第209話 まだマダムも来てないのに……
相手の目的が見えてきた。その状況に、ランディは「こんなところだろ」とアランへ視線を向けた。
「そうだな。私もルシアン殿も、そしてセドリック君も概ね同じ考えだそうだ」
満足気に頷くアランに、「なんだよ」とランディが口を尖らせた。アランだけでなく、ルシアンもそしてセドリックまでもが、敵の目的を早々と見抜いていたというのだ。知っていたならば、教えてくれてもいいではないか。そんな気持ちでランディが向ける非難の視線を、アランは肩をすくめるだけで流した。
「それにしても、アラン様はいつからお気づきだったんです?」
リズの疑問はもっともだ。ランディやセドリックと違い、【真理の巡礼者】と直接関わった事はない。ルシアンならばセドリックの生の声を元に二人で答えを導き出せるだろうが、アランは又聞きの情報だけなのだ。
「いつから……か」
顎を擦ったアランが語るのは、ランディ達が帰ってきて、【真理の巡礼者】のバックボーンを聞いた辺りから……つまりここ数日のことだという。
「ずっと不思議だったからな。ユリウス君の動きとその周辺が」
微笑むアランが、ユリウスの周囲にいた護衛の動きが、ランディ襲撃の背後と上手く噛み合っていなかったというのだ。
「噛み合ってなかったか?」
眉を寄せるランディに、「なかっただろ」とアランが呆れ顔を見せた。
「帝室が関わっていて、恐らくユリウス君はその相手と敵対している」
呆れ顔のままのアランが、ランディがハリスン経由で渡した情報だと眉を寄せた。
「お前は全く報・連・相をしないからな」
とわずかに身体を前のめりにした。ハリスンはおろか、ルークですら定期的に報告を上げてくれるというのに、ランディときたら全く何の連絡もしないのだ。
「い、今はそれはいいだろ」
口を尖らせるランディに、「ランディ……」とリズが呆れ顔だ。普段からしっかりとアランに連絡を入れるように言っているのに、この体たらくである。
「まあ説教は後でいいとして……」
ため息混じりのアランが、ランディからユリウスへ視線を戻した。
「ユリウス君の立場を考えるなら、監視の人間は残すべきだ。なんなら早々にユリウス君を呼び戻し、お前やルークとの接触を無くしたっていい」
ため息混じりのアランが言うように、漏らしてはならない情報を持っているなら、ブラウベルグやハートフィールドと繋がりのある、ランディやルークとの接触を避けるべきなのだ。
仲良くなれば、どこから情報が漏れるとも限らない。
「故にユリウス君には何か役目があると思っていた。……まあ帝国の関わりと帝室関係者とで、あからさま過ぎて少し疑っていたが」
その他にも王国侵略に関係のないヴィクトールでの暗躍など、様々な状況を加味した結果、ランディと同じような答えにたどり着いたという。
「特に大した事じゃあない。なんせ、相手が教えてくれた事だ」
笑顔のアランにランディは「チッ」と舌打ちをもらした。なんせ自分は今の今まで右往左往していたというのに、自分達の親はこれである。ランディとしては「安楽椅子探偵かよ」とツッコミたくて仕方がない。
ルシアンもそうだが、アランも何だかんだで領主として様々な外敵と交渉し、読み合いをしてきただけある。政治的な立ち回りや、思惑を読む能力ではランディはまだまだ彼らに及ばない。
「余裕そうな顔しやがって」
顔をしかめるランディに、「お前がバタバタしすぎなだけだ」とアランが呆れたため息を返した。
「常に言い聞かせてるだろう。思い込みを捨て――」
「――『冷静に俯瞰せよ。観察と思考は、剣と同じ。磨き続ける者の手でのみ鋭さを増す。』だろ」
鼻を鳴らすランディに、「分かってるならいい」とアランがもう一度ため息をついた。
「んでも、分かってて連中の策に乗るってことは――」
「ああ。ルシアン殿も『仕方がない』と言っていたよ」
