第216話 ゲームって謎なルールのダンジョンってあるよね
セバスに案内されたランディがたどり着いたのは、宮殿の中庭であった。ガラス張りのサンルームのような場所で、愉しげにテーブルを囲んでいるのは四人のレディだ。……レディだとランディは思っている。
相変わらずの美貌はフローラ夫人。
こちらも絶世の美少女リズ。
そして自分の妹ながら、悪くはないはずと思えるクラリス。
そして……
「なんだい。えらくデカいのが来たね」
……黒髪に白髪を混じらせた女性。歳の頃はキースと同じはずだが、〝婆さん〟と呼ぶには少々憚られる勢いと見た目だ。
「お初にお目にかかります。ヴィクトール家嫡男、ランドルフ・ヴィクトールと申します」
恭しく礼をしたランディが「マダムにおかれましては――」と続ける言葉に、マダムは「いいよ。そういうのはさ」と豪快に笑い飛ばして手を振った。
「アタシゃこれでも元冒険者だ。かたっ苦しい挨拶はいらないよ」
レディとは思えない仕草で足を組むマダムに、「そりゃ良かった」とランディも直ぐに素を見せた。こういった手合は、下手に取り繕うより真っ直ぐな言葉の方が良いと判断したのだ。
「それで? レディの前に、そんなむさ苦しい格好で現れた理由はなんだい?」
クラリスがいる手前、リズもまだマダムに声をかけた理由を言っていないのだろう。ランディも正直なんと言ったものか、とわずかに逡巡するも、意を決してマダムを真っ直ぐに見た。
「マダム・ヴァルモア。あなたの力が欲しい。うちに来てもう一度針を取って下さい」
単刀直入。どストレートな口説き文句。混じりっけも飾り気もない言葉に、マダムが初めて「ふぅん」と心の底から興味を示したような顔を見せた。
「今我々は、新しい街を興してるんですが――」
そこから始まるのは、ランディによる街のコンセプトだ。マダムを旗印に、流行の最先端を作るというプロジェクトだ。
「わ、私のデザイン工房――?」
初めて聞く内容に、クラリスが驚きを隠せない。そしてリズも同じように、驚きを隠せないでいる。
「言って良かったのですか? あの……糠喜びが――」
語尾がすぼむリズに、ランディは問題ないと笑顔を見せた。とはいえランディも本音を言えば、問題ないわけではない。本当ならマダムが頷くまでは、クラリスには内緒で進めたかった。
だがそうも言っていられなくなったのだ。
街を大きくし、ファッションの発信基地とする。時間さえかけたら、マダムがいなくとも勝算があると思っている。だがリズやエリーとの事を考えたら、より早く結果を出さねばならないのだ。
少々焦りすぎと言われるかもしれないが、ランディとしては勢いが大事なタイミングだと考えている。
「もう後がなくてな。何としても、マダムにもう一度針を握って貰わないと駄目なんだ」
真剣な顔のランディが、マダムを真っ直ぐ見据えた。
「是非、俺達と一緒に来てください」
頭を下げるランディに、マダムが大きなため息を返した。
「なぜアタシなんだい?」
ランディが顔を上げた先には、自身の指先を見つめるマダムの姿だ。
「確かに面白そうなコンセプトだ。お嬢ちゃんのデザインも……まあ悪くはない。縫製はまだまだ甘いがね」
マダムがニヤリと笑って、クラリスにウインクをしてみせた。
「アタシじゃなくても、他にも有名なデザイナーはいるだろう?」
足を組み替えたマダムが、背もたれに身体を預けた。ランディを挑発するような笑顔は、今のところ協力するかしないか、半々といった雰囲気だ。
「あなたじゃないと駄目なんです」
そんなマダムを真っ直ぐ見据えたまま、ランディが大きく息を吸い込んだ。
「会って確信しました。俺達の運命を縫い合わせられるのは、あなただけだって」
真っ直ぐなランディの言葉に、マダムが「フフッ」と小さく笑った。
「アタシを口説いてんのかい?」
