第219話 面倒な設定ですので、流し読みでOKです。
とりあえず入ってみるか、というランディが先頭を歩き、ユリウスを除いた男三人が洞窟へと足を踏み入れた。入口こそ外からの明かりが差し込んでいるが、奥は暗くほとんど何も見えない。
「何もなくねーか? しかも――」
眉を寄せるランディは、自分の声の反響などで暗闇の中を探っている。
「ああ。奥行きも大してねえな」
同じ様に声や足音の反響で内部を探るルークに、「全然分かんねーっす」とレオンは苦笑いだ。
「ルーク、明かりをくれ」
周囲を見渡したランディの横で、ルークが「ほらよ」と指先に小さな火を灯した。
ルークの火が照らしたのは、がらんどうとした洞窟の内部だ。ランディ達の言う通り、奥へ続く道こそあれど、【聖女の洞窟】と呼ばれるような雰囲気ではない。
それでも奥へ向けて一歩を踏み出したランディが、「ん?」と声をもらして首を傾げた。
「これ……」
「何かあるな」
呟く二人の言う通り、奥へ続く道の先……曲がった先にあったのは行き止まりと、石造りの門だ。人が一人通れるくらいの小さな門だが、ランディが覗き込んでも向こうに見えるのは洞窟の岩肌である。
一通り門を潜ったり、後ろから眺めたり、と色々試した三人だったが……
「分かんねーな」
「ここが【聖女の洞窟】の、本当に入口って可能性は?」
「聖女様が近づけば入れる、みたいな感じっすか?」
……結局ここが本当の入口かもしれない、という結論に至り、一度女子メンバーと合流するために洞窟を後にした。
「どうでした?」
首を傾げて迎え入れてくれたリズに、中の様子を語ったランディに「へぇ」と不思議そうに頷くのはキャサリンだ。
「『へぇ』って。お前、知ってんだろ?」
ゲームで、と言いたげに眉を寄せるランディに、キャサリンが洞窟自体は知ってるが、入口は正真正銘ランディの背後に見えている場所だと言う。
「はぁ? あんな短い洞窟が、か?」
更に眉を寄せるランディに「何言ってんのよ」とキャサリンがため息を返した。
「【聖女の洞窟】って言ったでしょ。聖女しかはいれないわよ」
自信満々にキャサリンが洞窟へ一歩踏み出した瞬間、入口がマーブル模様に輝きキャサリンの姿が飲み込まれていった。
「マジで入口だ……」
「つーか、一人で行ったぞ?」
「聖女様、ホントにもう――」
慌ててレオンが入口へ向かうが、洞窟へ入って出てくるだけだ。居なくなったキャサリンに、どうしたものかと全員が顔を見合わせた瞬間、再び入口が輝きキャサリンが文字通り転がり出てきた。
「あ、危なー。こわ。戻れないかと思った」
半泣きで皆を見回すキャサリンに、全員が「いや、お前馬鹿だろ」と呆れた視線を向けた。その視線でキャサリンも己の蛮行、もとい愚行に気付いたのだろう。羞恥に頬を染めながら、咳払いをしつつ立ち上がった。
「ま、まあ見た通りよ。聖女のアタシは通れるの」
何故かドヤ顔を決めるキャサリンだが、ランディはそれどころではない。キャサリンの発言とそれを裏付ける現象に、ランディは思わず自分の情けない格好を見た。しばし自分の生足を眺めていたランディだが、
――アンタ達も女装してついてきたら良いじゃない
脳内に響く昨日の言葉に、不気味な笑顔で顔を上げた。
「幸恵ぇ……」
指をぽきぽき鳴らすランディに「ちょ、え、は? どんな顔?」とキャサリンは全く状況を理解できていない。
「テメェ。俺達がどうあっても入れねーの知ってて、女装しろだ何だと言いやがったのか」
笑顔ののまま殺し屋のような目を見せるランディに、「いや、待って。嘘だから」とキャサリンが慌てるのだが、ランディは止まらない。
「ランドルフ様、駄目ですわ」
「そうだぜ」
何とか止めようとするセシリアとルーク。そんな二人にランディは笑顔を見せた。
