第206話 面倒な話だな、と自分でも思ってます。
ユリウスの吐いた言葉に、一気に空気が凍りついた。それは全員が驚き固まったから……だけではない。
「若――」
珍しいくらい、殺気全開のアーベルのせいだ。即座にランディを押しのけ、ユリウスに相対するアーベルは、既に腰も落として臨戦態勢だ。
だがそれは無理もない。入ってきた人間が、敵と通じている可能性があるのだ。アーベルでなくとも、警戒し、主人に連なるランディを護ろうとするのは普通だ。
一瞬で剣呑な雰囲気に変わった現場で、キャサリンだけが「え? え?」とアーベルとユリウスを交互に見ている。
「アーベル、下がってろ」
「無理。だって――」
「いいから」
アーベルを押しのけるように前へ出たランディが、「気を悪くしないでくれ」とユリウスを真っ直ぐ見据えた。
「構わないさ。ごく自然な反応だ」
肩をすくめるユリウスが、「優秀だな」とアーベルを見た。
「ルーカス元公子もだったが……。そこの彼もかなり強いな」
値踏みするようなユリウスに、「試してみる?」とアーベルが再び殺気を放った。
「アーベルやめろ。一応客だ」
アーベルを再度制したランディが、「お前もだ」とユリウスを睨みつけた。
「状況が分かってんなら、もうちっと殊勝にしてくれると有り難いんだが?」
眉を寄せるランディに「道理だな」とユリウスが肩をすくめて頷いた。
ようやく空気が弛緩したことで、キャサリンがホッと胸をなでおろしているのが、ランディの目の端に映った。そんなキャサリンを視界の外へ……ランディは再びユリウスを真っ直ぐに見つめる。
「お前の兄貴、か……」
「ああ」
短く頷くユリウスに、キャサリンが「で、でも。すっごい情報じゃない?」と少しだけ瞳をキラキラさせている。相手の核心に迫る可能性のある情報だ。キャサリンが喜ぶのも無理はないのだが……。
「爆弾だな。それも、とびっきりの……」
ランディは一人苦虫を噛み潰した表情だ。
「爆弾? でも正体が分かった」
アーベルの言葉に同じ様に頷くのは、キャサリンだけでなくユリウスもだ。実際二人が頷いたアーベルの発言通り、相手の輪郭が見えた事は一見するとプラスでしかない。
「確かに分かった。分かったが……」
苦い顔を浮かべるランディに、ユリウスが「不都合があるのか?」と首を傾げた。
「不都合というか、完全に後手に回ったな」
大きくため息をついたランディが「とりあえず、なんだ……」と全員を見回した。
「こんな場所で立ち話ってレベルじゃなくなったな」
ランディの言う通り、後手に回ったのであれば……いやそうでなくとも、相手の核心に迫る情報を得た以上、地下牢で立ち話をするレベルではなくなったのは間違いない。
「キース、お客様を代官の屋敷に案内して差し上げろ」
「かしこまりました」
恭しく礼をしたキースが、キャサリンとユリウスを外へと促した。二人の背中を見送ったランディが、「おい【真理の巡礼者】」と牢に入ったままの男達を振り返った。
「お前らの頭目は一体誰だ?」
ランディの問に、男達から抑揚のない声が返ってきた。
「恐れるな。【預言者】様は、全てを見通されている」
まるで壊れたスピーカーだ。インプットされた事をただ垂れ流すだけ。その不気味な声音に「チッ」とランディが舌打をもらして、その場を後にした。
ランディとアーベルの背中には、いつまでも「【預言者】様が――」と繰り返す声が聞こえていた。
☆☆☆
代官の屋敷へと戻ったランディ達を迎え入れたのは
「お帰りなさい」
笑顔のリズと、
「聖女殿、ユリウス君、ようこそヴィクトールへ」
同じく笑顔の父アランであった。
「二人共、どうしてここに?」
驚くランディに、リズとアランが顔を見合わせ「「どうしてって……」」とほぼ同時に口を開いた。
リズがアランへ「どうぞ」と言わんばかりのジェスチャーを示し、アランがそれに同意するよう頷いた。
「どうしても何も、教会から聖女殿がいらっしゃるのだ。領主の私が顔を出さぬわけにはいくまい」
肩をすくめたアランの後に「私も文官ですから」とリズが何故か力こぶを作ってみせた。細く白い腕だが、ランディには何故か頼もしく見えるから不思議だ。
先程までの〝一杯食わされた〟という思いはなりを潜め、今のランディは少しだけ冷静さが戻ってきている。
「まずは全員、座って話そうか」
アランがキャサリンやユリウスに椅子を勧め、同時にメイドへお茶の用意を促した。ニコニコと笑うアランに、毒気を抜かれたのか。先程までランディのせいで表情が優れなかったキャサリンやユリウスも、今はいつも通りに見える。
一番上座にアラン。コーヒーテーブルを挟んだ二人掛けに、ランディとリズ、キャサリンとユリウスがそれぞれ腰を下ろした。
