第212話 ルーンという便利なパワーアップの方法があるじゃないですか
キャサリンやユリウスを乗せた船が見えなくなった頃、ランディはリズを笑顔で振り返った。
「ちょっと良いこと思いついたんだけどさ」
「良いこと、です? どう見ても悪い顔ですけど」
訝しむリズに、「良いことだって」とランディが代官の屋敷へ向けて歩き始めた。
整備された大通りに反して、ポツポツとしかない建物。まだまだスカスカの街だが、通りを歩くまばらな人達の顔は目に見えて明るい。
「この街を戦禍に巻き込むわけにはいかねーだろ?」
「そうですね。教会から来ていただいた人を抜きにしても、領民を巻き込みたくはないです」
「だよな」
周囲を見渡すランディが語るのは、防衛力の強化だ。だが防衛兵器を置くというわけではない。もちろんアランの許可や方針次第では簡易的なものは置いてもいいだろうが、それ以上にここまで攻め入られないように水際で止める事が最優先だ。
「水際……一応戦場は、ハートフィールドの先を予定しているんですよね」
リズの言う通り、帝国が乗り込んでくるとしたら、そこが一番簡単なのだ。
「もちろん北を経由して魔の森側から……ってのもあるだろうが」
ランディが言うのは、どちらにしろ、この街や領都、そして港へ入れない事が一番重要だという話だ。
「そうなってくると、前線で戦う騎士の方々の頑張りに期待しないといけませんが……」
リズが言い淀むのも無理はない。一騎当千の猛者揃いとは言え、ヴィクトールの騎士隊は数が少なすぎるのだ。ハートフィールド側に二◯もだせば、後は三◯程度の騎士で港と領都を警戒せねばならない。
もちろん引退した予備隊も動員されるだろうが、それでも一〇〇にも満たない数である。
「そうなんだよな。数は簡単に増やせねー。だから、一人一人の能力を上げようと思って」
真剣なランディが、あまり時間はないが、それでも一ヶ月はあると続けた。
「でも一ヶ月しかないですよ?」
首を傾げたリズに、「俺達には秘密兵器があるだろ?」とランディが胸を叩いた。
「ルーンっていう秘密兵器が」
自信に満ちたランディの言葉に「なるほど」とリズが頷いた。確かにルーンであれば、即座に効果が見て取れる。それにこの場にはルーンを織ることも、そして彫ることも出来るリズがいる。
「マダムの話を聞いて思いついてな。だから――」
「じゃあ、一旦屋敷へ飛びましょうか」
笑顔のリズに連れられ、ランディは数日ぶりの屋敷へ凱旋する。騎士達へ大きな手土産を片手に。
☆☆☆
ランディとリズが屋敷へ向けて転移をするより少し前。屋敷近くにある、騎士隊の詰め所では、コリーによる魔獣に対する講義が行われていた。
コリーがヴィクトールへ来たのは、まだ数日前……。つまり一週間も経っていないはずだが、コリーの実施する対魔獣の講義は、連日満員御礼の大人気だ。
今年から配属が決まった新人はもちろんのこと、隊の中核を担う若手から、ベテラン騎士、更には既に予備隊扱いの引退した者達まで……。
領都にいる騎士と名がつく人間で、手が空いている者全てがここに集結しているのだ。
それもそのはず、出席者の半数を占めるベテランや予備隊が唸る程、コリーの講義は素晴らしいのだ。午前はその知識を駆使した座学、午後はフィールドワークでの実践形式。身につけた知識を即実践へ移す講義は、ヴィクトールの脳筋集団にも非常に「わかりやすい」と大評判である。
しかもそれだけではない。コリーが優れているのは、知識量だけではない。
「えっと……。昨日遭遇した珍しいタイプのグリムベアですが――」
始まるコリーの解説は、昨日騎士隊と遭遇したグリムベアについてだ。
「ハリスン様から聞いていましたが、昨日遭遇したグリムベアが、黒い霧を放つタイプで相違ないですよね」
コリーの確認に、昨日一緒に遭遇した騎士達が頷いた。ヴィクトールでは、たまに遭遇する現象である。その度に騎士達の間でも話題になる、黒い霧を放つグリムベア。
黒い霧がグリムベアの姿を隠し、さらに気配も探りづらくなる。それどころか、霧自体が纏わりつくようにこちらの身体を重くするのだ。
「実は昨日色々と検証したのですが、恐らくミストバードと共生関係にあるのでは、と考えてます」
「ミストバード、ですか?」
