第188話 実は初ツーショット
終業式も終わり、街へ繰り出したリズ達を見送ったランディは、一人校門をくぐることなく学園内に留まっていた。学園ではこれから午後に卒業パーティを控えているだけあって、一学年上の生徒達が慌ただしく、それでいて楽しげに駆け回っている。
とは言え在校生もゼロという訳では無い。
地元へ帰らず寮で過ごすもの。
給仕係など何かしらの伝手があってパーティへ参加するもの。
終業式後に友達と会話に興じるもの。
少数ではあるが、そんな生徒もちらほらいる。とは言え、残っている在校生の数はそれほど多くはない。だからランディのように目立つ存在は、いつも以上に注目を浴びる事になる。
寮に住んでいるわけでもない。
給仕をするわけでもない。
友達と歩いているわけではない。
どれにも当てはまらない以上、ランディの目立つ見た目も相まって周囲から浮きまくっているのだ。
ランディが目立ってまで学園に残るのには理由がある。それは終業式の時にずっと感じていた視線だ。はじめはリズやセシリア、キャサリン辺りに注がれているかと思ったが、メインはどうやらランディのようだった。
(そりゃ王都にも潜り込んでたくらいだ。学生にも居ないとは言えねえよな)
ため息混じりのランディが、あえて人目のつきにくい裏庭のガゼボに腰掛けた。思い切り寝たふりまでして油断をさせたのだ。先程から付かず離れずで、ずっと敵意に満ちた視線を向けてくる存在に、どうぞ接触してきて下さいと、という格好である。
(さてさて。何が聞けるかな……)
背後に迫る気配に、ランディはゆっくりと振り返った。そこにいたのは……
「アンタは――」
「ランドルフ・フォン・ヴィクトールだったな」
……ランディを睨みつけるエドガーだ。まさかの王太子エドガーの出現に、一瞬面食らったランディは、「〝フォン〟は要りませんよ」と肩をすくめて立ち上がった。
終業式の間感じていた視線は、やたら敵意に満ちていた。だから勝手に【真理の巡礼者】から話が聞けると思って待っていたのだが……まさかの王太子の登場だ。何とも肩透かしな状況であるが、こうして面と向かって声をかけられたのだ。何も言わずに去るわけにはいかない。
(テキトーに話を聞いて切り上げるか)
ガゼボから出たランディが、エドガーの前に立つ。エドガーの身長が低いわけでは無いが、それでもランディとの身長差でどうしてもランディが見下ろすような格好である。
「ンで、何の用です? 俺ぁ、男に付きまとわれて喜ぶ人間じゃねーんで」
鼻を鳴らすランディに、エドガーの顔が歪む。身長差に加え言葉遣いの荒々しさも相まって、どうしても見下されている感があるのだろう。もちろんランディにそんなつもりなど微塵もないのだが。
「貴様……エリザベス・フォン・ブラウベルグとはどういう関係だ?」
眉を寄せるエドガーに「どーゆーって……」とランディが頭を掻いた。
「主従の関係、ってことで学園にも提出してますが?」
それ以上の何があるというのか。そんなランディが「そもそも」とため息混じりに続ける。
「彼女はもうブラウベルグじゃないですよ。どこかの誰かが国外追放したせいで」
呆れ顔のランディからしたら、本気で意味がわからないのだ。自分が国外追放にしておきながら、自分が捨てておきながら、この期に及んで何の関心を持つと言うのか。言外に含ませたランディの表情から、エドガーが思わず視線を逸らした。
「あ…あれは。教会に謀られたのだ」
視線を逸らしたまま呟いたエドガーに、ランディは「ふーん」と気のない言葉を返した。
「教会に騙されたから、自分は関係ない。己に責任はない、と?」
チクリと刺すランディの言葉に「違う!」とエドガーが再びランディを睨みつけた。
「責任は感じている……。王子の俺があんな事を言わなければ。と」
呟くエドガーに、ランディは口元まで出かかった言葉を飲み込み……それをため息で吐き出した。
(己の発言への責任……ね。随分とご立派なことで)
己の言に責任を持つ。……偉いわけではなく、当たり前だ。責任を感じ反省する事など、猿でも出来る。
だが今回の事は、それだけの話ではない。もちろんエドガーの発言や、キャサリンの発言がキッカケではあった。だが結局裁きを下したのは、それに乗っかった汚い大人達だ。
そもそも王太子と言えど、ランディと同じただの学生だ。学生の発言一つで、事実上の死罪が下される程この世界は、この国は無茶苦茶ではない。つまり、言い方を変えれば、王太子エドガーも汚い大人たちに利用された被害者と言えるだろう。
もちろんエドガーがもう少し冷静であれば、あんな悲劇は起きなかっただろう。だからそこに責任を感じるのは間違いではない。
