第192話 ……誰だよ。こんな面倒なこと考えたのは……アタイだよ
陰月の鏡を手に戻ってきたルキウスに、ランディとエリーが平謝りする一幕こそあったものの……。
「へー。これが陰月の鏡か……」
ルキウスから鏡を受け取ったランディが、それを観察する。まんま銅鏡のような黒く丸い鏡……もとい金属だが、光を吸収しているのか形状は円ということ以外良く分からない。
「お、裏はなんかボコボコしてんな」
ランディは裏面に指を這わせ、その感触を頼りにレリーフの形状を探ってみる事にした。
(なんだろう……小さい丸がいくつも。円を描いてるのか?)
鏡のほぼ外周をクルクルと指でなぞるランディの頭に、下で見た円形の壁画が思い起こされた。
「なるほど。月の満ち欠けか……な?」
並ぶ小さな丸と、その表面に僅かにある小さな段差。それが連続して少しずつ動いている事から、ランディは月の満ち欠けを示すレリーフが施してあると睨んでいる。壁画にあった円の外周と同じようなものだ。
「ビンゴって感じだな」
ランディが今度は鏡面を覗き込んでみるのだが、そこにはやはり何も映っていない。鏡と言いながら何も反射しない。その現象に少々不安になるランディだが、陰月の鏡を強く握りしめて皆を振り返った。
「じゃあ、俺の仮説が正しいか証明しようぜ」
鏡を持つランディを先頭に、全員がまた地下へと続く階段へと降りていった。
地下は相変わらず、何も変わっていないままだ。
封印の扉。
魔法としての壁画。
よく分からない棺。
それらが持つ微妙な違和感がランディの中で、ある程度つながり始めている。
「結局何が分かりましたの?」
首を傾げるセシリアに、ランディが「そうだな」と壁画を前に腕を組んだ。
「とりあえず、仮説が正しいか見てからで良いか?」
壁画を指差すランディに、全員が渋々と言った具合に頷いた。皆に見守られる形で、ランディが陰月の鏡を壁画に掲げた。すると……壁画から光が溢れ陰月の鏡へと吸い込まれていく。
「お、おお!」
ランディが感嘆の声を上げた時、陰月の鏡が強く光輝き、辺りをまばゆく照らし出した。
「なんですの?」
「ぐっ」
「目が、目がぁぁああああ!」
あまりの眩さに各々が目を覆い、そして真っ白な光が収まった頃……元々あった壁画の一部が変化していた。
玉座のようなものに座る男は、横たわる女性に
その背後に見える巨大な円形の図はそのまま
渦巻く黒い炎は消え去り、代わりに天に輝く炎が現れた。
天に輝く炎から金と銀の軌跡が降り注ぎ
最後の巨大な黒い月と神殿はそのままだ。
そして……
「やっぱりあったな。暗号文」
ランディの言う通り、もちろん新しくなった壁画にも、同じ様にルーンと古代文字、そして謎の言語の羅列が続いている。
「エリー、学園長。ルーンの解読だけお願いします」
古代語である日本語……もとい漢字は問題ないが、ルーンはランディには読めない。なのでそれだけは二人にお願いし、残る謎言語の解読へとランディは取り掛かる事にした。
「おい、キャサリン嬢――」
「目がぁあああ」
「いつまでやってんだよ。神聖魔法で癒せるだろ」
ため息混じりのランディに、「ノリが悪いわね」とキャサリンが口を尖らせ戻ってきた。
「うるせーな。お前のそれは、ここが崩れるやつだろうが」
顔をしかめたランディに「それもそっか」とキャサリンが頷いた……かと思えば、その口角をニヤリと上げた。
「時にデカ男。やっぱアタシの知識が役に立つじゃない」
勝ち誇った顔でふんぞり返るキャサリンに、ランディがまた顔をしかめた。
「馬鹿か。俺一人でも十分だが、お前にも華を持たせてやろうとしてんだよ。今日お前何も活躍してねーからな」
鼻で笑うランディに、キャサリンが「はぁ?」と盛大に眉を寄せるのだが……ランディが皆の頑張りを列挙し始めると、キャサリンの顔が見る間に引きつっていく。
