第213話 片手間で色々改良してました。全部書くには時間がなかったので。いつかどこかで書けたら良いな。
騎士達にヴィクトール養成マントを配り終えたランディとリズは、訓練場近くでハリスンと話し込んでいた。
「一ヶ月でどこまで出来るか分からんが、何もねーよりマシだろ」
「大丈夫っすよ。若のせいで皆馬鹿になってますから」
苦笑いのハリスンだが、しっかりとヴィクトール養成マントに身を包んでいるので、本人もやる気なようだ。
「騒動が終わってから……希望者にはまた別途肌着なんかで支給してやる」
ランディが言うのは、今肌着にしてしまうと、実際の戦いの時に即座に脱げないデメリットだ。生死を賭ける戦いで、肌着が重くて死にました……では笑い話にもならない。その点、ランディが支給したタバーカと呼ばれるマントなら、最悪着たままでも敵の攻撃で一番最初に破れる。つまり、自分の本来の力が取り戻せるわけだ。
「それと、時々でいいからマントを脱いで実際の動きとの落差にも慣れとけよ」
「大丈夫っす。その辺は全員が理解してるっすよ」
ハリスンの言葉に「ならいいが」とランディが小さくため息をついた。何だかんだで戦いに生きてきた連中なだけあって、不意に身体が軽くなったりする事の弊害も理解しているようだ。身体の転調は、瞬間だけとはいえ隙になる可能性もあるのだ。
「んじゃまあ、あっしも久々に楽しい訓練をしてきますよ」
ヒラヒラと手を振るハリスンに、「そうだ」とランディが声をかけた。
「コリーに投擲術と身体強化も教えてやってくれ」
「……相変わらずエグいっすね」
苦笑いのハリスンの言う通り、身体強化が出来れば動体視力などの能力も同時に強化が出来る。そして投擲術は、その名の通り石を投げたりする技術だが、これが馬鹿にできない。
体術と比べると訓練方法が分かりやすく、そして一人でも訓練しやすい。加えて、走りながら、跳びながら、横向き、後ろ向き、と非常にバリエーションも豊富な上に、投擲用の道具まである。
訓練の容易さに反して、非常に応用が効く技術と言えよう。
「今の重い身体でまともな投擲術が出来れば、マントを取って身体強化も乗せて……なるほど。フィールドワークには最適な能力っすね」
俊敏性があれば大抵の危機から逃れられる。そして投擲術があれば、機先を制し、かつ倒せずとも逃げる時間を稼ぐ事が出来る。
「遠くから削って、間合いを詰めてトドメって流れも出来るからな。まずは安全第一だ」
肩を竦めるランディだが、ハリスンからしたら高速移動砲台を作るようなものだ。
「コリー少年の真面目な性格にもあってますし、こりゃ化けますね」
今度こそと、訓練場を振り返るハリスンに、「任せたぞ」とランディが声をかけた。それに後ろ向きのまま手を振るハリスンに、ランディが小さく安堵の息を吐いた。
以前コリーは一人戦えぬ事を気にしていた。小さなコンプレックスは、大きなアドバンテージだ。やる気があって、強くなりたいと思えるなら、人間誰しも化ける才能は持っている。
身体強化も投擲術もその入口に過ぎない。流石に一ヶ月そこらでいきなり強くはなれないだろうが、ここはファンタジー世界だ。強い魔獣と戦えばそれだけ早く強くなれる。そして魔の森はそれに最適と言えよう。
コリーの成長を確信したランディは、訓練場を見ながら口を開いた。
「んじゃ、俺らは親父殿に挨拶して――」
「若、お嬢様!」
ランディの言葉を遮ったのは、遠くから手紙を片手に駆けてきたリタだ。
「おお。リタもなんか久々だな」
「若はそうですね。お嬢様は昨日もお会いしましたから」
微笑むリタが、リズに不自由をしていないか尋ねている。リズは昨日も聞いたし問題ないと笑うのだが、やはりリタからしたら元箱入りお嬢様のリズが心配なのだろう。
「リズの心配もいいんだが、ハリスンは無茶してねーか?」
今まさに無理をさせるマントを渡したランディが、言う言葉ではないのだが……そんなリズの視線から逃れるランディに「大丈夫です」とリタが胸を叩いてみせた。
「ならいい。今日からはもっと大変になるだろうからな。しっかり見ててやってくれ」
「分かりました」
訝しげに頷いたリタが、「それでは」と二人に頭を下げるのだが、
「いやいや。なんか用があったから来たんだろ」
