第217話 私は好きですよ。ビ◯ケの本気の姿
「……くそ。何たる屈辱」
肩を震わせボヤくランディの前には、姿見――キャサリンが出した――に映った女装姿の自分がいる。
ワンピースのスカート部分から覗く逞しい脚。
はち切れんばかりの胸部。
メロンでも入れているかのような肩。
人影のない、吹きさらしの断崖絶壁に出現した筋骨隆々の令嬢と、引き攣った笑みの仲間達。
特にキャサリンとリヴィアは酷い。先程から「ヒーヒー」と笑いながら地面をドンドンと叩く始末である。
それを「笑ったら駄目ですわ」と止めながらも、笑いを堪えきれないセシリア。苦笑いで「知らんぞ」と距離を置くユリウス。
唯一リズだけが、何とかランディを元気づけようと「ごめんなさい。小さすぎました」と声をかけるのだが、その声すら思い切り震えている。
無理もない。
ランディが着ているワンピースは、女性用の平服、その古着を数枚使用してリズがクラフトで作った、特注品……なのだが。いくつかの服を使用したというのに、ランディの身体が想像以上に大きかったのだ。
いや、正確にはクラリスのデザインを再現するために、生地が足りなくなった。
理由はとにかくランディには小さすぎた。
鍛え抜かれた分厚い身体。そして男性の中でも頭一つ抜ける高身長。そんな巨体を覆う、少し小さなワンピース。結果、スカートからは逞しい脚が覗き、そして肩や腕、胸元に背中はパンパンに張っている。
顔の造形は悪くない上、化粧を――流石に元JKキャサリンが――施したので女性に見えなくはない。つまり顔だけはマシなのだが、いかんせんその顔が乗っているのが、マッチョである。
ちなみに自分の姿を見たランディの感想は……「本気のビ◯ケじゃねーか」だ。
女装したランディとそれに笑い転げるキャサリンを始めとした仲間達。彼らは今、ハートフィールドの東端にある断崖絶壁に来ている。
なぜこんな所で、そしてランディが女装までしているのかというと、話は二日前に遡る。
――――――
マダムに【聖女の洞窟】の情報を聞いたランディ達は、ハートフィールドへの連絡をしてくれるというフローラに別れを告げ、一度ヴィクトールへ戻っていた。
その足でアランやグレースへの連絡を済ませ、準備を済ませたランディ達がハートフィールドへ向かったのは翌朝早くからだった。
フローラが所謂速達で連絡を取ってくれていたお陰か、ハートフィールドの領都レオンハートにある港へ転移した二人は、すぐさまハートフィールド家の騎士達に連れられ、屋敷へと通されていた。
「久しぶりですわ」
「結局顔を合わせる事になったな」
応接室で手を取りあうセシリアとリズ。拳を突き合わせるルークとランディ。何だかんだでしっくり来る四人の再会だが、今回はそれだけではない。
「やっぱり、また会ったわね」
ドヤ顔のキャサリンと、お供のレオンも一緒なのだ。
「ユリウスはどうしたよ?」
眉を寄せるランディに、キャサリンがユリウスは仕事中だと伝えた。ユリウスは今、ハートフィールドの西側へ教会から派遣された人達を先導中だというのだ。
「お誂え向きに西にいるのか」
良いのか悪いのか。とはいえランディはこの状況で、ユリウスだけをのけ者にするつもりはない。もちろんユリウスの仕事の進捗次第だが。
「それにしても、【聖女の洞窟】か……。お嬢様、何かご存知ですか?」
「いいえ。私はおろか、お父様ですらご存知ありませんわ」
首を振ったセシリアに、「当たり前よ」とキャサリンがため息をついた。
「基本的に封印されてるんだもの」
キャサリンが語るのは、ハートフィールドの西端、海を臨む長い断崖絶壁の途中に隠されているというのだ。
「また面倒な場所に作ったな」
ため息が止まらないランディが、それ以上に気になっていた事へ触れた。
「なんでも女子しか入れないらしいが」
訝しむランディに「何だそりゃ」とルークが眉を寄せるが、キャサリンが本当だと頷いた。
「女性限定ダンジョンよ。それは間違いないわ」
洞窟の存在もマダムとの関係も知っているキャサリンが言うのだ、どうやらマダムの冗談ではなかったらしい、とランディが肩を落とした。
「リズとエリー、セシリア嬢は問題ないとして……」
「聖女様っすよね」
「だよな」
男三人に足手まといの烙印を叩き込まれたキャサリンが、「し、失礼ね」と頬を膨らませた。
「そんなに心配なら、アンタ達も女装してついてきたら良いじゃない」
口を尖らせるキャサリンに、「そんなんでいいのか?」とランディが盛大に眉を寄せた。女装で入れるなら、ますます持ってダンジョンの構造とルールが謎なのだ。
