第199話 まずは簡単な問題から片付けたいと思います
翌朝、ランディとリズは太陽が昇り始めた頃に、執務室の談話スペースに集まっていた。目的はもちろん、クラリスのデザイン工房についてだ。
「さて。どうしたもんかな……」
ランディが腕を組み、難しい顔をしてしまうのも無理はない。クラリスの為のデザイン工房を作るとは言ったものの、いざ本気で考えてみたら問題が山積みなのだ。
クラリスのデザイン工房が当たる事は分かっているし、クラリスが喜ぶことも分かっている。
だがそこに至るまでの道のりと、至ってからの忙しさが、ランディとリズの二人に問題としてのしかかっている。
「何と言っても無名だ。例えばリズ、それからキャサリン嬢。そんな有名どころがデザインするとなれば、話題性で集客が見込めるが……」
大きくため息をついたランディが続けるのは、どうしてもヴィクトールという田舎の、そして子どもが描くデザインだ。
いくら最近発展めざましいとは言え、やはりクラリス単体でのネームバリューは皆無に等しい。
「ヒットして集客が上がる……の前に、そもそも集客が出来ない状態ですか」
リズの言う通りヒットもなにも、集客から難しい。そもそも発熱インナーの販売も、周辺の平民向けの予定なのだ。
「集客もなんだが、仮に爆発的な人気が出たら、それはそれで大変だしな」
ませているとは言え、クラリスはまだ十二の子どもである。これからまだまだ楽しいことがあるクラリスを、ランディは工房に縛り付けたくないのだ。
「この先どうするかは分からんが、公国にも学園はあるし、そこで俺達みたいに学園生活を楽しんで欲しい……とは思ってる」
クラリスがどう考えるか分からないが……そう続けたランディに、リズが悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「『学園なんてどうでも良い』と仰っていた方の発言とは思えませんね」
痛いところを突かれたランディが、「俺は良いんだよ」とリズの笑顔から顔を逸した。
「アラン様のお気持ちが分かりましたか?」
「兄貴ってーのは、妹に優しいんだ。セドリック様みたいに」
肩をすくめたランディに、リズも「フフフ」と微笑んだ。
「確かにランディの言う通り、学園というか、今この時にしかない出会いや経験がありますからね」
大きく頷くリズの言う通り、学園生活でしか得られないものが確かにある。それは大人になってからでは決して取り戻せない貴重な経験だ。
「では、クラリス様の工房はもっと先でしょうか?」
少しだけ残念そうなリズに「いや。コンセプトの中心だからな」とランディが再び腕を組んで唸った。
コンセプトとして出してみたものの、いざ形にしようとすると、いきなり暗礁に乗り上げたわけだが……
「どちらにしろ作るなら、まずは場所を押さえませんか?」
「そうだな。走りながら見えてくる物もあるかもしれん」
頷いたランディとリズは、机の上に街の区画図を広げた。クラリスの扱いをどうするかで迷っているが、今後街のシンボルとも言える中心的な工房になるのは間違いない。
ならば場所は押さえておく必要がある。中心となる工房をどこに作るか……二人が区画図の上で視線を彷徨わせた。
既にキースにも町長にも、空いている場所ならどこでもいいと許可を貰っている。
「どこでもいいっつっても、候補はあんまりねーよな」
「そうですね。やはり大通りに面した場所がいいかと思います」
区画図を眺めていたリズが、「やはりここでしょうか?」と街のほぼ中央を指さした。
「中央か。確かにそうだな……」
頷きはしたものの考え込むランディの顔を、「気になる事があります?」とリズが覗き込んだ。
「いや。確かに中央が良いんだが、やっぱクラリスには少し早いかなと思ってな」
ランディの言う通り、中央に工房を建ててしまえば、動かさないわけにはいかない。なんせ中央の一番いい立地だ。いつまでも工房を閉めていては、目立ってしまう。
