第185話 そりゃ……知りあってるよね
国と教会の難しい事情など知らない四人を乗せた馬車は、特に問題なく王都へたどり着いた。城門をくぐり、馬車を降りたランディとリズがキャサリンとレオンに別れを告げる。
「じゃーまた明日な」
「それでは学園で――」
笑顔で手を振るランディとリズを残し、キャサリン達の馬車が進みだした。キャサリン達はこれから教会へ戻り、リドリー大司教を含めた上層部と色々な話があるそうだ。
小さくなっていく馬車を見ながら、ランディは「不思議なもんだな」と呟いた。
「何がです?」
首をかしげるリズに、キャサリンとの関係が不思議なものになった、とランディが告げた。
アホそうな女と言う第一印象は、リズを嵌めた悪女に変わり、紆余曲折あって今は普通に友人と思える間柄だ。
「そうですね。私が一番驚いてます」
「でも、悪い気はしてないんだろ?」
ランディの問に「どうでしょう?」と答えるリズだが、その笑顔が全てを物語っている。
友人ではあるが、同時にライバルなのかもしれない。お互い本音を言い合える関係。セシリアもそうだが、彼女との関係とはまた違う。
「ランディ、少し歩きませんか?」
空を見上げるリズに、ランディも笑顔で頷く。ランディも少し歩きたい気分なのだ。
そうと決まればランディとリズは、自分たちの馬車を【暗潮】に任せ、歩いて帰る事にした。
「すみません、馬車をよろしくお願いします」
「お願いしますね」
二人の言葉に「お任せ下さい」と少々熱のこもった男が、ゆっくりと馬車を動かしはじめた。小さくなっていく馬車を見送り、ランディとリズは日が傾きはじめた王都の通りを歩く。
「そーいやリタがいないから、飯を作らねーとなのか」
「そうですね。ハリスン様もいませんし……」
そこまで口走ったリズが「あ……」と顔を上げた。気がついてしまったのだ。あの家に、お目付け役が誰もいないという事に。急に顔を赤らめたリズのせいで、ランディまで少し恥ずかしくなる。
なんせランディの脳内では
――今日、ウチの親いないんだー。
そんな声が再生される始末だ。先程までの晴れやかな気持ちはどこへやら。
急に会話が途切れた二人だが、ランディの隣でリズが「違います……」と小さく呟いている。どうやら脳内でエリーに茶々を入れられているのだろう。
だがそんなエリーも……
「ほわっ……」
……一度リズと入れ替われば、「な、何を見ておる」と頬を染めてランディの脇を突く始末だ。
夕暮れに慌ただしさを見せる王都の通りを、まるで恋人のような雰囲気で歩く三人。エリーであり、リズでもある。そんな三人の手の甲が、わずかに触れた。
「あ」
「悪い」
「な、なぜ謝る」
目まぐるしく入れ替わるリズとエリーを見るに、どうやら二人共恥ずかしくて「無理、交代!」となっているのだろう。ランディからしたら羨ましい限りだ。
とは言え、一度意識してしまった三人の口数は少なく、それでいて妙にいつもより距離は近い。何度か触れ合う手の甲に、三人の手は自然と……
「おい」
……通りの門からかけられた声に、ランディが肩をビクリと跳ねさせた。
「び、ビックリさせんじゃねーよ。馬鹿ルーク」
慌てて振り返ったランディの視線の先には、腕を組んだままジト目のルークがいた。
ハートフィールド家の馬車、その客室にもたれていたルークが、「お嬢様。やはりここを通りましたよ」と客室を見上げながら声を上げた。
ゆっくりと開いた客室の扉から、セシリアが顔を覗かせた。
「リザ、お帰りなさい」
ルークに手を預け降りてきたセシリアが、柔らかく微笑んだ。
「セシリー!」