「さあ? ものは試しでしょ。駄目元ってやつよ」
微妙な笑顔のキャサリンが気になったランディだが……確かに一理ある、と全員で古着屋に女性物の平服を求めたのが昨日の朝のこと。そして必要な諸々を手に入れ、その足で直ぐに【聖女の洞窟】を目指し、高速艇で大河を下り、ハートフィールド最東端の街へ。
その街でユリウスやリヴィアと合流し、そこから馬車と徒歩の旅……と、出発から一日半程かけてようやく目的の断崖へとたどり着いたのだ。
そしてここに来て渋るランディやレオン、ルークの三人へキャサリンが簡単に化粧を施し、茂みで服を着替え始めたのだが……。
『ランディ、お前――ブフッ』
『ランドルフ様、やべーっすね――フッ』
茂みから聞こえてきた笑いをこらえる声は、どんどん大きな笑い声へと変わり、そして……
『ハハハハハ!』
『ルーク様、笑っちゃ……フフフ!』
『うるせーな。お前らちっと黙ってろ!』
ランディの怒声の後、鈍い音が二つ響いた。
そうして静かになった茂みから、肩を怒らせた巨大な令嬢が現れたのが先程……。現れたランディに、キャサリンとセシリアが吹き出し、リヴィアが「わ、わああああ!」と慌てて剣を構え、ユリウスが「待て」とそれを抑え、リズが震える肩を押さえながら顔を逸らした。
「おい。何がおかしい?」
顔をしかめるランディに、「アンタ、自分の姿見なさいな」とお腹を抱えたキャサリンが、虚空から姿見を取り出し、それを見たランディが呟いた言葉が冒頭のアレである。
―――――
「な、なんつー屈辱……」
未だ姿見の前でプルプルと震えるランディに、キャサリン達の笑いは止まらない。
無理もない。
ランディが屈辱に顔を赤らめ、怒りに肩を震わせるたびに、その身を包むワンピースが「ミチミチ」と音を鳴らすのだ。最初は警戒していたリヴィアをしても笑いに誘う音に、「や、破れる! アタシのお腹も!」とキャサリンが一際大きな笑い声を上げた。
「いい度胸だな」
盛大に顔をしかめたランディの背後の茂みから、「あー、酷い目に遭ったぜ」と頭を擦るルークが現れた。
「ルーク様、俺の頭凹んでないっすよね」
同じ様に頭を抱えるレオンも。
二人ともランディ同様女装に身を包んでいるのだが、元々顔面偏差値が高すぎるルークは言うまでもなく、レオンも全然女性として見られる見た目だ
現れた二人の令嬢に、笑い転げていた面子は一旦落ち着きを取り戻した。
「へぇー。残りの二人は結構まともじゃない」
「そうですわね。ルークは身長が少々高いですが」
先程までランディを見て爆笑していた二人に褒められ、ルークとレオンも満更じゃないように顔を綻ばせて、微妙にポーズを取ったりなどしている。
そんな二人を振り返ったランディは、「ケッ」と鼻を鳴らした。
「モヤシどもめ」
顔をしかめるランディに、「僻むな」とルークがニヤけ顔で肩を組んだ。
「ゴリラのオスなら、お前に惚れてくれるか――モゴッ」
ニヤけていたルークは、ランディのハンマーパンチで地面に叩きつけられ、ピクピクと動いている。
完全に沈黙したルークを一瞥したランディが、ぐるんと全員を見渡した。先程まで笑っていたはずのキャサリンやセシリアにリヴィア、そして何故かレオンも口に両手を当てて息まで止めている。
それを苦笑いで少し離れた場所から見るのはユリウス。
「ランディ、スカートで暴れたら駄目ですよ」
何とかランディをなだめるリズだが、その方向は若干明後日気味だ。今も息を止める四人からしたら、もっと頑張って止めてくれと言いたい所だろう。
実際「話を聞くだけだ」と笑うランディだが、どう見ても話を聞くだけの顔ではない。リズ以外の全員が「それ肉体言語じゃね?」と意識を共有した頃、ランディが四人に一歩近づいた。
「どうしたお前ら。俺の女装に『綺麗』だとか『可愛い』だとかの感想が聞こえねーな」
最早脅しである。更に一歩踏み出すランディの全身から、今まで見たことが無いほどの闘気が立ち昇る。心なしかランディの身体が、いつも以上に大きく見えるから不思議だ。
あまりにも迫力のある光景に、四人が顔を見合わせた。視線だけで交わされる会話は、ただ一つ。
「お前が言えよ」
という責任の押し付け合いだ。ここで仮に「いや、綺麗だよ」などと言おうものなら、「じゃあなんで笑ったんだ?」とランディの逆鱗に触れかねない。だが誰も言わねば、このまま四人全員がルークの後を追う事になりかねない。
なんせ今のランディは令嬢なのだ。女性相手でも容赦ない雰囲気が漂っている。
結果責任を押し付け合う四人だが、その押し付け合いはほんの一瞬。気がつけばこの中で唯一の男であるレオンに、三人の視線が集まっていた。
