第220話 とりあえず着替えた方が良さそうです
渋い顔で洞窟を見つめるランディに、キャサリンが不思議そうに口を開いた。
「そんなに警戒する必要は無いわよ」
肩をすくめるキャサリンが言うのは、キャサリンも一度洞窟を経験済みだということだ。教会にも【祈りの地下道】と呼ばれる場所があるとのことで、そこを通って【聖女の洞窟】と呼ばれる半精神世界へ行けるらしい。
経験者のキャサリンが語るのは、洞窟内部は歴代聖女の記憶が行き交う、いわゆる聖女の為の教育施設のようなものだと言う。
「アタシは小さい頃、先代聖女様に手を引かれて入ったから知ってるけど……」
脳内を整理するように、一度言葉を切ったキャサリンが「そうね……」と顔を上げた。
「誤解を恐れずに、そして悪い言い方をすると、サブリミナル効果を駆使した、聖女イメージの刷り込みかしら」
下らない子供だましだ、とキャサリンが鼻で笑った。
「ただ入口がいくつもあるから、間違えた場所から出るとうっかり帝国ってこともあるけどね」
肩をすくめたキャサリンが語るのは、どの国にも洞窟であったり遺跡であったりと、入口が存在する事だ。そしてどこもこれも、それなりの秘境にあるのだという。
「教会も存在を知ってるんだな」
「そりゃ知ってるわよ」
予想していただけに、ランディとしても微妙な気持ちだ。とは言えキャサリンの話を聞く限り、教会もこの洞窟の真の目的に気付いているとは思えない。
未だ顔色の優れないランディに、キャサリンが続けるのは教会における【聖女の洞窟】の立ち位置だ。【祈りの地下道】もだが、教会には初代聖女が修行のために籠もった洞窟だと、伝わっているのだとか。
「聖女の旅の途中で、各洞窟に寄るのもルーティンらしいわ」
肩をすくめたキャサリンが、「行き先は同じなのにね」と鼻で笑う。
「辛い旅路だからこそ、初心に返るのではなくて?」
首を傾げたセシリアに「ま、多分ね」とキャサリンが苦笑いだ。キャサリンとセシリアの言う通り、歴代の聖女が各地の洞窟や遺跡を巡ったのは、そういった意味合いが強いのかもしれない。
自分の道を見失わぬよう、道標のような存在として先達の偉業を確認し、鼓舞してもらう。自分は一人ではなく、多くの聖女に支えられていると認識できれば、辛い旅路でも挫けずに歩けるのだろう。
「なるほど。聖女の為の教育施設であり、駆け込み寺でもあるのか」
呟いたユリウスがため息混じりに続ける。
「聖女としてのあり方を説き、その受け皿にもなる……特に不気味なものは感じないが?」
ランディとエリーを振り返ったユリウスに、キャサリンが「仕方ないわよ」と苦笑いで口を開いた。
「ともすれば人格矯正装置。そう見えなくもないんじゃない?」
現代日本の価値観を有しているランディが、幼い子供に「聖女とはこうだ」と見せるのは酷だと考えている……キャサリンはランディ達の反応が、そのせいだと思っている。
幼い頃の刷り込みはもちろん、旅路の途中で目的を見失いかけた時に奮起させる映像。まさにブラック企業の社是を刷り込まれているかのようだ。
だからキャサリンも、ランディがそれを気にしている、と思っていたのだが……
「確かにそれもあるが……」
苦い顔をするランディに、「それ以外何があるのよ?」とキャサリンが眉を寄せる。
「お前の疑問には後で答えてやる。今はそれより時間がねーからな」
エリーに向き直ったランディが、「どうする?」と真剣な表情を見せた。
「どうもこうも、〝行く〟以外の選択肢はないのう」
鼻で笑うエリーが、「心配するな」と口角を上げた。
「心配せずとも、小娘の言う通りの場所なら、妾達に悪影響があるとは思えん……ただ――」
「問題は本人か……」
苦笑いのエリーとランディが、キャサリンを同時に振り返った。
「……なによ?」
不意に視線を向けられたキャサリンが、わずかに身構えた。
「どう思う?」
「分からん。それこそ、集合的記憶で言えば小娘が聖女なのは間違いない」
「なるほど。その仕組みで選別してるとして……」
もう一度キャサリンを見たランディが、声を落としてエリーに囁いた。
「これ、ここを作ったヤツからしたら爆弾だぞ。それも特大だ」
