第193話 真実はジッチャンがいつも一つだって言ってた
エリーの身体の在り処を記す手がかり。ランディはここにそれがあるはずだと考えている。そしてその言葉を聞いたエリーは、先程から黙ったまま目を瞑っている。
記憶をたどっているのか。はたまたリズに意見を求めているのか。
ランディには分からないが、そっとしておくべきだという事だけは分かる。
(手掛かりか……そーいや、玉はダンジョンで出たな)
ランディがふと思い出したのは、古き王を封印しただろう玉がダンジョンの第五層でドロップしたことだ。わざわざ鍵を残したのも、エリーの言う魔術的制約による封印の強化なのだろう。鍵を作ることで、鍵でしか開けられなくしたわけだ。
その事にランディが納得するのと同時に、一つの疑問が頭をよぎった。
――古代の魔法書が手に入るのよ。
たしか報酬は【月影の石】か【陽光の石】そして、キャサリンが覚える神聖魔法の魔法書だったはずだ。
それを思い出したランディが「キャサリン嬢」と少し離れた場所で、棺を調べるキャサリンに声をかけた。
「ダンジョンクリアの魔法書ってどうなったんだ?」
「さあ? アタシが聞きたいわよ」
肩をすくめるキャサリンが続けるのは、恐らく一番最初にダンジョンを踏破した人間が手に入れたのでは、という事だ。
「ダンジョン内の宝もなかったしね」
確かにキャサリンの言う通りである。現実な以上、誰かが既に見つけて持ち去っている可能性の方が高い。
「じゃあ何で金t……の玉は出たんだ?」
辛うじてセクハラを回避したランディに、「アウトよ」とキャサリンが顔をしかめて口を開いた。
「そりゃ出るでしょ。アレはエドガーの、王の血に授けられるって言うバックボーンがあったはずだし」
ため息混じりのキャサリンが、魔法書も何らかのトリガーがあって授けられる可能性を語っている。
「つまり、先遣隊のどれかにシャルロッテ様の血族がいたと……」
「そこまでは分からないわ。だって、ゲームだとアタシが貰えるんだし」
肩をすくめたキャサリンに、ランディは口元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
――お前がその血を引いてる可能性が……
そこまで出そうになったものの、ランディは「いや。ないないない」と苦笑いで首を振った。
「アンタまた失礼な事考えてるでしょ」
ジト目のキャサリンに、「いんや」とランディがまた首を振るが、失礼かどうかはキャサリンに依る事案だ。
「別に血族ってだけじゃないんじゃない? この地下遺跡が初めて見つかった時、教会も当時の聖女を派遣したらしいし」
キャサリンが言うには真上に女神像があったことで、教会も女神に関する遺跡ではないか、と当時の聖女や教会騎士を数人派遣したそうだ。
「聖女が鍵って可能性もあるでしょ」
ため息混じりのキャサリンが更に続けるのは、ゲームでは件の魔法書を入手した後くらいから、神託が聞こえるようになるらしいのだ。
「ダンジョン探索もゲームより遅い時期だし、今も神託なんて聞こえないから、もしかしたら本当に魔法書が神託のトリガーだったのかもね」
そんなキャサリンを前に、「お前が俗物過ぎて女神が愛想をつかした……」と言いかけた言葉をランディはまたも飲み込んだ。これ以上の脱線は流石にリズに怒られる。
だから言葉を飲み込んだランディが、気になっている事へ意識をシフトした。
「ちなみにだが……神託ってどんなだ?」
「どんな……って。そうね……」
考え込むキャサリンは、記憶をたどっているのだろう。
「最初の頃は『あの娘を解放して』みたいな抽象的なことよ」
「解放……か」
腕を組むランディに、キャサリンは他にも様々な危機を報せてくれる事があるという。ただゲーム終盤には『エレオノーラを救って』みたいな直接表現もあるとか。
「それって……」
「今思えば、そのシャルロッテって人かもね」
ため息混じりのキャサリンだが、流石にゲームで語られていないので、それ以上のことは分からない。とは言え、状況的にエリーの親友であるシャルロッテが、声を届けていると考えれば色々と合点がいく。
