第200話 友達はルークだけじゃないんだからね
キースに連れられランディが訪れたのは、代官の屋敷から少し離れた場所に作られた建物だ。
「ここは兵士たちの、詰所にする予定でございます」
淡々と語るキースの言う通り、無骨な作りの建物は、どこかヴァルトナーの城を彷彿とさせる。いずれは多くの兵士や騎士がここに詰める事になるのだろう、とキョロキョロ辺りを見渡すランディが、ふとあることに気がついた。
「そーいや、この街の防衛組織ってどうするんだ?」
街が出来れば人が増える。人が増えれば、トラブルもまた増えるというもの。今までの小さな街であれば、騎士数人が統率する自警団レベルでよかったのだが、これからはそうもいかない。
既に港町では、ヴォルカンと分隊長――ハリスンの補佐役――の一人が、新たに兵士の訓練を始めていると聞いている。だがこの新しい街では、どうするか聞いていなかったのだ。
「こちらの街でも、分隊長を中心に騎士隊とその下部組織を再編する予定です」
「へぇー。アイツらの部下も増えるかな」
ランディが嬉しそうに呟いた。
ヴィクトール騎士隊は、〝隊〟の名前が示す通り、人数が少ない。他領の一〇〇人、二〇〇人超えの騎士団と比べると、五〇にも満たない少数精鋭の騎士の集団である。
騎士団を名乗るには少々人数が少ないので、名前は〝隊〟のままだが、全員が厳しい入隊試験を通過した一騎当千の猛者達とも言える。
本来であればアランが若い頃から務めているベテラン騎士もいるのだが、ここ一、二年程で副長と三人の分隊長といった隊の中核が若手に入れ替わったばかりだ。
ちなみにルークも元分隊長だ。今はハートフィールドへ出張……というか、ほぼ転籍状態なので、今はルークの後任を前任のベテランが代理で担っている。それもゆくゆくは、世代交代の予定である。
隊長格の人事変更は、経験を積ませる意味合いが大きい。だが何より彼ら全員の強さが、群を抜いているのも大きな要因だ。なんせ副長ハリスンをはじめ、その補佐たる分隊長――ルークを除く――二人もランディ探検隊出身なのだ。
もちろん皆勤賞のハリスンやルークと違い、残りの二人は家の事情などで参加できないこともあったが、それでもランディからしたら紛れもない幼馴染である。
「そろそろ騎士団って呼んでも良いかもな」
騎士隊がこのまま大きくなれば、ハリスンを副団長に、三人の分隊長がそれぞれの隊を纏める隊長へ昇格だ。ベテラン含め全員腕前は確かなだけに、彼らの頑張りに報いる事が出来るのであれば、ランディとしても嬉しい限りだ。
「ってことは、【真理の巡礼者】の尋問も、アイツがやってんのか?」
首を傾げたランディに、「はい」とキースが頷いた。一人がヴォルカンと港にいるなら、必然的にこちらに来ているのはもう一人だ。流石にベテラン分隊長を、領都から動かす事はない。
「既に中庭の訓練場で実施しております」
キースが扉に手をかけた。扉の先から漏れる光を見るに、どうやらこの先が中庭で間違いない。ゆっくりと開かれる扉から差し込む光に、ランディが思わず目を細めた。
「アイツが尋問なら、俺が出る幕は――」
ランディは光の向こうから感じる懐かしい気配に口を閉じた。ここまで来てランディがようやく感じる事が出来る希薄な気配は、流石と言っていいレベルだ。
光に目が慣れたランディの視界に映ったのは、中庭で縛られている数人を前に佇む黒髪で小柄な男性だ。
「よお、久しぶりだな……アーベル」
笑顔を見せたランディに、アーベルと呼ばれた男性が振り返った。
「若、久しぶり……」
手を挙げたアーベルだが、その表情は殆ど変わったようには見えない。ただランディにはその違いが分かる。
「収穫祭以来か?」
「ん。だね」
眠たげな猫のように見えるアーベルは、ランディと並ぶと大人と子どもかと思うほどの身長差だ。それでも鋭い身のこなしと、二本の短剣から繰り出される連撃は、猛者揃いのヴィクトール騎士隊の中でも頭一つ抜けた攻撃力だ。
加えてハリスンやランディと違い、魔法も自在に操れる。そういった意味では、ルークに通じるものがあるが、ルークが万能な勇者だとすると、アーベルは忍者に近い。
キース仕込みの身のこなしと隠密術に加えて魔法の有能さ。アーベルが率いる部隊は、今後ヴィクトールの斥候から諜報を担う部隊になるとランディは考えている。実際ランディをしても、彼の気配はキースに次いで読みづらいのだ。
「収穫祭は、警備の担当から何まで助かったぜ」
「問題ない。分隊の皆も、楽しんでた」