久しぶりに会う親友に、リズが駆け寄りその手を握った。先程までのフワフワした雰囲気はどこへやら。リズはセシリアと楽しげに会話を交わしている。
そんな二人を見守っていたルークが、「おい」ともう一度ジト目でランディを振り返った。
「お前……何ピンクな雰囲気漂わせてんだよ」
「ばっ! ちっげーし!」
思わず声が大きくなったランディに、周囲の視線が集まる。通行人もだがセシリアやリズの視線も。注がれる視線に、ランディが背を丸めて「そ、そんなんじゃねーよ」と声を落とした。
「嘘をつけ。俺の気配に気づかない程、フワフワしてたじゃねえか」
なおもジト目のルークに「うっ」とランディが仰け反った。実際フワフワしてたし、そのせいでルークの気配に気づかなかったのも事実だ。
「俺が刺客なら、お前ら大ピンチだぞ」
ため息混じりのルークが、セシリア達の様子をチラリと振り返り……ランディにもっと近づくように小さく手招きをした。
「家に二人っきりくらいで舞い上がるなら、もういっそ告白しちまえばいいんじゃねーか?」
声を落としたルークに「馬鹿か。エリーの身体が先だ」とランディが首を振る。そこだけは譲れないランディの意地なのだ。
二人との約束。エリーの身体を見つけ出す。それを果たして初めて、ランディは男として二人に向き合うと決めているのだ。
「まあ無理強いはしねえが、少しくらい慣れとけよ……女の子ってやつに」
ニヤリと笑ったルークに「うっせ」とランディが口を尖らせた。実際ルークの言う通りで、いくら気にしていたとしても、周囲が見えないほど夢中になっては駄目だ。かと言って、周囲を気にしすぎて、今ある楽しみを忘れるのも駄目だ。
三人の時間を楽しみ、かつ周囲への気配りも忘れない。つまり女性と二人きりくらいで舞い上がらない程度に、女慣れしろとルークは言っているのだ。
「【真理の巡礼者】だったか? わけの分からん連中が跋扈してるんだろ?」
「聞いたのか?」
「ああ。伯爵様から連絡があってな」
ルークが語るのは、あの日ハリスンを送り届けてからの色々だ。ランディの予想通り、ハリスンはそのままハートフィールドへ出張し、そこに巣食っていた【真理の巡礼者】の調査に乗り出していた。
ただヴァルトナーに比べれば、【真理の巡礼者】の活動は少なく、大した被害がなかったのは幸いだったらしい。
「ブラウベルグの方も、今のところは大したことなかったらしいけどな」
そちらは、ロルフから聞いて知っていたが、その後も問題はなかったようだ。
「まあ今は目的も何も分からん奴らだ。気にしすぎても仕方がねえが」
「だからといって、気を抜きすぎんな。そう言いてーんだろ」
肩をすくめたランディに「そういう事だ」とルークが頷いた。
「つっても、相手が動くまではどうしようもねーからな。好きにやらせてもらうさ」
鼻で笑ったランディに、「そりゃそうだ」とルークも頷いた。
「じゃあそろそろ帰るぞ。なんせ飯の準備も――」
「まあ待てって。お嬢様達の話もまだ続いてるしよ。それに……」
ニヤリと笑ったルークが、懐から一枚の手紙を差し出した。それはランディに見覚えがありすぎる紋章が刻まれている。
「ヴィクトールの……親父殿か」
急ぎ封を切ったランディの目に飛び込んできたのは、見覚えがある父アランの筆跡だ。
『ハリスンとリタが不在で、お前もエリザベス嬢も不安だろう。帰郷まで王都の侯爵邸に泊まれるようルシアン殿に頼んで手配してある』
短く認められた文に、「あー」とランディが微妙な反応を見せた。
「二人っきりでイチャイチャ出来なくなったな」
悪い顔で笑うルークに、「し、しねーし!」とランディが口を尖らせた。
「知ってるよ。お前はヘタレだからな」
