第224話 今回転移してばっかり
マダムの裁縫箱を手に入れたランディ達は、それを片手に帰路へついていた。
「俺達はここで――」
手を振るのはユリウスとリヴィアだ。元々崖の近くにある街で、教会から来た人々の補佐をしている二人は、まだ暫くここで色々と仕事があるらしいのだ。
「次に会うのは新学期かな」
「兄上達のせいで、編入の話が流れなければな」
苦笑いのユリウスに、ランディもルークも微妙な表情を浮かべるしか出来ない。一応王国もユリウスの編入を認めたものの、これから帝国が侵略してきたなら、それがどう転がるか分からないのだ。
そんな笑えないブラックジョークだが、ランディはふと思い出したように、ユリウスに顔を近づけ囁いた。
「そーいやお前のお付き……【二代目剣聖】は帝国軍の所属なんだろ?」
「ああ。そうだな」
ランディとユリウスがほぼ同時にリヴィアを振り返った。二人の視線に、リヴィアが僅かに眉を寄せて首を傾げた。
慌てて視線を引き戻したランディ達に、「なんだよー」とリヴィアが口を尖らせるが、ランディもユリウスも何でもないと言うしか出来ない。
「大丈夫なのか?」
「問題ない、とは思う。リヴィアは一応ラグナル兄上……一番上の兄上の指揮下にあるが、性格がアレで手を焼いているという話しか聞かないからな」
ため息混じりのユリウスだが、ランディが見る限りユリウスの言うことはよく聞いているように思える。それを指摘するランディだが、ユリウスは「どうだろう」とはぐらかすだけだ。
相変わらずコソコソとするランディ達に、リヴィアが盛大に頬を膨らませた。
「ユリウスもランドルも感じが悪いよー」
「ランドルって誰だよ。『フ』まで言えよ」
「分かればいいじゃんかー」
ニシシと笑うリヴィアに、ランディも仕方がないとため息混じりの笑みを返した。確かにリヴィアの性格で、帝国軍の陰謀に関わっているとはどうしても思えないのだ。
(甘いんだろうが性分か……。とはいえ気にしないわけには――)
「心配すんな」
ランディの肩をルークが叩いた。
「何を――」
「心配すんな。何があってもハートフィールドには俺がいる」
自信満々に胸を叩くルークに、「よく言うぜ」とランディが口調とは裏腹に笑顔を見せた。ルークが任せろという以上、ランディがこれ以上何かを言う必要はない。
「ルーカスもいるし、ユリウスもいるし、リヴィアもいるから、多分ここがいま大陸で最強だよー」
笑顔を見せるリヴィアに、「そのお前が問題なんだよ」との言葉をランディは飲み込み、変わりに挑発するような笑みを見せた。
「そういう台詞は俺に勝ってから言え」
悪い顔のランディが、ゴタゴタが終わったら相手になると続ける。しかも……
「三対一でいいぞ」
どこまでも不遜なランディの態度に、「ほう?」と反応したのはユリウスだ。
「随分な自信だな。ナメられたものだ」
「そう思うんなら、死ぬ気で編入してきやがれ」
ヒラヒラと手を振ったランディが、「待ってるからな」とユリウス達に別れを告げた。何ともランディらしい、素直ではない激励にリズが微笑み、セシリアとキャサリンはため息をついて顔を見合わせている。
そうして皆がユリウスやリヴィアとの再会を約束し、ランディ達は再び転移でハートフィールドの領都へと飛んだ。
領都へと帰った六人を迎え入れたのは、この二日キャサリン不在の穴埋めをしてくれたアナベルだ。キャサリンの抜けた穴を完全に塞ぎ、きっちりと仕事を熟したアナベルに、ランディが申し訳無さそうに【聖女の洞窟】であった色々を報告した。
「すまん。教会にまたしてもダメージを与える事になるかもしれん」
頭を下げたランディに、アナベルが「いえいえ」と慌てて首を振った。
「む、難しいことは分かりませんが、確かに言われてみれば聖女様に漠然と何もかもを押し付け過ぎな気はしますから」
教会としての象徴、民衆の拠り所、そしてよく分からない聖女としての任務。邪悪なるものを封じるという、何とも抽象的で分かりにくい事だというのに、今の今まで誰もが疑問に思わなかったのが不思議だと語る。
(これはアナベルだからか……それとも既に洞窟の影響が薄れてるからか?)