「さて。今回はウチの要請にお応え頂き、感謝の意を示させてもらおう」
にこやかに手を差し出したアランに、「こちらこそ」とキャサリンが手を取った。
「教会にとっても渡りに船でしたから」
いつもとは違う、しっかりとした受け答えのキャサリンに、ランディとリズが思わず顔を見合わせた。
「そこ! 二人共失礼よ」
アランとの握手が終わったキャサリンが、ランディ達を睨みつけた。
「すみません。少し驚きまして」
舌を出してみせたリズに、キャサリンが弁えくらい持っていると鼻を鳴らした。
「それにしてもキャサリン様。春休みの後で……って言いませんでした?」
「言ったわね」
苦笑いで頷くキャサリンが、ランディをチラリと見た。先程ランディがした質問と全く同じ事をリズが言うのだ。キャサリンからしたらお前ら仲良すぎだろ、と言いたくてしかたがないのだろう。
「アンタ達一緒の質問してるわよ」
「そうなんです?」
ランディを見るリズに、「ああ」とランディも苦笑いだ。
「ちなみにアンタの次の質問を当ててやるわ」
ふんぞり返ったキャサリンが、どうして自分がここに来たかだろう、とリズにドヤ顔を見せた。
「いえ。それは通達文書を拝見したので、存じ上げてます」
首を振ったリズに、キャサリンが「あ、そ」と分かりやすく肩を落とした。
「あ、でもでも、その文書を見た感想は?」
首を傾げるキャサリンだが、ランディとユリウスだけは「その質問は自爆ではないか?」と内心ヒヤヒヤだ。そして二人の予想通り……
「うわー。嘘っぽいなー。です」
なぜか照れたように笑うリズに、「なんでよ!」とキャサリンが口を尖らせた。
「リドリー大司教や、アナベル様なら……」
これまたランディと同じような事を言うリズに、キャサリンが、それもランディと同じ発言だとボヤいた。
「アンタ達付き合ってんの?」
「つ、付き合っては……」
途端にあたふたするリズに「嘘おっしゃい」とキャサリンがジト目を向けた。
「破廉恥だわ」
顔をしかめるキャサリンだが、二人のお陰で場の空気は分かりやすく軽くなっている。それこそ先程「後手に回った」と、ランディが感じていた、腹立たしさが消えるほどに。
「にしても、親父殿がわざわざ顔を見せに来るとはな」
ため息混じりのランディの言う通り、いくら教会の聖女と元帝国の皇子と言えど、この場においてはアランの方が身分が高い。どちらかと言えば、キャサリンが受け入れへの謝意を、アランへ持って行くのが筋なのだ。
「聖女殿も忙しいだろう。それに……彼が来ると知ったからね」
肩をすくめるアランの視線の先には、「私、ですか?」と驚いた表情のユリウスだ。
「ああ。恐らくユリウス君から、既に色々聞いたんだろう?」
笑顔のアランに、「まあ……」とランディが歯切れの悪い返事をした。
「シャキッとしろ。どうせ『後手に回った』だとか思ってるのだろう」
呆れ顔のアランに、「なんで……?」とランディが驚いた顔を見せた。
「何年お前の親をやってると思ってる」
呆れ顔のままのアランだったが、「心配ない。想定内だ」とこともなげに笑い飛ばした。
「だから気にするな。と言っても聞くようなタマではないな」
「ったりめーだ」
鼻を鳴らしたランディに、アランが「やれやれ」とため息をついた。
「ならば聞かせてみろ。人に話すことで分かることもあるだろう」
アランが話を促した事で、「そうだな」とランディが考えを纏めるようにわずかに俯いた。
「最初は、あの洗脳されてた奴らがメッセンジャーだと思ってた……いや、メッセンジャーなのは変わらないんだが」
ランディが語り始めるのは、洗脳され今も地下牢に入っている男二人の事だ。ランディ達を混乱させる為のメッセンジャー。そう思っていたが、ユリウスが来たことでそのメッセージが途端にチグハグになったのだ。
「チグハグ、ですか?」
首を傾げるリズに、頷いたランディがため息をついて口を開いた。
「リズの質問の前に、前提条件を整理させてくれ」
腕を組み、指で腕を叩くランディが、「ユリウスさんよ……」とユリウスを真っ直ぐに見た。
「同い年だ。ユリウスで構わん」
「じゃあ俺も……は後でいいとして……。お前、メッセンジャーだな?」
ランディの質問に、後ろで控えていたアーベルがピクリと動いた。だがそれ以上は何も無い。そんなアーベルをチラリと見たユリウスが、「質問の意図が分からんな」と首を振った。
「そのまんまだ。お前は連中に、メッセージを運ぶ係に選ばれたわけだ」
ランディの言葉に眉を寄せるのは、ユリウスとキャサリンだ。
「何のメッセージよ?」
「そうだな心当たりはないが……」