やるせないというアランの表情が全てを物語っている。相手の策に乗り、【真理の巡礼者】の皮を被った帝国を迎え討つつもりなのだ。
先手を打ち相手の思惑を潰してもいいのだろうが、どの道向こうの後継者争いが終われば、本格的な侵攻が始まる恐れがある。そのくらい今の王国政府は頼りにならない……というか、ランディ達のせいで弱体化してしまったわけだ。
だから今、足の引っ張り合いをしている状況で、迎え撃った方が都合がいいというわけだ。
「いいのかよ……」
眉を寄せるランディの顔には、相手はこちらが気付いている事を知っているぞ、と書いてある。もちろんこの場の誰もが――キャサリンは怪しいが――ランディと同じ気持ちだ。
ユリウスを派遣してきた以上、ランディ達が気付くことも織り込み済み。もしかしたらそれに気が付く事すら、連中の計画の可能性があるのだ。
そんなランディの表情に、アランは問題ないと首を振った。
「ここで打つ手を変えてくれるなら、逆に恐れる事はない。なんせ正面からのぶつかり合いだと、勝てないと教えてくれるのだから」
「なるほど。それでも突っ込んでくるなら……」
「それこそこちらも、全力を投入する必要があるな」
笑顔から一転、真剣な表情を見せたアランが「全力を」ともう一度呟いた。つまりそれだけ厳しい相手だという事は間違いない。
「だから本当は、お前達には内緒にしていたかったんだが」
諦めたようにため息をついたアランが、「学生の仕事ではない」とこの場の全員を見渡した。
「どうやら向こうは、お前達も引っ張り出したいらしい」
アランの言葉に「なるほどな」とランディが頷いた。
「だから、エリーの身体が目的だと確信を得たわけか」
「そうだな。お前らも表舞台に引きずり出す事で、裏での仕事をやりやすくする……そんな狙いがあると思っている」
既にぬるくなった紅茶を飲み干したアランが、「だから――」とランディとリズを見た。
「お前達は今まで通り、好き勝手やりなさい。そして、時が来たらエレオノーラ殿の身体を――」
笑みを見せたアランに、「それなら――」とリズが声を上げた。無理もない。実家に加え、ヴィクトールにも危機が迫っているのだ。ランディ達だけ、その渦から逃れるということに抵抗があるのだろう。
「エリーの身体をすぐ取り返し――」
「いいんだ」
慌てるリズを止めたのは、まさかのランディだ。一人蚊帳の外に置かれるのを嫌うだろうランディが、リズを止める様子に、アランとキース以外の全員が驚いた顔を見せた。
「ランディ……」
「リズ。大丈夫だ」
優しく微笑んだランディが、アランを真っ直ぐに見た。
「親父殿。『全力だ』と……そう言ったな?」
「ああ。言ったな」
頷くアランにランディが「フー」と大きく息を吐き出した。
「なら任せるぞ」
「当たり前だ。俺達を誰だと思ってる?」
アランらしくない、ランディですらこれで二度目の口調に、ランディがニヤリと笑った。
「そうだな。ヴィクトールだな」
☆☆☆
同時刻、大陸某所――
『レオニウス殿下がお見えになりました』
扉の向こうから聞こえてきた声に、執務机に向かっていた金髪の男性が「入れ」と短く答えた。
開いた扉の先にいたのは、男性とそっくりなレオニウスだ。
「わざわざ来てやったぞ、ラグナル兄上。とはいえ、俺にも時間というものがあるのだがな」
兄上とは言いながら、対等に振る舞うレオニウスに、ラグナルと呼ばれた男性が、持っていたペンをホルダーへ戻した。
「なぜアレの監視を解いた? そのせいでアレがヴィクトールとかいう田舎に行ったそうだが」
「ユリウスを操っていたのは、兄上のほうだろう?」
首を傾げたレオニウスに、「白々しい」とラグナルが鼻を鳴らした。
「そう言いながら、私からの干渉をなくすための監視を解いたのか?」