呟く無表情のアーベルに、ランディは笑顔を返した。無表情に見えるアーベルだが、今の彼は満面の笑みなのだ。
「……ただガルハルトの馬鹿が、『来年は俺も出る』って」
「ああー、相撲か……」
苦笑いを浮かべたランディの脳裏には、アーベルと同じ分隊長の一人、大柄な男が浮かんでいる。ランディに匹敵する偉丈夫で、力で敵を蹂躙する頼もしい仲間の一人だ。
「アイツは来年俺とエキシビションだな」
頬を掻くランディに、「力の頂上決戦」とアーベルが瞳を僅かに輝かせた。
「瞬殺してやるよ」
ケラケラと笑うランディに、アーベルがガルハルトが現在ヴォルカンと一緒に鍛え直している事を教えてくれた。
「師匠の元で修行のやり直しだって」
「へぇ。そりゃ楽しみだ」
心底嬉しそうなランディに、アーベルも「若もまた強くなってる」と悔しそうなそれでいて嬉しそうな声をもらした。そうして盛り上がる二人に、拘束された男が「おい!」と声を張り上げた。
「いつまで俺達をこうしているつもりだ?」
男の不満そうな声に、ランディとアーベルが同時に男へ視線を移した。
「ったく。空気の読めねえ連中だな」
振り向いたランディの視界には、明らかにその筋の人間が映っている。ヴァルトナーに入り込んでいた、洗脳された一般人とは違う、確実に裏の人間なのは間違いない。
「怪しいやつ見つけて、アジトまでついてった」
「その結果、こいつらが釣れたわけか」
ため息混じりのランディに、アーベルが「そう」と小さく頷いて、いくつかの小瓶を手渡した。
「これは?」
「毒だって」
抑揚のないアーベルの声に、「毒……ね」とランディが小瓶を振った。
「あとこれも」
アーベルが手渡してきたのは、手書きの街の全体図だ。井戸や水道施設の位置に付いた丸印と毒薬の小瓶は、仔細を語らずとも彼らの計画が丸わかりだ。
(なんつーか……)
微妙な引っかかりに、ランディはため息をついて、アーベルに小瓶と地図を返した。
「んで、何か話したか?」
ランディに向けられた視線に、アーベルが黙ったまま首を振った。もちろんランディも、連中が何か話したとは思っていない。計画が露見したとしても、彼らは曲がりなりにも裏の人間だ。簡単に何かを話さない事は重々承知だ。
だがアーベルの表情に、落胆や苛立ちは見えない。
(なるほど。もうある程度掴んでるってわけか)
ランディがキースをチラッと振り返れば、訳知り顔で頷くキースと目が合った。アーベルは口数こそ少ないが、相手の表情や微妙な呼吸の変化で嘘を見破ったりすることが得意だ。加えてキースも、そういった類の事には精通している。
(連中の処分の確認……じゃねーな。それだけなら、別に口頭でいい)
ランディの予想通り、キースがランディをここに呼んだ理由は刺客の処分に許可をもらうためではない。ランディの意見も聞くためである。この中で唯一【真理の巡礼者】の幹部と直接戦ったのはランディだけなのだ。
ランディならば、自分達とは違う事を考えるかもしれない。そんな思惑があってキースはランディをこの場に呼んだのだ。
「なんかテストみたいで嫌なんだけど……」
ため息混じりで一歩前に出たランディに、「若、じゃあ殺しちゃう?」とアーベルがボソリと呟いた。
「まあ待て。その前にちっとな……」
苦笑いのランディが、一番手前の男と視線を合わせるようにかがみ込んだ。ランディを睨みつける男も、「殺せ」と言うだけであとは何も話す素振りはない。
しばし黙ったまま男と視線を交わらせていたランディに、男がもう一度「殺せ」と呟いた。彼らからしたら、今のところ大した尋問もなく、そしてランディに変わった今も別に尋問や拷問の素振りはないのだ。
そうして視線を交わらせていたランディが、不意に口を開いた。
「アーベル――」
「……なに?」
かがみ込んでいたランディが、ため息を吐きながら立ち上がった。
「悪いやつは全員、川に沈んでもらおうか」
ランディの言葉に、捕らえられていた人間達がわずかにザワついた。何の拷問も尋問もなく、ただ暫く目を合わせていただけで「殺せ」と言うのだ。しかも……
「おっけー」
言われたアーベルが何の躊躇いもなく、一番近い男の首を掻き切った。音を立てて勢いよく吹き出す血が、別の男の顔面を真っ赤に染めていく。だが逆に血がかかった男が、わかりやすく落ち着きを取り戻した。
「思い切りの良さと視覚効果でも狙ったのか? 残念だが――」
そこまで吐き捨てた男の首から、勢いよく血が吹き出した。
