第182話 なんと言うか……悪の幹部の集まりっていいよね
大陸某所……
薄暗い部屋に四つの人影。コーヒーテーブルを挟んだソファに、二人ずつ座る彼らは、黙ったまま髪の毛をイジったり貧乏揺すりをしたりと忙しい。
それぞれシルエットのみで、男か女かという事すら不明だ。思い思いに時間を潰す彼らだが、長い髪をイジっていた一人が思い出したように口を開いた。
「ねー、エリオット。何でも【北壁】にボコボコにされたんだってぇ?」
響いた妖艶な女の声に、「うるさいなー」と別の人影が口を尖らせた。女の言葉を信じるなら、今返事をした人影がエリオットなのだろうが、そのシルエットは明らかにエリオットのものとはかけ離れている。
「あの身体は、肉弾戦向きじゃなかったんだよ」
軽い口調はそのままだが、エリオットと思しき人影はランディやロルフに匹敵する偉丈夫なのだ。
「商人として潜入してたからね。次は油断しないさ」
大げさにため息をついたエリオットに、女が「ふぅん」と興味がなさそうに、気のない声を返した。
「まぁ、アタイはー。アンタが失敗しようが、どうでもいいんだけどねぇ。ただ――」
シルエットのままでも、女のニヤリと笑った顔が見える。
「次は上手くやるって……駄目な奴が言いそうよぉ」
キャサリンの媚びた声とはまた違う。ダウナーな雰囲気が妖艶さを感じさせる女が、「ウフフ」と微笑んだ。
「ホントうるさいなー」
鼻を鳴らしたエリオットの暴言に、「あらあら。坊やねぇ」と女は肩をすくめてみせた。
「そりゃ年増のルーシィ姐さんからしたら、僕は坊やかもね」
エリオットの煽りに、「レディの扱いを知らないのかしらぁ」とルーシィと呼ばれた女も苛立ちを表した。
「二人共やめておけ」
そんな二人を止めるのは、あの時エリオットの玉を回収した男の声だ。
「仲間内で争っている場合ではないだろう」
男の声に、エリオットとルーシィはお互いを睨み合ったまま「フン」と同時に顔を背けた。
「……全く。協調性も何も無いな」
ため息混じりの男の前では、もう一つの細い影が、黙ったまま動こうとすらしない。
全く協調性のない彼らこそ、【真理の巡礼者】の最高幹部四聖の四人である。
こんな四人でどう任務をこなすのか、と言いたくなる程の協調性の無さであるが……一人の男が部屋に現れた途端、全員が黙ったまま立ち上がった。
「すまん。待たせたな」
尊大だが嫌味のないその声に、四人が黙ったまま頭を下げる。
「まあ、座れ。ノンビリといこう」
男の笑い声に、全員が黙ったまま腰を下ろした。
「まずはエリオット。【北壁】は強かったか?」
男の声に、「はい」とエリオットが頷いた。先ほどまでの勢いはどこへやら。まるで借りてきた猫の様な大人しさだが、誰もそれをからかったりしない。
「ですが――」
「構わん。想定内だ」
男が手を挙げてエリオットを制した。想定内。エリオットが捕捉され、倒される事すら想定内だったと男が笑う。
まるで捨て駒の様な扱いだが、それにエリオットが異を唱える事はない。男が発した「良くやった」と言う言葉に「ありがとございます」と嬉しそうに頭を下げるだけだ。
そうしてひとしきりエリオットを労った男は、ルーシィへと視線を向けた。
「ルーシィ、公爵殿はどうだ?」
「そうですわねぇ」
チラリとエリオットを見たルーシィが、ため息混じりに口を開いた。
「計画は上々……ただ、北の細工が失敗したので、公爵閣下は少々足踏みされていますわぁ」
含みをもたせた言い方に、エリオットが「オバっ――」と立ち上がりそうになるも、それを抑え込むように顔を逸らした。
「ルーシィ。エリオットを虐めるな。【北壁】相手に、あれだけ長い間苦しめられただけ上々だ」
男の労いに、エリオットが「ありがとございます」とまた小さな声で頭を下げた。
「それに先程も言ったが、【北壁】にバレるのは想定内だ。言っただろう。どう盤面が転んでも問題ない。俺の掌の上で転がってるだけだ」
低い声で笑う男に、全員が静かに頭を下げた。
「さて、諸君。そろそろ本題に移ろう。今日集まって貰ったのは、計画を第二段階へ進めるためだ」
男の声に、全員が「おお」と感嘆の声をもらした。
「とは言え、まだまだ計画の前段階だ」
男が大きく息を吸い込み、そして吐き出した。
「だからこそ、今まで通り各地域での地下活動を頼みたい」
今までと変わらない行動指示に、全員が分かりやすく動揺する。計画を進めると言っておきながら、しかもヴァルトナーとの一戦で、ブラウベルグなどにも情報が渡っているにもかかわらず、である。
「諸君らの疑問ももっともだが……実を言うと、【北壁】にバレて、方々に情報が渡った時点で第二段階の仕込みは終わっているのだ。あとは来る日に向けて我慢せねばならない。我々に目を向けさせながら……姿を掴ませてはならない」
