第208話 上手く書き分けられてなかったかもですが……
再び考え込むランディを邪魔せぬよう、その場の全員が押し黙った。静かな部屋に響くのは、「違和感……」とブツブツ呟くランディの声だけだ。
ランディの脳内で、シナプス達が高速で情報をやり取りする。つい先程自分の口から発した言葉達を拾い上げ、それを再構築していく。
アランは言った。
――違和感の正体が答えだ。
(違和感……違和感か)
途中割り込んできたリヴィアを脇に、ランディは自分の記憶のサルベージ作業に取りかかった。
とは言えそれは難しい話ではない。
話しながら違和感を覚えたか、と言われればランディは「イエス」と答えられる。己の中で論理立てて説明したものの中に、唯一混じった異物のような感覚。それは最初にして最大の引っかかり。
ユリウスがメッセンジャーとして、もたらした情報の内容だ。
【真理の巡礼者】の関係者に、ユリウスの兄がいる。そんな情報。
そんな大きな引っかかりを、更に深堀りするために、ランディは今一度頭の中身を整理し始めた。
(さっき話した内容は……)
相手は一般人以外への洗脳、というカードを切ってきた。
それと同時にユリウスに、情報提供をさせて混乱させるという変則的な一手だ。
(帝国は一枚岩じゃない。デカい国だ。王国もそうだから、別におかしな話ってわけじゃねーよな)
自身に言い聞かせるランディの思考通り、相手の作戦はチグハグに見えるが、相手の足並みが揃っていないと考えれば辻褄が合う。加えて水面下らしいが、帝国は現在後継者争いで、ギスギスしていると聞いた。
(ここまでは多分合ってる。だが……)
作戦が不一致なことは、帝国の足並みが揃っていない事を示すとしても、自分達の存在を知らしめる理由が分からないのだ。それこそランディが抱いた最大の違和感。
一枚岩ではないとしても、自分達の存在をそれ以外に知らしめる理由。もちろん撹乱する事が目的かもしれないが、それにしても謎な一手だ。
(あの一手で、一気に連中の目的が見えなく――)
思考の海に沈んでいたランディが、「待てよ」と呟いて顔を上げた。目の前にあったのは、首を傾げるキャサリンとユリウスの顔。そして、隣を見れば同じ様に首を傾げるリズだ。
「【真理の巡礼者】の目的は何だ……?」
呟いたランディに、「そりゃ――」とキャサリンがゲーム時代の知識を披露しようとするのを、ランディが「ストップ」と掌を向けて制した。
確かにキャサリンから、【真理の巡礼者】はゲームでも出現していた事は聞いている。エリー……エレオノーラの復活前後、世界が混沌とした頃に出現した狂信者達という話だ。
それゆえプレイヤーの間では、エレオノーラを信奉する狂信者達だと言う扱いだったわけだ。
だがそれはキャサリンから聞いた、ゲームの時の情報だ。故にランディはそれを全て鵜呑みにはしていない。なんせこの世界はゲームではなく現実で、実際ランディ達の行動で大きく流れが変わってきているからだ。
エリザベスはリズ、エレオノーラはエリーへ。
侯爵家は反乱を起こすどころか隆盛を極め。
反対に王国政府は求心力を失い凋落し。
堕落した教会は、リドリー大司教を中心に立て直しが始まっている。
様々な事が変化し、時流が変わったからこそ、ランディはキャサリンのゲーム知識を、参考程度にしか聞いていなかった。
(いや違う。正確には、参考にしてしまったんだ)
何故か。それは彼らに【真理の巡礼者】という名前が与えられたからだ。
(そうか。この時からずっと朧気なのか)
それに気がついたランディの脳内が、過去へ過去へと遡っていく。「目の前の事にとらわれすぎ」その言葉がランディの思考を今から過去へと引き伸ばしていく。
――よほどヴァルトナー侯爵家を、王国内部で孤立させたいのか……
(違う。もっと前だ)
――国際問題か。出来るものならやってみろ。
響いてきたのは、あの日ランディを拉致した連中が薄ら笑いで紡いだ言葉だ。
あの時国際問題になれば、もっとも利を得たのは間違いなく帝国だ。友好国である王国と公国が仲違いし、さらにヴァルトナーが関わっているとされれば、国境の防備も混乱する。
だからランディはあの――【真理の巡礼者】の名をまだ知らぬ――頃、見えない連中は帝国に関係する者か、それに雇われた者だと思っていた。つまり彼らの行動は、王国侵略への足がかりだと思っていたわけだ。
その後もヴァルトナーの離反を仄めかす噂の事を聞いた。所謂工作活動だ。それ自体は当初のランディが予想していた通り、侵略への足がかりと考えて差し支えがない。
ヴァルトナーでの暗躍と同時に、ブラウベルグをはじめとした他領での活動。
