第223話 連れていけないなら、持ってきたらいいじゃない
エリー達が思い切り女神をぶっ叩いていた頃、ランディ達は四人で「あーでもない、こーでもない」と石の門を調べていた。いや、正確には調べるのはユリウスで、ランディ達は殆ど何もしていない。
唯一ルークだけが、明かりの確保という補佐をしているくらいか。
とはいえランディもレオンも、己がこの場で何の役に立たぬ事は理解している。だからこそ黙ったまま邪魔をしないという選択を徹底しているわけだ。ランディも、「どうだ? 分かるか?」と聞きたい気持ちをグッと堪えている。
そんな三人の協力(?)を得たユリウスは、様々な角度から観察を終え、「多分、だが……」と渋い表情で口を開いた。
「転移門の一種だと思う」
「転移門ん?」
眉を寄せるランディに、ユリウスが、指定された場所同士を結ぶ魔道具だと教えてくれる。
「基本的に転移門同士が繋がってるはずだ」
「つまりここに繋がる門が別にあるってわけか?」
眉を寄せるルークに「転移門だとしたらな」とユリウスが頷いた。
「スゲーな。これが二つあれば距離の制約から解き放たれるのか」
バシバシと門を叩くランディに、「やめろ。壊れるだろ」とルークが顔をしかめた。
「このくらいで壊れるか」
「そう言って数々の物ををぶち壊した馬鹿は、何処のどいつだ」
ジト目のルークから「ふ、不可抗力だ」とランディが視線を逸らした。幼い頃に丸太を振り回し、屋敷の扉を破壊してから今まで、ランディが力加減を誤って壊した物は数え切れない。
「そんなに壊してきたんすか?」
「ああ。それはもう……」
遠い目をしたルークが、荷車といった一般的なものは勿論、中には小さな崖という大自然まで……様々な物を破壊したランディの幼い頃を語って聞かせている。
「ガキの頃の話はいいだろ」
眉を寄せたランディが、話題を変えるべくユリウスに向き直り、優しく門に手を置いた。
「これが転移門かも……は良いんだが、何で分かるんだ?」
「皇家にもある、と聞いた事があるからな。緊急脱出用だとか」
肩をすくめたユリウスが、その情報に加えて門に施された古代魔法言語から、転移門だろうという結論に至った事を教えてくれた。リズやエリーには劣るものの、やはりこの面子の中では頭抜けた魔法への理解度だ。
そんなユリウスが語る複雑な説明に、「なるほど」とランディがほぼ理解出来ぬまま頷いた。
「お前、分かってねーだろ」
「転移門ってことは分かっただろ」
「ほぼ理解できてねえぞ、それ」
ジト目のルークに「うっせ」とランディが口を尖らせ、またユリウスと門を見比べた。
「ちなみにユリウスは見たことがあんのか? 皇家に伝わってるっつーやつを」
「いや。俺も伝え聞いただけで、使った事も見た事もない。基本は皇太子以上しか使えないらしい」
門から目を離さないユリウスに、「ふぅん」とランディが門に顔を寄せた。
よくよく見ると、門にはユリウスの解説通りルーンに似た文字がいくつも彫ってある。エリーやリズに見せれば直ぐに解読してくれそうだが、残念ながら今ここにはランディ達しかいない。
「これって仮に転移門だとしたら貴重なモンだよな?」
「そうだな。古代文明の出土品だからな。現代では再現出来ない魔道具だよ」
苦笑いだったユリウスが、この門も非常に古い物だと教えてくれる。
「不思議なのは動力源が見当たらない……。いやそもそも動力源が何かすら分からんのだが――」
ユリウスがそう呟いた時、入口付近がにわかに明るく輝いた。その現象に四人が顔を見合わせ慌てて外へと飛び出した。
そこにいたのは、裁縫道具と呼ぶにはかなり大きな箱を抱え、キョロキョロと辺りを見回すリズやセシリア達の姿だった。
「お帰り」
ランディの声にリズが嬉しそうに振り返った。
「ただいま、です」
微笑むリズに、その独特の雰囲気に、ランディは全てを察して笑顔を見せた。