騎士達が首を傾げるのも無理はない。ミストバードは、非常に臆病な魔獣な上、ランクもCと魔の森では底辺の存在だ。確かに霧を発生させて、姿と気配をくらますことに長けた魔獣だが、霧も白い普通の見た目な上に身体の自由を奪うということはない。
「ミストバードは、霧に迷い込んだ獲物から血と魔力を吸う魔獣ですが、血に含まれる魔力の濃さで霧の色が変わるんです」
色が濃ければ濃いほど、濃密な魔力を吸い込んでいると言うわけだ。
「昨日採取した霧と、討伐したグリムベアについていた特徴的な刺し傷。非常に考えにくいですが、ミストバードとの共生関係だという結論に至りました」
そう。コリーが最も優れている面は、持っている知識同士を組み合わせ、ヴィクトールの熟練者達すら知らないものを見つけ出すのだ。
提示された新たな仮説に、騎士達が唸る中、それを発見したコリーは一人興奮気味だ。
「これは凄いことですよ! グリムベアは基本的に捕食者の立ち位置が多いんです。それなのに自分より遥かに弱い魔獣と共生関係を築いている」
早口でまくしたてるコリーに、騎士達が若干引き気味だがコリーは気にしていない。
「しかもグリムベアの濃い瘴気に侵された血と魔力が、ミストバードの霧に新たな能力を付加しているんです」
興奮気味のコリーが、「これも大発見です」と目を輝かせている。
「グリムベアは、弱いミストバードに血と魔力を与えてまで、共生する旨味があるんです……」
考え込んだコリーが、グリムベアにとってのメリットを羅列しだした。
姿を消せる。
気配をぼやけさせられる。
相手の動きを阻害する。
どれもこれも逃げる場合や、奇襲する場合に有効な手段だ。
「考えにくいですが、魔の森でも捕食者サイドにいるグリムベアが、その力とスピードでも敵わない化け物みたいな魔獣がいるのかもしれません」
興奮しっぱなしのコリーが、気配察知に長け、グリムベアを圧倒する膂力と俊敏性を持つ魔獣の可能性をブツブツと呟いているのだが……
「あれ? 多分それ、若じゃね?」
「うん。多分若だ」
「そうだな。探検隊が猛威を振るってた頃から、霧熊が出た気がする……」
……魔獣の生態を変えたのが、よく知る先輩だという事実は、まだコリーの耳には届いてない。
全員が「なんて迷惑な男だ」……と噂話に花を咲かせ始めた頃
「やー。諸君、勉強が捗っているかね?」
講義室の扉を不躾に開いて現れたのはランディだ。ランディの登場に、「若だ」「お前らが噂するから」「あの顔はヤバい」と新人、中堅、ベテラン、と口々にランディを見た感想を囁きあっている。
「よぉ、コリー。数日ぶりだな」
「先輩、急にどうしたんですか?」
首を傾げるコリーに、ランディはコリーの講義の進捗を聞いた。
「そうですね。一通り魔の森浅層から中層付近の魔獣に関しては、皆さんと共有出来たと思います。今日は昨日遭遇したグリムベアについての考察をしていたのですが……」
コリーが見せてくれたのは、彼が監修している魔獣図鑑の一部だ。上手に描かれた巨大で凶暴そうな熊は、間違いなくグリムベアのそれである。
「緑熊か……」
呟いたランディに、「グリムベアっすよ」と講堂の後ろからハリスンの呆れた声が届いた。
「なんでも良いんだよ。分かれば」
鼻を鳴らしたランディが、コリーへ向き直った。
「浅層から中層にかけて……まあ、冒険者が潜ってる辺りの魔獣は一通り解説してくれたんだよな?」
「はい。皆さんに解説は不要かと思いましたけど、やはり魔獣毎に弱点や、タブーが違いますから」
それらを補って出現する魔獣もいるだけに、浅層といえど気を抜けないのが魔の森だ。先程のグリムベアは稀有な例だが、基本的に様々な魔獣が時に協力し、時に争っている。ゲームでよく見る別の魔獣がセットで現れるアレは、現実だとごく自然な事なのだ。
だがそんな魔獣達でも、それぞれの弱点を的確に突いたり、それぞれの強みを打ち消すことが出来れば、損耗率を大きく下げる事も出来ると言える。
コリーの〝かゆい所に手が届く〟素晴らしい説明を聞いたランディは、「流石だな」と大きく頷いた。
「よしよし。全員魔獣の弱点や戦い方は、頭に叩き込んであるんだな」
満足そうに頷いたランディが、騎士達に向き直った。
「今から全員に、俺達からプレゼントがある」
