第197話 報・連・相はやっぱり大事
「へぇー。これが新しい街かー」
日も暮れようかと言う頃、馬車を駆るランディ――今回リタやハリスンを置いてきたので、御者はランディ――の視線の先には、作りかけの立派な城壁が見えてきた。まだ未完成な城壁の向こうには、以前の城壁だったのだろう、木や土で出来た壁が見えている。
「ここは領の端辺りなんですよね」
客室の前窓から、リズが楽しそうな顔をのぞかせた。
「だな。港町を挟んで領都と正反対の場所だな」
正確には各都市の位置関係はV字に近いが、広義で言えば港町が真ん中だろう。
「街に着いたら、まずは代官と会うんですよね?」
「ああ。親父殿からの手紙も届けねーとだし」
ランディが懐から出したのは、父アランから託された書簡だ。代官への指示が色々と書かれていると聞いている。
現在この街の代官は、暫定的に元々の町長が務める形だ。とは言え元は、小さな田舎町である。これから人が増えるだろう状況に、臨時代官は「上手くやれるか」とやきもきしているだろう。
「今回は逐一報告しないと駄目ですね」
苦笑いのリズに「わーってるよ」とランディが口を尖らせた。なんせ、つい数時間前に、父アランから口酸っぱく言われたばかりなのだ。
――――――
時はしばし戻り……
「親父殿、帰ったぞ」
……ノックの返事とほぼ同時に扉を開けたランディに、アランは盛大なため息を返し、リズは苦笑いでアランへカーテシーを見せた。
「ランディ……まあいい。とりあえず座りなさい」
ため息の止まらないアランに促され、ランディとリズがソファへ腰を下ろした。
「まずは無事進級できそうで何よりだ」
笑顔を見せたアランに、「よゆーだ、よゆー」とランディも笑顔を見せる。実際は結構追試を受けたのだが、ランディの中では進級できたのでもう終わったことなのだ。
「余裕か……。ハリスンの話では、かなりギリギリだったそうだが?」
眉を寄せたアランに「ぐっ」とランディが声を詰まらせた。
「ハリスンの野郎……」
ランディが顔をしかめて、想像の中のハリスンを睨みつける。
「とは言えだ。ハリスンから、三学期は学園生活も堪能していたと聞いている」
再び笑顔を見せたアランが、「研修は楽しかったか?」と二人を見比べた。間違いなくダンジョン研修の事を言っているのだろうアランの笑顔に、ランディは思わずリズと顔を見合わせた。
「楽しかった……」
「と言われれば、楽しかったですね」
思えばエリーの身体を探す手掛かりとして参加した研修だが、キャサリンとの関係が変化し、新たな友人も出来たイベントであった。参加している時は、護衛ということもあり一生懸命だったが、思い返してみればいい思い出である。
もう一度顔を見合わせ、微笑みあった二人が同時にアランへ視線を戻した。
「まあまあだったな」
「嘘です。すごく楽しみました」
二人らしい回答に、アランは満足したように大きく頷いた。
「エリザベス嬢は、クラブも再開したと聞いたが?」
アランに話題を振られたリズが、「はい」と少し恥ずかしげに頷いた。そこから久しぶりに参加したクラブの楽しさを語るリズに、アランは心底嬉しそうな顔で微笑んでいる。
「いつかルシアン殿を誘って、見学に行けたら楽しそうなんだが」
肩をすくめたアランに「そりゃ無理だろ」とランディが苦笑いを返した。学生のクラブを侯爵が見学するなど、それこそ大混乱が起こりかねない。
「そうだな。ならばランディの写真に期待をしておこうか」
そう言って笑うアランと一頻り学園の話題で盛り上がった二人……だったのだが……
「時にランドルフ。私に言うことがあるんじゃないか?」
机の上で指を組むアランは、口調こそ穏やかだが目の奥が笑っていない。これはまずいやつだ、とランディが脳をフルで回転させる。
(どれだ? コタツの開発について……は言ってるし。ヴァルトナーとの合同訓練? もしかして王太子に殴るぞって言ったこと?)
