第225話 家族に言われるより他の人に言われる方が響く事ってある
転移門をレール大河の底へ沈めたランディ達は、久しぶりの実家を満喫し、翌日の昼前にブラウベルグの領都へ転移する為、クラリスと合流していた。
「お兄様! なぜまた訓練着なのですか!」
「良いだろ。動きやすいんだし」
肩をすくめるランディに、クラリスは「もっとしっかりして下さいませ」と口を尖らせ怒っている。
「お母様もお父様も、何とか言って下さいまし! ヴィクトールの名折れですわよ」
怒るクラリスに、アランもグレースも苦笑いだ。なぜなら一度その格好で行った以上、もはや取り繕う必要もない。それよりも、クラリスの方が気合を入れすぎだとやんわり注意をするのだが、クラリスはこのくらい当たり前だと頑として聞く耳を持たない。
「お前な。そのゴテゴテファッションのどこが普通だ。お前は小林◯子か?」
眉を寄せたランディが、「いや、洋風だからレディ◯ガか?」とクラリスの気合い入りまくりのドレスを軽く指で弾いた。
「やめてくださいまし! 意味の分からない事ばかり」
プリプリと怒るクラリスは完全に舞い上がっている。マダムに見てもらうのだ、と言うのだが、その格好はどう見ても自分が持てる実力を注ぎ込んだだけの、見栄っぱりな何かにしか見えない。
(憧れに肩を並べないといけない……そのプレッシャーだろうが)
ランディがリズや両親へ視線を向けるが、三人とも黙って首を振るだけだ。どうやらリズもやんわりと「いつもの格好で良い」と伝えたのだろうが、舞い上がるクラリスが聞く耳を持たなかったのだろう。
(ませてるっつっても十二の子供だしな)
それでもランディは、「止めろよ」と非難の意を込めた視線を両親へ向けた。その視線にアランが、「お前も覚えがあるだろう」と苦笑いを見せるだけだ。
確かにこの世界に生まれ変わり、幼い頃は若干黒歴史っぽい事をしてきただけに、その言葉に返すものを持ち合わせてはいない。
(必要な経験か)
今日のこれもいい思い出になるかもしれない。そう思ったランディが小さくため息をついた。
「そろそろ行くか」
「緊張しますわ」
「一回会ってんだろ?」
首を傾げるランディに、一度目はただ憧れに会うだけだったが、これからはビジネスパートナー兼、師匠になる人物への挨拶だ。それがどれだけ異常な事なのかをクラリスが早口で捲し立てている。
無理もない。田舎の小娘相手には、伝説の二文字は大きすぎたと言える。その結果がランディの予想通り、このレディ◯ガファッションなのだから、ランディとしては笑えないのだが。
「あんま気負うな。どこまで行っても、俺らは俺らでしかねーんだから」
抽象的な励ましに、「意味が分かりませんわ」とクラリスが口を尖らせる。ランディもそれをどう伝えたものか、と悩むのだが、今ランディがどれだけ言葉を尽くしたとしても、伝わらない気がしたのだ。
「いずれ分かる。その時は、今日を思い出して枕に顔を埋めるがいい」
そう笑ったランディは、両親に別れを告げ、二人を見守っていたリズに転移を頼むのであった。
クラリスを伴ったランディ達がたどり着いたのは、ハイゼンベルクにある侯爵家の屋敷、もとい城だ。相変わらずホールだけで圧倒される雰囲気だが、前回より慣れたランディは、少しだけ余裕がある。
「あの転移門が解析できたら、ブラウベルグとも繋げよーぜ」
嬉しそうに笑うランディが、「あの変に、いい感じのオブジェっぽくさ」と巨大なホールの隅を指した。
「良いですね。それが出来ればお父様達も気軽に遊びに来られそうです」
嬉しそうにリズが笑うが、それを聞くクラリスは緊張気味だ。
「閣下達を、あの小さな家にですか……」
若干青い顔で呟くクラリスが、それを想像したのかブルっと身体を震わせた。姉と慕うリズの父母とはいえ、この巨大な城の主だ。実家の小さな屋敷へ招くのは非常に場違いな気がしているのだろう。
伝説のデザイナーに加え、王国の名門貴族だ。確かに見た目に質素なヴィクトールの屋敷とは不釣り合いに見えなくもない。
「お兄様、ウチの屋敷ももう少し立派にしませんと」
使命に燃えるクラリスの瞳に「やだよ」とランディが首を振った。
「なぜですの?」
「そりゃデカくする意味がねーだろ」
ランディがため息をついたのとほぼ同時、音もなくまたブラウベルグの家令セバスが現れた。
納得行かないというクラリスの表情だが、流石にここで兄妹喧嘩をしてはならない事は弁えている。渋々引き下がったクラリスに、セバスが優しく微笑んだ。