アナベルとコリーは棺の目的に仮説を立て
ルークとセシリアは上の遺跡の違和感に気づき
エリーと学園長は語らずともよくて
さらにレオンは、壁画の外周の変化に気付いた
「分かったか。今日のお前は兵馬俑だけだぞ」
確かにランディの言う通り、今のところキャサリンが活躍したのは〝兵馬俑〟だけだ。
「そろそろ知識枠として活躍しろ」
煽るようなランディの表情に、キャサリンの顔が歪んでいく。
「ムッカー。アンタ、人に物を頼むくせに――」
拳を振り回すキャサリンを、レオンがまた羽交い締めにして引きずっていく。
「ほらほら。聖女様やるよ。これが終わったらスイーツ一緒に食べに行ってあげるから」
キャサリンをなだめるレオンが、「ランドルフ様も……」とキャサリンを羽交い締めにしたままランディへ向き直った。
「あんまり聖女様をいじめないで下さいよ」
まさかの発言に、全員の視線がレオンに集まった。まさか注目されるとは思っていなかったのだろう、少し頬を赤らめたレオンが「ほら……」と視線を逸らしながら口を開いた。
「俺がからかう分が減っちゃうんで」
肩をすくめて笑うレオンに、羽交い締めにされたままのキャサリンが「はぁああ?」と声を上げた。
「アンタどっちの味方よ!」
「そりゃ聖女様でしょ」
「じゃあ何でからかう必要があんのよ!」
「そりゃ面白いから」
ヘラヘラ笑うレオンに、「アンタね……」とキャサリンの肩がワナワナと震える。
「レディに『面白え女』なんて――」
口走ったものの、それはキャサリンどころかランディでもよく知る名台詞だ。
――へぇ。面白え女。
少女漫画などでよくある(らしい)台詞に、キャサリンが「お、面白え女なんて……」と頬を赤らめ声を上ずらせた。
「なんて?」
首を傾げるレオンを、キャサリンが「な、なんでもないわよ!」と押しのけて壁画へと向き直った。
「意味分かんないんだけど」
また首を傾げるレオンに、ランディが悪い顔で「レオン」と肩をすくめた。
「もっと直接的に褒めて欲しいんだってよ」
ニヤリと笑ったランディに、「デカ男! 変なこと吹き込まないで」とキャサリンが鬼の形相で振り返った。
これ以上は流石に悪ノリがすぎると、ランディも「へいへい」とキャサリンとは反対端の壁画へと向き直る。両端からそれぞれ解読していくというスタンスだ。
とは言え一度解読に成功した暗号だ。ローマ字を書き起こし、平仮名に変換、そしてルーンと古代語の意味を当てはめ、平仮名をずらす……行程が分かっているだけに、キャサリンとランディの二人がかりで一気に解読が進んでいく。
「よし。出来たな……」
そうして出来上がったのは、元の詩とは全く別の詩だ。
『久遠の時に眠る 聖なる乙女
選ばれし者にのみ その姿を示さん
金と銀 輝く炎が生み出す鍵は 真なる座標を示す
陽光が失われし時 月の影に立ちて 天の光を捧げよ
さすれば 閉ざされた扉は開かれん』
「アタシ、久遠の時に眠ってたのね」
「聖女様、それは無理があるって」
キャサリンへすかさず突っ込んだレオンに「ど−ゆーことよ」と再び二人が戯れ始める中、ランディ達は膝を突き合わせて解読した詩に視線を落としていた。
「まず間違いなくエリーの事だな」
ランディの言葉に、キャサリン達を除く皆が頷いた。
「やる事は殆ど変わらんのだろうが、陽光が失われし時……って事は日食か?」
思い出されるのは【日蝕の祭壇】だ。つまり真っ黒な月と思しき物は、この壁画では皆既日食を指していると見える。
「つまり、これを解けばエレオノーラ様の身体は――」
期待を込めたセシリアの発言に、「いんや」とランディは首を振った。まさかの反応にエリーとルキウス以外の全員が驚く中、ランディはエリーを真っ直ぐに見据えて口を開いた。
「どうだ、エリー。俺の予想が正しけりゃ、この壁画は――」
