第215話 彼女の実家に来て、親に会ったらまあコレだよね
ルシアンと話し始めてすぐ、執務室に現れたのはセドリックだ。
「やあ。ヴァルトナー以来だね」
「ご無沙汰しております」
立ち上がり頭を下げるランディに、「元気だったかい?」とセドリックが笑顔で手を挙げた。
「ブラウベルグも入りこまれていたと聞きましたが?」
「まあね。ヴァルトナーほどではないけど」
立ち上がったままの二人に、ルシアンがひとまずの着席を促した。確かに放っておけばこのまま立ち話が続きそうな勢いだ。
セドリックと顔を見合わせ、笑顔を浮かべたランディが、それでもセドリックが座るのを待ってソファへ腰をおろした。
パーソナルソファに座るルシアン、コーヒーテーブルを挟んで向かい合うランディとセドリック。三人がソファに座ったのとほぼ同時に、給仕のメイドが紅茶を持って現れた。
恐らくセバスが手配していたのだろうが、あまりにも完璧と言えるタイミングに、ランディも思わず唸ってしまう。
「君でもそんな顔をするんだね」
「使用人のレベルが高すぎて、我が家で閣下に粗相があったのでは……と気になっているのですよ」
正直な気持ちを吐露したランディに、ルシアンが「気にすることはない」とそれを豪快に笑い飛ばした。
「君が思っているよりも、ヴィクトールの使用人は高度に訓練されているぞ」
ルシアンの言葉に「そうでしょうか」とランディは怪訝な返事しか出来ない。思い出すのは遠慮のないメイド達の姿ばかりなのだ。
そんな彼女達の姿を頭の外へ追い出し、ランディはアランとすり合わせた帝国と【真理の巡礼者】の情報を共有し始めた。
「そう言えば、君から頼まれていた調べ物だけど……」
セドリックがランディに渡したのは、調査報告書だ。それはあの遺跡調査に同行していた聖女の情報で、別にセドリックでなくとも調べようと思えば手に入れられる情報でもある。にも関わらずセドリックに依頼したのは、単にランディ達で調べるより早い、という理由で頼んだものだ。
それは調べる早さもだが、その後の話の早さも、である。
「まさか君の言う通り、遺跡探索の聖女が、帝室に縁があるとはね」
セドリックのため息も無理はない。ルシアンもセドリックも、アランが言っていた通り概ね同じ意見だったが、ただ唯一帝国が進軍してくる日程だけは、ランディ達の意見と違っていた。
――彼らの目的がエレオノーラ様の身体だとして……君達と違って遺跡の謎を解いたわけではないだろう?
ルシアンからの書状に記されていた一文だ。実際にその通りで、いくら帝国とその特殊部隊とは言え、王国政府が管理している遺跡の内容まで分かるはずはない。だがランディには確信めいた思いがあったのも事実だ。
それを補完したのが、セドリックが渡してきた調査報告だ。
キャサリン曰く、遺跡の調査に同行した当時の聖女は帝国貴族出身らしい。そして聖女としての浄化の旅が終わった後、次代の聖女に任を託して帝国へと帰ったという。
だからランディは、シャルロッテが残した書物を、何らかの形で帝国が手に入れたと思っていた。故にその聖女の行方を、セドリックに調べて貰ったのだ。
帝国へと帰った聖女は、帝都にある大聖堂で暫く神職を務め、その後実家であった大貴族に請われて、甥や姪の教育係として長い余生を過ごしている。そして彼女の姪孫が、レオニウスの母親に当たるのだ。
あのシャルロッテが後世に残した書物。ゲームでは魔導書扱いで、実際ゲームの説明文が、エリーの身体を手に入れる為のヒントでもあった。それを手にした存在と、レオニウスの母親が近しく、そして目的は分からないがエリーの身体を狙っている。
つまりランディの予想通り、レオニウスがその書物を持っている、または内容を知っている可能性が非常に高いのだ。
むろん書物の中身は分からないが、シャルロッテが遺跡の謎と共に残した書物だ。ゲームでは魔導書扱いだが、手記や記録の可能性も捨てきれない。
「ここまで一致すると、君達の言う通り警戒する必要があるね」
「ええ。とは言え相手は頭が二つに目的が二つですからね」
ランディの言葉にルシアンとセドリックが頷いた。二人の皇子がどう考え、どう動くかによって、襲撃のXデーは前後するのは間違いない。だがそれはこちらにも当てはまる事だ。
「相手は頭が二つだが、こちらは三つも四つも……と分けられているのも事実だからな」