苦笑いのランディに「そうでした」とリタが舌を出して自身の頭を叩いた。
「お嬢様にお手紙です。フローラ様と、連名で『エリス・ヴァルモア』と――」
リタの言葉にランディとリズが同時に顔を見合わせた。どうやら想像よりも早く、マダムが返事をくれたようなのだ。
「リタ、その手紙を――」
いつもより早口なリズに、リタが手紙を差し出し、「なんて書いてある? なんて?」横で煩いランディに、少し待てとリズが手紙を開いた。
そこに書かれていたのは、フローラ夫人のリズを心配する言葉と、マダムからの返事だ。
要約すると『一度会ってみたい』と言う内容だ。しかもフローラ夫人からは『いつでも帰ってきて良い』と優しい言葉まで添えてある。
「これ、会ってみたいって――」
「クラリス様のことですね。マダムへ口添えにクラリス様のデザインを数枚同封してますので」
手紙を嬉しそうに見つめるリズに、ランディも凄いと興奮気味だ。なんせ妹のデザインを見た伝説が、会ってみたいと言っているのだ。今まで身内で凄い凄いと言っていたものが、大海へと漕ぎ出し始めたとも言える。
「なるべく早い方が良いな。クラリスは今どこに?」
嬉しさを隠せないランディに、リタはクラリスが母グレースからマナーのレッスンを受けている事を教えた。母から娘にマナーレッスン。ヴィクトールにお金がないから……ではない。ここ最近勢いのあるヴィクトールだけに、周囲の貴族たちも関係を持ちたい、とクラリスのマナー講師への申し出は多い。
だが現状のヴィクトールを考えると、おいそれと他領から人を招くわけにはいかない。巻き込まれる可能性。間者の可能性。それらを考慮した結果、グレースがマナーレッスンをしているのだ。
「ちと窮屈な思いもさせてるし、息抜きにもいいかもな」
「ですね」
楽しそうな二人はリタに先導され、クラリスがマナーレッスンを受けているというホールへと向かうのであった。
☆☆☆
「マダム・ヴァルモアが、会ってくださる……ですか?」
驚きすぎて微妙に五歳児のような語彙力のクラリスに、「はい」とリズが優しく微笑み、以前出した手紙の返事が来たとクラリスへ先程の手紙を渡した。
食い入るようにそれを見つめるクラリスの後ろで、ランディは母グレースに小声で新たな街のコンセプトを掻い摘んで説明している。
「なるほど。確かに面白い案ね」
嬉しそうに頷くグレースは、頬を綻ばせて手紙に集中するクラリスへ視線を移した。
「面白いけれど、クラリスは忙しくなるわね……」
悩ましげなグレースの言う通り、クラリスも今年で十三になる。つまり教会が実施している初等教育を終了し、公国が定める中等教育過程へと進むのだ。もちろんヴィクトールにも小さい中等教育施設があるのだが、学校は領都だ。つまりここと新しい街との往復生活になってしまう。
「あー。クラリスが転移でも使えれば良いんだが」
苦笑いのランディだが、残念ながらそうそう簡単に仕える術式ではない。非常に複雑かつ高度な魔法理論への理解がなければ使えない上に、そうとうな魔力を消費するのだ。
ランディに比べれば魔力が多いとは言え、クラリスの魔力量はリズやエリーには遠く及ばない、いわば一般的な魔法士程度の量である。
転移に可能な魔力量はあるものの、一日に何回もポンポン使えるものではない。学校終わりに街へ行き、作業をして帰って来る……それで下手したらギリギリかもしれない。
もちろん転移への理解が進み、魔法理論を己の中で噛み砕くことが出来ればもっと回数が上がるだろうが、その域に達するにはやはり回数を重ねる必要が出てくる。
「移動手段も考えねーとな」
頭を掻くランディだが、ふと思い出したと顔を上げた。
「あれ? そういやクラリスは、リヴェルナントの中高一貫に行くんじゃなかったのか?」
リヴェルナントであれば、更に往復に時間がかかる。
「本人が地元が良いんですって」
「ふぅん」
ランディがリズを拾って来る前までは、家を出てリヴェルナントの中高一貫校へ行くのだと息巻いていたクラリスだが、どうやらこの半年ほどで色々と心変わりがあったらしい。
「まあ優秀だし、どこでも上手くやれるだろ」
「誰かさんと違ってね」
