第201話 意外な所で繋がってたりする
「夜にでも捨ててくる――」
「ああ。頼むわ」
ランディの言葉にサムズアップを見せたアーベルが、麻袋の一つを軽々と担ぎ上げた。小柄に見えるが流石ヴィクトールの男。力仕事などお手の物と言った雰囲気で、肩に麻袋を担ぎつつ部下たちへ指示を飛ばしている。
そんなアーベルに代わりランディが、意識を失ったままの男二人へ近づいた。明らかに何か洗脳まがいの事を受けたのだろう男二人へ。
ランディが思い出すのは、男二人のおかしな様子だ。定まらない焦点とどこかボーッとした雰囲気。初対面のランディですら分かる、様子のおかしさは彼らが洗脳――もしくはそれに準ずる何か――を受けた証拠だ。
だからこそ今回殺しはしなかったが、ここまであからさまだと、洗脳が解けたとしても、彼らが語る情報も本当かどうかは微妙だ。だがそれ以上にランディが気になっているのは……
「一般人以外も洗脳か」
彼らを眺めるランディが呟いた。
「プロに見せかけた、一般人であればよかったのですが……」
キースが願望のように呟いた可能性だが、残念ながらその可能性にランディは首を振った。
「こいつらの手……」
ランディが一人の男の掌を広げた。
「明らかに剣を握り慣れた人間のそれだ」
「そうですな。しかも長年」
剣ダコを見て呟いたキースに「止めだ」とランディが首を大きく振った。
「止め、止め。今の時点じゃ全部ただの推論だからな。時間の無駄だ」
ランディの盛大なため息と同時に、麻袋を部下に任せたのだろうアーベルが戻ってきた。
「こいつらは地下牢に突っ込んどく。目を覚ましたらまた――」
「ああ。キースにでも言ってくれ。もしかしたら席を外してるかもだからな」
肩をすくめたランディに「デート?」とアーベルが首を傾げた。
「ま、そんなところだ。馬鹿共の相手よりもっと大事でな」
ニヤリと笑ったランディに、アーベルも「良いと思う」と頷いた。あいかわらず無表情に見えるアーベルだが、ランディには満面の笑顔にしか見えない。楽しげな幼馴染を前に「そうだ」とランディが手を打った。
「数日中に、教会が派遣した人員が来るんだが、その中に退役した騎士とか元冒険者も混じってるんだわ」
ランディが名簿を見ながら、「えーっと」と件の人物を探して、アーベルに示した。
「この人らをお前の下につけるし、上手く新兵訓練の教官として役立ててくれ」
「おっけー」
指でOKサインを作ったアーベルに後を任せ、ランディはキースを伴って訓練場を後にした。
アーベルやキース、そしてもう一人の分隊長であるガルハルトに任せておけば、領に侵入してくる不逞の輩は問題ない。ならばランディが今出来るのは街作りに集中して、これから来る人達が笑顔になれる場所を確保するだけだ。
「キース。連中のアジトは――」
「既に破壊済みでございます」
やはりゴミ掃除は暫く放っておいても問題ないな、とランディはクラリスのデザイン工房へと再び頭をシフトさせるのであった。
☆☆☆
一旦代官の屋敷へと戻ってきたランディは、キースを相手に区画図を広げている。
「この場所と、この辺りに工房を建てようと思ってる」
「二箇所ですか?」
驚いたようなキースに、ランディは朝方リズと共に交わした会話を掻い摘んで説明した。
クラリスの年齢。
今後あるだろう学園生活。
人気を出すための施策。
人気が出たとしても、クラリスのプライベートを確保するための施策。
掻い摘んだ説明だが、それを聞いたキースはどこか満足げだ。
「やはり坊ちゃまは素晴らしい」
手放しに褒めてくれるキースに「よせよせ」と照れたランディが背もたれに身体を預けて視線を逸らした。
「全部お前らがいてくれるからだ」
顔を背けたまま感謝を告げるランディに、「皆が聞けば喜びますな」とキースも嬉しそうだ。