「流石だな」
「……分かるんです?」
首を傾げたリズに、「そりゃ分かるさ」とランディが笑顔を返した。実際ランディは、リズ達が中で何かしらの戦闘をしたことを理解している。それはリズの声音や表情の微妙な違いでだ。戦いの後の高揚感とでも言うべきか。
とにかく自分がよく知る類の雰囲気だ。分からないわけがない。
予想通り危険に巻き込まれた。だがその上でしっかりと目的を果たし、全員無事に帰還したのだ。「流石」以上の言葉はランディには思い当たらない。
「随分と逞しくなっちまって」
「私は何もしてませんが」
苦笑いで頬を掻くリズだが、ランディはそれに黙って首を振った。
「お前の中でエリーが満足そうにしてるだろ。つまりはリズが今まで精進してきた結果、エリーの魔法に身体が耐えられるようになったって事だ」
大きく頷くランディに「えへへ」とリズがはにかんだ。
そんな二人の横では、もちろんそれぞれの再会を、それぞれが喜んでいる。
「レオンにも見せたかったわ。アタシの強力な一撃を」
「はいはい。夢見てたんでしょ」
言葉とは裏腹に嬉しそうなレオン。
「まあまあ楽しかったよー」
「それは良かった」
リヴィアの擬音満載の冒険活劇に、ユリウスも嬉しそうに頷いている。
そして……
「せ、セシリア様、お怪我は?」
「あ、ありませんわ」
初めての名前呼びにドギマギするルークと、名前を呼ばれて嬉しそうなセシリア。まだまだ横に並び立ったとは言い難い距離感だが、二人にとっても一歩と言えるかもしれない。
嬉しそうな仲間達を見ながら、ランディもリズから中での激闘を聞いていた。
「にしても、女神モドキをぶっ潰したのに、洞窟は問題ねーのか?」
首を傾げるランディに、リズが直ぐにどうこうなる物ではないらしいと伝えた。エリーの考察だが、洞窟は概念を集めてそれを吐き出す場所でしかない。
今回その概念を叩きのめしたことで、洞窟が吐き出せる概念がなくなったわけだが、人々の心に浸透した概念が完全に消え去るわけでは無いのだ。
「それを書き換えるのは、これからのキャサリン様や教会の在り方でしょうか」
道のりは長そうだが、それでもキャサリンなら直ぐに乗り越えそうな予感がしないでもない。もしかしたら飛び散った概念に混じり、既に人々の心に残った聖女像にも陰りが見えている可能性もあるのだ。
「教会に怒られそうな気がしないでもないが……」
一応聖女は信仰の対象の一つである。その概念を砕いたとなれば、教会からしたらクレーム物だろうが、聖女一人に色々と背負わせる時代は、終焉を迎えるべきだろう。
「それで、ランディ達は中で何をしてたんです?」
首を傾げたリズに「そうだ」とランディがポンと手を打った。
「見てほしいもんがあんだよ」
リズの手を引いたランディが、洞窟へと近づく……のだが――ランディが洞窟へ足を踏み入れたのと同時、丁度リズが入口に差し掛かろうかという頃、またも入口がマーブル模様に輝き出した。
しかもランディの腕をすり抜ける模様は、完全にランディだけを除外しているのは間違いない。
「ンだよ。まだシステム自体は生きてんのか」
男性だけは入れないシステム、いや聖女に近しい女性は入れるシステムは健在らしいことに、ランディは眉を寄せてリズと一旦入口を離れた。
「どーしたもんかな。転移門っぽいやつを見て欲しーんだが」
トントンと靴で地面を叩くランディが、「お」と思いついて悪い顔を見せた。
「キャサリン嬢、ちっと入口を増やしてもいいか?」
「入口? さあ? いいんじゃない。どうせそのうち誰も入らなくなるし」
そのうちシステムが完全停止したら、ただの洞穴だ。少々別の場所から繋がった所で、何の影響もない。そんなキャサリンの言葉に後押しされ、ランディが「よし」とゆっくりと腰を下ろした。
「スゥ――」
ゆっくり息を吸い込んだランディに、「おい、待て――」とルークが慌ててセシリアを抱えて崖から離れた。
