第189話 大丈夫です。やる時はやる人達なんです……多分
エドガーの襲撃があった翌日の朝。予定通りランディ達は朝早くから学園に集合していた。少し早めの到着だが、忙しいルキウスを待たせるよりはいいだろう、という判断だ。
つまり今はルキウス待ちなのだが……
「何でお前までいるんだよ」
「いいじゃない。アタシも古代語読めるし」
胸を張るキャサリンの横で、「す、すみません」と何故かアナベルが頭を下げた。確かにアナベルも関係ないと言えば関係ない。だがランディがアナベルに向ける視線は、優しげなものだ。
「いや。アナベル嬢は全然問題ない。むしろいてくれてOKだ」
アナベルに優しく微笑むランディに、「納得いかないんだけど」とキャサリンが頬を膨らませた。
「馬鹿か。お前みたいな頓珍漢とちがって、アナベル嬢の不死者への造詣は非常に深いんだ。つまり知識枠だ」
大きく頷くランディだが、今回の探索で不死者への知識が必要かどうかは不明だ。それでもアナベルに同行するコリーは魔獣への知識も豊富だし、何より人数が多いほうが様々な意見が出るというものである。
「じゃあアタシも知識枠でしょ」
再び胸を張るキャサリンに、「いや、お前の偏った知識は要らねー」とランディが真顔で首を振った。
今もギャーギャー暴れるキャサリンを、「聖女様、どうどう」とレオンが羽交い締めにしてランディから引き離していく。何とも賑やかな光景にリズとセシリアが微笑む中、訝しげなルークがランディの脇を突いた。
「えらく聖女様に優しいじゃねえか」
流石幼馴染にして悪友である。ランディがキャサリンをやけに構う様子に、違和感を覚えたのだろう。
「昨日ちっと色々あってな……」
今も「レオン放しなさい!」と暴れるキャサリンを眺めるランディが、昨日のエドガーとのやり取りを掻い摘んで説明した。
「なるほど。殴らなかったと。お前、大人になったな」
「馬鹿か。俺はずっと昔から大人だわ」
顔をしかめるランディに、ルークが大人はいきなりドロップキックをしないという事を伝えている。それに関してはランディも言い返す事が出来ないので、「ぐぅ」と顔をしかめて声をもらすだけだ。
「で? 結局お前のお姫様に、〝王太子のゴメン〟は伝えたのか?」
「ああ。一応な」
肩をすくめたランディだが、その頬がわずかに赤くなったのをルークは見逃さなかった。
「おい……。まさかとは思うが、また桃色フィールドを展開してたのか」
ジト目のルークに「違ぇって」とランディが押しのけるが、朱に染まった頬までは隠せていない。
「教えろ」
「やなこった」
ルークを躱すランディの脳裏には、昨夜の出来事が思い起こされていた。
――――――
王太子と別れたランディは、一人宛もなくブラブラと学園を、そして街を彷徨っていた。どうやら感じていた視線は王太子だけだったようで、あの後から視線も気配も何も感じないのだ。
「【真理の巡礼者】一本釣りって思ってたんだが……」
嘆いたところで来ないものは仕方がない。適当に街をぶらついていたランディだが、結局日も暮れ始めたので、一旦侯爵家別邸へと戻る事に決めたのだ。
本来なら一人借家に帰ってもいいのだが、折角父アランとルシアンが用意してくれたのだ。その好意を無下にするわけにもいかない。
そんなこんなで、貴族街を歩いている事しばらく、後ろから走ってきた馬車がランディを通り過ぎてピタリと止まった。見覚えしかない馬車は、セシリアの乗るハートフィールド家のものだ。
そんな馬車の扉が開き、降りてきたのはリズだ。
およそ貴族の令嬢とは思えない元気良さに、内心ヴィクトールに染まりすぎたなと思いつつも、ランディは悪い気はしていない。
「今帰りです?」
「ああ。リズも楽しかったか?」
「ええ。とっても」
満面の笑みのリズを見たランディは、思わずホッとする。先程あんな事があったばかりだと、余計にそう思ってしまう。
車窓から顔を出したセシリアに、後は引き継ぐ旨と別れを伝えて、二人は遠ざかっていく馬車を見送った。
そこから二人は短い帰路をゆっくりと歩き、今日あった出来事を話し始めた。と言ってもリズの話をランディが聞いて相槌を打つだけだ。
セシリアとキャサリン、それにアナベルも交えてお茶をしたこと。
そこではアイリーンの話を皮切りに、時折現れるエリーも交えて、それぞれの恋愛話に発展して大いに盛り上がったらしい。
何とも女子会らしい楽しそうな集まりに、ランディは心の底から良かったなという感想しかない。
もちろん話を聞きながら、リズの恋愛話が気にならなかった訳では無いが、それを聞くのは野暮というものだろう。それこそ女子達の秘密というやつだ。
「ランディは、何をしてたんです?」
首を傾げたリズに、「俺か?」とランディは一瞬言葉に詰まったものの、大きなため息とともに、エドガーとの事を話しだした。
「……殿下と……」
思わず顔が強張るリズに、「別に大したことじゃねーよ」とランディが首を振った。