「うむ。防衛反応があるかもしれん。それには留意しておこう」
頷いたエリーが「任せろ」と胸を叩いた。それでも納得いかないランディだが、ここで押し問答をしている暇はないのも事実だ。
「行くことは分かった。だが一つだけ聞く。ここを創ったのは〝あのヤロー〟だな」
「十中八九のう。ここまで悪意に満ちたもの、あの馬鹿くらいしか創らん」
ため息混じりのエリーに、ランディはならば止めておけ、と喉元まで出そうになった言葉を飲み込んだ。本来なら関わることすら嫌な相手関連だが、エリーの表情が語っているのだ「たまには任せろ」と。
「信じるぞ」
「誰に向かって物を言うておる」
久しぶりに見せた大魔法使いの、いや厄災の魔女の表情にランディは黙って頷いた。
「ちょっと、アンタ達だけ納得しないでよ!」
口を尖らせるキャサリンに、「気にするな」とエリーが虚空から杖を取り出した。
「道すがら説明してやろう。その方が効果があるかもしれんからな」
ニヤリと笑うエリーに、ランディは「あ、ここを潰すつもりだ」と苦笑いが止まらない。そんなエリーを筆頭に、キャサリン、セシリア、そして一応リヴィアも入口を見つめている。
「では、者共いくとするぞ!」
「ちょっと、リーダーはアタシよ!」
「えー。キャシーがリーダーなら、リヴィアがやる」
「あなたが一番リーダーから程遠いですわよ」
ギャーギャー騒がしいレディ四人が、マーブル模様に染まった洞窟の中へと消えていく……。四人が消えた洞窟は、先程までと変わらない普通の洞窟に戻った。
「リヴィアも入れたのか」
わずかに驚くルークに、ユリウスが何だかんだリヴィアとキャサリンは仲が良いことを教えている。
「それで? レディ達を待つ間に、お前は俺達に教えてくれるんだろうな?」
ジト目のユリウスに、「そうだな」とランディが頷いて洞窟を見た。
「本当はそれ以上に調べたいこともあるんだが……」
ため息混じりのランディが、気になったままよりは良いか、と頭を掻いて開きかけた口を閉じた。
「先に着替えていいか?」
「その方が良いだろうな」
苦笑いのユリウスに促され、ランディ達三人が洞窟内部で元の格好に着替えて戻ってきた。
「流石にこれ以上あの格好じゃちっとな……」
苦笑いのランディが「気を取り直して」と続けるのは、聖女の教育施設としての洞窟の真の目的だ。
「聖女の教育施設。キャサリン嬢の言葉を借りるなら、誰もその存在に疑問を持ってないんだろう」
つまりは教会上層部も、その存在は普通だと考えている事だ。ともすれば人格矯正とも言われかねない施設だが、教会がそれに異を唱える事はない。それもそのはずだ。
この世界では未だ、幼い頃からある種〝それぞれ在り方〟を教育されるのは珍しいことではない。
「俺もガキの頃は『男のくせに』『男らしくしろ』って言われた世代だ。別に違和感はねーし、世界が変われば普通も変わる。この世界の普通がそうなんだろ。貴族だ何だの封建主義が蔓延ってるくらいだからな」
前世を織り交ぜて話すランディだが、残っている面子はランディの前世など知らない。それでも違和感なく受け入れられるのは、皆同じようなことを言われて育っているからだ。
ルークやユリウスと言った王族に連なる者はもちろん、レオンのような一介の騎士も「男らしくしろ」程度は幼い頃に言われた記憶しかない。
「だから、聖女として〝こう在るべき〟を全て否定するつもりはねえ。が――」
渋い顔で再び洞窟を見たランディが、「そもそも聖女って何だ?」と呟いた。
「聖女っすか?」
直ぐに反応したレオンが、先程キャサリンが言っていたような概念が聖女なのでは、と首を傾げる。
「そうだ。キャサリン嬢の言ってたアレを聞いて、誰もが『そんな者だ』って思ったろ」
振り返ったランディの顔は渋いままだ。
「リズ曰く集団的無意識らしいが……」
ランディと三人の間をひときわ強い潮風が吹き抜ける。
「その無意識、どこから来た?」
ランディの質問に、「どこって」と三人が顔を見合わせた。
「そりゃ、歴代聖女の……」
言い淀んだルークがハッとした表情を見せた。そして残りの二人もほぼ同時に同じような顔を見せる。
「歴代聖女の、何だ?」
ランディの質問に三人は黙ったまま顔を見合わせた。