「そうだ……と言いたい所ですが、私が本気で口説きたいのは世界に二人だけでして」
ランディがリズの肩に手を置く……その行動と言葉にリズの顔が分かりやすく赤くなった。
「あら。あらあらあら……」
嬉しそうなのはフローラだ。口元を抑え、「もしかして」とニヤけた顔でランディを見た。
「ええ。閣下に話は通しました。とは言え本人達にはまだ思いを告げていませんが」
肩をすくめるランディに、リズ以外の全員――使用人までも――が「それはもう告白では?」と表情に出している。
「この場で言っちゃってもいいのよ?」
ニヤけるフローラに「いえ」とランディが首を振った。
「二人と約束しましたからね。それを果たさず……では、少々締まりがないと思いまして」
「あら、そうなの」
少し残念そうなフローラに、ランディが肩をすくめて口を開いた。
「あとは二人とも恥ずかしがり屋なので、逃げられないようにエリーの身体を取り戻してからにしようかと」
一つの身体で器用に入れ替わる二人は、恥ずかしさがピークになると、相手に任せて引っ込んでしまうのだ。それを出来ないように、一つの身体に一つの魂にして、奥へと引っ込めないようにせねばならないのだ。
「あらあら。それは楽しみね」
ウインクするフローラ夫人に「お、お母様」とリズが赤い頬を膨らませた。
しばし戯れるフローラとリズを眺めていたマダムが、「なるほど」と呟いてランディに視線を向けた。
「侯爵と賭けでもしたってわけかい」
ため息混じりのマダムが、「形振り構ってられないんだろ?」とランディに呆れたような顔を見せた。
「半分は……ですが」
肩をすくめたランディが、「もう半分は違いますよ」と続けるのは、先程マダムに語った話が本当だという事だ。マダムとなら間違いなく面白い街に出来るという確信である。
ランディの説明に「えらく買ってくれるね」とマダムが肩をすくめてため息をついた。
「一つだけ聞こうか。アンタ、アタシの作った服を見たことがあるかい?」
「ありません」
堂々と胸を張るランディに、マダムが「ハッハッハ」と豪快に笑い声を上げた。だがその笑い声も直ぐに引っ込み、冷え切った瞳がランディを突き刺した。
「アタシのデザインも知らず、よくそんな大口が叩けるじゃないか」
殺気すら感じる視線は、流石元冒険者と言える迫力だ……が、ランディからしたらこの程度の殺気も怒られる事も予想の範疇だ。
「服だけ見てどうなるんです?」
鼻で笑うランディに、リズとクラリスが思い切り目を見開いた。あまりにも横暴とも取れる発言は、完全にマダムの逆鱗に触れるそれだ。現にマダムの表情は完全に無と言って差し支えないものになっている。
だがランディの発言はまだまだ止まらない。
「あなたの作った服は、誰かが着て初めて完成でしょう? それとも何か? アンタの服はそれ単体で完成なのか?」
眉を寄せ口調が荒くなったランディが、マダムを見たままクラリスの頭に手を乗せた。
「俺の知ってる唯一のデザイナーは、『着てもらって初めて完成です』って言ってたぞ」
ワシワシとクラリスの頭を撫でるランディに「や、やめてください」とクラリスが頬を膨らませて手を払いのけた。
「俺はアンタの外側だけを見て、『凄い』なんて言うつもりはねえ。正直飾られた服やドレスだけで、アンタの作品の凄さを分かる自信もねえ」
堂々と「美が分からない」と吐露するランディは止まらない。
「だが確信はある。アンタのその目は、本物の職人のそれだ。だから心のそこから、アンタの技術と熱意が欲しい。着る人を喜ばせたいっつー、アンタの熱意が」
「小僧が生意気いうじゃないか」
口調とは裏腹に嬉しそうなマダムに、ランディは「アンタも見てみたいだろ?」と今度はリズの肩に手を乗せた。
「世界最高と言われるアンタの作ったドレスを着た、リズとエリーを」
「え、っちょ――」
慌ててランディを見上げるリズに、ランディは悪戯っぽい笑顔を見せた。
