第221話 皆の思いは聖女が代弁してくれているかと
「はぁ? ここがそんな場所なわけ――」
眉を盛大に寄せたキャサリンの周囲では、様々な光景が浮かんでは消えている。ある者は貧しい人を助け、またある者は傷ついた者を癒やしている。
奥へと続く道以外は、壁も天井も、そんな光景が浮かんでは消える。そんな洞窟に響いたキャサリンの声だったが、最後まで言い切る事は出来なかった。
それはキャサリンとて、エリーの言い分に思う事があったからだ。
確かに説明されれば、聖女という曖昧な存在を詳しく説明した書物はない。にも関わらず――少なくとも大陸中の――人々が、聖女に対して同じイメージを抱いているのだ。
「聖女本人のエピソードを記憶から吸い出して、それを元にした理想の聖女像を吐き出してるってわけ?」
再び声を張り上げたキャサリンが、「マッチポンプじゃない」と眉を寄せて、浮かんだ光景を指で突いた。
水面に波紋が広がるように、光景が歪み消えていく。だがその後にはすぐ別の映像が現れる。その光景から目を逸らしても、キャサリンの視線の先には別の光景が浮かぶだけだ。
その光景を同じ様に見上げたセシリアが口を開いた。
「作られた聖女像……ですか」
始めに聖女という概念を作り出し、それに沿った行動をする存在を作り出す事で、概念を更に強固なものにしている。キャサリンの言う通りマッチポンプのような話だが、実際に聖女がここに訪れる事や、聖女の詳細な記述がないのに全員が概念を有している以上、完全に与太だと一蹴できない。
「よく分かんないけど、気持ち悪いねー」
「本当だとしたらね」
リヴィアとキャサリンがしかめっ面で顔を見合わせた。そんな二人に、あくまでも状況証拠による推論だとエリーが付け加えた。
「それでも自信がお有りなのでしょう?」
首を傾げるセシリアに、頷いたエリーが口を開いた。
「シャルが……あやつが二代目聖女をしていた事が不思議じゃったからな」
ため息混じりのエリーが続けるのは、親友であるシャルロッテが二代目の聖女として祭り上げられていた事だ。エリーが思わず天井を見上げるが、残念ながらシャルロッテの姿は一度も映し出されていない。
「恐らくじゃが、本人は全くそんなつもりは無かったのじゃろうな」
ため息混じりのエリーが続けるのは、闇落ちしたエリーをシャルロッテが封じたという偉業だ。分かりやすい偉業のお陰で、世間からは出来立ての聖女という概念にシャルロッテが合致してしまったというのだ。
「とはいえ、その後のエピソードが無いことを考えると、聖女をほっぽらかしたのじゃろうが」
エリーが語るのはシャルロッテの性格上、聖女などという任に興味があるとは思えない。故に祭り上げられることを嫌い、【時の塔】に隠れたのだろう。
「もしくは聖女を追われたか」
相変わらず様々なシーンが映し出される道中だが、基本的に一本道だ。
「どちらにせよ、あやつが聖女を続けていたとすれば……」
チラリとキャサリンを見たエリーが「フッ」と笑った。
「……もっと突飛なエピソードが残ってるはずじゃ」
肩をすくめたエリーに、事情を知るセシリアは「ああ」と微妙な表情でキャサリンを見た。
「し、失礼ね! あれと一緒にしないでよ」
口を尖らせるキャサリンだが、シャルロッテも同じことを言いそうだとセシリアが苦笑いを浮かべる。本来はキャサリンと同じようなシャルロッテが、曲がりなりにも聖女として認められていた。
少なくとも、生誕祭が開かれ今日まで伝わる程度には、聖女としてのインパクトを民衆に植え付けたと言える。
「つまりここは、シャルロッテ様が聖女となる前からある。そしてここの影響はシャルロッテ様ですら跳ね返せなかった。そういう事でよろしくて?」
「いや。恐らくは逆じゃろう」
苦い顔のエリーが、恐らくここを創った人間ですら、シャルロッテの二代目就任は想定外だったということだ。
「己が設定した概念が、真逆の人間の偉業と結びついたのじゃ。焦ったじゃろうな」
苦笑いのままのエリーが、だからシャルロッテのエピソードが少ない事と、聖女の役割の一つに〝悪しき者の封印〟が加わった事を続けた。
「本来必要のない概念が加わってしまった。しかも分かりやすい偉業が背景にある。簡単に書き換えできるものではない」
「だから歴代聖女をそれらしい概念で縛って……」
