第180話 幕間 手持ち無沙汰になると、変な話題で盛り上がるよね
散々スキージョアリングを楽しんだ一行は、昼前には目的の鉱山街へとたどり着いた。ブランクルフトから更に北へ。帝国との国境でもあるラウムシュトラーク山脈のほぼ麓にその街はある。
フォージヴィル。
街の裏手に銅山へと通じる山道がある街は、採掘を担う鉱夫だけでなく精錬作業などの職人も多く暮らす街だ。
ブランクルフトに比べると小さいが、立派な城壁はこの街がヴァルトナーにとって重要拠点であることを嫌でも感じさせる。
「はるか昔には、帝国の英雄があのラウムシュトラークを越えて来たことがあるらしくてな」
そう語るアイリーンに、ランディとキャサリンは「「ハンニバルかよ」」と同じ感想を抱いて、城壁の向こうにそびえる雪の斜面を見上げていた。
「とにかく中に入ろうか」
現地にいる専門家には既に連絡がいっている、とアイリーンの顔パスで全員が門をくぐり抜けた。
「へー。なんだか活気があるのね」
街を見渡すキャサリンの言う通り、外を支配していた静寂の銀世界とは違い、街の中は驚くほど活気に満ちていた。
精錬所が上げる煙と、硫黄と鉄の混ざった独特な臭いが街を覆い、道行く人たちも明るく笑顔が絶えないといった雰囲気だ。
「冬は鉱山が閉まってる日の方が多いからな。精錬作業だったりと街中での仕事がメインで、人が多いんだ」
アイリーンの言う通り、確かに通りを歩く人の中には、鉱夫らしき屈強な男たちが見て取れる。
「鉱山を閉めてるなら、調査もスムーズそうですね」
「ああ。調査員とは山道前で合流だ。早速行こう」
先頭を歩くアイリーンに促され、一行はここまで引っ張ってきてくれた山田やアイスウルフに一旦別れを告げて街の裏手にある山道へと向かうことにした。
活気に満ちた街の中心を抜け、入口と真反対に歩くことしばらく……急に閑散としてきた街並みに、思わず皆がキョロキョロと周囲を伺った。
吹きすさぶ北風とわずかな上り坂。その脇にポツポツと立ち並ぶ建物は、どれもこれも人の気配が感じられない。
「……鉱山が開いてる時は、この辺が賑やかになる感じ、なのかな?」
独りごちたランディに「そうだな」と答えるのはアイリーンだ。
「春から秋にかけて、この辺は鉱夫が利用する酒場だったり、出稼ぎの為の簡易宿泊施設になるんだ」
「ならこの辺に掘れたら一番いいでしょうね」
ランディの言う通り、温泉を掘るにしても山の中では誰も利用できない。ヴァルトナー侯爵家の意向も、できる限り多くの人間が利用できたら……というものだった。
「そうだな。鉱山調査の前に、この辺で一旦調査してもらおうか」
アイリーンが指差す方向には、小さな待合のような建物がある。どうやらそこに調査の専門家がいる手筈になっているようだ。
実際その建物の扉をノックすると、数人の男女がぞろぞろと出てきた。
「皆、こんな時期にすまないな」
手を挙げたアイリーンに、代表と思しき男が「問題ありません」と首を振った。
「何でも緊急の案件だとか……」
「仔細は道中話そう。だがまずは鉱山の調査の前に――」
アイリーンがこの周辺の調査と、その目的を掻い摘んで説明しだした。始めこそ「?」が頭に浮かんでいた調査隊であったが……
「この街に温泉を……」
「閣下が我々を労ってくださるというのか」
……この寒い地に温泉というワードは、それだけで十分すぎる動機だったようだ。ちなみにロルフもアイリーンも、自分たちも楽しみたいという動機があるが、それ以上に侯爵領を象徴するこの街に温泉を、という思いは本当だ。
完全にやる気になった調査隊は、早速手分けして辺りの調査に乗り出した。
大きな城壁に囲まれた街にあって、閑散としたこの周辺なら、温泉として使用しても問題ない土地が沢山ある。それぞれが以前の調査報告書の写しを片手に、思い思いの場所で雪をどかして地面に不思議な道具を置いている。
見たことのない道具は、どうやら地質調査に使う道具のようだ。見た目には台座に置かれた鏡のようだが……。そんな鏡に各人が魔力を流しはじめた。
「ほう。面白い発想じゃ」
急に現れたエリーが言うには、あの台座を通して魔力が波のように地中を反響して、あの鏡のような場所にリアルタイムで波形として地中の様子が映し出されるらしい。
「お前、一目でよく分かったな」
感心するランディに、「妾の調査も同じような魔法じゃからな」とエリーがドヤ顔を見せた。