なおも悪い顔を見せるルークに、「誰がヘタレだ」とランディが顔をしかめた。
「お前だお前。手ぇくらい握って現れるかと思いきや、何だあの微妙な距離感はよ」
鼻を鳴らすルークに「うるせーな」とランディが睨みつけた。
「テメーと違って俺は純情なんだよ」
「何が純情だ。野生児が笑わせる」
鼻で笑ったルークに「あ゙ー?」とランディが更に眉を寄せた。
「テメー。さっきから、なに突っかかってきてんだよ」
睨みつけるランディに、
「突っかかってねーよ」
ルークも睨み返した。
しばし睨み合う二人が、「突っかかってる」「突っかかってない」と応酬を繰り広げる事しばらく、ランディが思いついてニヤリと笑った。
「あー、あれか? 俺がリズやエリーといい雰囲気なのが羨ましいんだろ」
「はぁ?」
盛大な疑問符のルークに「隠すなって」とランディが訳知り顔でその肩を叩いた。
「セシリアと全然進展がないからって、八つ当たりすんなって」
勝ち誇ったような顔のランディに、「ちっげーし!」と今度はルークが声を荒げた。
再び注がれる視線に、ルークがなんでもないというように手をあげ、背を丸めて通りの隅へと移動した。
「お前が知らねえだけで、俺とお嬢様の仲はそりゃもうラブラブだ」
声を落としてセシリアを見たルークが、こちらを見ている二人に笑顔で手を振った。
「なーにがラブラブだ。お嬢様としか呼べねー腰抜けが」
「誰が腰抜けだ。立場をわきまえてんだよ」
「へーへー。立場のせいで、お嬢様が遠くにいくかもな」
ヘラヘラ笑うランディに、「ぐぅ」とルークが声をつまらせた。実際ランディの言う通りで、今のままでは護衛騎士とお嬢様の関係から進展する事はないのだ。
「公国を盗る気になったか?」
「ならねーよ。お前まで変なことを言うな」
ため息をついたルークが、「ったく、どいつもこいつも」と髪をかきあげた。
「なんだ。訳アリか? 俺に八つ当たりするくらいには……」
「だから八つ当たりじゃ……まあしてたけどよ」
と諦めまじりのため息をついたルークが、「お前がいない間にな……」と口を開いた瞬間、
「あ、ルーカスみーっけ!」
通りの向こうからやたらと呑気な声が響き渡った。声のした方にランディが視線を向ければ、手を振って走ってくる銀髪の女の姿があった。
「う、噂をすれば……」
「おいおい。路上で修羅場とか勘弁してくれよ」
眉を寄せるランディに「馬鹿か」とルークが顔をしかめた。
「ありゃ二代目【剣聖】だ」
「ああ。あれがお前の言ってた」
ランディが頷いたちょうどその時、「やっほー」とリヴィアが二人のもとへ合流した。
「こんなところで何してんのー?」
首を傾げたリヴィアに、「ちっと友人とな」とルークがランディに視線を向けた。
「はじめましてー。リヴィアだよ」
微笑むリヴィアに「ランドルフだ」とランディも名乗った。
「もしかして【紅い戦鬼】?」
「そう呼ぶやつもいるな」
肩をすくめたランディに、リヴィアは興味津々と言った具合だ。確かにリヴィアの距離感は人より近いとは思うが、別段嫌がる程ではない。
「これが……」
……原因か? と言いかけた口をランディが閉じた。なんせつい最近知り合った気配が近づいてきているのだ。
(……この気配は――)
「リヴィア。急に走り出したら駄目だろう」
人混みをかき分けて出てきたのは……
「「ゲゲぇ! やっぱり!」」
ランディとルークの声が綺麗に重なった。
「おや? 【戦鬼】と、ルーカス元公子か。奇遇だな」
にこやかに微笑むユリウスが、顔をしかめる二人に近づいてくる。
「二人共、そんなに喜ばないでくれ」
微笑むユリウスに、「「どこが喜んでんだよ」」とこれまた二人の綺麗なツッコミが重なった。