「まあいろんな事を話したんだが……結局言いたいのは、王太子殿下が追放は悪かったと思ってるって」
肩をすくめたランディに、リズが「ああ。そのことですか」と表情を無にした。
「お、怒ってる?」
リズの反応にランディがおっかなびっくり口を開くが、リズはただ首を振るだけだ。
「私は殿下の事を恨んではいませんよ。興味もなければ、何の感情も湧きません」
淡々と話すリズに、ランディも「だろうな」という感想しか出てこない。今更出てきて謝られても……なのだが、それを語るリズが「いえ、むしろ――」と不意に笑顔を見せた。
「殿下には感謝しているかもしれません」
微笑んだリズの笑顔に、夕陽の赤がさす。頬が染まった様に見える笑みにランディは思わず見とれていた。
「婚約破棄していただいて。そのお陰で、こうして素敵な出会いがありましたから」
大輪の花のようなリズの笑顔に、ランディは完全に見とれているのだが……ようやくリズの言葉の意味を飲み込み、「す、素敵な――」と声を上ずらせた。
「はい。婚約破棄の後出会えた方々はもちろん――」
そう言ってリズがランディの腕を取った。
「――ランディの事です」
妖艶に微笑むその姿は、間違いなくエリーそっくりだ。だが気配は間違いなくリズのそれで、ランディをしても混乱している。そしてそれ以上に、顔面の温度が上昇していることを感じている。
(あ、あぶねー。夕陽のお陰で助かった……)
間違いなく真っ赤になった顔だが、今は夕暮れだ。茜色に染まった空が、ランディのこの真っ赤な顔を隠してくれているだろう。ただそれでも、今も腕を絡めてくるリズを直視出来ないランディなのだが……
そんなランディをリズが覗き込んだ。
「……照れてます?」
悪戯っぽく笑うリズに「て、照れてねーし」とランディが口を尖らせるが、リズが「フフフ」と声を出して微笑んだ。
「エリー。作戦成功ですよ」
ランディの腕を放し、一歩前に出たリズがくるりと回った。夕陽をバックに笑うリズの髪を、夕陽が橙に輝かせる。美しく、それでいて楽しげに笑うリズの言葉を信じるに、どうやらランディはエリーとリズに一杯食わされたようだ。
(尻に敷かれるくらいが、丁度いいんだろうが……)
夕陽が縁取るリズを眺めていたランディが、小さく微笑んで……
「俺も――」
前をスキップするリズに声をかけた。不意に声をかけられたリズが、訝しげな表情で振り返る。
「俺も。リズとエリーに……お前ら二人に会えて良かったよ」
笑顔を向けたランディに、リズの顔が見る間に染まっていく……今リズは逆光で夕陽のせいに出来ない。だからこそランディはリズに追いつきニヤリと笑った。
「照れてる?」
「て、照れてません」
慌てて前を向いたリズが、「夕陽が眩しいですね」と無理に話題を逸らして、少し速歩きで歩き始めた。
可愛らしい反応のリズに、ランディが追いつき横に並んで「だとしたら、悪い事したな……」と呟いた。
恥ずかしさから俯いていたリズが顔を上げ、それにランディが悪戯っぽく笑う。
「王子サマに『ぶん殴るぞ』じゃなくて、『リズとエリーに会わせてくれてサンキュー』って言っときゃ良かったかな」
「し、知りません」
再び俯くリズだが、ランディがその肩に手を置いた。
「エリーはどう思う?」
「ほわっ! な、なぜ分かったのじゃ!」
慌てて顔を上げたエリーに、「俺を舐めるな」とランディがニヤリと笑った。
「お前らの違いくらい、俺は直ぐに――」
「ええい。分かったわ。分かったから、少し離れぃ!」
沈む夕陽が楽しげな三人の家路を優しく見守っていた。
―――――――
そして現在……昨日の色々を思い出しているランディの前で、ルークが「教えろ」と今もジト目を向けている。
「うるせーな。お前が疑うような事は何もねーよ」
ルークを振り払うランディだが、思い出したせいでわずかに赤い頬までは隠せていない。
「皆、待たせたようだ……」
予定時間通りに現れたルキウスだが、その目の前では
「教えろ」
「止めとけ。お前が嫉妬の炎で焼かれて死ぬだけだ」
と掴み合いのルークとランディ。
「レオン離しなさい。あのデカ男には――」
「だから駄目だって」
レオンに羽交い締めにされるキャサリン。
「……まあ、そんな事が――」
「そうなんです」
顔を赤らめ、小声で盛り上がるセシリアとリズ。
何ともカオスな光景が広がっている。
「これ……大丈夫かの」
あまりにも統率の取れていない集団を前に、流石のルキウスも思わず弱音を吐き出してしまった。そんなルキウスに近づく小さな影が二つ……
「学園長、よろしくお願いします」
「お、お願いします」
……丁寧に頭を下げるコリーとアナベル。一つ下の彼らが一番しっかりしている。そんな事実に、ルキウスは目を細めてこのチームの良心二人に頷いた。
「君達がたよりだ。頑張ろう」
ルキウスの言葉にアナベルとコリーが大きく頷く。船頭多くして船山に登る……そんな集団の遺跡調査が幕を開ける。