「そうなると、魔法書がかなり重要なキーアイテムだった可能性があるな」
肩を落とすランディが、教会に残っていたらいいのだが、と天井を仰ぐが、キャサリンがそれを完全に否定した。
「教会所蔵の図書館は、全部チェックしてるわ」
まさかの勤勉ぶりを見せたキャサリンに、ランディの驚きは止まらない。
「ゲーマーで転生者なのよ。当然でしょ」
キャサリンが嬉々として語るのは、転生した幼児時代から難しい魔法書を嗜むのが、正しい転生者だというのだ。ランディからしてみたら、転生したら近くの森で魔獣を倒すのが王道だが、時代や人が変われば王道も変わるらしい。
とは言え今は転生者の王道ルートを語る場ではない。キャサリンが言うにはダンジョン探索の後も、気になってもう一度教会の蔵書を片っ端から漁ったものの見つからなかったというのだ。しかも人海戦術まで駆使したと言うのに、だ。
「せめて内容くらい分かれば……。どんな魔法か覚えてるか?」
「そうね。パージ系の魔法かしら。相手にかけられた強化を解除する……そんな魔法ね」
思い出すような仕草のキャサリンが、「そう言えば」と手を打った。
「魔法書のアイテム解説を覚えてるわよ。不思議な一文で、ちょっと話題にもなったから」
キャサリンが満面の笑みで告げたのは……
「〝始まりの……〟」
……何とも意味深な言葉だ。
(〝始まりの〟……相手の強化状態を元に戻す、って考えられなくもないが)
腕を組み、その短い単語をランディが脳内で反芻していた時、
「ランディ!」
「うわっ、ビックリした」
急に叫んだエリーに、ランディが肩を跳ねさせ振り返った。
「急にどうしたんだよ?」
「分かったかもしれん」
呆けた顔のエリーに「え? マジで?」とランディも驚き固まってしまう。
「先程のお主らの会話――」
「聞いてたのかよ」
「聞こえてたんだよ。声が馬鹿デカくてな」
ため息混じりのルークに「悪い」とランディが苦笑いを返すが、エリーがそのお陰で思いついた事があると言う。
「もしその魔法書をシャルが残していたとするなら……今の文言は間違いなくヒントじゃ」
立ち上がったエリーが「いや」と首を振って並ぶ棺を見渡した。
「ヒントは初めからここにあったのじゃ……」
近くの棺を触ったエリーが、「ずっと不思議じゃった」と語り始めたのは、なぜエリーの墓を作るのに、殉葬を模した副葬品を入れたのかということだ。もちろん死霊術の媒体としての役目もあるが、それでも棺を用意する必要などない。
「棺は……石棺は妾にとっては、シャルとの始まりじゃ」
王都から遠く離れた東の小島。そこで育った二人は、ともに大魔法使いと呼ばれる存在にまでなった。エリーの時代では有名なサクセスストーリーらしいが、それでも彼女たちの幼少期は、誰も知らない。
普通の少女だったエリーに対し、シャルロッテは親を失くしたいわゆる孤児だった。そんなシャルロッテが根城にしていたのが、小島にある小さな神殿だった。
聖堂にある空の石棺は、幼いシャルロッテにとっては立派なベッドだったのだろう。
「そんなシャルが気になってな。妾が声をかけたのがキッカケじゃ」
エリーがシャルロッテの手を引き、幼い二人は様々な経験をしたと言う。もちろんその逆もまた……。シャルロッテの横にはいつもエリーだけがいて、エリーの横にも、いつもシャルロッテがいた。
そんな二人が成長し、エリーとシャルロッテに膨大な魔力があると判明したら、二人の周囲には急に人が増えたと言う。
元々社交的なシャルロッテと違い、人見知りなエリーはいつしか輪の外へ……
煩い周囲から逃れるために、エリーがよく訪れたのが、ベッド代わりの石棺だ。ポツンとある石棺に身を収めれば、エリーは外界から解放されてたった一人になることが出来る。
そうしてエリーが石棺で過ごすのを、いつもシャルロッテが迎えに来るのだ。
一人だったシャルロッテをエリーが救い出し、今度は一人になったエリーをシャルロッテが救い出す。二人にとって、あの神殿の石棺は絆と再出発の証なのだ。
「幼い頃と立場は変わっても、友情は変わらなかった……」
呟くセシリアに、「ありがたい事にの」とエリーが笑った。