ルシアンの言葉に、今度はランディが苦笑いで頷いた。ルシアンの言う通り、こちらも足並みを揃えられているとは言い切れない。
ブラウベルグもハートフィールドも、そしてヴァルトナーも。今それぞれが、それぞれの領の中に侵入した異物の除去に必死だ。敵は各地域で別々に動いている。そのせいで完全に足並みを揃えるのは無理なのだ。
だからこその政府なのだが……。今のところ政府の動きは鈍いものだという。
もちろん王国側もみすみす領地を奪われる事はしないだろう。だが今王国で蔓延るのはカルトの集団だ。
故に【真理の巡礼者】の根絶には動いているが、未だそれと帝国との関係を結びつけるだけの決定打を持っていないのも事実である。
そしてあの政府だ。仮に帝国の侵略を確信したとしても、救援のつもりで動いた一手が、こちらの思惑と合致するとは限らないのだ。
「既に戦いは始まっていると言えるな。戦況は常に水のうねりの如く変化するものだ」
ランディ達の立てた予想すら、今後の政府の動き次第では変わる可能性がある。
「十中八九、公爵家が裏切ってますしね」
その言葉にルシアン達が頷いた。北での工作を見れば、誰かが帝国を引き入れたのは必至。そしてヴァルトナー以外で帝国に近いのは、北東に港を持つ公爵家くらいだ。
曲がりなりにも、王室の血縁者が裏切っている。政府は裏切りを知らないだろうが、いざという時混乱させるのに、これ以上ない駒だろう。
だからこそ、無能な仲間になると分かっていても、王国政府に情報を上げざるを得なかったとも言える。
公爵家へ釘を刺した形だ。効果はあまりないだろうが。
何ともため息が出そうな状況だが、ランディは頭を振って表情を引き締めた。
「でも一つ……いえ、二つだけ確かな事がありますね」
「そうだね。帝国が来る事と――」
「襲撃の少し前から【真理の巡礼者】が騒ぎ出す事です」
それは確信と言って良いものだ。地下に潜らせ、人数を増やしたカルト集団で各地を混乱に陥れて初めて、帝国は大手を振って王国に派兵する事が出来る。いわば王国民の救済目的だろうから。
故に本戦が始まる少し前から、【真理の巡礼者】による混乱は、全員の共通認識だ。
「ブラウベルグはあまり心配していませんが、領土も広いハートフィールドが……」
「まあ、心配するな」
ルシアンがランディの心配を遮った。実際アランも、ハートフィールドを心配していないのだが、ランディからしたらハートフィールドが武力という一点で、ブラウベルグにもヴァルトナーにも劣るのは事実なのだ。
「子供に心配されるほど、伯爵はヌルい男ではないぞ」
ニヤリと笑ったルシアンが「アレは狐のような男だ」とハートフィールド伯爵アルフレッドを評した。
「閣下がそのように仰るのであれば……」
アルフレッドには、柔和で優しげなイメージしかないランディだが、アランだけでなく、同じ領地貴族としてよく知るルシアンが言うなら問題ないのだろう。
「さて。つまらない争いごとの話はこの辺にして……ようやく君達の悲願が叶うと思っていいのだな?」
瞳を細めたルシアンに、ランディが思わずゴクリと唾を飲み込んだ。間違いなくエリーの身体の事だ。そしてそれは、リズを完全にもとに戻すという事でもある。
期待の混じったルシアンの瞳に、「はい」と頷いたランディが、一度大きく深呼吸をした。
「時間がかかりましたが、二人との約束を果たせそうです」
「エレオノーラ様の身体を取り戻した後……君は二人をどうするつもりかね?」
真っ直ぐなルシアンの瞳を、ランディも真っ直ぐ見つめ返した。
「今まで通り。三人で、ずっと一緒に居られたら……そう思っています」
「抽象的な言い回しだな」
鼻を鳴らしたルシアンに、ランディも「そうですね。男らしくなかったです」と小さく首を振ってまたルシアンに向き直った。
「まずエリーの身体を取り戻した後、私の嘘偽りのない気持ちを、二人に伝えようと思っています」
二人が好きだという事。
「伝えて、どうする?」
「彼女達の返事次第ですが、学園卒業後、エリザ……いえ、リズとエリーの二人を、妻として迎え入れ、三人で未来を築いて行けたらと思っています」
「二人を、か……」
真っ直ぐにルシアンを見つめていたランディが、そのまま頭を下げた。
「絶対に傷つけぬこと、我が命を賭けて誓います」
