第178話 幕間 友達って気がついたらなってるもの
「ちょっとアンタ達、どこ行ってたのよ!」
開口一番、城中に響き渡る怒声を張り上げたキャサリンに、ランディとリズは顔を見合わせ、「どこって……」と首を傾げて口を開いた。
ランディとリズは今、ヴァルトナー侯爵邸と言う名の城のホールに帰ってきたばかりだ。襲撃の汗や色々を落とすために、自宅へ帰ってひとっ風呂浴びてから。ゆえに……
「風呂だけど」
「はい」
としか言いようがないのだが、不思議そうな顔の二人に、キャサリンの顔が見る間に赤くなっていく……
「ふ、風呂って。アンタ達、もうそういう仲だったの?」
赤らめた顔を「破廉恥よ」と覆うキャサリンに、ランディが盛大なため息を返した。
「馬鹿かお前は。普通に家に帰って別々の風呂に入っただけだ」
「別々の……?」
首を傾げたキャサリンに、ランディが自分たちの家に風呂を作った事を説明した。
「な、なんだ。それなら最初からそう言いなさいよ」
まだ顔が赤いキャサリンが、「一緒にお風呂に入ってるかと思ったじゃない」と二人を見比べてまた顔を赤くした。
「一緒の湯船ではありませんけど、壁越しにお話は出来ますよ」
微笑むリズの姿に、「う、うらやましくないんだからね!」とキャサリンがまた顔を覆う。何とも賑やかな娘だと思うが、思った以上に元気そうな姿にランディもリズも顔を見合わせ微笑んだ。
「なに笑ってんのよ」
口を尖らせるキャサリンに、「いや」とランディが首を振って笑顔を見せた。
「頑張ったって聞いたが、意外に元気そうだな、って」
肩をすくめたランディに、キャサリンが「あ、当たり前でしょ」と勝ち誇ったように胸を張った。
「これでも聖女なの。トーゼンよ。トーゼン」
高らかに笑うキャサリンだが……
「そのあと聖女口調で話したら、アイリーン様に『ぶん殴るぞ』って言われてましたけどね」
ため息混じりのレオンが、聖女口調をアイリーンに指摘されて落ち込んでいた事を暴露した。
「う、うるさい! アタシは可愛いと思ってたの!」
「ああ、あれか……」
ランディも苦笑いで、あの微妙な話し方を思い出した。どうやらリズも思い出しているのだろう、ランディの隣で「アレは……」と苦笑いが止まらない。
「つーか、アレなんだな。てっきり男に媚を売ってると思ってたんだが」
「そんなワケないじゃない。仮に男に媚を売るなら全然違うわよ」
鼻を鳴らすキャサリンに「へぇ」とランディが興味深いと瞳を輝かせた。
「使い分けとか出来んのか?」
「出来るわよ。この恋愛マスターのキャサリン様を舐めてんの?」
勝ち誇ったキャサリンの笑顔に、「どこがだ」とランディが呆れた顔を見せた。
「そこまで言うなら見せてみろよ。恋愛マスター」
嘲笑めいたランディに、「良いわよ」とキャサリンが、二度三度咳払いの後、表情を作った。ちなみにその作った表情の時点で、ランディがイラっとしたのは秘密だが、キャサリンはそんな事など知らないと言った素振りで、零れ落ちそうな瞳をうるうるとさせた。
「キャシ〜ぃ、もう疲れちゃっ――」
うるうるしていた瞳を、思い切り見開き、「ちょーーーーっとぉ!」とキャサリンが頭を抱えてかがみ込んだ。
かがんだキャサリンの頭上を、ランディの平手打ちがゆっくりと通過する。
「あぶなっ! アンタ、打つ気だったでしょ!」
目と眉を吊り上げるキャサリンに、「すまん。イラッときた」とランディが軽く頭を下げた。
「アンタが殴ったら、アタシ死んじゃうじゃない!」
「大丈夫だ。かるーくだから」
「軽くでも死ぬわよ! ゴリラの軽くは人間には致命傷なの!」
「だーれがゴリラだ」
顔をしかめたランディに、キャサリンがサッとリズの後ろに隠れた。
「そもそもアンタ感覚ズレてんじゃないの? ゴリラだし」
リズの後ろでプンスコ怒るキャサリンだが……
「ごめん。聖女様、俺もイラッときた」
「あ……私も……です」
