第184話 人の懐に手を突っ込むから……
ヴァルトナーを発った一行は、予定通り王都郊外の宿場町近くに転移し、馬車を引いていた【暗潮】と合流を果たしていた。
合流した【暗潮】へ、リズが「ありがとう」と頭を下げたことで、彼らが動揺してしまう一幕がありつつも……四人は彼らに御者を務めてもらいつつ、王都へと向かっている。
数時間の短い旅路ではあるが、四人は教会の馬車に相乗りする形をとっていた。
理由は単純で、今後の計画をすり合わせるためだ。
北の冬が長いとは言え、あと一ヶ月もすれば雪も解け始めてくるだろう。それでも気温が低い日が続くので、コタツの需要がゼロというわけではない。だが冬の終わりはじめに出る暖房器具に、人々が食いつくとは思えない。
「折角完成したのに、お披露目がだいぶ先になりそうね」
肩を落とすキャサリンの言う通り、勝負は今年の冬だ。今から市場に出回る物は、来たるべき冬への起爆剤のようなものである。
そのためヴァルトナーで作った物は、全て売り出しではなく貸出という形を取るそうだ。より多くの人間に手にとって貰えるように、と。
「こんなタイミングで出したら、次の冬には他の商会に真似されたりしないんすか?」
首を傾げるレオンに、それは問題ないとランディが首を振った。
「キャサリン嬢の作ったコタツは、間違いなく特許が取れるだろうからな」
「特許すか?」
良く分かっていないレオンだが、ランディやリズは流石に特許周りには詳しい。
この世界での特許は、新しい発明について定められる。例えばランディ達が作ったものではカメラに使用する感光紙で特許を取れた。直後こそ似たような感光紙を出してくる商会がいたが、既にルシアンによって駆逐された。
これによりカメラ市場は現在ブラウベルグ一強である。
「コタツの発熱源は、魔法抵抗による発熱で、それはセドリック様をしても〝新しい〟って言ってたからな。間違いなくルシアン閣下とロルフ閣下が教会と共同で特許を抑えてるはずだ」
「「へー」」
キャサリンとレオンが同時に関心した声を上げるが……
「知らなかったのか」
……ランディからしたら肩を落としたくなる反応だ。まさか物を作って売り出そうというのに、重要な権利周りを確認していないとは思わなかった。
「でも特許取っても、真似するやつは出てくるじゃない?」
首を傾げるキャサリンの言う通り、特許を取ったからと言って、真似をされないわけではない。権利を持っている人間が、特許侵害を訴えて初めて問題になるのが通例だ。
「お前な……。今回のアイデアは〝聖女キャサリン〟と名前が大々的に出てんだぞ? 聖女とそれを擁する教会の権利に、誰が正面切って突っ込んでくるんだよ」
呆れ顔のランディに、「そっか……」とキャサリンが納得した。
実際は王国政府が既に教会の権利に手を突っ込んで来ているのだが、ランディもリズも、そしてキャサリンですらそんな事は知らない。
いや、正確には知らないではなく、分かっていない。
王国が手を突っ込んだ教会の権利、それは国が教会から取り上げた荘園である。
もちろんランディ達も、国が教会の財産を没収した事は知っている。だがその背後に隠された王国政府の目的までは分かっていない。
無理もない。教会と国という特殊な関係と、高度に政治的な話だ。荘園没収の目的を理解しているのは、仲間内ではセドリックくらいである。
王国があの事件で教会の荘園を没収した真の目的は、教会の持つ二つの事業を取り込みたいからだ。
事業とは言うが、どちらも利益が出る類のものではない。だが、どちらも目先の利益以上の価値があることは間違いない。
その一つが今財政難にあえぐ、孤児院経営だ。
元々孤児施設には各国が管理していた物と、教会が慈善事業で管理している二つのものがあった。どちらもあまり変わらない待遇であったが、それでも教会という心の拠り所を看板としている事実に、教会運営の孤児院への寄付などが増えはじめた。