男が語るのは、今まで通り一般人をそうと分からないように洗脳するだけで、問題ないという。
バレていると言うのに、今までと同じ方法を取る。その理由に全く思い当たらない四人だが、唯一あの影だけは一足早く口を開いた。
「かしこまりました。なら疾く南へと渡りましょう」
それだけ言うと、影が立ち上がり深々と頭を下げた。
「……なら、ワシも行こう」
唯一ずっと黙っていた男も立ち上がり、これまた深々と頭を下げて部屋を後にした。
「それじゃあアタイもぉ」
ヒラヒラと手を振ったルーシィが部屋を後にし、エリオットも立ち上がった瞬間、男が「エリオット」と呼び止めた。
「【北壁】へのリベンジは直ぐに来る。焦るなよ」
その言葉にエリオットは「……分かりました」と頷いて深く頭を下げた。
そうして四人が退出した部屋に残った男が一人、「ふぅ」と小さくため息をついて、背もたれに大きく身体を預けた。何かを考えるように、男はじっと動かずだまったままだ。
男がそうすることしばらく、部屋の扉が静かにノックされた。
『レオニウス殿下、お手紙が届いております』
その声に身体を起こした――帝国第二皇子――レオニウスが、「入れ」と短く声をかけた。
扉が開いて、一人の兵士らしき男が姿を現し、「暗いですね」と苦笑いのような声をもらして手紙を差し出した。
「考え事をするには、少し暗いほうが都合がよくてな」
笑ったレオニウスが、手紙を受け取ってその足でカーテンを開け放った。差し込んできた陽光が、レオニウスの長く艷やかな金髪を照らしている。
既に兵士の男は下がり、部屋にはレオニウス一人だ。
「二通か……」
差し出された二通の手紙に、レオニウスが一枚目の封を切った。それをしばし読んでいたレオニウスが、「フフフ」と心底嬉しそうな笑い声をもらした。
「王立学園に通いたい、か……。我が弟ながら、何ともワガママだな」
言葉とは裏腹に嬉しそうなレオニウスだったが、その兄の顔を瞬時に引っ込め、もう一通の手紙へ支線を落とした。
「こちらは……ああ。【紅い戦鬼】の現況報告か」
王都での事件を聞いた衝撃は覚えている。その事で少しだけランディに興味を持っていたレオニウスが、可能な範囲でランディに監視をつけて報告をさせたのだ。むろん先の事件を考慮して、ランディを直接監視する事などしていない。
ランディの行った先で、時間差の調査員を派遣して聞き込みのような形での情報収集だ。
それはレオニウスの勘だ。ランディの存在を聞いた時は「田舎者だろう」と鼻で笑ったが、どこか言い知れぬ雰囲気を感じ、こうして安全マージンを最大限に活かした方法で情報を集めたわけだ。
その結果が今レオニウスの手の中にある。
盤面を読み、常に先手を打ってきたレオニウスが、唯一感じた何か。それを確かめるために、ゆっくりと手紙の封を切り、レオニウスがその内容に視線を落とした。
「…………」
しばし手紙を読んでいたレオニウスだが、一度差し出し人の名前を確認する。間違いなく自分たちが使う暗号で記された差出人。
封筒を見たレオニウスが、もう一度手紙へ視線を移した。
「……は? 温泉?」
そこにはレオニウスですら想像出来ない、ランディ達の呑気な日常だけが描かれていた。
「どういう事だ。一体何の目的があって……」
ブツブツ呟くレオニウスが、ランディの突飛な行動の裏を想像する。実際は「暇だし温泉掘ってみようぜ」と言う馬鹿みたいなノリだが、まさかこの状況で呑気に温泉を掘る奴がいるなど、流石のレオニウスですら想像出来ない。
「ブラフ……いや、敢えて余裕を見せているつもりか」
いや単純に楽しそうだったから、という何も考えてない寄りの思考だが……以下略である。
しばし手紙を見ていたレオニウスが、「面白い」と呟いて、顔を上げた。
「エリオットを呼び戻せ」
一人しかいない部屋で呟いたはずのレオニウスだが、その背中に「はっ」と短い返事が届いた。
「北は当初の予定通り公爵殿と潰しあってもらうとして……」
呟いたレオニウスが、再びユリウスを監視する者からの手紙を手に取った。
「ユリウス。そして王立学園……保険にはなるか」
獰猛な笑みを浮かべるレオニウスは、既に兄ではなく【真理の巡礼者】を束ねる裏の顔を見せている。
こうしてまたランディは、己の知らぬうちに運命の歯車を、軋ませながら回すのであった。
☆☆☆
一方その頃、当のランディは……
「よし。ここまで来たら、ヴァルトナーリゾート計画でも作ろうぜ」
……更に馬鹿な事を提案していた。
もちろんそんな不特定多数の人間を呼び込む施設は、【真理の巡礼者】にとって隠れ蓑にしかならない、とアイリーンによって直ちに却下されたのだが……
「山田と触れ合えるモフモフランドとか、楽しそうなのになー」
「……モフモフ」
……リズだけは食指を動かしていたのは、内緒である。