……立て続けにレオン、リズにも否定され「嘘でしょ?」とキャサリンがヘナヘナとその場に崩れ落ちた。
「お前、その知識どこで仕入れたんだよ」
「……少女漫画に決まってるじゃない」
口を尖らせるキャサリンが、国民的少女漫画の雑誌で、昔からライバルキャラが好きだったことを語りだした。
「あの娘達だいたい男の子にモテるじゃない。だから――」
なおも口を尖らせているキャサリンだが、この場にはランディ含めて少女漫画が分かる人間が一人もいない。ただ何となく、全員が「参考にするやつを間違えてる」という認識だけは共有している。
「まあお前が無駄知識ばっかの、恋愛経験ゼロだということが判明したわけで……」
「はあ? アンタよりマシですぅ!」
眉を釣り上げるキャサリンだが、ランディは「そーですね」と歯牙にもかけない。
「つーか、キャサリン嬢がアホだということは分かったが、結局使い分けなんて出来てねーってことだよな」
首を傾げたランディが、「違いが分かんなかったし」と続けた。
「そうですか? 結構違った気がしましたけど」
「マジで?」
「俺も分かんねーす」
男二人は分からないが、リズには違いが分かるという。何とも奇妙な現象に、ランディとレオンが顔を見合わせ、同時にリズを見た。
「ちなみに、具体的に言うと、どの辺が――?」
妙な事が気になるランディだが、気になる物は仕方がない。だが疑問を向けれたリズも「具体的にと言われると……」と困り顔で腕を組んだ。
しばし唸っていたリズが、「敢えて、ですが……」と眉をハの字にしながら口を開いた。
「敢えてですよ、敢えて」
念押しするリズに、ランディもレオンも、そしてキャサリン本人までもが興味深そうに顔を向けた。
「敢えて言うなら……」
「言うなら?」
「『殴りたいなー』って思うのがいつもの聖女キャサリン様で、『よし、殴ろう』って思うのが媚びてるキャサリン様です」
リズから紡ぎ出されたとんでもない発言に、全員が一瞬呆け……
「は、はぁあああ? アンタ喧嘩売ってるわけ?」
「だから、敢えてっていったじゃないですか」
困り顔のリズに迫るキャサリン。今にも噛みつきそうなキャサリンに、ランディが「まあ待て」と二人を引き離した。
「キャサリン嬢、今のは重要な証言だぞ」
「どこがよ! 結局殴られるんじゃない!」
火すら吹きそうなキャサリンに「いやいや」とランディが首を振った。
「〝殴りたい〟と〝殴ろう〟は全然違うぞ」
「五十歩百歩でしょ」
尚も顔をしかめるキャサリンだが、ランディもまた首を振る。
「この証言を仮説とすると、他の人間にも同じ効果があるか確認したいな」
「何のために……馬鹿なの?」
もはや怒りを通して呆れ顔のキャサリンに、ランディがニヤリと笑った。
「仮説を立てたら検証する。それがものづくりにとって大事なことだ」
「ものづくり、関係ないんだけど」
口を尖らせるキャサリンに、「いやいや。立派な聖女像を作ると思えば」とランディがそれっぽい事を言う。
「てなわけで……」
ランディが視線を動かすと、そこにはホールを通り抜けようとするアイリーンが居た。
「アイリーン様!」
手を挙げたランディに、アイリーンが首を傾げながら近寄ってくる。
「どうしたんだ?」
爽やかな笑顔のアイリーンに「ちょっと」とだけ言ったランディが、キャサリンを振り返った。
「聖女モード」
「アイリーンさまぁ、お忙しいところすみませんー」
意外にノリノリのキャサリン。その挨拶に、「う、うむ」と頷いたアイリーンだが、その顔は若干難しそうなものだ。
「キャサリン嬢、やはりその話し方は――」
「媚びてるモード」
「アイリ〜ンさまぁ、キャシ〜ぃ――ひゃああ」
剣の柄に手をかけたアイリーンに、キャサリンが慌ててレオンの後ろに隠れた。キャサリンの行動で、ようやく自身の状況に気がついたアイリーンが、「すまない」と慌てて頭を下げた。
「我が家の恩人に対して、何と言う……」
