第186話 多分二人は似た者同士
重なった声に、ランディがユリウスとルークを見比べた。
「何だ? お前ら知り合いだったのか?」
首を傾げるランディに「知り合っちまったんだよ」とルークが盛大に顔をしかめて、続ける。
「お前がいない間にな」
盛大なため息のルークが話し始めたのは、ここ数日でユリウスと知り合った経緯だ。経緯と言うが、大したことではない。ルークと――剣で――遊びに来たリヴィアに、ユリウスが引っ付いてきた形である。
そうしてユリウスも交えて、三人で剣を振るったわけだが……
「俺がコテンパンにのされてね」
肩をすくめるユリウスに、「俺は男には手加減しねえんだ」とルークが鼻を鳴らした。
ただランディからしたら、それでルークが嫌がる理由が分からない。剣で打ち負かしたなら、逆にユリウスが嫌がりそうなものなのだが。
そんなランディの疑問に満ちた視線に、気づいたのだろう。ルークがため息交じりに口を開いた。
「ボコしたとは言え、流石第三。【麒麟児】と名高いだけあったが」
……眉を寄せるルークに「元だ」とユリウスが肩をすくめた。
「そうだった。溢れ出る高貴さのせいで、どうしてもな……」
ニヤリと笑うルークだが
「お前こそ、大公家の末っ子だろう?」
してやったりのユリウスに「元だ」とルークが嫌そうな顔を見せた。
「分からんな。元という割に、家名はそのままではないか」
首を傾げるユリウスだが、ルークは視線を逸らしたまま「色々あるんだよ」とぶっきら棒に答えるだけだ。確かにルークが家名をそのままにしているのには、ルークなりの覚悟がある。
大層な理由ではないが、ルークなりの覚悟だ。
「てっきり、大公家を継ぐ気があるのかと思っていたが……」
「だから違ぇって何回も言ってんだろ」
げんなりしたルークを見るに、このやり取りはもう既に何回もしているのだろうが、ユリウスの疑問ももっともだ。継承権を破棄した男が二人。片や家名を捨て、片や家名をそのまま名乗っている。そうなれば、「あれ? 継ぐ気あるじゃん」となるのは当たり前だ。
「俺がハイランドを名乗ってんのは、天にまで俺の名を轟かせるためだ」
大きく深呼吸をしたルークが、「どこのルーカスかハッキリとな」と真剣な表情で呟いた。
その言葉に思い当たりがあるのは、ランディ達だけだ。それでもルークの真剣な表情に、ユリウスが「そうか」と頷いて口を開いた。
「なら、変なことを言ったな」
「気にするな。慣れっこだ」
言葉を交わす二人は、別にギクシャクしている雰囲気はない。どうやらルークの反応を見る限り、家名をイジられてるからユリウスが嫌なわけではなさそうだ。
いまいちピンとこないランディが、ルークとユリウスとを見比べ、そして少し離れた場所にいるセシリアと目があった。どうやらセシリアとリズの会話も一段落したようで、今は二人共ルークとユリウスのやり取りを見守っている。
そんなセシリアに、ランディが小さく手招きをした。まさか呼ばれるとは思っていなかったのか、セシリアがビックリした表情で、自身を指さした。
己を指すセシリアに、ランディが黙ったまま頷いて応えると……渋々と言った具合に、ルーク達を迂回してセシリアとリズがランディのもとへ。
「やっほー。セシリア」
「ごきげんよう、リヴィア」
笑顔を見せ合う二人は、どうやら仲が良いようだ。そしてリヴィアの興味はリズへ……
「美人さんはっけーん」
「私、でしょうか?」
「そそ。〝私さん〟。はじめまして、リヴィアだよー」
満面の笑みを見せるリヴィアに「エリザベス、と申します」とリズが丁寧なカーテシーを返した。
そうして始まるリズとリヴィアの会話をよそに、ランディはセシリアに「アレ……」とルーク達を顎でしゃくった。
「ルークはなんでユリウスを毛嫌いしてんだ?」
「毛嫌いというわけではありませんが……」
歯に物が挟まったような言い方に、ランディが眉を寄せて「いや、毛嫌いしてんだろ」とまたルークへ視線を戻した。
「毛嫌いというか……」
もう一度呟いたセシリアが、「私のせいなんです」と苦笑いを浮かべた。
「え? もしかして……」
まさかルークとユリウスがセシリアを取り合って……そんな思いがランディの顔に出ていたのだろうか。セシリアが「ち、違いますわ!」と思わず声を荒げた。
不意に響いたセシリアの声に、ルーク達の視線がセシリアに向く。
「な、何でもありませんわ」
顔を赤らめたセシリアが、恥ずかしさを隠すように俯いた。
そんなセシリアを見たルークとユリウスが、ほぼ同時に眉を寄せ口を開いた。
「おい馬鹿ランディ。お嬢様をいじめるな」
「そうだぞ。【戦鬼】などと大層な二つ名があるのだ。女性には優しくしろ」
ここぞとばかりに、声をそろえてランディを責める二人に、ランディは「俺じゃねーよ」と口を尖らせる。
「お前ら息ピッタリだろ」
眉を寄せるランディに
「どこがだ」
「そうだろ?」
と全く対象的な反応を見せる二人。恐らく二人は似た者同士だ。それを理解したランディは、苦笑いでセシリアを見た。どうやらセシリアも同じ意見のようで、同じような苦笑いを見せている。