「ヴィクトールのお屋敷は、『ヴィクトールらしく素晴らしかった』と旦那様からそう聞いております」
不意に微笑んだセバスに「あ、ありがとうございます」とクラリスが頭を下げた。
「こちらへ――」
前回同様、セバスの案内で屋敷の中を進むランディ達だが、今回はどうやら直接マダム達のもとへ行くようでルートが前回とは違う。
「ブラウベルグはその性質上、海の向こうのお客様を饗す機会が多くございます」
歩きながら語るセバスの言う通り、廊下を彩る舶来の品々を見るだけでもブラウベルグ侯爵家が様々な地域と取引があることが分かる。
「習慣、文化の違う方々をお招きする機会がある以上、どうしても用途別の部屋が多くなってしまうのですよ」
振り返ったセバスが「例えば」と廊下の突き当りに見える大扉を開いてみせた。
「なんでしょう。草の匂い……」
「マジかよ……」
ランディのテンションが上がるのも無理はない。
「これ、畳ですよね?」
「流石はランドルフ様。よくご存知で」
驚いたセバス同様、リズも驚きを隠せないでいる。
「ランディ、知ってるんです?」
「まあちょっとな」
羨ましそうに畳を見るランディに、セバスがここ半年程でようやく航路が開拓できた、東の先にある小さな島国ホムラの伝統的な床だと教えてくれた。つまりリズも知らないルシアン達の新たな成果でもある。
(スゲー。やっぱあると思ってたけど……)
元日本人としては、日本っぽい国がちゃんと存在している事が嬉しくてたまらない。
「そう言えば、旦那様がアラン様にホムラの品を送られたらしいですが……」
「え゙? 本当ですか?」
驚くランディが、クラリスに視線を向けるが、クラリスは黙って首を振るだけだ。
(あんにゃろ……ぜってー酒だな。独り占めする気だ)
帰ったら絶対にグレースへ密告しよう。それかそれをネタに清酒を一口くらい……ランディがそんな事を心に決めた頃、「では行きましょう」とセバスが目的地への誘導を開始した。
「他にもブラウベルグの屋敷が大きいのは、商売相手を安心させる為という部分もありますね」
屋敷の大きさは財力として分かりやすい指標だ。取引相手を屋敷に招き、手広くやっている事を認識させるだけで、相手からしたら取引をする事に安心を持たせやすい。
「大きくなりすぎて、家族との距離が遠いのが難点だと旦那様は仰っていましたね」
セバスが、そのお陰でセバス達使用人の大量雇用が生まれて助かっていると、茶目っ気たっぷりに笑ってみせた。
「旦那様は仰っていました。『ヴィクトールの屋敷は、質実剛健を体現したようだった』と」
前を歩きながら語るセバスが、クラリスをチラリと見て微笑んだ。
「大きさや見た目だけでなく、心が宿っている。分かる方には分かるのです」
前を歩くセバスに、クラリスが僅かに俯いて裾を掴んだ。
「もちろん。クラリス様やマダムのようなデザイナーにとって、見た目も重要だと理解してはおりますが」
セバスが立ち止まったのは、以前通された中庭へ続く扉の前だ。
「服でも家でも、着る人がいて、住む人がいて、それぞれの良さが出るのではないのでしょうか」
「……ありがとうございます。失念していました」
深々と頭を下げるクラリスに、セバスは少々困ったような、それでいて優しげな微笑みを返した。
「大事なことを思い出させられましたわ」
微笑むクラリスに、「よいお顔です」とセバスがゆっくりと扉を押し開いた。柔らかく差し込む陽光に、ランディ達が僅かに目を細めた。慣れてきた瞳に映るのは、中庭を彩る花々と、その中央でお茶を楽しむレディ二人だ。
「行ってらっしゃいませ」
中へ促すセバスが、扉の際でゆっくりと頭を下げた。セバスの前を堂々たる姿勢で進むクラリスに、ランディはリズと思わず顔を見合わせた。何とも覚悟が決まった、戦士の背中に見えてしまうのだ。
(キースにしろ、セバスさんにしろ、伊達に長生きはしてねーな)
マダムとの共同開発に喜びはしていたものの、若干浮足立っていたクラリスの足をしっかりと地につけた。しかもそれだけではない。自分だけでなく、ヴィクトールの皆を思いやれる背中は、まだ小さいもののランディには頼もしく見える。
その背中に笑顔を見せたランディは、セバスに小さく頭を下げた。
「父母に代わって感謝申し上げます」
「何のことでしょうか」
とぼけるセバスに、ランディも笑顔だけを返してクラリスの後を追う。家と服のデザイン。全く関係ないようで、そうでもない。やはりクラリスは、少し焦って背伸びがしたかったのだろう。
伝説のデザイナーを迎え入れる。
王国の名家との繋がりがある。