そうなるとやはりクラリスは、工房にかかりきりになるだろう。ランディの望む形とは程遠いと言える。
「それに、だ――」
区画図をトントンと叩くランディが、仮に人気が出ても、それを継続させる難しさを語った。
「リズやセシリア嬢も褒めてはくれたが、クラリス自身もまだ発展途上だという自覚はあるだろ」
「確かにそうですが……」
頬を膨らませるリズは、「絶対に通用しますよ」とクラリスのデザイナーとしての才能に太鼓判を押している。
「だがまだまだ引き出しの多さで、プロに勝てるとは思えん」
クラリスの才能は認めるが、それでもプロを侮る事は出来ない。戦場は違えど、彼ら彼女らも、そこで鎬を削っている人間だ。才能だけの小娘では、まだ相手にならない。
畑こそちがえど、ランディも武の高みを目指し鎬を削っている真っ最中だ。才能だけで戦えるほど、どの世界も甘いものではない事を、ランディは誰よりも理解しているつもりだ。
「出来たら少しずつ経験を積めれば……」
区画図の上で彷徨っていたランディの指がピタリと止まる。
「そう考えると静かで、クラリスの生活に支障がない程度なら……ここだな」
ランディが指したのは、高級住宅街予定地だ。街の中でも小高い丘の上にあり、街を一望出来る静かな場所である。
「確かにここだと静かですが――」
注文が来ないのでは? そう言いたげなリズの視線に「そうなんだよなー」と背もたれに身体を預けて天井を仰いだ。
ランディもクラリスの熱意は知っているし、何よりリズの言う通りクラリスのデザインは、間違いなく一級品だと思っている。だがクラリス本人も言っている〝自己流〟なのも理解している。
「せめて、クラリスだけじゃなくて、他にもデザイナーがいりゃあ……」
天井を仰いだままのランディが思い出すのは、自分に戦い方を教えてくれた人達のことだ。キースはもちろんのこと、様々な人がランディにこの世界での戦い方を教えてくれた。
クラリスにデザインの〝いろは〟を教えてくれて、尚且つ工房の面倒も見てくれる存在。
「師匠であり共同経営者であり、ですか……」
リズは考え込むように腕を組んだ。
「ランディは、マダム・ヴァルモアを知ってますか?」
真剣な表情のリズに、「マダム……何だって?」とランディが身体を起こした。
「マダム・ヴァルモアです。二十年程前に突如として現役を引退した、伝説的デザイナーなんですが」
リズが続けるのは、まだ四〇そこらで引退を表明したデザイナーの話だ。かつて大陸中でその名声を轟かせた伝説のデザイナーで、彼女のオーダーメイドドレスを着ることこそ、社交界ではステータスとなる程だったという。
「スゲー。婆さんだな」
「まだレディです」
頬を膨らませたリズに「悪い」とランディが肩をすくめた。
「んで? その引退した伝説のレディをクラリスの先生に……ってことか?」
首を傾げたランディに、リズが頷いた。
「正確には、ランディの言っていた師匠兼共同デザイナーですが」
「おいおい。伝説って呼ばれるくらいの人だぞ?」
眉を寄せたランディが、引退した伝説にまた針を握らせるなど、下手をしたら街を作る以上に難しい案件だ。
「分かりません。ただ……もしマダム・ヴァルモアを動かせたとした場合の、私のビジョンをお話しても良いでしょうか?」
真剣なリズに、ランディが前のめりになって頷いた。
「まず私達が出した工房の予定地ですが、どちらも使ってはいかがでしょう?」
リズの提案に、「どちらも?」とランディが首を傾げた。
「中央をマダムに任せて、丘の上でクラリスってことか?」
眉を寄せるランディだが、リズは「違います」と首を振った。
「マダムとクラリス様はどちらも丘の上です」
リズの提案と意図が分からないランディは、ただ黙って話の続きを促すだけだ。
「区画を見て思ったんですが、何も工房を一つにまとめる必要はないんです」
リズが語るのは、クラリスの工房の役目を二つに分けるビジョンだ。