だというのに、その責任を述べるだけで果たそうとはしない。いやエドガーの表情や言葉を聞くに、今の状況では、果たせないと踏んでいる。己の身分と立場いうものを良く理解し、己が簡単に頭を下げたら駄目だと分かっている。
傍目には被害者ながら立派に王太子として自分を律している、と言える。
もちろん口にこそ出さないが、全てランディの皮肉だ。
ランディから見たエドガーは、王太子というご立派な身分を言い訳にしているに過ぎない。王太子だから……と言い訳しながらも、己の身分と立場を全く理解せず、問題の本質も、本当の責任の取り方も分かっていない。
(お前が本当に責任を感じるなら……あの問題の背後を調べて、テメエの親父と一緒に閣下に頭を下げるべきだった)
それが出来なかった以上、エドガーもその父である国王ジェラルドも、ランディからしたら、己が身分を言い訳に胡座をかくだけの男でしかない。
ランディの本音を言えば、エドガーという青年に憐れみすら覚えている。周りの大人達がしっかりと教育してこなかったのだろう、と。才能と家柄とそれらを褒められただけで育ってきたのだろう。
だから問題の本質も、己という存在の使い方も分かっていない。とは言えランディがそれを教える義理もない。
だから……
「なら責任を取って、大人しくリズの視界から消えるべきでは?」
……今も「俺のせいだ」と呟くエドガーに、ランディが豪速球を放り投げた。ランディのド直球に、エドガーが「そんなわけには……」と睨み返した。
「謝ることさえ出来れば、許してもらえると?」
「エリザベス嬢は、慈悲深い人間だ」
真っ直ぐに睨みつけてくるエドガーに、「慈悲深い、ね」とランディは鼻を鳴らした。確かにリズなら謝れば「もういいです」とは言うだろう。だがそれは許しではなく、本気で興味がないのだ。
関心のない男から、どうでもいいことを謝られても……「いや、どうでもいいんで」としかならない。これ以上付きまとわれる方が迷惑というやつだ。
だが残念ながらエドガーにはその事が分かっていないらしい。
「ンで、その慈悲深い人間を、あなたは信じられずに貶めたと」
思い切り顔面をひっぱたくようなランディの口撃だが、エドガーは怯まずランディに一歩詰め寄った。
「だから言っているだろう。教会に、キャサリン嬢に騙されたのだと」
その言葉にランディの眉がピクリと動いた。
「いやいや。王子サマはキャサリン嬢と懇ろだったじゃないですか」
「違う。エヴァンス嬢も洗脳されていた――」
再び視線を逸らしたエドガーが「だから……」と絞り出すように呟いた。
「だから、彼女が俺に向けてくれていた感情は、全部偽物だったんだ」
顔を背けたままのエドガーに、ランディは漏れそうになるため息を再び飲み込んだ。今の今までは、何とも哀れな男だと思っていた。聞いていた話だと文武に優れ、非常に優秀な男だという事だったが、結局は誰も彼の才能を伸ばしてあげられていないからだ。
だが今は哀れみとは違う感情が沸いてきている。
確かに今でも稚拙で情けない男だとは思っている。だがそれを超える程の、静かな怒りがフツフツと沸いてきている。
(責任はどうした。責任は……)
確かにキャサリンは、騙したと言えるかもしれない。だがそれに乗っかったのはエドガーだ。それを脇に置いて、上から言われた事を自分の都合のいいように信じているわけだ。
「それはキャサリン嬢が言ってたんですか?」
ランディの言葉に「何を?」とエドガーが眉を寄せた。
「彼女があなたに向けていた感情どうの……って」
ランディの言葉に、「それは……」とまたエドガーが視線を下げた。
「彼女とは接触禁止令が出ているんだ。直接聞けるわけなどないだろ」
視線を逸らしたままのエドガーに、「何だそりゃ……」とランディの呆れ顔は止まらない。確かに接触禁止は出ているが、人伝の伝言くらいは出来るだろうに。アナベルでも、第二班の生徒たちでも、最悪セシリアでも。
それをしないということは、結局エドガーにとってキャサリンはその程度だったという事なのだろう。その事実はランディの怒りに薪を焚べる。なんせその程度の女に唆されて、リズを追放したということになりかねないからだ。
だから思わず口を開いてしまった。
「なら、アンタはどうだったんですか? キャサリン嬢の事、好きだったんじゃないんですか?」
「す、好きかどうかは……。だが彼女は私を騙すために――」
「そうだとして。彼女も洗脳の被害にあって、傷ついたかもとは考えなかったんですか?」
「だからそれは――!」
声を荒げたエドガーに「もういい」、とランディが掌を向けて言葉を遮った。これ以上は堂々巡りにしかならないだろう。
(好きだと思ってたら、自分を騙してた。まあショックなのは分からんでもない)