「あれ。あの、聖女の行進の元になった聖女って?」
「四代目? いや五代目っすか?」
「確か正確な記述はなかったはず」
おぼろげな記憶を引っ張り出す三人に、ランディはため息をついた。
「俺達は誰も、聖女の詳しい逸話なんて知らねーんだ。それこそ教会所属のユリウスやレオンですらな」
ランディの言う通りで、この場の誰もが聖女という存在は知っていても、その聖女が何をするのか、何をしたのか、を詳細に理解している者はいないのだ。
「で、でも邪悪なモノを封じるっつー……」
言いながら語尾がすぼむレオンに、ランディが黙って首を振った。確かにエリーの存在を、邪悪なるモノとして封じるという役目はあるのかもしれない。だが、それだけなら聖女という概念は〝封印を施す者〟のはずだ。
「俺達は聖女が何をして、どんな存在だったかなんて詳細な歴史は知らない。それこそ教会が実施する初等教育でもそんな逸話は無い」
「確かに無かったな」
頷くルークにユリウスやレオンも頷いた。
「疑問が無かったと言えば嘘になるが……」
教会が実施するというのに、教会が推す聖女の話はほとんど出てこない。道徳的な内容で聖女のような少女は出てくるが、明確にそれが何代目の聖女と言われる事は絶対にない。
「初等教育がプロパガンダにならないよう、国が釘でも刺してるんだろう。くらいの認識だったのも事実だ」
前世の記憶があるランディからしたら不思議ではあったが、それが教会と国との微妙な距離感だと思い込んでいた。あまりにも教会よりの教育は駄目だと国が釘をさしているのだと。
「ところがどっこい。教会すら【聖女】の存在を完全に理解してねーとはな」
聖女が次代の聖女を選定し、聖女の洞窟で教育を受けて聖女になる。それが教会と聖女の関係だ。
「集団的無意識は、人類が進化していく過程で身につけた普遍的な概念だと思ってる」
ランディが語るのは、例えば現代社会では死語である〝男らしさ〟だ。長い人類の歴史において、どうしても力が勝る男性が狩猟をしてきた背景がある。そういった進化の途上で身につけた概念こそが、集団的無意識だ。
男は強く逞しくあらねばならない。
もちろん時代が変わり、性別の垣根がなくなればその概念が失われるのは無理もない。だがその概念の始まりは、間違いなく人々が営み紡いできた生物としての歴史だ。
「貴族や王族に課せられるノブレス・オブリージュもそうだな」
封建主義で人民と土地を支配する変わりに、その安全を確保する。何かがあった場合は、民の盾となる。それが長い歴史で育まれた、この世界の貴族としての在り方だ。
「じゃあ聖女はどうだ?」
ランディの問に誰も何も語れない。なんせ聖女が今までこの世界で何をしたのか、という具体的な事はほとんど分かっていないのだ。にも関わらず、全員が聖女という概念を共有している。
聖なる乙女
女神の代行者
魔を払う者
清純なる美少女
民を癒やす者
様々なイメージが出てくるが、全員がそれにすんなり頷ける程度には、概念として刷り込まれている。
「歴代の聖女の行いや記憶によって、聖女になる少女は〝こう在るべき〟と教えられる。聖女本人はそれで納得したとして……じゃあ俺達がそれを後押しする為の無意識はどこから来たと思う?」
そう言いながら洞窟を振り返ったランディに、「まさか……」とルークが驚愕の表情で洞窟入口を見た。
「その〝まさか〟だろ。ここは聖女としてのあり方を教える場所じゃねえ」
吹き抜ける潮風の影響か、洞窟が不気味な唸り声を響かせた。
「ここは、聖女とその周りの記憶を集め、『これこそ聖女』っていう無意識を全世界に吐き出す……いわば聖女を縛る呪いだ」
言い切ったランディが「推測だがな」、と付け加えて大きく息を吐き出した。
「始めに聖女だなんだと言い出したやつが、その概念を作り出して次代に押し付けた。それをマッチポンプのように肥大させ、世界中が知らず知らず聖女を作り上げ世界に縛り付けている。俺とエリーの推測だがな」
唸り声を響かせる洞窟の前で、誰も何も言えずただ洞窟の入口を見つめている。
「まあ目的は分かんねーが、碌なモンではないだろうな」
傾き始めた日が、高い崖の影を四人に落としていた。