どちらか分からないが、一先ず純粋な友人への謝罪を込めてランディはもう一度頭を下げた。
「もし何か教会に不都合があるなら言ってくれ。できる限り協力はしよう」
「す、既に信者の受け入れ等、協力してもらってますから」
笑顔で首を振るアナベルが、そもそもキャサリンは悪行も有名だが、信者の間では聖女として認められ始めている事だ。
「よく分からない誰かが設定した概念じゃなくて、これからはキャサリン様がイチから聖女像を作ると思えば、全く問題ありませんよ」
笑顔で「ですよね?」とキャサリンを振り返るアナベルに、キャサリンも「そ、そうね」と満更でもない顔を見せた。
「これ、お前よりアナベル嬢の方が聖女っぽくね?」
ランディの言葉にキャサリンとアナベル以外が、無言のまま大きく頷いた。
「ちょっとどういう事よ! しかもレオンまで」
ギャーギャー喚くキャサリンを、「はいはい」とレオンがいつものように宥める。そんな光景をバックに、ランディはルークやセシリアを振り返った。
「リヴィアもだが……」
チラリとセシリアを見たランディに、「分かってるよ」とルークが頷いた。セシリアに舞い込んだ婚約話。それをどうするかは間違いなくこれからのルークとセシリアとの関係に関わってくる。いわば二人にとっては正念場だ。
「お前こそ、たった一回のチャンスだからな」
真剣なルークの瞳に、ランディも「わーってるよ」と頷いた。同地点では数百年周期で見られる皆既日食。王都周辺でそれが観測できるのは、今回の春を逃せばまた数百年先だ。エリーの身体を取り戻すに為にも、絶対に失敗は許されない。
お互いがお互い正念場。これから向かうのは、絶対に失敗できない戦場とも言える。
「後ろは心配せず、思い切り行って来い」
「ああ。お前の……いや、お前ら〝隊員〟の心配なんてしたことねーよ」
拳を突き出したルークに、ランディも笑顔で拳を突き合わせた。
少し後ろ髪を引かれながら、ランディ達は皆に別れを告げてクラリスと合流するために今度はヴィクトールへと飛んだ。
☆☆☆
「それで……古代遺物と思しき門を引っこ抜いてきたと……」
日も暮れ篝火が照らす裏庭で、頭を抱えるアランの眼の前に、転がされた石の門がある。
「別にいいだろ」
と口を尖らせるランディが続けるのは、この門の有用性だ。この門が解析出来れば、クラリスが領都と新しい街とを行き来する為の移動手段が解決するかもしれないのだ。
「現物主義ってやつだ」
「それは確かにそうだが」
ため息混じりのアランだが、確かに現物がある方が解析する上でハードルはグッと下がる事は認めている。そしてその上でもう一つ重要な事があるとしたら……
「相手の出鼻を挫けたと思っておくか」
門を見下ろしたアランに、ランディも頷いた。この門がどこに通じているかは分からないが、帝国が使用しないとも限らない。なんせ巨大な鳥が巣食う崖に、誰も見たことがない魔獣が巣食っていたのだ。
まるで門の存在を隠すガーディアンのように。
「魔獣と人の合成なんて聞いたことねーよな?」
「田舎の一領主が、知ってるわけないだろう」
首を振るアランの顔は優れない。アランも昔冒険者をしていただけあって、ある程度魔獣というものには通じている。だがランディやリズから聞いたような魔獣は見たことも聞いたこともないのだ。
「恐らく合成獣じゃろうな」
裏庭に続く扉から、現れたのはエリーだ。屋敷から漏れる光にランディとアランをが僅かに目を細めた。
「合成獣? キマイラじゃなくて?」