その反応にわずかに苛立ったランディが、それを落ち着かせるように息を吐いた。
「おかしいだろ。お前、【真理の巡礼者】と兄貴の関係を知ってるんだろ?」
「おかしくはないだろう。俺が調べて知った事だ」
近くにいたからこそ、知っていたとしてもおかしくはない。そう宣うユリウスだが、ランディが疑問に感じているのは、そこではない。
「あんだけ監視がいて、常に動向を見張られてた。そんな男が兄貴の秘密の尻尾を握ってる。……普通に考えりゃ、尻尾を握ってたから、監視されてた。違うか?」
ランディの問に「確かにそうだな」とユリウスが頷いて続けるのは、ランディに初めて会った時の事だ。ユリウスは自分の兄が関係している、自国に巣食う謎の集団をどうにかしたく、ランディとの接触を図ったというのだ。
「教会程の巨大勢力を浄化した、お前の行動力が欲しくてな」
ユリウスの言葉に、ランディはため息と共に「何となく分かってたが」と吐き出した。ユリウスが何かしらの意図があってランディに接触した事は、ランディとて理解していた。
それこそあの襲撃の直後だ。彼らとユリウスとを結びつけたとしても何ら不思議ではない。
「とにかく、お前は連中の尻尾を掴んでいた。だから監視をつけられていた……」
繰り返すランディに、ユリウスが黙って頷いた。
「なら――」
ランディが大きく息を吸い込んだ。
「――監視はどうした。そして、なんでここに来ることが出来た?」
その言葉にアランとキース以外の全員が、ユリウスに注目した。ランディの言う通りなのだ。連中の情報を持っているユリウスを、野放しにする理由が見当たらない。
「そこに理由をつけるとしたら、お前が俺達に連中の情報を渡す事を、期待されていたからだ」
「だからメッセンジャー」
呟いたリズに「そうだ」とランディが頷いた。
「分かるだろ。洗脳された連中からの情報とのチグハグさが」
ため息混じりのランディに「分かんないわよ」とキャサリンが眉を寄せた。
「何でだよ」
「だってその情報あまり知らないもの」
口を尖らせるキャサリンに、「そうか」とランディが頭を掻いた。確かにキャサリンは今来たばかりで、洗脳された連中の事も殆ど知らない。
それらを掻い摘んで説明したランディが、結論をつけた。
「相手はこっちを混乱させようと、一手を打ってきた」
それがプロへの洗脳を可能にした、という情報を使った連中の一手だ。
「別にそれなら、混乱させる目的は変わらないじゃない」
口を尖らせるキャサリンは、人格乖離など偶然見つけられた産物にすぎず、相手の一手をランディが潰しただけだと言う。
「確かに俺らが潰してなけりゃ、この情報が混乱を招く事自体は変わらん。変わらんが……」
「不気味さは減りますね」
リズの言葉に「ああ」とランディが頷いた。
目的も正体も見えない連中と、帝国という旗印の見える相手では対応が全く変わってくる。仮にランディ達が誤った――プロを完璧に洗脳できるという――情報を仲間内で共有したとしても、それへの対応は分かりやすくなるのだ。
それこそ帝国に敵対するような行動を取れば、洗脳された人間を炙り出せるかもしれない。
もっと言えば、帝国という旗印の下に集った組織だ。帝国に利する作戦をとるのは必至。つまり自ずと連中の行動目標が見えてくる事になる。
往々にして侵略だろうが。
とにかく、男達を洗脳した事と、ユリウスに情報を吐かせたことがチグハグなのだ。
「それで後手に回った……と」
考え込むようなリズに、ランディが黙ったまま頷いた。噛み合わない二つの作戦のせいで、相手の目的と行動が、霧に包まれたように朧気になったのだ。
そもそもユリウスがもたらした情報が真実か、そして男達の洗脳の目的が正しいか。それすら不明瞭になってしまったわけだ。
「とまあ、こんな感じなんだが?」
苦い顔をするランディに、アランが「そうか」と満足気に頷いた。
「キース、どう思う?」
笑顔を見せるアランに、「そうですな」とキースが顎を擦った。
「素晴らしい成長かと思います。学園に入り、様々な方々との交流が良い刺激となっているのでしょう」
嬉しそうに頷くキースに「そうだな」とアランも頷いた。
「とは言え、まだまだだな」
ランディを見るアランが、膝に肘をついて身を乗り出した。
「ランドルフ。お前の悪い癖だ。目の前のことに集中しすぎだな」
「目の前の……?」
首を傾げたランディに、アランが乗り出していた身を背もたれに預けた。
「よく考えろ。答えはお前の中にある……。これまでに起きたこと、そして今話した中にある違和感の正体が答えだ」
ニヤリと笑うアランに、「いや教えろよ」と顔をしかめるランディだが、それは一瞬で自問するために思考の海へと沈むのであった。