そのどれもが、侵略の足がかりと言われればそうなのだが、ここに来てキャサリンのゲーム知識である。
謎の組織は、その時点で狂信者という仮面を被らされた。つまりランディの中でいつの間にか【真理の巡礼者】の目的に、エレオノーラの復活というフィルターが加わったわけだ。
王国への侵略も、今までの工作も、全てエレオノーラという存在を迎える為の混乱。そんな目的がいつの間にかランディの中で出来上がっていた。
確かに一見すると整合性が取れている。連中が暗躍している事も、帝室が関わっている事も、ゲームでの連中の立ち位置も。
どれもこれもしっかり結びついていると思えたから、ランディの中ではそうだと思っていた。
だがここに来てあのチグハグな作戦だ。ここに来て黒幕の情報を開示するような一手。
(くそ。また振り出しじゃねーか)
思わず頭を掻きむしったランディだが、目の前に新たに出された紅茶の湯気に視線を移した。いや、その向こうに見えるユリウスに。
(ユリウス……そういやコイツと会ったのって、あの事件の後か……)
思い出すのはユリウスと出会った時の事だ。出会い自体は偶然だ。たまたま立ち寄った大聖堂に、たまたま来ていたユリウスと遭遇した。
ユリウスがランディに興味を抱き、言葉を交わす事になったのだが……。ランディは初め、帝国が警戒しているかと思っていた。だが話しているうちに、ユリウスは襲撃者とは無関係だと確信した。
――大層な扱いも。後継者を巡る駆け引きも。どれもこれもが嫌で
思い出すのは苦笑いのユリウスだ。危険を顧みずランディへと接触した事で、ランディは既に帝室の争いに巻き込まれている事を自覚した。
(そうだ。この時帝国の関係を確信したんだ……が)
ふと疑問が湧いてきた。後継者争いの内輪揉めの時に、他国への侵略などするのだろうか、と。
(いや。ありえるか。例えば王国侵略の成否次第で、どちらかが――)
そこまで考えたランディが、「どっちか……?」と呟いて首を傾げた。
「お。おおお――?」
首を傾げ唸るランディに、リズが「降ってきたんですね」と笑顔で拳を握りしめた。
「エリザベス……アンタ、デカ男のそのキモい閃きどうにかしたほうがいいわよ」
顔をしかめるキャサリンに「可愛くないですか?」とリズが首を傾げた。
「可愛い?」
「はい」
「……やっぱ、男の趣味が終わってるわ」
盛大に顔をしかめるキャサリンだが、脳をフル回転させるランディにその声は届いていない。
(全部繋がってたんだ……。フィルターですらないのか)
思いついたランディが、「ユリウス」と顔を上げた。
「なんだ?」
「お前、リヴィアが護衛っつったな」
ランディの言葉にユリウスが黙って頷く。
「その護衛、誰がつけた?」
ランディが気になっているのは、リヴィアがユリウスの近くにいても暫く護衛という名の監視がついていたことだ。その証拠にルークがセシリアの部屋を覗かれたと護衛の一人を殺しそうになっている。
つまり、リヴィアともともとの監視は別の人間がつけたと考えたのだ。
「……リヴィアは軍の所属だからな。現在軍の元帥も務めるラグナル兄上だ」
「誰かは知らねーが、ラグナルって人な」
聞いておきながらだが、ランディは帝国の皇子の名前など知らない。隣でリズが「皇太子ですよ」と教えてくれるのだが、今のところラグナルの立ち位置はさほど重要ではない。
一応リズへ感謝の意を示しつつ、ランディはユリウスに再度向き直った。
「てことは、それ以外の護衛もとい監視は……」
「恐らくだが……レオニウス兄上だと思う。彼らもそう言っていたからな」
「第二皇子です」
すかさず入ったリズのフォローに「サンキュー」と伝えたランディが、「なるほど」と呟いた。
朧気だった連中の正体がようやく形になったのだ。今ならよく分かる。目の前のことばかりに囚われず、話を線として考えれば、霧が晴れたように連中の目的も、そして今回のチグハグな状況も、全てが明瞭になるのだ。
ようやく答えの一端にたどり着いたランディが、大きく息を吐き出し、アランを見た。
「後継者争いか?」
「恐らく」
肩をすくめるアランに、「迷惑な連中だ」とランディが鼻を鳴らした。
「ちょっと! アンタ達親子だけで納得しないでよ」
口を尖らせるキャサリンに、「まあ待て」とランディが目の前で湯気のなくなった紅茶を一気に飲み干した。
そこからランディが語るのは、今まで【真理の巡礼者】が取ってきた行動のアレコレだ。
ランディへの襲撃に始まり、ヴァルトナーでの活動、そして各領での暗躍。どれもこれもが、王国侵略への足がかりなのは間違いない。