首を傾げるランディが言うのは、魔の森にも生息する魔獣の名前だ。獅子の背からヤギの頭を生やし、尻尾は大蛇という、誰がどうやって意思決定をしているのか不思議なあの魔獣である。
「キマイラも合成獣の一種じゃな。はるか昔、人や獣を進化させる為に繰り返された、悍ましい錬金術の成れの果てじゃ」
「つまり、あの鳥人間は……」
「どこぞの阿呆が、不完全とは言え合成獣を作り出す術を再現したのじゃろう」
その誰かがあの場所を守るために、作り出した合成獣を配置した。そうなってくると、帝国くらいしか今のところ思い当たる節はない。
「錬金術か……」
呟くランディが思いつくのは、現代日本にいた頃の感覚だ。錬金術と言えば、卑金属を貴金属へ。そして不老不死を得る為の研究のイメージが強い。それらが今日では化学へと発展したのだから、中世の錬金術師達の怪しい研究も馬鹿には出来ない。
もちろんこの世界でも似たような扱いだ。魔法文明が進む世界だが、それを支える魔道具と呼ばれる物の多くが、錬金術をベースにしているという。例えば魔石からエネルギーを抽出する術も、それを道具へ伝える回路も、どれもこれもが錬金術の恩恵を多少なりとも受けている。
だがこの世界の錬金術は、それだけではないようだ。実際に人と獣を融合させ新たな生命を作り出すらしい。しかも……
「確か、死霊術にも似たようなモンがあって、それは錬金術にも精通していないとどうとか……」
呟くランディが思い出しているのは、あの遺跡に遭った無数の棺の事だ。相手の魂を引き抜く術があり、それは錬金術にも精通しているシャルロッテだからこそ出来た術だとルキウス学園長が語っていた。
「錬金術の研究対象は生命もじゃからな。死霊術と相通ずる部分が出てきてもおかしくはない」
頷くエリーに、ランディは何とも危ない学問だと顔をしかめた。
「そうじゃな。だからこそ禁忌とされ、秘匿され、廃れたのじゃろう」
「それをどこかの馬鹿が発掘して蘇らせた、と。迷惑な野郎だ」
ため息混じりのランディだが、アランとエリーがランディに向ける視線は「お前が言うな」である。なんせクラリスの移動手段に、とその錬金術師が使うつもりだっただろう転移門を引き抜いて来たのだ。
「一応まだ門が生きてる可能性があるなら、調査が始まるまで大河の底にでも沈めとくか」
「そうじゃな。鎖でもつけて河へ放り込んでおけば良いじゃろう」
楽しげに頷く二人に、アランは苦笑いが止まらない。相手の目的は分からないが、恐らく転移門を使うとしたら人を送り込む、もしくは自分が通る予定のはずだ。その出口が一時的とは言え大河の底では、たまったものではないだろう。
ブルりと身を震わせたアランが、「冷えてきたな」とその身を抱いた。冬も終わったが、まだまだ春先の夜は冷える。それは気温もだが、やはり冷たい河底へ転移するかもしれない誰かを想像したためだ。
「そろそろ夕飯の時間だ。二人共あまり遅くならないうちに帰ってきなさい」
それだけ言うと、アランはエリーが開けっ放しにしていた扉の中へと消えていった。
「さて、早速沈めに行くか」
ランディの言葉にエリーが頷き、そうして門を抱えるランディを連れ、エリーが港町へと転移した。
☆☆☆
「リリース」
月明かりの下、ランディの気の抜けた声とともに、貴重な古代遺物は船の上から河に投げ捨てられていた。恐らく専門家が聞いたら発狂しそうな事件は、「ドッポン」と大きな水音と、揺れる船だけを残し、夜の闇に消えていった。




