第187話 終業式とか、何であんなに眠くなるんですかね
ユリウスやリヴィアと別れたランディ達は、セシリアの馬車で侯爵家の王都別邸まで送り届けて貰うことになった。セシリアの住むハートフィールド家の別邸も、同じ貴族街にあるので、ついでというやつだ。
侯爵家別邸についたランディ達は、使用人たちからの熱い歓迎を受けていた。
三人だけの甘い夜……は夢と消えたが、それでもリズが嬉しそうな顔を見せているので、ランディとしても良かったと言わざるを得ない。そもそも三人だけの夜だったとしても、手を出すなど論外だ。
リズに対しての筋も、侯爵家に対しての筋も、そしてエリーに対しての筋も。何も果たしていない以上、ランディは据え膳だとしても手を付けるわけにはいかない。
「まずはエリーの身体か……明後日の遺跡調査で何か分かれば良いんだが……」
そんな事を呟きながら、ランディはその日早めにベッドに潜り込んだ。転移で移動しているとは言え、連日慣れぬ環境に身をおいた疲れが出ているのだ。
そうして迎えた平和な朝……ランディはいつもより早い時間に、リズと二人で侯爵家別邸から学園に向けて出発した。
いつもとは違う通学路だが、いつものように笑いながらたどり着いた学園。そしていつも通り校門をくぐったのだが……
「デカ男。アンタまた何かやらかしたでしょ!」
開口一番。校門をくぐったところで待ち構えていたキャサリンが、ランディに掴みかかりそうな勢いで詰め寄った。
「藪から棒になんだよ……」
全く身に覚えのないランディだが、キャサリンは「ユリウス」と周囲を窺うように声を落とした。
「帝国の元第四皇子……アレがいま大聖堂にいるんだけど」
眉を寄せるキャサリンに、ランディはユリウスが大聖堂に居候していると言っていた事を思い出した。
「なんだ……もしかして、攻略対象か?」
呆れ顔のランディに「違うわよ」とキャサリンが首を振って、本来のユリウスの立ち位置を説明した。確かにゲームでもユリウスは大聖堂に居座るキャラだ。教会再編のミニゲーム、そのお助けキャラとして。
「ならいいじゃねーか。歴史通りだろ?」
首を傾げるランディに「馬鹿ね」とキャサリンが眉を寄せた。確かにユリウスは大聖堂に来るが、それはキャサリンが教会の腐敗を正し、それに感銘を受けて訪れるという形である。
「あー。お前何もしてねーもんな」
ケラケラと笑うランディに「アンタが全部ぶっ潰したんでしょ」とキャサリンが眉を吊り上げた。
「とにかく。アンタと何故かルークにご執心だから気をつけるのよ。もうこの世界はアタシの知識もほとんど通用しないからね」
それだけ言い残すと、キャサリンはレオンを引き連れて、ノシノシと歩いていった。
「いあまあ……昨日会ったばかりだし知ってるんだが……」
苦笑いのランディがリズと顔を見合わせた。
「心配されている、で良いのではありませんか?」
微笑むリズに、「それもそうだな」とランディが頷いて、小さくなったキャサリンの背中を追いかける。もう間もなく大講堂で終業式が始まるのだ。
折角終業式に望むなら、誰も知らない連中に囲まれるより、仲の良い連中と座ったほうが楽しいだろう。ちょうどセシリア達も到着したばかりだ。二人と合流したランディ達は、キャサリンにも追いつき、他の生徒達に続いて大講堂へと入っていった。
☆☆☆
大講堂で行われる終業式は、粛々と進んでいた。学園長の長い挨拶の前に、国王ジェラルドからの挨拶まであるのだ。生徒達からしたらただただ暇で退屈な時間だ。
そうなってくると、お喋りと居眠りが捗るというもので……
「終業式が終わったらどうします? 直ぐにヴィクトールへ帰るんですの?」
国王のありがたい話を無視して首を傾げたセシリアに、リズが「どうでしょう」と真後ろで、こちらもありがたい話を無視して舟を漕ぐランディを見た。
「昨日は特に何も言ってませんでした……」
そこまで言って周囲を窺ったリズが、更に声を落とした。
「……けど、明日はあの遺跡の調査に行くと言ってましたから」
リズの言葉に、キャサリンとセシリアが顔を見合わせた。
「あの……って――」
「研修の、ですわよね?」
首を傾げる二人にリズが頷いて、あの遺跡にまつわるアレコレを話しはじめた。キャサリンは協力して暗号を解いたが、元々エリーの身体を求めての行動だとは知らないし、セシリアはエリーの身体の手がかりとして遺跡を教えたものの、その後の進捗は逐一共有していなかったのだ。
「「なるほど」」
キャサリンとセシリアが納得して同時に頷いた。エリーの身体があると思われる【時の塔】そこに渡るために、古代遺跡にヒントを求めたい。ようやくそれが現実味を帯びてきた形である。
噂を流し騎士と研究者も追い出し、今遺跡は完全に手薄な状態なのだ。
「ただランディは明日、と言っていたのですが学園長の都合がつくかどうか……」
リズが苦い顔で国王と代わり、挨拶をはじめたルキウスを眺めた。ランディ達は今日の午後からフリーだが、ルキウスは今日の午後は既に卒業パーティへの出席が決まっている。忙しい身のルキウスだ。明日の予定が空いているとは考えにくい。
ルキウスの都合がつかないのであれば、リズとエリーとランディの三人だけで……も良いのだろうが、少なくとも研修への斡旋、暗号解読の手伝い、学年末考査の調整まで。ルキウス学園長には、様々な便宜を図って貰った義理がある。