「そうじゃな。お主の言う通り、これを解いたとて妾の身体へたどり着けるわけではないの」
エリーのため息に全員の視線が集まる。ルーンを調べたついでに、壁画の魔力も調べていたエリーとルキウスの見解は……
「この壁画に込められておるのは、前の壁画と似た封印の魔法。じゃが――」
「もうその効力はとっくに失くなっておる」
二人の見解に戻ってきたキャサリンが「どういうこと?」と眉を寄せた。
「そのままの意味じゃ。これはもう、とうに役目を失った魔法の残滓と言えるの」
遠い目をするエリーに、「じゃ、じゃあ……」とキャサリンが思わず口を開いた。
「誰かがあなたの身体を――」
ハッとして口をつぐんだキャサリンだがもう遅い。エリーとて認めたくなかった事実だろうが、誰かがこの封印を解いたのなら、既にエリーの身体へたどり着いたとしか考えられないのだ。
ここに来てこの事実に、全員の顔が曇る……中、ランディだけが真っ直ぐにエリーを見つめて口を開いた。
「気落ちするには早えぞ」
ランディの言葉に皆が一斉に顔を上げた。
「そういえば、ランドルフ様は何かに気がついたご様子でしたね」
セシリアが「仮説がどうと言っていましたし」と続ける。
「ああ。俺の予想通り、エリーの身体を示すようなものが隠されていたんだが……」
大きく深呼吸をしたランディに、全員が黙り込んで視線を集めた。
「……あくまでも俺の予想だが、この遺跡は――」
「遺跡は……?」
「トラップだ」
真剣なランディだが、全員がキョトンとした顔を浮かべていた。
「ト、トラップ……何のでしょう?」
一番復帰が早かったコリーに、ランディが笑顔で口を開く。
「そりゃ古き王を捕まえるための、だよ」
笑顔のランディが、「古き王ホイホイって所か?」と自身の発言で笑い声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って下さいまし!」
慌てたセシリアが「古き王の? でも彼の者はここに――」と開いた口を一気に閉じ、そしてまたゆっくりと開いた。
「ここに、封印されておりますわね……」
一人で納得するセシリアが、「そういうことですの」とランディの言っていたトラップという意味にたどり着いた。
「違和感は三つ」
指を立てたランディに、再び全員の視線が集まる。
「まずは、上の遺跡だ。学園長も言っていたが、地下を隠すためと言われながらも、本当はここを示す手がかりと言って良い存在だ」
始まるランディの説明は、表面上は隠しているそれが見つけてもらう為という矛盾の説明だ。それは隠された物を探す人間を、誘き出す装置と捉える事ができる。しかも封印を解く、ギミックにまで組み込まれている周到さだ。
「それが古き王だと?」
首を傾げるルークに「まあ待て」とランディが話を続ける。
「次にこの無数の棺だ。じゅんそ……兵馬俑を置いた理由は、間違いなくここがエリーの墓所だと認識させるためだ」
再開されたランディの説明は、隠された物を探しにきた人間に、〝ここがそうだ〟としっかりと認識させる為のトリックだ。
「それと俺は詳しくねーが、魔術的な儀式で副葬品を燃やしたりとかもあるんじゃね?」
首を傾げるランディに、アナベルが「し、死霊術にはあります」とおずおずと手を挙げた。棺の中の副葬品が全て燃えていた。しかも扉に施された魔術と似た何かで。それがアナベルの言う死霊術なのかは不明だが、一先ず何かの儀式も兼ねていた可能性が急浮上だ。
「んで、最後に……あの男を、古き王を、誰がどうやって封印したんだ?」
ランディが語るのは、古き王は全盛期のエリーを持ってしても遅れを取る相手だ。しかもキャサリンの話を聞く限り、この国の始祖に当たる存在とも言える。個人でも大きな力を有し、部隊まで持った相手を、誰がどうやって封じるのか。