「心配すんな。ちっと頭を冷やしてもらうだけだ。……海水で」
そこから鬼の形相に変わったランディに、「駄目っすよ」と今度はレオンが割り込み、ユリウスも落ち着けとランディをなだめる。
「聖女様も言ってたけど、聖女様しか入れないんすよ」
「そうだランドルフ。彼女がいなければ、必要な物を取れないぞ」
「そ、そうよそうよ! アタシの有り難みを――」
「安心しろ。俺達には初代聖女がついてるからな」
ニヤリと笑ったランディが振り返るのは、苦笑いのリズ……もといその中にいるエリーだ。
「だからこの馬鹿が、季節外れの海水浴に興じても問題はねーんだな。これが」
ニヤリと笑うランディに、「ちょ、待って――」とキャサリンが慌てふためいてリズを見た。
「と、止めてよ! アンタ達じゃないと無理。マジでアタシ、強制海水浴させられる!」
涙目で取り乱すキャサリンに、リズが「はぁ」と小さくため息をついてランディを呼び止めた。
「ランディ。キャサリン様は別に騙したわけじゃありませんよ」
リズの言葉に振り返ったランディは、怪訝な表情だ。なんせ実際に入れないのに、女装させられたのだから。
「キャサリン様、ちゃんと本当の事をおっしゃって下さい」
呆れ顔のリズに、キャサリンが大きく深呼吸をして頭を下げた。
「聖女しか入れない、ってのは嘘よ」
と口を尖らせ続けるのは、洞窟には聖女に親しい女性なら入れるという事だ。ゆえに女装したらあるいは……と思ったのは本当らしい。
「流石にダンジョンも、アンタみたいなのは『ふざけんな』ってなったみたいだけど」
「一言多い野郎だな」
一瞬頬が引き攣るランディが、それでもため息をつくだけで、キャサリンの発言を流した。
「何故そんな嘘を言いましたの?」
「ちょっとくらい、『凄い』ってちやほやされたくて」
何ともキャサリンっぽい理由に、ランディ達が呆れた顔を見合わせ、同時に盛大なため息をついた。
「聖女はいわば鍵なのよ」
口を尖らせるキャサリンが続けるのは、【聖女の洞窟】はいわゆる聖女の集合的記憶が作り出す半精神世界のダンジョンだという。
「……通訳してどうぞ」
リズを振り返るランディに、リズがキャサリンの言葉を優しく解説し始めた。
「集合的記憶とは、個人ではなく社会や特定の集団が持つ記憶やイメージになります」
つらつらと語るリズだが、ランディはいまいち理解出来ていない。そしてランディの表情だけでそれを理解したリズが「そうですね」と考え込むように顎に手を当てた。
「例えば〝聖女〟と聞いて、皆さんは何を思い浮かべますか?」
リズの問にランディは、「何って……」とチラリとキャサリンを一瞥し、ルークやレオンと顔を見合わせて口を開いた。
「大バカ野郎」
「残念ピンク」
「面白い人っす」
「ちょっと、どういう事よ!」
頬を膨らませるキャサリンに、「うるせー。黙ってろ、話が進まん」とランディがシッシッと手を振る。
「……ちょっと例えが悪かったですね」
苦笑いのリズに、キャサリンが再び「どういう事よ」と口を尖らせるが、ランディが「無視しろ」とリズとキャサリンの間に身体をねじ込んだ。
「そうですね。では改めて【剣聖】と聞くとどうでしょう?」
リズの問にランディが「そりゃ」とルークやレオンと顔を見合わせた。
「剣の腕が立つ」
「剣の天才」
「めちゃ強い剣士」
ほぼ似たような事を語るランディ達に、それこそが集合的記憶だとリズが語る。
「このように、特定の何か、もしくは誰かについて社会全体が持つイメージだと思えば、分かりやすいかもしれません」
「ってことは、聖女の集合的記憶は……」
ランディが向けた視線の先では、キャサリンがドヤ顔で胸を張っている。
「聖なる乙女、女神の代行者、魔を払うもの、はたまた清純なる美少女かしら」