国と教会。違いは看板だけだというのに、女神の存在に、少なくない者たちが教会へ土地や財産を寄進し、少しずつ孤児院と言えば教会という言説が大きくなっていったわけだ。
そうして気がつけば、教会はほとんどの孤児院を独自で運営できるだけの地力を身につけていた。これは各国としては面白くない。なんせセーフティーネットを、国とは別の組織が握っているのだ。
それを国は抑えたい。
そしてもう一つ、これが国が最も欲している事業……初等教育である。
今でこそ当たり前な教会主催の初等教育だが、その大元は教会の慈善事業が発端だ。
元々小さな村落で、牧師が暇な時に近所の子どもたちに読み書きを教えたのが発端。最初こそ「働き手が……」となっていた大人たちだが、無理のない範囲で続けられた教育は、どんどん広がりを見せることとなった。
これに各国が目をつけたのだが、時すでに遅し……。孤児院経営と初等教育の親和性の高さに加え、慈善事業への多大なる寄付が国の付け入る隙を与えてくれなかった。
そうして教育方面も手掛けるようになった教会は、それぞれの礼拝堂などを利用し、無料の初等教育を大陸中に広めていくこととなる。
識字率の上昇は、経済の底上げにつながり、そして恩義を感じた住民たちが、教会への寄付を続ける。このサイクルこそが、教会の強さであり、あれほどの大事件があった後でも、教会が存続していられる理由でもある。
住民たちにとっては、切っても切れない存在。それが教会。だがその存在が、各国にとってどのくらい脅威だったかは、言うに及ばずだろう。
セーフティーネットで民衆を支え、子どもたちの教育を担う機関。
下手に機嫌を損ねれば、それこそ王国に反するような教育を施される恐れもある。
子どもを守り大きくなった権力に勘違いした教皇が、強権をふるい、子どもの喧嘩に口出しをして、死罪同様の罪を認めさせ……その反動で権力を失ったのだから、世の中因果応報なのかもしれない。
だが王国からしたら今がチャンスなのだ。教会の権威が陰った機会に、王国は他国に先んじて、教会の根幹に関わろうとしている。セーフティーネットを支え、初等教育を担う教会の根幹に。
その結果が導くのは、王国政府の教会上層部への介入だ。上層部の人事権……まではいかずとも、教会の二大事業の最大出資者として、ある程度の発言権を得ようとしている。
キャサリンは知らないが、既に王国政府からは、教会本部へ孤児院経営と初等教育継続への資金援助が打診されている。これは今回王国が被害者で、荘園を取り上げたからこそ出来る力技だ。
もちろん浄化された上層部はじめ、リドリー大司教は滅私奉公の意思を持って、孤児たちを慈しみ、教育を行っているのだが、各国首脳からしたらそんな精神などどうでもいいのだ。
重要なのは、国を崇拝する住民を増やすことと、国に都合の良い教育を施すこと。つまり教会が抑えている二つは、王国にとっては喉から手が出るほど欲しいといえる。
特にここ最近良いところのない王国にとっては。
だからこそ、マッチポンプの資金援助で教会に揺さぶりをかけている。
完全に弱った所を叩きに来ているのだが、それに待ったをかけたのがキャサリンのコタツ事業なのだ。寄進や寄付に頼らない、教会独自の事業の提案。
そして本人はそんな事など全く知らない。
罰で土地が没収されて、教会にお金がないからどうにかしないと……という単純思考が、国の企みを今叩き潰そうとしているなど、ランディもキャサリンも誰も知らない。
だから彼らの問題は、ただただシンプルなのだ。
「それまで、財政難の孤児院をどうするかだけど……」
頭を抱えるキャサリンに、ランディ達が顔を見合わせた。コタツの未来は見えたが、その事業が花開くのはもう少し先だ。だからこそキャサリンからしたら、目先の一年を乗り切るだけの担保がほしい。
「なんか、パッと作れる馬鹿売れ商品みたいな……」
「ンなもんあるか」
鼻で笑ったランディに、「分かんないでしょ?」とキャサリンが顔を上げた。