「馬鹿ランディ! こんなところぶん殴ったら、全員生き埋めだぞ!」
声を張り上げるルークに、「それもそうか」とランディが高い崖を見上げた。上手く洞穴に貫通せねば、崖が崩れてこの足場ごと飲み込まれかねない。昔似たような目に遭っているだけに、ここは大人しく退くべきである。
ランディやルークは――経験済みなので――問題ないが、リズやセシリア、そしてキャサリンは確実にアウトだろう。
別の入口作成にストップがかかったランディは、「うーん」と腕を組んで唸り声を上げた。
入口に近づけばリズは向こうに飛ばされる。かと言って入口を広げられない。だが転移門らしき物は見て欲しい。なんせそれの解読が出来れば、クラリスの移動手段が解決する可能性があるのだ。
人を一瞬で運ぶ装置。その使い道が妹の通勤手段だというのだから、ランディらしい。だがランディの中では、転移門は夢にまで見た、あの桃色の扉なのだ。
「あんま気乗りはしねーが……仕方ねーか」
諦め気味のため息に、全員が「諦めたのか?」と首を傾げたのは一瞬。
「ルーク、ちっと手伝ってくれ」
「手伝うって何を?」
「決まってんだろ。門を引っこ抜いて持ってくる」
何ともランディな発言に、ユリウスが「待て待て」とランディを止めようとするが、ランディは止まらない。ルークとユリウスを引き摺って、ランディが再び洞穴の中へと消えていった。
「門を引っこ抜くとは?」
「そのまんまだ」
小さめとは言え、人一人が通れるくらいの大きさはある。それに付随して門を支える足とも呼べる場所もどっしりとした作りだ。
「どうせ今は使われてねーんだろ?」
「それは分からん。動力が分からないだけで……」
苦い顔のユリウスが語るのは、稼働した痕跡こそ分からないが、門からエネルギーを感じないのは確実だという事だ。
「じゃあ使ってない、で良いだろ」
首を鳴らしたランディが、ルークに足場を作るようお願いした。門の丁度真下、通過する場所を魔法で盛り上げさせたのだ。
一段高くなった場所にランディが乗れば、丁度門の冠木にあたる石にランディの僧帽筋が当たる。
「流石ルーク。バッチリだな」
足元を踏みしめたランディが、「よっこらせ――」と気合を入れた。門を破壊しないように、ランディがゆっくりそして慎重に力を込めていく。そうすると直ぐに「ビシ、ビシ」と岩に亀裂が入るような音が洞窟内部に響き始めた。
「これ、門が割れてるとかねーよな?」
「大丈夫だ。今のところ基礎だけだ」
「オッケー」
ユリウスからしたら、全然「オッケー」ではない。まさか古代の貴重な魔道具を、専門的な知識も道具もなく、力技で引っこ抜こうとしているのだ。しかも実際抜けかけている。
そんなユリウスの気持ちなど知らないランディが、「そらよ!」と完全に門を持ち上げた。
――ボゴン
と小気味よい音とともに持ちあがった門の足には、小さめの基礎がついたまま。それに上手く行ったと笑うランディが、ユリウスやルークにも手伝ってもらい、門をぶつけたりしないよう、慎重に洞窟の外まで運び出した。
「マジで抜いたんすか?」
「あれ? 何だろう。なんか何処かで見たことがあるような……」
頭を抱えるキャサリンは、引っこ抜かれた基礎に、何処かで見た大きな窪みを思い出しているのだろう。
そんなキャサリンを無視して、ランディはリズに「これなんだが」と門をポンと叩いた。
「確かに転移門っぽいですけど……」
しばし門を眺めていたリズが、ここでは時間がかかると既に群青に染まり始めた空を指さした。
「確かにそうだな、一旦帰るか」
ランディの言葉にリズが頷き、転移門を虚空へとしまい込んだ。
こうしてマダムの裁縫箱を取りに来たランディ達は、転移門らしき戦果も手に、意気揚々とリズの転移で近くの街へと戻るのであった。
「杖、遺跡……うっ頭が――」
キャサリンのうわ言だけを崖下に残して。