実際ランディの言う通りで、今までランディを信じてついてきてくれた人間がいたからこそ、ここまでの計画が立てられるようになった。力を手に入れた、想像を形に出来るようになった。だが結局それだけでは、ここまでの事はなし得なかっただろう。
間違いなく周りの協力あってこそだ。元々貧乏で何もなかった領が、新しい何かを取り入れ挑戦するなど、普通ではなかなか出来ることではない。
それなのにランディを信じて馬車の改良から始まり、美容液、カメラ、と立て続けに事業の立ち上げを成功させ、そして今は発熱インナーにコタツとまた手を広げている。加えてクラリスを筆頭としたデザインによる、この世界の服飾業界への参入と流行の発信だ。
どれもこれも、領全体が協力してくれた賜物である。
そしてそんな関係性が出来たのは、間違いなく常日頃から領民との関係を密にしている父アランを始めとした大人達のお陰である。
「親父殿の仕事が、そろそろ花開いてくれたら完璧だな」
どれだけ事業を立ち上げ、外貨を稼いでも、未だにアランは領全体の食糧事情の底上げに尽力している。他からの買付で済ますだけでなく、しっかりと領の多くを占める農民の収入底上げの為に、農地の改革や整備はもちろんのこと、未来を見据えた作物の品種改良と土壌改善へ資金を投入しているのだ。
そんなアランがいたからこそ、保守的な小作人達も休耕期に大事な人手を事業に回して協力してくれたりしているのだ。
「残念ながら農業は専門外すぎてな。だから俺が出来るのは、相変わらずビックリドッキリのアイデア勝負だけだ」
自嘲気味に笑ったランディに「ご謙遜を」とキースが微笑んだ。
「しかもまだ子どもの妹まで、事業に引っ張り出そうとしてるんだ。とんだ銭ゲバな兄貴だぜ」
肩をすくめるランディに、キースが優しく微笑んだ。
「あれだけクラリス様の事を考えての施策……銭ゲバは無理がすぎるでしょう」
微笑むキースに「うっせ。良いんだよ」とランディが口を尖らせ、コーヒーに口をつけた。
「そういえば、施策の要のデザイナーですが……そちらはどうするおつもりですか?」
「ああ。それなら今リズが確認の手紙を送ってくれてるはずだ」
カップを置いたランディが、相手がどうやらブラウベルグ侯爵領にいるらしい事を伝えた。
「何つったかな……マダム・ヴァ――」
考え込むランディの目の前で、キースが珍しく驚いた顔で固まっている。だがそれに気づかぬランディが、「ヴァ……ヴァああ?」と折れそうなほど首を傾げていた。
「ヴァル……駄目だ。思い出せん。確か二十年くらい前に――ってどうした?」
ようやくキースの表情に気付いたランディが、「なんか爺みたいになってんぞ」とキースの顔を覗き込んだ。
「ん、ンン――。元々爺でございます」
咳払いをしたキースに「嘘つけ。お前は妖怪だ」とランディが顔をしかめる。齢六〇に差し掛かったと聞いているが、ピンと伸びた背筋、シワこそあれど端正で鋭い顔立ち、そして圧倒的達人の雰囲気。どれをとってもまだまだ現役バリバリの恐ろしい男だ。
医療技術が発達した現代日本でも、キースの様なアラ還は見たことがない。故にランディの中ではキースは妖怪の類である。
「ようかいとは……?」
とはいえこの世界に妖怪はいない。いまいちピンと来ていないキースに「怪物みてーなもんだ」とランディがケラケラと笑った。
「失礼な。歴とした人間でございます」
「エルフだって言われたほうが説得力があるけどな」
ため息混じりのランディが「耳が短えけど」とまた背もたれへ身体を預けた。
「んで? どうした。何をそんなに驚いてたんだ?」
思い出したランディが再び机の上のコーヒーカップに手を伸ばし……
「先程のデザイナーですが。もしかしてマダム・ヴァルモアではありませんか?」
……ランディはカップを掴む直前の手を止め、「そう。それ」と思わずキースを指さした。
「そうそう。そんな名前だ。マダム・ヴァルモア。映画女優みたいな――ってどうした?」
完全に固まるキースを前に、ランディがコーヒーカップを片手にまた眉を寄せ「爺みたいになってんぞ」と先ほどと同じ言葉を紡いだ。