「お前らが仲良しなのは分かったからよ……とにかくコッチは気にすんな」
シッシッと手を振るランディに、二人は眉を寄せながらまた向かい合った。
「そうだ、ルーカス。今度また手合わせ願いたいのだが」
「やなこった」
顔をしかめるルークだが、確かにセシリアの言う通り、ユリウス本人を嫌っているわけではなさそうだ。
少なくとも会話に応じる程度には。
再び始まる二人の会話に、ランディはまたセシリアに「で? どゆこと?」と声を落としてささやいた。
「ユリウス様自身というより、彼の周り……護衛の方々と言いますか」
声を落とすセシリアに、ランディが「そーいえば」と今日は周囲に監視が無い事に気がついた。
「そいつらがどうかしたのか?」
首を傾げるランディに、セシリアが「その……」と言葉をにごした。
「前回の訪問時に、私の部屋を――」
「あー。覗かれたわけね」
どストレートなランディの言葉に、「べ、勉強の息抜きに、カーテンを開けただけですわ」とセシリアが苦笑いを見せた。だがランディにはようやく理解が出来た。
ルークはユリウスが嫌というより、ユリウスにくっついてくる、余計な監視の連中が嫌なのだろう。場合によっては、ハートフィールド伯爵家への迷惑にもなるからだ。
「ちなみにその覗き魔は?」
「ルークに捕まって……」
「もしかして――」
「い、一応ユリウス殿下の制止が入りましたので、なんとか……」
苦笑いのセシリアだが、恐らくかなり危なかったはずだ。あのルークの逆鱗に触れたのだ。ランディでも勘弁願いたい。
とは言え原因が分かった上に、今のユリウスは何故か監視を引き連れていない。そうなってくると、ルークが嫌がる必要もないだろう。
「仕方ねーな」
手を叩いたランディが、「おいお前ら」とルークとユリウスの間に割って入った。
「ユリウスさんよ――」
「ユリウスで構わんぞ」
微笑むユリウスに、「へいへい」とランディが頭を掻いた。
「ユリウス。お前今日は監視の連中はどうした?」
ランディの言葉に、ルークも「そう言えば」と辺りをキョロキョロと見回した。
「ルーカスの大事なお嬢様に迷惑をかけたからな。何とか引き取って貰ったんだ」
肩をすくめたユリウスだが、「良く出来たな」とランディが訝しんだ。そんな一声でどうにか出来るなら、今まで監視を引き連れていた理由が分からないのだ。
「俺も驚いているよ。ダメ元で『護衛は要らん』と言ったら、引き上げていったからな」
ため息混じりのユリウスが、チラリとリヴィアを見たが当のリヴィアは未だにリズとお喋りに夢中だ。
(【剣聖】がお目付け役ってことなのか?)
いまいち事情が分からないだけに、ランディの想像でしかない。
「とは言え、暗部の方々は遠くにいるがな」
力なく首を振るユリウスに「「そりゃそうだろ」」とランディとルークがハモった。別にユリウスだけじゃない。ランディもルークも危険人物として常に監視がついているのだ。
そこに元とはいえ、帝国の第三皇子が加われば、暗部としても最大限警戒をせずにはいられないだろう。
実際遠巻きだった暗部達が、少しずつ距離を詰め始めているのだ。
「通りのど真ん中とは言え、密談がすぎたかな」
苦笑いのランディが「そろそろ散ろうぜ」とユリウスとルークの肩を叩いた。
「そうだな。俺もお遣いの途中だしな」
「元皇子がお遣いかよ……」
苦笑いのルークに「今は大聖堂に居候の身だからな」とユリウスが肩をすくめた。
「では、俺はそろそろ行くとしよう」
手を振るユリウスが「行くぞ、リヴィア」とルークに背を向けた。
「では二人共また――」
振り返ったユリウスの意味深な笑みに、ランディとルークがわずかに首を傾げた。普通に「またな」と聞くには、どうも含みをもたせた笑みだったのだ。
小さくなっていくユリウスとリヴィアの背中……それを眺めながら、ランディがブルリと身を震わせた。ランディもユリウスが嫌いと言うわけではないが、微妙に苦手意識があるのだ。
一筋縄ではいかない上に、本人の行動力もある。加えて捨てたとはいえ、あの身分だ。
(悪いやつじゃないんだが……下手に絡むと巻き込まれかねんからな)
ため息をつくランディの脳裏には、水面下で激化しているらしい、帝国の後継者争いの話が浮かんでいる。ユリウスもそれに嫌気がさして、身分を捨てたと言うくらいだ。
【真理の巡礼者】と帝国。その関係性も分かっていない。なるべく関わりたくないと思うのは、仕方がない事だろう。
それでもランディの勘が言っている。恐らく今後も関わるだろうという事を。悪寒のようなそれにランディはもう一度身を震わせた。
「あいつ、学園に通うとか言い出さねーよな」
「はははは。まさか」
笑い飛ばすルークだが、その笑い声が小さくなっていき……「まさか、な」と今では苦笑いだ。
「いやいや。帝国の皇子だし」
「無理だろ」
力強く笑い飛ばす二人だが、それは妙な予感を拭おうと必死な笑いだ。
二人の予感が的中するのは、もう少し先……春休みが終わってからである。