「水でも売ったらどうだ? 聖女の水……みたいな」
ニヤリと笑ったランディに、「それ詐欺じゃない!」とキャサリンが眉を釣り上げた。前世でよくあった、〝霊験あらたかな水〟ならこのファンタジー世界で売れるかもしれない。
「水、なら。以前キャサリン様が飲ませてくれたあれはどうです?」
「あー。炭酸?」
「へ? お前炭酸作れたの?」
驚いたランディに、「作れるわよ」とキャサリンが眉を寄せた。キャサリンからしたら、簡単な化学反応の産物だ。作れるも何も、仕組みさえ知っていたら誰でも出来るものである。
だがランディにとっては、物理の結晶が炭酸である。
「へー。お前結構力あるんだな……」
マジマジとキャサリンの腕を眺めるランディに、「は?」とキャサリンが首を傾げた。
「いやいや。お前も二酸化炭素を圧縮して作ったんだろ?」
「何よその力技。アタシのは化学反応なんだけど……」
「かがくはんのう?」
眉を寄せるランディに、「アンタ超絶馬鹿みたいな顔してるわよ」とキャサリンが呆れ顔だ。そんなキャサリンに、ランディが一生懸命呼気圧縮型炭酸の説明をするのだが……
「誰がそんなの飲みたいの?」
とキャサリンはドン引きである。そりゃそうである。人の呼気を圧縮して作った炭酸など、余程のもの好き意外無理だ。
逆に呆れ顔のキャサリンが、化学反応での炭酸を教えると
「あんなに苦労したのに」
とランディはガックリと肩を落とした。そりゃそうである。めちゃくちゃ苦労して作ったのに、粉を二つ混ぜるだけで出来たと聞いたら、あの時間は何だったのかとなるものだ。
「でもアリかもしれないわね。炭酸水……特許も取れそうだし」
嬉しそうに頷いたキャサリンに、「そっちもいいけどよ」とランディが顔を挙げた。
「ウチで働き手を大募集中だって話も忘れてねーよな」
ランディが見せた笑顔に、「そういえば……」とキャサリンがかつてかけられた言葉を思い出した。
――キャサリン嬢。教会であぶれた人間を、ウチで働かさねーか?
「発熱肌着の生産もだし、美容液もかなりの好調で今や領の男手まで駆り出されてるからな。遊ばせてる農地も多いし、なんなら新しい街の計画も進行中だ」
ランディの言う通り、既に港町の完成も見え、次の街の開発計画が立ち上がっている。それもこれも、発展著しいヴィクトールに、職を求めて移住希望がポツポツと出てきているからだ。
そんな人達とともに、王国が荘園を取り上げたせいで行き場を無くした信者達を、引き込むつもりである。
「ただ一個問題があるとしたら、信者とは言え王国の国民を、公国へ引っ張れるかどうか……ってところなんだが」
眉を寄せるランディに、「それなら、問題ありませんよ」とリズが笑みを見せた。
「王国と公国は友好関係ですから。本人が望み、かつ両国がそれを認めるのであれば、国籍の移動は可能です」
リズが「公国は頷くでしょうし」と含みをもたせた笑みを見せた。冬休みのゴタゴタで、ヴィクトールに借りのある公国政府だ。しかもヴィクトールが発展すれば、これから彼らの懐も潤うことは間違いない。
公国が認めるのは間違いない。
「でも、王国は『うん』なんて言わないんじゃないすか?」
首を傾げるレオンだが、「言わなきゃ、言わせるわよ」とキャサリンがニヤリと笑った。
「聖女様、そんなこと出来んの?」
驚いた表情のレオンに、「当たり前よ」とキャサリンが胸を張る。
「アタシ、聖女なのよ。バックに教会付きの。世論操作くらいお手の物よ」
高らかに笑うキャサリンに、ランディ達三人が若干引き気味で顔を見合わせた。
そう。繰り返すが三人は王国の真の目的を知らない。王国が教会の利になるような事に、素直に頷くはずがない。いや、頷けるはずがない。その結果、キャサリンによる世論操作が始まることになるのだが……
キャサリンが悪気なく実施した世論操作が、更に王国を追い詰めるなど……彼らは知る由もない。