「ですから、私はじじ――ではなくて……」
珍しく焦っているキースを前に、ランディは思わず口角をあげてカップを置いた。なんせキースとの付き合いは赤ん坊の頃からだが、こんな姿は始めて見たのだ。
いつも飄々としていて掴みどころがなく、どんな時でも感情を見せた事がない。そんな事もあって、「ワンチャン妖怪じゃね?」と思っていたランディなだけに、今キースが見せている、人間らしい反応は新鮮なのだ。
「マダム・ヴァルモアは――」
「ちょっと待て。待て……当てるから」
有名ドラマの刑事のごとく、眉間に指を添えたランディが「待てよ」とキースの発言を制した。キースには師弟関係の中で散々痛めつけられた過去もある。もちろん恨みなど一つもないし、感謝しかないが、今まさにやり返せそうな瞬間があるなら、それを使わない手はない。
「アレだ。昔の女だろ」
ニヤリと笑ったランディに、キースが思わず息を呑んだ。
「え? マジで? 適当に言っただけなのに」
逆に驚くランディである。ちょっとからかおうと思って、打ったつもりのジャブが、まさかのクリーンヒットである。
「女というか……」
「もしかして、元嫁とか言わねーよな」
言っておきながら「無い無い」と自分で手を振ったランディ……なのだが……
「おいおいおいおい。まじかよ」
引きつったランディの笑顔の前には、黙ったまま視線を逸らす珍しいキースがいた。そんなキースを前に、ランディは思わず……「カシャ」……マジックバッグに仕込んでいたカメラのシャッターを切ってしまった。
「やべえ。よく撮れてる。レア画像だ」
込み上げてくる笑いを押さえるランディが、「後でアーベル達にも見せてやろう」と一人満足気に肩を震わせる前で……キースがいつも通りの笑顔を取り戻して、ランディに口を開いた。
「坊ちゃま。久しぶりに鍛錬を見て差し上げましょう」
「…………いや、いいよ」
「遠慮せずとも」
「いや、良いって。お前のその顔、めっちゃ怒ってる時のやつじゃん」
眉を寄せ、ソファのクッションを抱きかかえるランディに、キースが笑顔で立ち上がった。
二人の間にあるコーヒーテーブルを丁寧に脇へ避けたキースが、手袋をきっちり嵌めるように引っ張った。
「私も最近少々運動不足でして」
「大丈夫だって。爺なら丁度いいじゃん」
「いえいえ。私は ようかい らしくて」
「めっちゃ根に持ってる」
思わず「ヒッ」と声をもらしたランディの手をキースが笑顔で掴んだ。
「私も皆様への感謝を行動で示さねばなりませんから」
グイっと引っ張るキースに、ランディも何とか抵抗しようとするのだが、ピクリとも動かない。薄っすらとキースが纏うオーラに本気度が伺える。
「おやおや。ご自慢の力もこの程度ですか?」
「こンのジジイ――」
ランディが思わず立ち上がろうとした……その瞬間、ランディは何故か床に膝をついていた。
「ふむ。足腰も弱っているようですな。坊ちゃまの方が爺かもしれませんな」
不敵に笑うキースだが、ランディが立ち上がる瞬間に、技をかけたのだ。腕を引いて重心を崩し、更に膝の裏をつついて転ばせた。一瞬の出来事に、技をかけられたランディが「テメェ……」と苦笑いでキースを見上げた。
油断していた。だが油断していたとは言え、この世界でランディにこうもアッサリ技をかけられる人間はそう多くない。
「口酸っぱく言い聞かせておりますな。力一辺倒では駄目だと」
キースの目は、完全に保護者から師匠のそれに変わっている。
「そもそも私に軽々と腕を掴ませた時点でなっておりません。これはイチから鍛え直しですな」
「いーやーだー!」
駄々をこねる偉丈夫を、線の細い老人が引き摺る。その日目撃された奇妙な光景は、街中に噂として一気に広まったのはまた別の話。
「なんで俺まで」
「アーベル、よそ見すんな。死ぬぞ!」
そしてアーベルも鍛錬に巻き込まれたのもまた別の話。