茶目っ気たっぷりなグレースに、「ぐっ」とランディが言葉を詰まらせた。学校の成績という一点においては、ランディに反論出来る余地はないのだ。
そんな親子の会話が一段落を見せた頃、「お母様!」とクラリスが目を輝かせてグレースを振り返った。
「行ってらっしゃいな。侯爵様に失礼のないようにね」
母に背中を押され、「はい!」と元気よく頷いたクラリスがリズの手を取った。
「ではお姉様行きましょう!」
「俺も行くからな」
ランディの言葉に、「お兄様もですか?」とクラリスが怪訝な表情を見せた。
無理もないクラリスには、まだ街のコンセプトを話していないのだ。コンセプトの要であるクラリスとマダム。二人の相性の見極めもだが、やはりマダムに頭を下げるべきはランディなのだ。
もちろん領主であるアランが行くのが筋だが、流石にアランを連れて行くには色々と無理がある。だから父の名代としてランディが赴くという形だ。
だがその事実はまだクラリスに話すわけにいかない。なんせ構想だけでクラリスを糠喜びさせるわけにはいかない。故にランディが同行する事に、理由が必要になってくるのだが……
「数刻でもお前が世話になるんだ。親父殿に代わって、閣下やフローラ夫人に挨拶する必要があるだろ」
ため息混じりのランディが、それ以外にも現在走らせている事業の打ち合わせや、その他諸々の話があると語った。
どれもこれも嘘ではない。実際ルシアンやフローラとは暫く顔を合わせていないし、挨拶が必要だと思っている。
それに一番最初に走らせた事業、馬車の改良についても雇い入れた技術者達に投げていた〝圧縮コイルばね〟の実現もしたばかりだ。他にも展開している美容液の新たなラインナップの相談もしたい。
恐らく一番初めにフローラが食いついた、洗髪香油の改良。所謂シャンプーやトリートメントであるが、ランディには全くだったイメージや知識をキャサリンが補完してくれて合間を見て試作した物がある。
リズやセシリアと言った高位貴族の令嬢からの評判はもちろんのこと、元現代JKのキャサリン、そして平民代表リタからも好評だが、まだ成熟した貴族女性からの評価が足りないのだ。
髪の毛のハリやコシに悩みが出る年代であり、更に最もお金を出してくれる年代でもある。年齢毎のダメージケアも違ってくるため、既にヴィクトールの女性たちには試作に付き合ってもらっているが、やはり貴族のそれも高位貴族の意見というのは聞きたいのだ。
その他にも、今ある美を保つのではなく、復活させる美。つまりシワ改善効果のある、より高価で魅力的な美容品だ。こちらはキャサリンから、現代日本にそういった商品もあったと聞いて現在鋭意構想中の商品だったりする。
成分など全く分からない事ばかりだが、こちらは魔獣専門家コリーの助けを借りて、ある程度の方向性も見え始めている。
新たな街のコンセプトがデザイナーの集うファッション最先端の街だが、美容関係も同じ様に充実させ、本人の美と服の美という相乗効果を狙っているだけに、やはり高位貴族であるフローラ夫人の意見は気になるところだ。
そんな事をつらつらと述べるランディに、母グレースは「あーあ。私は実験台だったのね」とジト目を向けている。
「母上に使って貰ってるのは、最高級品ですよ」
ジト目を返すランディに、「あ、やっぱりそうなの?」とグレースが微笑んだ。既に高級品の試作を使用しているグレースの綺麗な赤髪は、艶を増して輝いて見える。
「そんなわけだから……俺も一緒に行くぞ」
「……分かりました」
どこか渋々と言った具合のクラリスに「そんなに喜ぶな」とランディがニヤリと笑った。
「お兄様が粗相を仕出かさないか、私が見張っておきますわ」
顔をしかめたクラリスに「そっくり返してやる」とランディも鼻を鳴らす。
何とも素直になれない兄妹だ、とリズが苦笑いを浮かべ「では、そろそろ行きましょうか」と二人に声をかけた。
「んじゃまー行ってくる」
「お母様、行ってまいります」
グレースに手を振る二人を連れ、リズが杖を掲げて転移する……光に包まれた三人は、光が収まった頃には姿を消していた。
「……さて。久々にセシルをいっぱい可愛がろうかしら。あの子もすぐ大きくなっちゃうだろうし」
部屋を後にするグレースは、楽しそうな子ども達の姿を思い出し、その頬を綻ばせるのであった。




