第211話 キャサリンもリズも逞しくなったな…と思います。
ランディやリズの持つ、天然フラグクラッシャーの能力に、頭を抱えて唸っていたキャサリンであったが……ハートフィールドへ向けて出発する頃には、なんとか落ち着きを取り戻しはじめていた。
三人が話しながら向かっているのは、街の裏手にある、大河へ流れ込む支流――支流と言えど大きな川――。
ヴィクトールの港町へと続く水路であり、街の重要な水源の一つでもある。今後この街へ大量の物資を運び込み、そして運び出すために整備された川は、街の発展と共に賑やかになる事だろう。
そんな水路へ向かう道すがら、キャサリンがランディとエリーを振り返った
「それにしてもマダム・ヴァルモアか……いいなー」
心底羨ましそうなキャサリンが語るのは、聖女の最強装備が非常に可愛いデザインだという事だ。
「アレを着るだけで、アタシの美しさが三割り増しになるのよねー」
恍惚とした表情を見せるキャサリンに、ランディとエリーが顔を見合わせる。正直に言えば、ツッコミどころが満載なのだが、二人はアイコンタクトで敢えてスルーする事にした。
「ちょっと……。無視される方がダメージが大きいんだけど」
頬を膨らませるキャサリンに、「被害妄想だ」とランディが黙って首を振る。それでも止まらないキャサリンの苦情を、ランディが聞き流して口を開いた。
「にしてもルーンを織り込める婆さんか。この時代にルーンを再現できる人間がいるとはな」
ため息混じりのランディに、「アンタの横にもいるでしょ」とキャサリンのジト目が突き刺さった。実際リズとエリーに至っては、織るだけでなく彫る事も、何なら描く事すら可能である。
「まあそうなんだが……」
苦笑いのランディが、それでも貴重な能力に違いないと続ける。ランディの〝抑制〟とは逆の効果を持つような服を着たら、本人の能力以上の力を出せる可能性があるのだ。
もちろんマダムがルーンを織り込んだ服の性能が、どの程度か分からない。それでも戦いの場において、普段以上に力が出るというのはアドバンテージだ。
「パワーアップに身体がついていけるか分からんが、瞬間最大火力としては脅威だよな」
考えれば考えるほど、マダムやリズがチートだという事が分かる。
「そうなると、そのマダムとやらも狙われている可能性があるのう」
ランディもエリーも、そしてリズもマダムが狙われている事は知らない。だがその可能性を考慮して、なるべく早めにマダムと接触しなければ……という思いだけは共有している。
それはマダムの持つ、ルーンの力が欲しいからではない。
三人が欲しいのは、マダム・ヴァルモアというデザイナーである。クラリスの師匠として、また名前のインパクトとして、そしてやはり伝説とまで言われた人間のデザインに興味もある。
ルーンだとかその辺は、ランディ達からしたらオマケでしかない。なんせ既にルーンを織る事が出来るチートがいるのだから。
「狙われてるかどうかは分からないけど……。もしマダムがここに来るなら、アタシにも教えてよね」
水路に停めてある大きな船の前でキャサリンが振り返った。
「簡単に頷いてくれると良いんだがな」
ランディのため息は、キャサリンから聞いているマダムの性格のせいだ。相手がどれだけ偉かろうと、気に食わない相手には絶対に首を縦に振らない。昔ながらの職人のような女性で、聖女の最強装備も選択肢をミスると作って貰えないそうだ。
「選択肢を教えるって言ってんのに」
口を尖らせるキャサリンに、「いらねーよ」とランディが首を振る。実際キャサリンの選択肢は聖女のドレスを作るためのものだ。マダムにデザイナーとしてまた針を握ってもらう受け答えではないし、何よりマダムは領に呼んでからが重要だ。
付け焼き刃の知識で凌いでも、その後仕事をする上で綻びは必ず出る。だからこそ必要なのは誠心誠意、自分たちの情熱を理解してもらうことだけだ。
「それなら良いんだけど……」
どこか納得のいかないキャサリンが、「ま、いいわ」と切り替えるように頭を振った。
「アンタ達なら、多分何とかしそうだし」
肩をすくめたキャサリンが、もう一度「マダム・ヴァルモア。いいなー」と呟いた。
「そんなに言うなら、お前も普通に注文したらいいだろ? ……マダムを呼べたら、だが」
「アンタね……。自分で言ってたのよ? マダムの元にたどり着く難しさを」
ため息混じりのキャサリンが言う通り、仮にマダムがこの領でデザイナーとしてまた針を持つなら、丘の上の工房に居を構えることになる。そしてそこにたどり着くには、選ばれた者のみが持つ、招待状が必要なのだ。
とは言えそれは、あくまでも一般的な話である。
「招待状っつってもな……俺達、配る側だから」
肩をすくめるランディに「そうか!」とキャサリンが表情を明るく輝かせた。
「コネってやつね」
手を揉む仕草をするキャサリンに、ランディは「ああ言ってるけど?」とエリー……ではなく、その中のリズへ声をかけた。
「笑顔が怪しいので駄目ですね」
現れたリズの辛辣な言葉に、「ちょっと!」とキャサリンがまた口を尖らせる。
「冗談ですよ。ただ、ドレスを作ったとして、誰かにお見せするんでしょうか?」
悪気のないリズの「お前、彼氏いねーじゃん」というボディブローに、キャサリンが「ぐぅ」と変な声を漏らした。
うずくまるキャサリンに、慌ててオロオロするリズ。そんな二人を見比べたランディは、腕を組んで訳知り顔で頷いた。
「今のはリズが悪いよ。うん。リズが悪い」
どちらかと言うとランディが言うべき台詞を、リズが思い切り吐いた形である。ランディ相手なら、「うっさい」で済む一言だが、リズの悪気のない一撃はキャサリンのボディを思い切り抉ったようだ。
「そ、そんな事言ってないで、フォローして下さい」
慌てるリズに、ランディは放っといても大丈夫だと言う。
「事実なんだし」
ニヤリと笑ったランディに、キャサリンが盛大に顔をしかめて立ち上がった。
「ホンっと、嫌な奴ら。そっくりね」
そう言いながらも、どこか楽しそうなキャサリンが、船へ続くタラップへ足を掛けた。
「向こうでセシリアに、思い切り愚痴ってくるから」
振り返ったキャサリンに、「ルークにもよろしく言っててくれ」とランディが笑顔を見せた。セシリアとルークも忙しくしているだろうが、流石に教会からの人材受け入れには立ち会うだろう。
「……じゃあ、またね――」
やたら意味深な笑顔を見せたキャサリンが、タラップを越えて船の中へ消えて暫く……動き出した船の手すりから、キャサリンとユリウス、そしてリヴィアがひょっこりと顔を見せた。
手を振る三人に、ランディとリズも大きく手を振る……なぜか「またね」と言っていたキャサリンの声が、やたらとランディの脳内で大きく響いていた。
「……今度こそ春休み後が良いんだが」
「なんか、またすぐに会いそうな予感がします」
苦笑いのリズと二人、ランディは小さくなっていく船をいつまでも見送っていた。
※復活しました。やはり沢山食べて沢山寝るのが正義ですね。
皆様の暖かいお言葉にも感謝を!