「アーベル。なんか言ってたぞ?」
「ん。戯言ってやつ」
淡々としたアーベルが、また別の男の首を掻き切った。思い切りの良さと、鮮血という視覚的な効果で、連中の恐怖を煽ろうとしている……わけではない。単純に知りたい事が無いから、こうして処分することにしただけだ。
淡々と頸動脈を切るアーベルを前に「リズには見せられんな」とランディが苦笑いを見せた。
「……坊ちゃま。どう見ましたか?」
後ろから声をかけてきたキースに、ランディが振り返って口を開いた。
「奴らがプロだ、という事は分かったな」
肩をすくめたランディの当たり前とも言える言葉だが、キースが「ふむ」と今も淡々と行われる処刑へ視線を向けた。
「奴ら、プロ中のプロだ。……が、他に現れた【真理の巡礼者】と比べると色々とおかしい」
「おかしい、とは?」
首を傾げたキースの視線の先で、別の一人の首から血が吹き出した。
「ヴァルトナーも、ブラウベルグも、そしてハートフィールドも……連中は一般人を洗脳することに心血を注いでたわけだが……」
「ヴィクトールには、直接プロを送り込んできた、と」
キースの言葉にランディが頷いた。
「田舎だから、おかしな人間が出れば直ぐに分かる……だから、洗脳じゃなくてプロを送り込むのは分からんでもない」
転がる死体を見たランディが「街も絶賛入居者募集中だし」と付け加えた。相手がヴィクトールへ人を送り込んでくる事は、想定内と言える。
実際新しく出来る街へ、洗脳した一般人を送り込んだとしても、ヴァルトナーの様にランディ達に対して致命の一撃を与える事は非常に難しい。なんせ街の構造も、代官も、守りも、何もかも情報がないのだ。
だからプロを送り込んでくるのは、その辺りの調査をする事だと、ランディにも分からなくはない。
「それだと、普通の事ではないでしょうか?」
すっとぼけたようなキースに「お前な……」とランディが顔をしかめた。キースは昔からこうなのだ。分かっている事も、敢えて分からないふりをして、ランディやアーベルに自分で考えさせるように仕向ける。
しかもそう仕向けるという事は、恐らくランディが考えている事と、キースの考えている事に殆ど乖離はない。つまりこれ以上の答え合わせは要らないのだが……
「坊ちゃまの成長を見極めるのも、私の仕事の一環でございますので」
微笑むキースに「しゃーねーな」とランディが口を尖らせて、分かったことを話し始めた。
「普通に考えりゃおかしいだろ。連中、俺達が待ち構えてるのを分かってて人を送り込んできたんだぞ? 相手はプロとは言え、こっちは準備万端だ。しかもそれだけじゃない」
大きくため息をついたランディが、アーベルが床に置いた毒薬を拾い上げた。
「プロのくせに、やってることがチグハグ過ぎんだろ。まるで証拠をワザと残したみたいな――」
「仰るとおりですな。なら敵のその心は……?」
「俺達に【真理の巡礼者】を警戒させたい……ように見える」
ランディの言葉にキースも「確かに」と頷いた。待ち受けていると分かっていて、しっかりと送り込んでくる。しかも一見すると整合性が取れるようなプロを、である。そのくせこの証拠はちゃんと残すというチグハグぶりだ。相手のアピールに見えても仕方がない。
「我々に対するアピールの目的はなんでしょうか?」
「分からん。そこからはピースが足りなすぎる。そもそもアピールも推論の域を出んからな」
首を振ったランディが、アーベルを振り返った。数人の兵士へ指示を出すアーベルが、「俺もそれ以上は分かんない」と肩をすくめてみせた。
「確かに坊ちゃまの仰るとおり、敵の目的は見えにくいですな」
顎をさするキースに「お前でもか?」とランディが目を見開いた。
「まだまだピースが足りませんので。ですが、旦那様はある程度の目星がついている様でございます」
「へえ。なら親父殿はなんて?」
「『折角なら、相手の策に乗ってやろう』だそうです」
「ならこれはマズかったかな?」
苦笑いを浮かべたランディがキースと同時に刺客のいた場所を振り返った。二人の視線の先には、アーベルの刃から逃れた男が二人、意味がわからないと言った表情でランディを見ている。
「どうでしょうか。あからさまな洗脳でしたし、これも策の一手かもしれません」
微笑むキースに「そうか」とランディが楽しそうに頷いて、残った男二人に向き直った。
「んじゃまー、今は踊ってやるとするか」
ニヤリと笑ったランディを最後に、彼らの意識は一旦闇に沈むのであった。