非難めいた瞳のラグナルに、「剣聖殿を護衛に付けたのは、兄上ではないか」とレオニウスが肩をすくめた。
「そんなに俺の邪魔がしたいか?」
細められたラグナルの瞳に、レオニウスが「まさか」と首を振った。
「申し訳ないが、俺では兄上には勝てん。それは貴方がよく知ってるだろう」
「だからこそ、ワザとヴィクトールなどという田舎を巻き込んだのだろう」
睨みつけるラグナルにレオニウスは、ただただ「違うな」と首を振るだけだ。
「これから先、絶対に障害になるのは明確。だからこそ、【真理の巡礼者】も協力して一緒に叩こうという肚だ」
一歩も退かないレオニウスが、「この一手くらいは協力する」と言った言葉に、ラグナルが小さくため息をついた。
「そこまで言うなら、相手の戦力分析くらいは済んでいるのだろうな」
手を差し出したラグナルに「もちろん」とレオニウスが紙の束を手渡した。
「戦力分析ついでにだが……ハートフィールド、ヴィクトールは囮に、ブラウベルグを叩く策を具申する」
「当初とは違うが……なるほど。北を公爵とぶつからせ、そちらに意識を向けると同時に南から迂回する形か」
資料に記された作戦に、「悪くはないな」とラグナルが鼻を鳴らした。
「だが、ブラウベルグにこの戦力で勝てるのか?」
再び細められたラグナルの瞳に、「問題ないだろう」とレオニウスが、ブラウベルグには【真理の巡礼者】の四聖の中でも最も戦闘力の高い【影の剣豪】が潜入している事を伝えた。
「ふん。そんなイロモノで【銀嶺】と【蒼月】が取れるのか?」
「分析上では問題ない」
顔色を変えないレオニウスだが、内心は完全に嘘である。投入している戦力では、残念ながらブラウベルグの牙城を崩すには少々心許ない。いや下手をすると飲み込まれる可能性すらある。
だが全く問題はない。なんせ、足止めが目的なのだから。だがそんなレオニウスの上を行くのがラグナルだ。
「せっかくの狼煙だ。派手に行く……」
ニヤリと笑ったラグナルが、「ライオネルを投入する」と続けた。それは他国にも響く帝国最強の猛者だ。それこそ王国を叩くなら、【北壁】ロルフ・フォン・ヴァルトナーへ当てなければならない。そのくらいの戦力だ。
「【暁の獅子】を、か。俺はヴィクトールに当てた方が良いと思うが?」
顔色を変えないレオニウスに、「二代目がいるだろう」とまたニヤリと笑った。
「また剣聖殿か。そう言えば彼女の師匠は……初代剣聖殿は投入しないのか?」
「お前も知っているだろう。アレは偽物だ。リヴィアを発掘し、育て上げた功労は認めるが、本人は小心者の見栄っ張りでしかない」
鼻で笑うラグナルに「それなら仕方がない」とレオニウスが小さくため息をついた。
「作戦は兄上が決める事だからな」
それだけ言うと、レオニウスは「失礼する」と頭を下げて部屋を後にした。
レオニウスが去った後、ラグナルは小さくため息をついた。
「全く……悪ガキめ。何を考えているか分からんが、お前がどれだけ動こうと、掌の上だと分からせねばならんな」
鈴を鳴らしたラグナルが、現れた使用人に「ライオネルを――」と最強の武人を呼び出した。
一方その頃、ラグナルの部屋を後にしたレオニウスは、一人ブツブツと呟きながら廊下を歩いていた。
「流石だな、ラグナル。だが……」
ニヤリと笑ったレオニウスが、窓から漏れる陽光に目を細めた。
「俺は信じてるぞ。ヴィクトール。お前らならラグナルの狙いに気付く。ラグナルもお前らも優秀だ。それはもうとびきりに。だから……化け物同士、潰し合ってくれ」
嬉しそうに笑うレオニウスが、すれ違う使用人を前にその獰猛な笑みを引っ込めた。そうしてまた一人になったレオニウスが呟いた。
「そして俺の目的も潰しに来い。それこそが俺の狙いだ。待っているぞ。【災厄の魔女】と【紅い戦鬼】よ」
微笑むレオニウスの顔は、どこか狂気に彩られていた。