ランディの言葉に、騎士達が分かりやすく嫌そうな顔を見せた。
「そんなに喜ぶな。ルーン入り外套だ」
ランディの隣でリズが、虚空から綺麗に折りたたまれたマントを取り出した。それは騎士達が外で活動する時に甲冑の上から羽織る、ベストのような――タバードと呼ばれる――外套だ。
ノースリーブで左右に分かれた外套は、腰紐で止めるだけの簡単な構造だ。ハリスンがヴァルトナーで着ていた外套とは違うが、それでも背中にはヴィクトール騎士隊を示す隊旗が描かれている。
「予備の外套をちょいと拝借して……リズにルーンを織って貰った。まあルーンの解説は……そうだな」
ランディは近くの騎士に剣を貸してもらい、自身のマジックバックからミスリル塊を取り出した。
「こっちのはミスリルの塊、んでこの鋼鉄の剣に……」
リズに向き直り、鋭さと斬れ味を上げるルーンを施してもらったランディが、剣を軽くミスリル塊に押し当てた。抵抗なくミスリル塊を切断する現象に、騎士達から「おお」と思わず感嘆の声が上がる。
「とまあこんな感じに、力を与えるのがルーンなわけだが……」
再びリズに向き直り、剣に施したルーンを取り除いたランディが、剣を騎士へと返した。
「さて、諸君。ここにそんな夢のようなマントがあるのだが……諸君ならどうするかね?」
ニヤリと笑ったランディに、騎士達が一斉に表情を引き締めた。
「若、大変ありがたい申し出なのですが……」
「我々は日々鍛え抜いた己の肉体と技に、自信を持っております」
「ですので……」
口々に断る騎士達を前に、「うんうん」と満足げに頷くランディと、驚いたようにランディと騎士達を見比べるリズ。
「な? 言ったろ。ウチの騎士達は優秀だって」
ニヤリと笑ったランディが、「まあ着てみろ」と一番近くにいた騎士へマントを放り投げた。
「ですが……」
「お前が思ってるようなもんじゃねーよ」
ランディに言われ、渋々と言った具合に若い騎士が外套を羽織った瞬間
「身体が……重い?」
呟いた騎士の言葉に、他の面々もザワザワと騒ぎ始めた。
「俺がお前らに、鍛錬なしにパワーアップ出来るアイテムを作るわけねーだろ」
悪い顔のランディが、「全員着用しろ」と外套を配り始める。
「鍛えた肉体と技こそ全てだろう。ならもっと鍛えやすくしてやる。これはいわばヴィクトール養成マントだ」
全員何のことだか分かっていないが、唯一分かるのはこの外套が動きを阻害し、普段通りの能力を発揮できなくする足枷だということだ。
「コリーに聞いてたな。魔獣をどう倒したら良いか。そして……どんな事をしたら、相手の逆鱗に触れるか、を」
ランディの笑顔に、コリーが「まさか……」と引きつった笑みを浮かべた。
「そのまさかだ。自信のないものは、弱点をつけばいい。自信があるもの、さらに高みを目指すものは……分かるな?」
ランディの悪い顔に、騎士達が引きつりながらも笑顔を浮かべる。魔獣を凶暴化させ、普段より強くなった相手を、足枷付きで倒す。なんともランディらしい修行方法である。
「これだから若は……」
「ついていくしかないでしょ」
「面白い……更に強くなれるというのか」
喜びに打ち震える騎士達に、ランディは「午後からは実技だろ?」とまた悪い顔で笑った。
「今日のところは訓練場で対人戦と慣らしだ。身体の使いにくさに慣れろ」
ランディの号令に、そこかしこからやる気に満ちた声が上がった。
「んで明日からは存分に鍛えてこい。……ちなみに俺は、二四時間つけっぱなしだからな」
服をたくし上げたランディに、騎士達からざわめきが起き、それが部屋全体へと広がっていく。
完全にやる気を漲らせる騎士達に、コリーが完全に圧倒されている……のだが、
「お前もいるか?」
ランディの問に、コリーが苦笑いで俯いた。
「僕なんかが……」
「なに言ってんだよ。鍛えたいと思ったその日が吉日だ」
ランディの言葉に、コリーが意を決したように顔を上げた。
「僕も、強くなれますか?」
「なれる。お前はガッツがあるからな」
「……お願いします!」
「いいな。男の子だ」
満足気に笑ったランディが、リズへ「だそうだ」と笑顔を見せた。
「ルーンの使い方、絶対間違ってると思うんですが……」
そう言いながらも、リズは嬉しそうなコリーの服に〝抑制〟と〝加重〟のルーンを施すのであった。