「ちなみに俺はすげー見たい」
堂々と胸を張ったランディと顔を赤らめたリズに「なんだいそりゃ」とマダムが呆れたような笑みを見せた。実際呆れているのだろう。伝説を呼び寄せる最大の理由が、自分の好きな女に最高のドレスを着せたいという理由なのだ。
「驚いたよ。服もドレスも見た事ないってんなら、てっきりアタシのルーンだ何だを所望かと思ったんだがね」
ため息混じりのマダムが、「アンタんとこも荒れてんだって?」と頬杖をついて、今のヴィクトールが置かれている状況を口にした。戦いが迫っているなら、マダムの持っている能力は喉から手が出るほど欲しい……そんな人間は掃いて捨てるほどいるだろう、が……
「いや。ルーンは間に合ってる」
……首を振ったランディに、「間に、合って、る?」と頬杖の上でマダムが、キョトンとした顔を見せた。
「ああ。今もほら……」
チュニックをたくし上げて、中の肌着を見せたランディが、そこに施された〝抑制〟と〝加重〟――加重も増やした――のルーンを説明する。
「ちなみにウチの騎士達にも配布済みだ」
敢えてルーンを足枷として使うランディ達に、頬杖からずり落ちたマダムが、「は、ははは」と乾いた笑い声を上げた。
「だから俺が、俺達が欲しいのは、純粋にマダム・ヴァルモアが持つデザインへの熱意だ」
「なかなか嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
笑顔を見せたマダムが「分かった」と頷いた。
「アンタらの頼みを聞いてもいいが、一つ条件がある」
「条件?」
首を傾げるランディに、「ああ」と頷いたマダムが出した条件は、マダムが封印した裁縫道具を取ってくる事だ。
裁縫道具など何でもいいではないか、とはランディも言わない。恐らく何かしらの曰く付きか、こだわりのある道具なのだろう、と理解したのだ。
「取ってくる……っつー事は、どこか遠くにあるって認識でいいんだよな?」
首を傾げるランディに、マダムが「そうだよ」と笑顔でティーカップを傾けた。
「王国の西……丁度ハートフィールドの西端だね。そこに【聖女の洞窟】って呼ばれる場所がある」
「ハートフィールド?」
「【聖女の洞窟】ですか?」
ほぼ同時に顔を引きつらせた二人に、「なんだい?」とマダムが眉を寄せた。
「いや、こっちの話だ」
首を振るランディだが、その脳内にはキャサリンが意味深に「またね」と言ったあの声が響いている。
(あんにゃろ……知ってやがったな)
流石にゲーム知識バッチリなだけある、とランディは内心舌打が止まらない。キャサリンはランディ達がマダムを説得すると確信した上で、「またね」と言ったのだ。しかも洞窟の名前が【聖女の洞窟】である。どう考えてもキャサリンの助けが必要になりそうだ。
だがこのままキャサリンを頼れば、間違いなくドヤ顔を見せられる事は必至。なんとか……そんな藁にも縋る思いでランディは口を開いた。
「マダム。俺はどう見ても聖女じゃねーだろ」
眉を寄せるランディに、「これを持っていきな」とマダムが胸元から一つのネックレスを放り投げた。
「知り合いの聖女が持ってたネックレスだ。入口を開く鍵くらいにはなるだろうよ」
笑ったマダムが続けるのは、裁縫道具はルーンを織れる特別製で、知り合いの聖女に頼んで封印してもらったとの事だ。
(知り合い? 聖女に?)
ランディは引っかかりこそ覚えるが、今はそこを追及する間も惜しい、とその疑問を頭の隅へ追いやった。
「OKだ。とりあえず洞窟に行って、封印された裁縫道具を取ってきたら良いんだな」
「そういうこと。ただ気をつけな――」
マダムが悪い顔でニヤリと笑った。
「洞窟に入れるのは、レディだけだよ」
「なんつー面倒な場所に……」
盛大に顔をしかめたランディに、「せいぜい頑張りな」とマダムが豪快な笑い声を上げるのであった。