「行動の指針を作りながら、更にその者の記憶や周りの者の記憶を利用して概念を強固にした。そんなところじゃろう」
ため息混じりのエリーに、キャサリンやセシリアが顔を見合わせた。ちなみにリヴィアだけは早い段階から迷子だ。
「つまり聖女の中にぼんやりと残った、邪悪な者の封印っていう明確な目的は……」
「シャルの影響を必死で上書きした結果じゃろう」
頷いたエリーが続けるのは、始めの頃はそれこそ集められた記憶が少ないだろうということだ。初代であるエリーの知り合いから、エリーの慈愛に満ちていたエピソードを集めただけである。
そこに二代目のエピソードが混ざり……概念に分かりやすい指針が出来てしまった。それを良しとしないから、上から様々な方法で概念を重ねた結果、目的が明確だというのに、イメージとしては朧気なアンバランスな物が出来上がったのだという。
「それと恐らくシャルは、この洞窟の存在を知らなかったのじゃろう」
知っていたならば、何かしらのアクションをしていたということだ。
「あの時、妾に何の伝言もなかったのじゃ。上手く隠し通されたか……。もしくは早々に表舞台から引きずり降ろされたか」
「ならばその事も、目的が朧気な理由ですか?」
「じゃろうな。次代の聖女かその周りがもたらした『こんな人もいた』程度の又聞きの記憶なのじゃろう」
ため息混じりのエリーが、シャルロッテが知らなかった事だけでなく、彼女があの男を封印した事もその証左だと続けた。
「仮に聖女としてずっと祭り上げられていたなら、もっと正攻法で倒せたかもしれん」
「つまり、あの変則的な封印という一手を打つしか、勝てる方法が無かった」
セシリアに頷いたエリーが、既に別の聖女が誕生し大衆が認めた概念の下であの男に迎合していた場合、シャルロッテの味方は殆どいなかっただろう、と続けた。
「気付かぬうちに、翼をもがれていたと」
渋い顔を見せたセシリアに、ずっとポカンとしていたリヴィアが初めて口を開いた。
「何かよく分かんなー。やってることも。やりたいことも」
あまりにも核心をついた発言に、残りの三人が顔を見合わせ思わず笑う。
「確かにリヴィアの言う通りね」
笑顔を引っ込めたキャサリンが、小さくため息をついて周囲に流れる映像を見上げた。
「結局目的はなんなのよ?」
「断定は出来ん……が。まあ思いつく限り、碌なものではないのう」
エリーが続けるのは、考えうる仮説だ。
シャルロッテが聖女になる前からであれば、初代聖女とエリーを認定した頃か、その前から仕込んであったのだろうとエリーは語る。当時聖女などと呼ばれる存在はいなかった。にもかかわらず、男は民衆のために犠牲になるエリーに、もっともらしく聖女という役割を与えた。
「処刑により妾の魂が荒まぬよう先手を打ったか。もしくは妾の荒ぶる魂を浄化させるためか……」
考え込むエリーが、小さくため息をついた。
「恐らく後者じゃな。今日までシステムが続き、尚且つアレが妾の身体を探していた事を考えると、魂の浄化でも企んでおったのじゃろう」
エリーの魂に作用させる為の概念。それはエリーを初代聖女に指名したからこその荒業だ。そう考えれば処刑に走った行動原理も説明できる。一度魂を引き剥がし、後に浄化するという。
「初代聖女なら、最も偉大だろう。そんな概念を数の暴力で妾の魂にぶつければ……或いは綺麗になるかもしれんからの」
カラカラと笑うエリーが、「落とせん汚れもあるが」と少し嬉しそうに胸元を押さえた。それがリズとランディの事だということだけは、キャサリンやセシリアでも分かる。
「なるほどね。聖女っていう大衆が作り出した清廉なイメージを、アンタの魂にぶつける」
ため息をついたキャサリンが、現れた別の光景から目を逸らした。それは間違いなく幼いキャサリンと、その手を引く一人の女性だ。先代の記憶もこうして蓄えられている事実に、キャサリンが首を振ってエリーを見た。
「なんかゴーストのアレと、似てる気がするんだけど」
「原理は似たようなものじゃな」
瘴気に乗せた恐怖で魂を穢し、取り込み、虚無の住人や不死者の王を生み出す。その真逆の清廉な気を集めて魂を浄化して新たな存在を作り出す。そんなつもりだろうと続けるエリーに、セシリアが苦笑いを見せた。
「こんな所で自分達が見つけた現象が、実を結ぶとは……。思ってもみませんでしたわ」
苦笑いのまま首を振るセシリアが、あの時の開発がなければこの洞窟の仮説には永遠にたどり着けなかったかもしれない、と大きくため息をついた。