だから少し見栄を張りたかったのだ。それが分かりやすく、気合い入りまくりのドレスや、屋敷の改築に繋がったのだとランディは思っている。もちろん必要であれば、屋敷は改築はしたほうが良いのだが。
だが見栄の為の改築など必要はない。今の屋敷は、ヴィクトールの家族と使用人が作り上げた唯一無二の空間だ。
それは間違いなく、これからクラリスがデザインするドレスや服にしてもそうだ。
もちろん見栄でドレスを買う人間もいるだろう。だがそればかりを刺激していては、決して良いものは作れない。着る人に寄り添った服やドレスが作れてこそ、やはりデザイナー冥利に尽きるというものだ。
それは周りの人々への感謝なくして出来るものではない。デザインに集中できたのも、今ここに立っているのも、クラリス一人の力では無い。それはもちろんランディにしてもそうだ。
だから、それに気付かせてもらった事には感謝しか無い。
事実堂々たる足取りでマダムの前に進み出たクラリスは、「ご機嫌麗しゅうございます」と見事なカーテシーを見せている。
「えらく気合の入った嬢ちゃんだと思ったが……中々どうして、足は地面についてるみたいじゃないか」
ニヤリと笑ったマダムに、「はい」とクラリスが背筋を伸ばして頷いた。この場にこのドレスという格好でも、決して退かないその心意気に、マダムが嬉しそうに笑みを浮かべる。
「昨日の今日で、お嬢ちゃんがえらく大きくなったもんだねえ。どんな魔法だい?」
クラリスを前に嬉しそうに笑ったマダムが、「これなら期待は出来るね」とランディにニヤリとした笑みを見せた。
「当たり前だ。誰の妹だと思ってんだ」
笑みを返したランディが、マダムの前にリズから受け取った裁縫箱を差し出した。
「約束の品だ」
「中を確認させてもらうよ」
「ああ」
悪い顔で笑う二人は、場所が場所なら反社会的な取引の一幕に見えなくもない。暫く裁縫箱という名のジェラルミンケースっぽい箱を確認したマダムが、満足そうな顔を上げた。
「確かに。アタシの裁縫道具だね」
裁縫箱を閉じたマダムが、「約束だ」と立ち上がった。
「それじゃあね、フローラ嬢。世話んなったね」
大きな裁縫箱を片手で肩にかけるマダムは、何とも男らしく格好いい。
「またマダムのドレスが見られるかもしれないんですね。私も仕立て直しを楽しみにしてますわ」
優雅に立ち上がったフローラに、マダムもリハビリ後ならいつでも受け付けると豪快に笑っている。流石に一線を退いてからかなりの年月が経っているのだ。いきなり営業再開とは行きにくいだろう。
もちろんまだ街も作り途中なので、ランディ達も全く問題ない。
そうしてフローラとマダムが別れの挨拶を交わしていたのだが、マダムが「そう言えば」とふと思い出したように眉を寄せた。
「こっちの家をどうしようかね」
「残しておいても良いのでは? 別荘のように」
首を傾げるクラリスに「そりゃいいね」とマダムが豪快に笑ってクラリスの頭を撫でた。
「それと、家の事で思い出したんだ。ちょっと忘れ物を取りに行ってもいいかい?」
侯爵家に匿われる時には持ってこなかったが、ここからヴィクトールへ行くとなるといつ帰ってこれるか分からない。だから持って来たいのだというマダムに、フローラが不安げな顔で口を開いた。
「護衛をおつけしましょうか?」
「要らないよ。昼日中だ。しかもサッと行ってサッと取ってくるだけ。護衛を待ってる方が時間がかかっちまう」
カラカラと笑うマダムが、「ババアでも、元冒険者なんだ」とヒラヒラと手を振って勝手に中庭を出ていってしまった。
「セバス」
「直ぐに手配しましょう」
慌てて手配に走るセバスだが、リズがランディの裾を掴んだ。マダムが何者かに狙われている。それは裁縫箱を取りに行く前のお茶会で聞いたばかりの事実だ。
「ランディ……」
「任せろ。俺がい……や、待てよ」
悪い顔のランディが、「適任がいるじゃねーか」とリズの肩を叩いた。
「ちっと、新しい街に飛ぼうぜ。そこにいるだろ。適任の妖怪爺が」
ランディの笑顔にリズも「そうですね」と満面の笑みを浮かべて、早速ランディを連れて転移でその場を後にした。
残されたフローラとクラリスは怪訝な表情で顔を見合わせた。
「適任って?」
「分かりません。ただ、新しい街とお兄様が『爺』といっていたので、多分キースだと思うんですが」
クラリスが話すのは、ヴィクトールの家令でありランディ達の師匠にも当たるキースという老人の話だ。
「適任?」
「さあ?」
首を傾げる二人が、マダムとキースの過去の話を知るのは、これから一時間ほど後の話だ。