「最初はエリーの親友、シャルロッテ様だったかな? が抑え込んだと思ってたんだが……場合によっちゃ国同士の戦争以上の衝突だ。ここが仮に爆心地だとしたら、この清浄さは異常だろ」
「た、確かに、そうです」
頷いたアナベルが続けるのは、古戦場跡などは未だに多くの不死者が見られるということだ。この上の遺跡はもちろん、森も生命の気配すらしなかった。
「つまり俺の予想は、この遺跡どころか島全体が、エリーの身体を囮にした古き王を封印へと引き込むトラップだったって事だ」
ランディの予想に考え込むのはエリーだ。
「確かに……シャルの実力であやつに勝てるとは思えん。それに扉にかけられた隠蔽魔法すらブラフで、真に隠蔽していたのは封印の壁画だとすると……」
二人の性格や実力を知っているからこそ、ランディの予想がエリーの中で形になっていく。
「ちなみにリドリー嬢の言っていた死霊術じゃが、対象の魂を引き出す恐ろしい術式に、似た物があるの」
ルキウスの説明に、「なにそれ、怖」とランディが身震いした。
「心配せずとも、様々な条件が必要じゃし、そもそも普通の人間に出来るものではない。錬金術にまで精通しているシャルロッテ様くらいのものじゃ」
笑顔で首を振るルキウスだが、その補完のお陰で、ランディの予想にくっきりとした輪郭が浮き上がってきた。
「古き王ホイホイ……」
キャサリンが階段へ向けた視線に、全員がつられるように階段を見た。そこから降りてくるのは、一人の男だ。もちろん実際の人間ではない。全員の頭の中で共有されている想像世界の男だ。
それと同時に部屋全体が色づいていく……壁は明るく装飾され、棺の中には人を模した人形が横たわっている。
階段を降りてきた男が、ランディ達を通り抜け棺の間を歩く。
人を模した人形を、男が鼻で笑うが、いくつめかの人形をおもむろに取り出した。何かを警戒するように、棺の中を確認した男だが、何も見つけられず人形を元に戻した。
そのまま辺りを調べる男が、何かに気がついたように笑い、壁に向けて魔力を照射した。隠蔽魔法を解除されたのだろう、扉と壁画が現れる。
そこから月日が経つのを表すように、男があちこちに浮かんでは消え、そしてようやく男が下卑た笑顔で、金と銀の玉を扉へ差し込んだ。
ゆっくりと扉が開き、男がその中へ一歩足を踏み出した瞬間、副葬品が全て激しく燃え上がった。罠だと気付いた男だがもう遅い。身体から抜け出しそうな魂を必死に押さえる男だが、ついには扉の先へ吸い込まれるように消えていく……そのまま扉がゆっくりと閉じ、真に隠されていた壁画が現れ、辺りはまた静寂に包まれた。
誰かがゴクリと唾を飲み込んだ。
「な、なんか見えたんだけど?」
「お、俺も……」
引きつった笑みのキャサリンとレオンに、アナベルとコリーがロックバンドもビックリなくらい、大きく首を縦に振っている。
「……この国の始祖が忽然と姿を消した……という言い伝えとも合いますわ」
頷いたセシリアが続けるのは、この国の始祖はどこからともなく現れて、そして姿を消したという言い伝えだ。
「トラップ。そういうことですのね」
身震いして扉を見つめたセシリアが「でも……」と肩を落とした。
「ならばここにはエレオノーラ様の手がかりはないのですね」
「いや。多分あるぞ」
ランディの言葉に再び全員の視線が集まった。
「多分だが、ちゃんとここに手がかりがあるからこそ、古き王も罠に嵌められたんだ」
「じゃあ、その情報は?」
「さあ?」
苦笑いで首を傾げるランディに、全員が「だよな」とガックリ肩を落とした。
「まあ、俺には分からんが……。エリー、お前はどうだ?」
水を向けられたエリーが「妾が?」と眉を寄せた。
「お前の身体を守ってくれたのは、間違いなく親友なんだろ。なら、お前なら彼女の考えとか分かるんじゃねーか?」
その言葉に「シャルの……」とエリーが僅かに発光する大扉を見上げた。