――いや、今は女じゃん。
そんなレオンの視線だが、三人は「頑張れ」と言いたげな視線をレオンに向け続けている。なんせいつも以上に大きく見えるランディは、レディ三人には荷が重すぎるのだ。
最早多勢に無勢。こうなっては肚を括るしか無い、とレオンが口から手を放した。
「よ、よく見りゃランドルフ様も結構綺麗――」
「これのどこが綺麗なんだよ。馬鹿にしてんのか? 馬鹿にしてんだな? 馬鹿にしてんだろ」
「り、理不尽すぎっす!」
指を鳴らすランディと半泣きのレオン。流石にこれは可愛そうだ、とユリウスがため息混じりに「ランドルフ」と呼びかけたのとほぼ同時に、リズがランディの前に立った。
「ランディ。虐めちゃ駄目ですよ」
頬を膨らませるリズを前に、ランディの身体がしぼんでいく。
「虐めてはねーだろ」
いつものサイズ――それでもデカいのだが――に戻ったランディ、にリズが優しく微笑んだ。
「私は素敵だと思いますよ。もちろん最初はビックリしましたけど」
苦笑いで頬を掻くリズだが、「リズは良いよ。笑っても」とランディも照れたように視線を逸らした。ちなみにそれを聞いていた四人の感想は「何だよそれ」である。
そんな四人の心の声など聞こえぬのが、ランディとリズ、そしてエリーの三人だ。
「エリーも言ってますが、化粧をして着飾っても、溢れる男らしさが、ランディらしさが隠せないのは、良いことだって」
消せないランディらしさが素敵だと笑うリズに「そ、そうかな」とランディが照れて視線を逸した。いつもより小さく大人しくなったランディに、その場の全員がリズを見ながら
猛獣使いだ
と思ったのは無理もない。
「それより私の採寸が甘すぎて、ランディに要らない恥をかかせてしまいました」
シュンとなるリズに、「き、気にすんなって」とランディが慌てて首を振った。
「この程度どうってことねーよ。洞窟でお前らを守れるならな」
力こぶを作ったランディだが、その衝撃で上腕部分が「パァン」と勢いよく弾けた。流石にその現象に、ランディを見ていたリズも「フフ……フフフフ」と思わず笑い声をもらしてしまった。
全員に緊張が走る。猛獣使いが鞭の振り方を間違えた、と。
……だが全員の心配は杞憂に終わることとなった。口元を押さえ、小さく笑い声を上げるリズを見たランディも、「は、ハハハ」と急に笑い出したのだ。
「今の見た?」
「見ました」
それにお腹を抱えるリズだが、
「何を遊んでおる。戯けが」
笑いを堪えながらエリーが現れた。何とか場を収めようとしてくれるエリーだが、
「見ろエリー」
ランディが反対側で力こぶを作ってみせれば、再び音を立てて袖が弾けた。
「見てみろ。オフショルダードレスだ。似合うか?」
とランディが笑顔でポーズを決めた。肩から上腕部分がはじけとび、何とか三頭側だけで繋がった袖と身体部分。確かにオフショルダーなのだろうが、両手で力こぶを作るランディがシュールで……
「フフッ」
……エリーも再び笑い出す始末だ。
結局気がついてみれば、他の人間をそっちのけでランディ達三人がイチャついている。そんな騒動の結末に、キャサリンとセシリアは安堵のため息をつきながらも、二人して羨ましそうにじゃれ合うランディ達を見ている。
なんせお互いのパートナー――と思しき相手――とは、三人程の進展はないのだ。ランディを笑っていたはずなのに、気がつけば見せつけられる状況は、自業自得とも言えるか。
「アイツだけ弾かれたら良いのよ」
口を尖らせるキャサリンが、「いつまでイチャついてんのよ!」と声を張り上げ、断崖の先へ向かう。この先に崖の中腹へ続く小さな道があるのだ。
「聖女様、一人で行くなって」
キャサリンを追いかけるレオン。
「ルーク、置いていきますわよ」
「お供します」
即座に飛び上がり、セシリアの隣をキープするルーク。
それぞれ〝らしい〟関係で前を歩く四人を、ランディはリズと、そしてユリウスはリヴィアと、それぞれ顔を見合わせ肩をすくめた。
「俺は、どうやっても入れないと思うんだが」
「私のスカート履く?」
「いや。遠慮しておこう」
苦笑いのユリウスに、ランディが「ドレスに仕立て直してやろうか?」と見せた笑顔に、ユリウスは苦笑いで首を振って足を速めるのであった。
※前回コメントで「女装ランディ」の声が多く、驚いたので急遽作ってみました。本来は普通に洞窟へ行く話だったのですが。たまにはお遊びもいいかな、と。
まあ、本来無い女装回なので、彼らの努力は……上腕部分と同じ結果ですが。