頭を下げるランディに、セドリックが息を止めたままルシアンを見た。実際セドリックとしても微妙な気持ちなのだ。
ランディの人となりは評価をしているし、リズがランディを慕っているのも理解している。だがそれでも、大事な妹を他の女性と同列に語られると……相手が古の大魔法使いと言えど、簡単に納得できないのが家族だろう。
「『我が命』……か」
呟くルシアンは、その言葉の重みを理解している。貴族同士の婚姻であれば、通常賭けるものは『我が血と誇り』である。つまり家としての総意だと示すわけだが、ランディは己の命だけを賭けた。つまり場合によってはリズとエリーの二人を連れて、出奔する覚悟を語ったのだ。
(……優秀な長女か。アラン殿も人が悪い)
事ここに至って、ルシアンはようやくアランがクラリスを褒め、そしてその弟であるセシルも褒めていた理由に合点がいった。今日この場でこの話に及ぶ事、そしてランディが語るだろう事を、アランは事前に予測していたというわけだ。
(家を捨てる無責任さを……いや、無理だな。事実彼がいなくとも成果が出続ける事は既に証明済みか)
大きくため息をついたルシアンに、ランディの肩がピクリと動いた。
「君の気持ちは分かった」
その言葉にランディが思わず顔を上げ、セドリックが「父上!」とこちらも思わず声をもらした。
「リザの気持ち次第だが、君の気持ちは汲んでやろう」
「良いのですか?」
間髪を入れないセドリックの言葉に、「かまわん」とルシアンが小さくため息をついた。
「我々が何を言おうと、リザの気持ち次第なのだ。それは変わらん」
首を振るルシアンが思い出しているのは、リズがルシアンへの報告はしていないにもかかわらず、アランへは折をみて連絡を取っていたという淋しい事実だ。既に親離れが進んでいる事の証左とも言える。
「だがそれを踏まえた上で、一つ条件を出そう」
一本指を立てて見せたルシアンに、「な、何でしょう」とランディがわずかに声を上ずらせた。
「新しい街。どうやら面白いコンセプトを考えたとか?」
ニヤリと笑ったルシアンに「ええ、まあ」とランディが頷いた。
「その街の発展を、我々の力を借りずにやり遂げて見せて欲しい」
出された厳しい条件に、ランディの頬が引きつった。
「無論、君が私に一定の成果を見せるなら、協力は惜しまない」
笑うルシアンに、ランディは内心「やられた」と苦笑いだ。家の意思ではない、自分だけの意思だと前面に押し出した結果、「ならお前単体の力を見せてみろ」と言われたのだ。
今考えている街のコンセプトにおいて、ブラウベルグが持つ発信力を使えないというのは、翼をもがれたのと同意だ。流行を作り出す上で、影響力のある人間を押さえるのは必至なのだ。
恐らくルシアンは、アランからある程度のコンセプトを聞いているのだろう。だからこそのこの取引だ。だがランディにも引けない思いはある。
リズとエリーに対する思いだけは、この程度で引いていいものではない。
「分かりました」
大きく深呼吸をしたランディが、精一杯の強がりの笑顔を見せた。
「必ず閣下とセドリック様が、『一枚噛ませろ』と言いたくなる結果をお見せします」
この二人を前に、強がりとは言えそう言い切ったランディに、ルシアンが「結構」と心底嬉しそうに頷いた。
「それでは、成果のためにもマダムへ挨拶をしてこようと思うのですが」
決まってしまった以上、グダグダしている時間はない。街の発展など非常に時間のかかる案件だ。今のランディには寸暇すら惜しい。立ち上がるランディに、ルシアンとセドリックが向けるのは期待の眼差しだ。
ルシアンもセドリックも、ランディならば成し遂げてリズとエリーを迎え入れられると信じている。そんな瞳にランディは内心苦笑いだ。
(いいぜ。やってやるよ)
そう。これはランディのためでもある。今のところランディの事業は、その全てがブラウベルグありきなのだ。これから先リズとエリーという目立つ二人を娶る以上、ランディ自身の実績というのは、世界を黙らせるピースにもなる。
「それでは一旦中座させて頂きます」
ランディが頭を下げたのとほぼ同時に、部屋の扉がノックされ、セバスが迎えに来た旨を告げる。
(マジでどうなってんだよ)
驚きを隠せないランディは、そのままセバスに先導され、またこの白亜の宮殿の中をマダムのもとへと急ぐのであった。