「じゃあ、〝始まりの……〟ってのは」
「石棺のこと。そして妾がここに隠れれば――」
「シャルロッテ様が向かえに来てくれるのか」
信じられない。そんな顔のランディに「恐らく」とエリーも自信なさげに頷いた。
(ありえるのか? これだけ大規模な封印を施しておきながら、エリーが棺に入るだけだなんて……)
考え込むランディだが、つい今しがた考えた事がどれだけ難しいかを即座に理解した。
「つまり、エリーの魂ありきってことか……」
「そうなるの」
頷くエリーだが、条件が難しすぎて洒落にならない。荒ぶるエリーの魂を落ち着かせ、それを受け入れる器を持った人間が、ここまでたどり着いて棺へ横になるのだ。
(確かにエリーの魂自体は、祠で封印されて……)
そこまで考えたランディは、エリーの身体に対して魂の封印がゆるゆるなことに気がついた。いくら経年劣化したとは言え、いくつかの祠をこれ見よがしに置いた封印など、古き王が解かないはずがない。
「なんで――」
口走ったランディに首を振るのはエリーだ。
「逆なんじゃ。普通は……」
エリーが語るのは、本来なら魂の器たる身体を用意して、そして初めて魂を解放するのだという。そうでなければ、暴走した魂がどこへともなく飛んでいく可能性がある。最悪だと成仏することすらあるのだという。
「だからこれ見よがしに簡易結界にしておったのじゃろう。逆に誰も近づけぬように。そして……」
「身体の封印は絶対に解けない、とブラフの挑戦状を叩きつけたわけか」
何とも強かな一手に、ランディが唸り声を上げた。
「つっても、その方法じゃ永遠にエリーの魂と身体は――」
「信じてたんだと思います」
不意に顔を出したリズが微笑んだ。
「シャルロッテ様は、エリーを信じてたんだと思います。己の中にある負の感情を克服し、そして……絶対にエリーを助けてくれる人が現れることを」
この場にいる全員を見渡したリズが「どれだけ月日が経ったとしても」と唇を噛み締めた。
「なら、その期待に応えねーとな」
大きく手を叩いたランディに全員が頷き、それぞれが棺を選び始める。
「エレオノーラ様は真ん中ですわね」
「じゃあ、俺はその隣で」
「なら、アタシ反対隣ー」
「聖女様、そこは気持ち的にエリザベス様じゃ
ん」
何故か皆が棺に収まるという異様な状況に、戻ってきたエリーが「なぜじゃ?」と盛大に眉を寄せた。
「なぜって……」
顔を見合わせた全員が、ランディに「言ってやれ」と言いたげな視線を向けた。
「こんだけ棺があるんだ。しかも じゅんそうだろ? それだけの人間がお前を助けてくれると信じてたんだよ」
笑顔のランディが、「あそこは親父殿で……」と棺を指しながら、順番に今までエリーと関わってきた人々の名前を呼んでいく。そうすると、無数とも思えた棺は直ぐにいっぱいになり……
「あー。ウェインはあぶれましたー」
笑顔を見せたランディに、全員が「残念」と笑顔を見せた。
「……全く……馬鹿者どもめ」
俯き肩を震わせるエリーが、「さ、さっさと行くぞ」とど真ん中の棺に足を入れた。
「待て待て。お前が寝転んだらどっかに飛ぶ可能性もあるだろ。先に俺達だ」
ランディの言葉に慌てる皆が、それぞれが選んだ棺へと横になる。
「俺、デカくて入りきらねーんだけど」
「うるせえ。膝でも曲げとけ」
「首、落としたほうが良いんじゃない? 静かになるし」
「それは可愛そうですわ。足にしましょう」
「お、大きくないとランドルフ様じゃないです」
言いたい放題の仲間たちに囲まれ、「煩い奴らじゃ」とそれでもエリーが微笑んで棺の中に身体を収めた。
あの頃と同じ……いや、あの頃と違うのは、棺に入っても一人にしてくれない相変わらずの賑やかな仲間たちか。あの日も、その次の日も、エリーを一人にしてくれなかったシャルロッテ。彼女の代わりに今はランディ達がエリーを一人にしてはくれない。
「どいつもこいつも……」
エリーがそう呟いた瞬間、地面に巨大な魔法陣が現れ部屋全体を明るく照らし出した。
魔法陣が部屋全体を包み込み、光が収まった頃には棺の中には何も残っていなかった。




