれは勘違いだったかのように一気に形を潜め、今眼の前のフリードは、心の底からセドリックという刺激があってこそだという笑顔だ。
「フリード様も参加され、それに横の繋がりが強い騎士団ですか。よい家なのですね」
セシリアの本心だ。嫡男が参加して尚、団員達と絆を結べている。お互いの信頼関係があってこそのものだろう。セシリアの言葉にフリードが笑顔で頷いた頃、ようやく食堂の扉が見えてきた。
メイド達が扉を開き、笑い合う両家とコンラッドは、食堂へと足を踏み入れた。ゆっくりと閉まる食堂の扉に小さくため息をついたコンラッドは、「絆か」と閉じてしまった扉をチラリと振り返った。
今頃ルーク達も、ガードナー騎士団との親睦を深めている頃だ。
「頼むぞ、皆――」
呟くコンラッドの声は誰にも聞こえていない。ただただ両家が楽しげに談笑する声だけが食堂に響いていた。