思い返してみれば、エリーは手を地面に当てて何かを探っていた。それと同じような事を、道具がやっているのだ。
そうして調査が続く傍らで、暇を持て余したのかキャサリンがランディ達に問いかけた。
「温泉を掘るって言ってたけど、そもそもどうやって掘るのよ?」
至極もっともな意見に、ランディとエリーが顔を見合わせた。
「そりゃまあ、スコップで?」
首を傾げ堂々と嘘をついたランディに「馬鹿なの?」とキャサリンが盛大に顔をしかめた。
「温泉って、地下一〇〇〇メートル以上の深さにあるのよ?」
「知ってる。だから、ドラゴンスコップで掘ろうかなって」
更にすっとぼけて見せたランディに、「ドラゴンスコップ?」とキャサリンが首を傾げた。本当ならここで、本当は魔法を使う事を告げる予定だったのだが、キャサリンが想像以上にドラゴンスコップに食いついたのだ。
故に話の流れは温泉から竜へ……
「前に縁あって竜をぶっ飛ばしてな。その時の素材がたんまり残ってんだよ」
「竜っすか?」
「竜……って、あの竜?」
興味深そうなレオンと、完全にドン引きのキャサリンに「一人でじゃねーぞ?」とランディが首を振るが、ゲームを知ってるキャサリンからしたらドン引きである。なんせゲームでも竜は激強モンスターで、初期の頃は『運営が調整ミスってる件』と某掲示板にスレが立ったくらいだ。
「ドラゴンスレイヤーすか……納得の強さっすね」
「マジもんの化け物だったのね……そりゃ、心配しないわ」
一人納得するキャサリンは、ヴァルトナー城で風呂に入っていた時の事を思い出しているのだろう。
「それで? 竜の素材はどこにあるのよ?」
キャサリンが首を傾げるのも無理はない。二人は完全に手ぶらで、キャサリンもまさかリズやエリーがアイテムボックス持ちだとは知らない。元々小さかったアイテムボックスも、エリーの魔改造によって今やとんでもない容量だということも。
「竜の素材か……」
こちらも正真正銘化け物のエリーが、「ここに」と虚空から巨大な爪の先を覗かせた。一瞬驚いたキャサリンとレオンだが、その大きさや質感に「へー」と今は関心が勝ったように、爪を撫でている。
ちなみに最も興味を示しそうなアイリーンは、先ほど現れた街の責任者と大事な会話中だ。
「鱗とかもあるんすか?」
興味深そうなレオンに、エリーが「鱗か」と虚空をまさぐる。
「もちろん……あ――これは違うの」
とエリーが一瞬だけ見せたのは、紫黒のオーラを纏った細い筒だ。一瞬で虚空へと引っ込んだそれだが、あまりの禍々しさに、「いやいやいやいや」とキャサリンが一歩後ずさった
「今なんか変なの見えたんだけど?」
「見間違いではないのか?」
「絶対見えた。なんか、明らかに兵器みたいなのが」
意外に核心をついたキャサリンに、「さあ、知らんの……」とエリーが視線を逸らした。ちなみにリズが戒めとして持っていたものだが、それをエリーが間違えて引っ張り出したのだ。
あまりの禍々しさに混沌とする現場に、ランディがまたトボけた発言をぶっ込んだ。
「気にすんなキャサリン嬢。それはお前と教会が立ち直った時に、纏めて吹き飛ばすための疑似ドラゴンブレス発射装置だ」
事も無げに言い放つランディに、「気にするぅー!」とキャサリンが掴みかかった。
「気にするワードのオンパレードじゃない。嘘よね?」
ランディの頭をガクンガクンと揺らすキャサリンの背中に……。
「さあ、どうかのう」
……とこれまた悪い笑い声が響いた。リズだったら止めただろう流れを、エリーが加速させていく。
「お主も見たじゃろう。あの禍々しいオーラを。あれこそがリズの――っちょ、待たんか」
どうやらランディとエリーの悪ノリに、リズからストップが入ったようだ。一つの身体で忙しいエリーであるが、当のキャサリンは完全にドン引きだ。
「聖女様、これエリザベス様に媚びて許して貰ったほうがいいんじゃない?」
背後からかけられたレオンの声に、キャサリンが思わず
「エリザベスさ……っぶなーーー!」
紡ぎかけた言葉を思い切り飲み込んだ。
「媚びたらぶっ放されるじゃない。アイツ『殴ろう』とか言ってたのよ? 絶対ぶっ放すわよこの場で!」
キャサリンが鬼の形相でレオンを振り返った。
「そもそもアンタは味方でしょ! なに貶めようとしてんのよ!」
レオンに掴みかかるキャサリンに、「ちょっと面白かったんで」とレオンが舌を出している。