「ランドルフ様の思いつきで始めた開発でしたが……」
「そもそも思いつきで、しかも何の知識もなく『カメラ作ろうぜ』が馬鹿の発想と所業よ。本当に作っちゃうし。ここを創った奴が可愛そうになるわ」
肩をすくめたキャサリンが、「アタシは身を持って知ってるから」と自嘲気味な笑顔を見せた。ランディの馬鹿な思いつきで、散々な目に遭ってきただけあって、キャサリンからしたらある意味他人事ではない。
「先達として言えるのは、あの馬鹿と敵対するのは止めとけって事くらいかしら。残念ながら封印されてるらしいから、届かないだろうけど」
げんなりするキャサリンを、苦笑いで見るセシリア。そんな二人の間から、眉を寄せたリヴィアが顔を出した。
「思いを集めて魂にぶつけて新たな存在。結局その人は何がしたかったんだろうねー?」
「さあのう。馬鹿の考えることは分からん」
嫌そうな顔で首を振ったエリーに、キャサリンもセシリアも「分かってるじゃないか」との言葉を飲み込んだ。
もし仮説が正しければ、間違いなくあの男は自分の理想をエリーの魂に押し付けるつもりだったのだ。何とも言えない執着だが、それをエリーが語る事はない。
「とはいえ、今のところ全て状況証拠の推論じゃがな」
ため息混じりのエリーが続けるのは、それでもこの洞窟が聖女という全員共通の集団的無意識を作り出しているのは間違いないと語る。
「それにしても、なんで女性しか入れない、なんて制限つけたのかしら?」
首を傾げるキャサリンが、男女問わず入れるようにしたほうが、イメージを集めやすいだろうにと続けた。
「簡単なことじゃ」
げんなりしたエリーが「創った奴が奴じゃからな」と心底嫌そうな顔を見せた。
「他の男からのエピソードは要らんかったんじゃろう。それか周囲には女性だけがいて欲しいという処女性でも求めたか」
常軌を逸した男の妄執。その結果が、女子達からだけ集めた自分の理想の聖女像を作るというこの洞窟の始まりだろうとエリーが語る。
「……きっしょ」
完全ドン引きのキャサリンに、セシリアも更にはリヴィアですら同意を示すように大きく頷いている。
「はっはっは。もっと言ってやれ。お主の理想の聖女なぞ、妄想にすぎんとな」
カラカラとエリーが笑った途端、洞窟内の景色が大きく歪み始めた。
「な、なにこれ……」
慌てるキャサリンが、こんな状況は見たことがないと周囲を見回している。
「案ずるな。洞窟が妾達を異物と判断したのじゃ」
「異物って?」
「聖女としてのイメージにそぐわん。そう、な」
四人の目の前で道が途切れ、広い崖が現れた。今にも何かが出てきそうな雰囲気に、エリーが右手で杖をクルクルと回転させ、ピタリと止める。
「アンタが不穏なこと言うから」
「何を言う。これはお主のお陰ぞ?」
笑顔のエリーが「のう?」とセシリア達を振り返った。
「ここは聖女の記憶を集める場所。つまりここが集めていたのはお主の記憶じゃ」
「は?」
呆けるキャサリンに、エリーが笑顔で「思い出させてやれ」とセシリア達を見た。
「男を侍らせ、傾国の魔女と呼ばれ、そしてボロボロになって、今は残念な聖女だと思われてますわね」
苦笑いのセシリアに「そうじゃ」とエリーが頷いた。
「お主がもたらした聖女像は、ここにはちと刺激が強すぎたようじゃな」
満面の笑顔のエリーに、キャサリンが思い切り顔を引き攣らせた。
「あ、アタシのせい?」
キャサリンの素っ頓狂な声が響いた瞬間、崖の下から巨大な女性が現れた。
「さあ。ぶち壊すとするかのう。下らん妄想を――」
☆☆☆
同時刻、帝国某所――
執務椅子にもたれたレオニウスは、一冊の本をパラパラと捲っている。内容を読んでいるようには見えぬその行動は、レオニウスがもう何度もその本を読んできた事の証左だ。
暫くおまじないのようにパラパラと捲っていたそれを、レオニウスがパタンと閉じた。
「ヴィクトール。お前達のお陰だ。この手記と、母上から聞いた話。そしてお前達が解明したゴーストの謎。そのお陰で【聖女の洞窟】の目的にたどり着けたのだから」
クツクツと笑ったレオニウスが、本を大事そうに懐へとしまい立ち上がった。
「間もなくだ。大陸を巻き込む饗宴の狼煙まで――」
カーテンを開けたレオニウスの金髪を、沈み始めていた西日がキラキラと照らしていた。