自分の両手を見てワナワナと震えるアイリーンが、キャサリンとランディを見た。
「い、今のは……もしかして、【真理の巡礼者】が開発した、新たな精神攻撃では?」
困惑した表情のアイリーンが不憫で、ランディは笑いを堪えながら事情を説明した。
「なるほど……それは何と言うか……」
アイリーンがキャサリンに向ける視線は、残念なものを見るようなそれだ。だが、自分のその失礼な視線に気がついたのか、「あ、いや……」と取り繕うに慌てはじめた。
「つ、使い方次第では、非常に有益かもしれんぞ」
慌てたように話すアイリーンに「例えば?」とキャサリンが首を傾げた。
「例えば……」
考え込むアイリーンが、しばらく唸ったかと思えば、「例えば?」とランディに視線を向けた。まさかのキラーパスに、「え゙」と声がもれたランディだが、そのせいで全員の視線がランディへと集まった。
「た、例えば……ヘイトを集めてタンクとして――」
「アタシ、ヒーラーなんだけど」
鬼の形相のキャサリンから、「ですよねー」とランディが顔を背けた。
「もう良いわよ」
すねたように外方を向いたキャサリンに、ランディ達四人が顔を見合わせた。
「馬鹿にするみたいで悪かったな」
ランディ達が頭を下げるが、キャサリンは頬を膨らしたまま前を向くことはない。
「こんな事言えた義理じゃねーが、いつも通りのお前が一番良いと思うぞ」
「はい。私も」
「俺も」
三人の言葉に「何よ今更」とキャサリンはツンと横を向いたままだ。
流石におちょくり過ぎた、とランディは「悪かったな」と再び謝罪をして、アイリーンが出てきた廊下へと足を向けた。
残されたアイリーンが、キャサリンの横顔をみて「フフッ」と微笑んだ。
「いい友人だな」
「友人じゃ――」
ない。そう言いかけて、でも言葉が出なかったキャサリンに、「友人、なのだろう?」とアイリーンが微笑んだ。
「駄目な部分を隠さず指摘してくれるんだ。得難い友人だと思うが」
「まあ……」
歯切れの悪いキャサリンだが、少しだけはにかんだ顔を隠すように俯いた。前世で友人だと思っていた連中は、表では聞こえの良い事を言ってくれた。
だが知っている。裏で「アイツ、ムカつくよね」と言われていた事も。
それを包み隠さず、「イラッとする」と面と向かって言ってくれるランディやリズ、そしてレオンは、キャサリンにとってかけがえのない存在だと分かっている。
「まあ、からかい過ぎだとは思うが……君もその分遠慮なく文句を言えるだろう」
「それもまあ……」
本音をぶつけ合える存在の、なんと心地よいことか。それをまさかライバルの悪役令嬢と共有するとは思っていなかったが。
「おい、キャサリン嬢!」
不意に廊下の向こうからかけられた声に、キャサリンが顔を上げた。
「閣下の尋問とか調査が終わるまで、お前もやることねーだろ?」
廊下の先でランディとリズ、そしてレオンが笑顔を見せている。
「暇だし、俺ん家行って温泉掘らねー?」
「はぁ?」
突拍子もない誘いに、思わずもれた巨大な疑問符。だが、あまりにも楽しそうな誘いに、身体がウズウズとしているのは隠せない。
「なんでアンタん家なのよ」
「そりゃ、ここを勝手に掘ったらマズいだろ」
いくらロルフが大らかとは言え、急に温泉など掘り出したら怒られる。なんせヴァルトナーは国境かつ、立ち入りの許されない軍事施設も多いのだ。
「お前も日本人だし、温泉好きだろ? 冬休みにちょいと怪しい場所見つけててよ」
手招きする三人に、「仕方ないわね」と口角をピクピクさせながら、キャサリンが早足で歩き出した。
「い、一番風呂はアタシだからね!」
ランディ達に合流するキャサリンの背中に、アイリーンが「フフッ」とまた微笑んだ。
「いいものだな。落ち着いたら私もミランダ達と――ちょっと待て、温泉だと?!」
気になるワードに食いついたアイリーンが、ランディ達を引き止め、ロルフに話を通しに行ったのは……もちろん次のお話。