様々なやらかしが頭を駆け巡るランディを前に、アランが盛大なため息とともに口を開いた。
「教会からの人員の受け入れ……。確かにうちとしても嬉しい限りだが、一体どうやって王国を納得させるつもりだ?」
首を傾げるアランに、「それなら――」とランディがキャサリンの描いている絵を語る。ひとまず教会の権限で派遣し、その後国へ認めさせる。しかも国が荘園を取り上げた事を突き、今の教会が置かれている状況を大々的に民衆へと周知して頷かせるという。
「ちょっと待て。新事業はセドリック君も携わっていたはずだな?」
唐突に変えられた話題に、「そうだけど?」と、ランディが首を傾げてリズと何事かと顔を見合わせた。
「その……国に頷かせるだ何だは、セドリック君も知ってるのか?」
「いや。知らねーよ。だって、ヴァルトナーから帰って来る時に、キャサリン嬢が思い付きで言ってたから」
更に首を傾げるランディが「それが?」と続けるのだが、アランが苦笑いで口を開いた。
「いやまさか、ブラウベルグと同じ方法を、聖女様が取ろうとしてるとは思わなくてね」
「同じ方法?」
首を傾げたランディに、アランがルシアンから届いた手紙を見せた。そこに書かれていたのは、今回のコタツ事業における人のやりくりで、王国側にダメージを与える旨と、その際にヴィクトールの名前が出てしまう事への謝罪だ。
(なるほど。王国が虐めた信者を、うちが助けたみたいな図になるのか)
手紙を一通り呼んだランディは、それをリズへ差し出してアランを見た。
「これ、閣下もセドリック様もやろうとしてたって事は、かなりの一手なのか?」
「それを知らずに、『やろう』って言ってたお前たちが怖いよ」
ため息をついたアランに、「そんなにかよ?」ランディが眉を寄せた。ランディやキャサリン、そしてリズの中では、教会とヴィクトールにとってウィンウインの提案だ、くらいにしか考えていないのだ。
だがアランからしたら、かなりの大事である。
「いいか、ランドルフ。良く聞きなさい……」
深呼吸したアランが語るのは、教会と国との微妙な関係の話だ。荘園を取り上げ、そのかわり補助金を上乗せする。それが今王国側が教会へ提示している案だ。
初等教育や孤児院といった、教会の根幹へ切り込むための補助金の上乗せ。そんなマッチポンプを語ったアランが続けるのは、セドリックやルシアンが、それを潰すことで国へダメージを与えようとしている事だ。
事業を立ち上げ、教会の地力を上げる。補助金の上乗せを無しに、今まで通りの活動が出来るように、と。そしてそこに、ヴィクトールと教会で交わされた人のやりくりが浮上したのだ。
ルシアンもセドリックも、いち早くそこに目をつけていた。だがヴァルトナーのゴタゴタで、ランディに話せずじまいで別れてしまったわけだ。
「んで、閣下から一筆届いたわけか」
「まさかお前達が、同じ事を考えていたとは思わなかったが」
ため息混じりのアランが、「王国は引き際を見誤らねばいいが」と机の上に組んだ指に額を預けた。
荘園とは元々国の土地ではなく、個人や各領主の土地である。それを取り上げ、国のものとした時点で、寄進者に縁のあるもの達は、いい気はしていないだろう。そこに来て聖女キャサリンの、デモ攻撃(予定)である。恐らくセドリックやルシアンが想定していた以上に、痛烈なダメージが王国政府へと与えられる事になる。
「少し嫌な予感もするが……」
「自業自得だろ。人様の腹に手ぇ突っ込んだんだから」
鼻を鳴らすランディに、「それもそうだが」とアランは若干煮えきらない様子だ。
「まあいい。この事は一度ルシアン殿とも共有して揉んでおく」
話題を切り替えたアランが、「だから……」とランディへジト目を向けた。
「次からはしっかりと報告・連絡・相談を徹底するように」
「へいへい」
肩をすくめたランディに、アランが「ハァ」と大きなため息をついた。
「報連相で言やぁ、エリーの身体に当てがついたぞ」
ランディが続けるのは、昨日行った調査のアレコレだ。遺跡に封印されている、古き王からエリーの身体のある場所、そして次の日食で身体を取り戻しに行く事を、なるべく簡潔に説明した。
「……ふむ。にわかには信じがたい内容ばかりだが」
「既に信じられない現象が目の前にいるしな」
苦笑いのランディに、目が合ったリズも苦笑いだ。
「よく分かった。【真理の巡礼者】達の目的も気になる。聖女殿曰く、エレオノーラ様の復活だと言っていたが」
腕を組んだアランが、再び考えるように視線を彷徨わせた。
「何か気になるのか?」
「いや。まだ推論の域を出ん。お前達は気にせず、目の前の事に集中しなさい」
笑ってはぐらかすアランに、「ンだよ」とランディが口を尖らせるが、アランはそれ以上話すつもりはないと首を振った。
「それよりも、街にいくのだろう」
「そりゃな。港町は全部任せっきりだったが、今回の街は新商品との兼ね合いもあるし、ちょいと協力してーんだ」
「協力はいいが……。ならば、これを町長へ渡してくれ」
アランが引き出しから出したのは、一通の手紙だ。
「ンだこれ?」
「お前が……いや、お前達が無茶しないように、町長へのお願いと、ある程度の街づくりの方針だ」
「方針ん?」
眉を寄せるランディに「当たり前だろう」とアランが眉を寄せた。
「お前達に自由にやらせたら、街のつもりが難攻不落の要塞が出来かねん」
「いいじゃねーか。【真理の巡礼者】も警戒しねーとなんだし」
口を尖らせるランディは、実際壁に大砲とかつけてみたかったのだ。
「【真理の巡礼者】の脅威があるからこそ、だ。そんな危険な物を作れば、〝どうぞ見に来て下さい〟と言ってるようなものだろう」
首を振ったアランが続けるのは、仮に要塞を作ってしまって中から【真理の巡礼者】に奪われた場合の危険性だ。
「侵入をゼロに出来ない以上、普通の街の方が都合がいい。それに我々は戦争がしたいわけではない。ただ住人が安心して楽しく暮らせる街であればいい」
笑顔を見せたアランが、「楽しく明るい雰囲気こそ、最大の防衛だよ」と続けた。
「そんなもんかぁ?」
「そんなものだ」
頷いたアランに、「分かったよ」とランディが立ち上がって部屋を後にした。
―――――――
そうしてコリーにも声をかけ、早々に馬車に乗り込んだ二人は、ほぼ一日かけて新しい街までたどり着いた形である。
沈む日を追いかける二人の前に広がるのは、新たな街という可能性だ。
「コタツ事業の一環で、綿花の栽培もするからさ……」
「という事は、発熱インナーもですね」
リズの言う通り、もう暖かくなるが発熱インナーの工房も作りたい。だが、それ以上にランディが作りたいものがある。
「クラリスの、デザイン工房も作ってやりてーな」
「良いですね! 綿花以外の繊維業も発展できたらいいいんですが……」
「そこはほら、閣下の力が必要だな」
海運まで手掛けるブラウベルグからなら、綿だけでなく絹も麻も仕入れ放題だ。
「夢が広がりますね」
「確かに難攻不落の要塞なんかより、百倍は楽しそうだな」
広がる夢と可能性に、少しだけアランの言っていた意味が分かるランディなのであった。