中央に作る工房は、流行の発信基地として使うものだ。そこでは、マダムのネームバリューを大いに活用した流行を発信する工房で、貴族や商会の令嬢と言ったお金持ちから、平民向けの既製品までを手広く手掛ける。
とは言え、そこは流行を発信し、そして受信する場所だ。世間の流れをいち早くキャッチし、また流れを作り出す場所で作られ販売されるのは、多くの人間が手に取る作品になる。
「そしてここからが肝です。流行の発信基地には、実はもう一つ秘密の工房があるんです」
「そこが丘の上?」
首を傾げたランディに「はい」とリズが頷いた。
「丘の上のアトリエは流行を取り入れつつも。他にはない一点ものを扱う、格式高い場所にするんです」
「おお。なんか凄そうだぞ」
更に前のめりになるランディに、リズも笑顔で顔を寄せた。
「特別な顧客のみが訪れることが出来る。マダム・ヴァルモアが手掛ける一点物。ステータスが重要な高位貴族向けですね」
リズが更に語るのは、例えばその丘の上へアクセスするための紹介状だ。それを持つだけでも貴族の中ではステータスになる。
「クラリス様には、マダム・ヴァルモアと共にドレスの制作から、デザインまで……余裕を持った納期の中で、生のデザインを学ぶ機会になるかと」
プレゼンが終わったリズが、「どうでしょう?」と微笑んだ。
「いいな。すごく良い」
嬉しそうに頷くランディは「だが……」とその顔を引き締めた。
「まず、マダム・ヴァルモアが頷くのか? それと、クラリスがこの形で納得するかだな」
大きなため息をついたランディの疑問はもっともだ。そもそもマダム・ヴァルモアありきの作戦であるし、何よりクラリスとマダムとの相性も問題になってくるだろう。
「そうですね……。もしお時間を頂けるなら、クラリス様を連れて一度マダムを訪ねてみますが?」
「え? 知ってんの? 伝説」
驚くランディに「はい」とリズが笑顔で頷いた。
「マダムが引退するキッカケになったのが、お母様のドレスですから」
とんでもない情報をぶっこむリズが、「お母様とマダムは、まだお茶飲み友達ですよ」と更にとんでもない情報をぶっ込んできた。
(ブラウベルグすげーな)
そんな感想しか浮かばない。だが折角伝手があるなら、使わない手はない。
「ならクラリスとマダムの引き合わせは、お願いしてもいいか?」
苦笑いのランディにリズは笑顔で頷いた。
「あと、出来たらクラリスには工房の事は内緒にしておいて欲しい」
「サプライズってやつですね」
茶目っ気たっぷりにウインクを見せたリズが、「では早速……」と虚空から杖を取り出した。今から屋敷へ飛んでクラリスに話をしてみるのだろう。即断即決は、嫌になるほどヴィクトールと言った雰囲気だ。
「護衛はいらねーか?」
「大丈夫です。エリーもいますし、私もだいぶ強くなりましたから」
笑顔を見せるリズの気配は、確かに出会った頃から考えられないほど熟練の魔法使いのそれだ。
「なら頼むわ」
「はい。まずお母様に手紙でお伺いを立ててからですから、今日の夕方にはクラリス様の意向を持って帰れるかと思います」
「OKだ。親父殿とお袋にもよろしく言っててくれ」
手を振ったランディに「はい」とリズも手を振ってその姿を消した。
一人残されたランディは「ふぅー」と大きくため息をついて立ち上がった。
「リズがいない間に、俺は俺で面倒事を片付けるか」
大きく伸びをしたランディが、扉に視線を向けると丁度ノックが響き渡った。ランディが入室を促すと、現れたのはキースだ。
「丁度良かった。探そうと思ってたからな」
「そうですか。私もエリザベスさんの気配が消えたので、せっかくならと……」
穏やかな口調だが、キースの纏う雰囲気はいつもとは違う。どうやらキースもランディと同じことを考えていたのだろう、とランディが大きく息を吐き出した。
「何人くらい潜り込んでる?」
「思っていたより少ないですな」
「そうか。なら案内してもらおうか」
立ち上がったランディに、「かしこまりました」とキースが先導するように歩き出した。捕らえた【真理の巡礼者】の連中から、情報を聞き出すために……。