「でも、ゲームでは――」
「それなんだがな」
ため息混じりのランディが、「ユリウス」とまたユリウスへ話を向ける。
「【真理の巡礼者】に関係してるのは、どっちだ?」
その質問にユリウスは「それは……」とわずかに俯きしばし黙り込んだ。
「恐らく、レオニウス兄上だと思う」
「えらく歯切れが悪いな」
そうは言うが、ランディに特段責めている気配はない。それどころか浮かべた笑みは、己の予想が補完された喜びを示している。
「すまない。実は――」
「【真理の巡礼者】を軍が利用してるわけか」
ランディの言葉に驚いたように顔をあげたユリウスが、「……そうだ」と頷いた。
「ちょっとどういう事よ!」
身を乗り出したキャサリンが、「お、おかしいでしょ?」と唇を震わせた。
「なんで軍が狂信者の集団を利用するのよ」
眉を寄せるキャサリンの意見はもっともらしく聞こえる……のだが、
「別におかしくはねーだろ」
首を振ったランディが続けるのは、様々な場所で活動する上で、偽装工作としての宗教団体というのは珍しくないという事だ。現代日本でも、カルト教団による国家転覆を狙ったテロがなかったわけでは無い。
もちろんそれに他国が絡んでいた完全な証拠もなければ、元々カルト教団自体はその国で自然に発生したものだ。そこに技術支援などを行った……そんな形だが、今回帝国はそれを自前で用意した形だ。
「思想を弄り、そんな集団を敵国内部に増やせれば……」
「勝手に国を倒してくれる、というわけですね」
頷いたリズの言う通り、その後はテロ行為への支援だなんだと言って、当該国へ軍を派遣して鎮圧すればいい。当該国の国民を扇動して国を手に入れる。変則的で時間はかかるが、立派な侵略行動だ。
「ゲームでの立ち位置も、別におかしくはねーだろ。よく考えてみろ」
「よく……って」
考え込むキャサリンだが、実際ランディの言うとおりだ。連中が出てきたのはエレオノーラ復活の前後だが、教会が弱り、ブラウベルグの乱があり、王国内が一番ゴタゴタしていた時期だ。
そんな時期に、終末思想を語るカルトが現れて、その背後に他国がいたとしても別に驚く事ではない。ただそれがゲームでは語られないだけで。
「つっても、それだけじゃねーから、お前が俺に接触してきた……だろ?」
ランディの言葉で全員の視線がユリウスに集まった。
「そうだな」
注目を浴び頷いたユリウスが続けるのは、【真理の巡礼者】が軍の支援を得てカルト教団の域を越えてきた事だ。
「特殊部隊の一部で奴らを接収後、レオニウス兄上が指揮していたのだが……」
続くのは、元々弟思いで優しかった兄が、どんどんカルトにのめり込んで行ったという話だ。それまでは後継者争いなどなかったはずだが、いつの頃かカルトを率いた第二皇子が水面下で皇太子と敵対し始めた。
「それに巻き込まれるのが嫌でな」
ため息混じりのユリウスの言葉に、「それで?」とキャサリンがランディを見た。
「この話と、さっきのチグハグがどう繋がるわけ?」
眉を寄せたキャサリンに、「もう答えが出ただろ」とランディが鼻を鳴らした。
「後継者争いっつったろ。連中、足の引っ張り合いをしてんだよ」
「足の引っ張り合い?」
素っ頓狂な声をあげたキャサリンに、「敢えて言うなら、だが」とランディが続けるのは、今回の行動は頭が二つあるということだ。
「軍全体を統括するラグ……皇太子と、軍傘下にありながら【真理の巡礼者】を指揮するレオ……レオなんちゃら」
名前を覚えられないランディに、キャサリンとユリウスが馬鹿なのか賢いのか分からないと苦笑いを見せた。
「とにかく、軍の指揮では【真理の巡礼者】を利用した撹乱で、王国を分断して一気に侵略したいんだろう」
それが恐らくラグナル皇太子が【真理の巡礼者】を軍として利用した作戦だ。
「それを、第二皇子。まあカルトの主が【真理の巡礼者】の背後に帝室が関わってる……これは侵略だって教えてきたわけだな」
それがユリウスをメッセンジャーに仕込んだ理由だ、とランディが続ける。
「なんでそんな事するのよ」
眉を寄せるキャサリンに、「自分で言ってたろ」とランディがため息をついた。
「エリーの身体か……もしくは別の存在か。とにかく連中の御神体が目的だろ」
そう。ゲームの知識はフィルターではなく、確かに事実だったのだ。大きくため息をついたランディが、更に続ける。
「連中、俺達と皇太子とがぶつかってる間に、コソコソ目的を達するつもりだろうな」
ランディの言葉に部屋がシンと静まり返った。
※まだもう少し謎が残ってますが、持ち越しです。