ランディがその義理を無視して三人だけで行くとは思えない。だから行くならばルキウスも伴って行くだろうというのが、リズの予想であり、事実その通りなのだ。
そんなリズの言葉に、再びセシリアとキャサリンが納得して頷いた。
「でもランドルフ様が『明日』と仰るのであれば、予定を押さえているのでは?」
「そうね。馬鹿だけど阿呆じゃないもの……」
呆れ顔でランディを振り返るキャサリンに、リズとセシリアも思わずランディを振り返った。
「それにしてもまた寝てるなんて……」
「そうですね。ちょっと珍しいと言うか」
始業式の時は二徹後だったが、今回はたっぷり睡眠を取ったはずだ。なのに大口を開けて寝るランディに、女子三人が訝しげな視線を向けている。そんな様子にウェインが気が付き、隣のランディを「起きろ」と揺すった。
揺すられたランディが「ん?」と目を擦って大きく伸びをした。ただでさえ大きなランディが、大きく伸びをするのだ。それはもう目立つ。壇上で挨拶をしていたルキウスが苦笑いになるほど。
そんなランディのせいで前の女子三人が小さくなる中、「もう終わったのか?」と本人は至って通常運転だ。
「まだ終わってねえよ」
眉を寄せるウェインに、ランディが「ンだよ……」と大きなため息をついた。そんなランディに、ウェインが呆れながら口を開いた。
「お前のイビキで、キャサリン嬢達が迷惑してたんだ。ちゃんと謝っとけよ」
ウェインに押されたランディが「そうなのか?」と目の前のリズに声をかけた。
「迷惑ではありませんが……」
頬をかいたリズの代わりに、セシリアが昼からの予定を相談していた旨を話した。
「昼から? いや。なんもねーな。今日の午後はノンビリする予定だ」
まさかの発言に女子三人が顔を見合わせた。
「なら午後からセシリーとお茶をしてきてもいいでしょうか?」
目を輝かせるリズに「良いんじゃねーか」とランディが笑顔で頷いた。
「場所にもよるが、【暗潮】の人に話を通せば、陰ながら護衛してくれるだろ」
ランディのその言葉に、リズが驚いて身体ごと振り返った。
「ランディは行かないんです?」
「たまには女の子だけ……ってのも大事だろ」
肩をすくめるランディに、セシリアが満面の笑みを浮かべた。確かにランディがいないからこそ出来る、女子トークというものもある。
「ただ明日は空けとけよ。学園長の予定も押さえてるし、早めに調査を済ませたい」
真面目な顔のランディが「春休みは街作りもあるからな」と一転笑顔を見せた。教会の荘園からあぶれた人員と、ヴィクトールへの移住希望者。それらを受け入れるために、既に新たな街の建設が少しずつ始まっている。
春休みはそちらの開発をメインでやる予定なのだ。
「お前……ついに街まで作る気かよ」
ドン引きのウェインに、「手伝うだけだ」とランディが首を振る。確かに今まで色々と作ってきたが、流石にランディやリズだけで街を作れるとは思わない。
いや正確には作ろうと思えば作れるが、ランディやリズがいなければ維持できぬそれを街と呼ぶ気はない。
「既に色々と動いてるからな……まあ、道の整備とかあとは防衛装置とかの設計くらいか?」
正直ランディも何が出来るか分からないが、とにかく新しい街を見てみたいというのが一番だ。
「へー。まあ頑張れよ」
肩をすくめたウェインに、ランディは「お前はどうすんだ?」と首を傾げた。
「さあな。久々に里帰りかな」
ため息混じりのウェイン。その嬉しそうな横顔に、ランディは思い出したと手を打った。
「そーいやウェイン。お前やるじゃねーか」
あの手紙を思い出したランディが、悪い顔でその肩に手を置いた。
「は? 何の話だよ」
再びウェインが眉を寄せるが「照れんなって」とランディの悪い顔は止まらない。
「アイリーン様に、ラブレターとはやるじゃねーか」
ニヤニヤするランディに「ちがっ!」とウェインが思わず声を上げて、慌てて自分の口を塞いだ。ちなみに前に座る女子三人も興味津々で、セシリアなど「どういうことですの?」とランディとリズを見比べている。
「こいつアイリーン様に、ラブレター送ったんだよ」
「だからちが――」
再び上がったウェインの声に周囲から非難めいた視線が注がれ、それに身体を丸めたウェインがランディを恨めしそうに睨みつける。しばし身体を丸めていたウェインが、周囲を窺いながら身体を起こした。
「なんで手紙の事を知ってんだよ……」
「やっぱ恋文かよ」
驚いたランディに「だから違えよ」とウェインが盛大に顔をしかめた。今もブツブツと呟くウェインは、ランディ達がヴァルトナーを発った後につくように、計算して郵便を出したはずだった。
メールバードとは違い、通常郵便は郵便馬車による運搬なので、日数がかかる。それを考慮して出したはずが、転移持ちのランディ達にバッチリ見られていた形だ。
納得がいかない。そんな雰囲気のウェインだが、ランディが笑顔でもう一度肩を叩いた。
「まあ骨は拾ってやる」
「だからそんなんじゃねえって」
そう言いながらも顔の赤いウェインに、女子三人もニヤニヤが止まらない。
『それでは、新しい学年でまた会おう――』
ルキウスの挨拶が終わり、全員が拍手でそれを讃えた。
謎の遺跡の調査。
新たな街作り。
暗躍する【真理の巡礼者】。
そしてランディだけが感じていた、わずかな視線。
様々な思惑を抱えた春休みが始まる。