好きだと思っていた女が、自分を騙すために使わされたと聞く。なるほど、ランディとて自棄になりたい気持ちは分からなくもない。だが……その時の感情や全てを、全部相手のせいにして、自分だけが被害者というスタンスは気に食わない。
ましてその程度の相手に唆されて……である。
「さっき責任があるって言ってましたが……」
大きく息を吐いたランディに、「ああ」とエドガーが退かずに頷いた。
「キャサリン嬢への責任は考えなかったんですか?」
ランディの言葉に「は?」とエドガーが固まった。無理もない。自分を騙した相手に、何の責任を持つというのか。言外に含まされたエドガーの表情に、ランディはまたため息を返した。
「確か……公式発表では教会が聖女を洗脳し、アンタに近づかせた。ですよね?」
「そうだ」
頷くエドガーに、ランディは腕を組んで見下げるように鼻を鳴らした。
「ならキャサリン嬢も、同じ被害者じゃないんですか?」
「それは……そうかもしれんが」
洗脳されたことで、一連の事件への関与を疑われた。であればキャサリンとて教会の被害者であり、もっと言えば国と教会のゴタゴタに巻き込まれたとも言える。もちろん、本人は洗脳されていないが、それを利用した汚い大人たちが以下略である。
「あの時……婚約者を放逐してまで信じようとしていた女。なんで、それを心配してやらなかった?」
底冷えするランディの視線に、エドガーがゴクリと唾を飲み込んだ。
「誰がなんと言おうと、アンタは……アンタだけは、キャサリン嬢を心配してその真意を聞くべきだった。どんな手を使ってでも。それもせず、自分は『知らない、出来ない』ばかりだ」
エドガーを見下ろすように、ランディが睨みつけた。
「王子サマってーのは、随分楽な身分なんだな」
嘲りを隠さないランディに「貴様……」とエドガーがきつく睨みつけた。
「国外追放は教会のせい。気持ちを確かめられないのは国のせい。謝れないのは立場のせい。何かのせいにして、自分はずっと被害者ポジションだ。そりゃ楽だわな」
鼻を鳴らすランディから、エドガーが思わず顔を背けた。その行動を見るにエドガー本人も、自分の論説が滅茶苦茶だと気づいているのだろう。だからランディと目を合わせられない。滅茶苦茶な理論に縋らざるを得ない。
(リズを捨てておきながら、それを誰かのせいにしたい……。それがキャサリンであり、国であり……と)
先程の『どういう関係だ』とこれまでの発言が、ランディの中で一つに繋がる。
エドガーの歪んだ感情。自分は被害者だと思い込みたい。そうせねば、わずかの光も無くなるから……。エリザベスとまた関係を築くという望みを。
(妄執……か――)
完全に囚われている。これはこれである意味洗脳だと思うランディだが、それを解いてやる必要も方法もない。なんせ答えはエドガーの中にしかないのだ。
だから本当はこの場で言うべき言葉などない。何も言わないのが正解なのだが……。それでも目の前の腑抜けた男に、苛立ちを抑えられなくても仕方がない。
リズの国外追放に関しては、キャサリンにも責任はある。だがそれを差し引いても、ランディは今すぐエドガーを殴りたい。そんな気持ちを抑え込み、大きく深呼吸で気持ちを落ち着けたランディがゆっくりと口を開いた。
「王子サマよ……男が一度吐いた言葉を飲み込むなよ。理由はどうあれ、経緯はどうあれ、お前はリズを信じられず捨てたんだ」
ランディの言葉に、エドガーが再び顔を上げて睨みつけた。だがエドガーの視線など気にしないランディが鼻を鳴らす。
「お前の妄想の中にいるエリザベス嬢を、俺のリズに押し付けるな」
落ち着けたと思った苛立ちが再び湧き上がる。それはキャサリンすら見捨てたエドガーの薄情さではない。エドガーという芯のない男が、リズを『慈悲深い』と語った事に、だ。
結局この男にとって、キャサリンもリズ、いやエリザベスも、己の中の妄想を押し付けるだけの相手に過ぎない。だから簡単にその場その場で相手を捨てられる。そのくせ、自分は被害者に甘んじて相手にそれをまた押し付けるのだ。
どこまでも情けなく、どこまでも度し難い。だからこそランディにはこれ以上の問答は無意味だ。
「悪いけど帰らせてくれ。これ以上テメーみたいな腑抜けを見てたら、ぶん殴っちまいそうだ」
鼻を鳴らすランディが、話は終わりとばかりにエドガーに背を向けた。
「ただまあ、同窓のよしみで、リズに『王子サマも悪いって思ってる』くらいは伝えといてやる。それで満足して消えとけ」
吐き捨てたランディが、その場を後にした。
一人裏庭に残ったエドガーは、小さくなっていくランディの背を見つめながら握りしめた拳を震わせていた。