ドヤ顔のまま自分を褒め称えるキャサリンに、「何一つ合ってねーな」とランディがため息を返した。再び暴れだしそうになるキャサリンを、レオンが抑え込む。もはや見慣れた光景にランディが再びリズに向き直った。
「ちなみに今キャサリン様が語ったのは、どちらかと言うと集合的記憶というより、集合的無意識ですかね……」
「再び謎ワードを」
苦笑いのランディに、リズが集合的無意識は人々の無意識化に深く刻まれた、全体の共有意識のようなものだと教えてくれる。
「先程キャサリン様が語ったのは、聖女に対する〝概念〟を表す集合的無意識でしょうか」
だから質問が悪かったと続けたリズの補足に、ランディは「なるほど」と頷いた。
「つまりさっき俺達が出したのは、【剣聖】という個人に対する全員共有の記憶だが、キャサリン嬢が示したのは〝聖女〟という存在全体を包括する概念って事だな」
「そうですね。ちなみに【剣聖】の共有記憶は彼が成し遂げた伝承などから、人々が共有する事になったものですね。なので新しい情報や社会の変革があれば変わる可能性があります」
反対にキャサリンが語った聖女像は、今日まで普遍的に受け継がれてきた、深層の無意識下に存在する、心理構造の一部だということだ。
「つまりこの場に限って、聖女キャサリンという個人に対する集合的記憶は……」
「残念な聖女、でしょうか?」
思わず笑うランディとリズに、「聞こえてるわよ!」とキャサリンが眉を吊り上げた。
「聖女と集合的記憶は何となく分かったんだが……」
洞窟を振り返るランディの言いたい事を、リズは理解したのだろう。
「なぜそれが女性だけ……なのかという事ですよね」
数多の聖女の集合的記憶が作り出す半精神世界。そしてそこにアクセス出来るのは、女性だけという謎。そこに対する説明を求めるように、ランディとリズがほぼ同時にキャサリンを振り返った。
「聖女と親しい女性の記憶の方が、よりリアルな記憶でしょ? 例えば遠くで見たことのない人より、仲の良い友人の方が、より詳細な記憶とイメージがあるから。そのイメージと記憶を、洞窟が聖女の一部として認める……そんな感じだったわ」
再び迷子になりかけるランディに、今度はリズと入れ替わったエリーが「きな臭いの」と口を開いた。
「きな臭い? 何が?」
首を傾げるランディに、「未だ推論の域を出ん」とエリーは首を振るだけだ。ただ漠然とした説明だったキャサリンに、エリーが「確認するが……」と語りだしたのは、この洞窟のルールだ。
「この洞窟は、聖女もしくはそれに関係する女しか入れん。それで良いのじゃな?」
「ええ。そう聞いてるわ」
頷くキャサリンだが、本心は聞いたと言うより設定資料で見たが正しいだろうが。
「集団的記憶って言うより、聖女達とその知り合いの記憶の集合体に近いんじゃね?」
首を傾げたランディに「かもしれんの」とエリーも頷いた。歴代の聖女やそれに関係してきた女性達が持っていた記憶。それらが集まった場所が洞窟の先に開かれる半精神世界のダンジョンとも言えるのだ。
「そうなってくると、聖女の記憶にアクセス出来るっつーより……」
そこまで呟いたランディだが、思い至った結論にゾワっと背筋に走るものを感じて、勢いよくエリーを振り返った。
「気付いたか?」
「気付くだろ」
苦笑いすら浮かべられない。ランディの予想が当たりだとすると、この洞窟はとんでもない場所だ。
「キャサリン嬢、ちなみに聞くが【聖女の洞窟】はここだけか?」
ランディの真剣な瞳に、若干気圧され気味のキャサリンがゆっくり首を振った。
「確か帝国にも公国にもあるって聞いたけど……」
自信なさ気なキャサリンが続けるのは、入口こそ各国にあるが、結局どこからでもアクセスする場所は変わらないのだという。
「入口。ね……」
ランディが見つめる先、ただの洞窟にしか見えないそれがやけに不気味に見えるのであった。