ようやく現れた呆れ顔のリズが、「嘘ですよ」とキャサリンに微笑みかけ、冬休みの出来事を説明してようやく事態が収束へ向かってきたわけだが……。
「怪しい」
完全に疑心暗鬼のキャサリンが、サッとその身をレオンの後ろに隠した。そのくらいあの紫黒のオーラが、凶悪だったので仕方がない。
「いえいえ。本当に、ただ興味本位で作っただけで」
「興味本位であんな危ないのが出来るとか、アンタぶっ飛びすぎよ」
呆れ顔のキャサリンだったが、何かを思いついたようにランディを振り返って、意味深な笑みを見せた。
「これは尻に敷かれるわね」
してやったり。そんな表情のキャサリンに「うっせ」とランディが顔をしかめた。
そうして五人ではしゃいでいる間に、調査は進み……山側から調査していた調査員達が、一人また一人と、同じ場所に集まってくる。それは山道へと続く途中の脇、お誂え向きにポッカリと開いた何も無い空間だ。
とは言え集まった面々の顔は渋い。数人が少し離れた場所で再び調査をするが……首を傾げて戻って来るだけだ。
「何か分かったか?」
首を傾げるアイリーンに、一人の女性が頷いた。
「ちょうどこのあたりに向かって水脈が流れているんですが……」
そうは言うが、項垂れる調査員の女性が続けるのは、少し先から水の流れが捉えられないという事だ。
「恐らく更に深層へと流れ込んでると思います」
これ以上の深度の調査は、調査員達の魔力では無理らしい。
「ちなみにじゃが……今の深度はどの程度じゃ?」
「えっと……一二〇〇くらいでしょうか」
女性の言葉に「一二〇〇か。分かった代わろう」とエリーがニヤリと笑った。
「ここに魔力を流せば良いのじゃろう?」
「は、はい」
おずおずと頷く女性をよそに、エリーがゆっくりと魔力を通す……中央に置かれた鏡の中で波が動き出し、様々な形を作りはじめた。
「……サッパリ分からん」
「アンタが分かれば専門家は要らないでしょ」
呆れ顔のキャサリンの目の前で、調査員達が真剣な表情で良く分からない波を見つめている。
「深さはどの程度じゃ」
エリーの言葉に、「えっと、今で深度一二〇〇程です」と女性が鏡を見ながら応えた。
「ではもう少し魔力を込めるぞ……」
エリーが魔力を更に込めると、鏡に映る波形がまるで水の流れのようにゆっくりと動きはじめた。
「あった。地下水脈だ。今で一六〇〇程度です」
顔を上げた調査員の言葉に、「良い深さじゃ」とエリーが頷いた。ランディ達からしたら温泉が発掘できそうな目処が立ったわけだが、当の調査員達は別の事に夢中だ。
「この多孔質層は、大昔の噴火の跡か何かかな?」
「これだけの地下水脈ですから、風化した可能性もありません?」
「いや、数万年前の川の跡かもしれんぞ」
今まで見れなかった深度を垣間見たその道の専門家たちは、今だけは全員オタクの顔をしているのだ。
その証拠にランディ達が今から温泉を掘るという段になって、エリーに是非鉱山の調査への同行を申し出るくらいだ。
「あなたの魔力が必要なんです」
「お願いします」
めちゃくちゃ懇願されるエリーが、顔をしかめて「ええい、やめんか」とランディの後ろに隠れた。
「魔力だけでよいなら、聖女の小娘でも連れて行けばよいじゃろ」
キャサリンを指差すエリーに「アタシ?!」とキャサリンが肩を跳ねさせた。
「お主もある程度の魔力量があるじゃろ。少なくとも、そこの連中よりは多いぞ」
その言葉に調査員達のターゲットが、キャサリンへと切り替わった。
ただキャサリンとエリーの違う点と言えば……
「聖女様」
「お願いします」
「折角の機会です」
……と懇願されては「仕方ないわね」と満更でもない顔で頷く点だろうか。
「アイツすげーチョロいよな」
「ちょっと心配になりますね」
戻ってきたリズも呆れ顔である。
「仕方ないんで、俺が一緒についていきますよ」
ため息混じりのレオンだが、何だかんだで頼られてそれに応えるキャサリンを見る顔は嬉しそうに見える。
「んじゃ、そっちは頼むぞ。俺達は温泉を掘ってるからよ」
手を挙げるランディに「うす」と答えてレオンはキャサリン達に合流していった。アイリーンを先頭にしながらも、「アンタ達行くわよ!」と既にリーダー面のキャサリンだが、本人が楽しそうなので良いだろう。
「じゃー。連中が帰ってくるまでに、ある程度形にするか」
「そうですね。三人で頑張りましょう」
両拳を握りしめるリズに、ランディも大きく頷いた。
太陽がちょうど真上に来た頃、三人の温泉作りが始まった。




