第176話 あれ? ダイジェストみたいになるんだけど
街灯も霞む吹雪の中、ランディとロルフは郊外にある大きな建物の前にたどり着いていた。あの逮捕劇からほとんど間を空けぬ訪問だが、しっかりと連中が在宅な事も確認済みである。
あとは二人で乗り込むだけなのだが……
「一応確認だけはするからな」
小さく吐き出されたロルフの言葉に、ランディも「ええ」と頷いた。
十中八九黒だが、一応違った場合も考慮しておく必要がある。それにランディ達は、連中のアジトにどれだけの一般人がいるかまでは掴んでいない。
(アジトに洗脳済み一般人を置いとくとは思えんが)
様々な状況から、ランディがそう判断を下した頃、ロルフが建物の入口を丁寧にノックした。
静かだった建物が、少しだけ慌ただしさを見せ……そうして入口の扉が小さく開いた。
「こ、これは侯爵閣下。このような時分に何のご用でしょうか?」
明らかに驚いた様子の男だったが、今は揉み手を見せて呼んでくれればいつでも行く、という旨の事を繰り返している。
「どうしても諸君に聞きたい事があってな。私が聞きたいのだ。出向くのが筋だろう」
ニヤリと笑ったロルフに、「へ、へぇ」と男が声を上ずらせて頷いた。
「さて。聞きたいことがあると言ったが……貴様ら【真理の巡礼者】は、何を企んでいる?」
どストレートな質問に、男の顔が一気に歪んだ。
「な、何のことでしょうか?」
引きつった笑みの男に、ロルフが「顔に書いてあるぞ」と鼻を鳴らした。男が扉を閉めようとするも、ロルフが握った扉はピクリとも動かない。完全に自白するような行動だが、ロルフは急に扉から手を離した。
勢いよくしまった扉……をロルフが思い切り蹴破った。
重く大きな扉が吹き飛び、向かいの壁とぶつかり建物全体を大きく揺らす。
「ヴェリタス商会。いや【真理の巡礼者】。侯爵家嫡男および夫人への暗殺未遂疑惑による強制捜査を実行する」
吹雪とともに建物へと入り込んだロルフを、何人もの男たちが取り囲んだ。
「いくら侯爵と言えど、こんな事が許されると思っているのか?」
殺気を放つ男たちを前に、ロルフが「阿呆め」と口角を上げた。ざっと見渡す限り、一般人の姿も気配もない。ランディとロルフの予想通りの布陣は、二人にとっても好都合である。
「貴様ら全員を殺してしまえば、誰も私の行動を非難出来まい」
どちらが犯罪者か分からない発言に、男達が懐から刃物を取り出した。しばし睨み合う両者……完全に全て確認出来たロルフが、笑顔を見せた。
「どうした? かかってこい――」
殺気が見えるロルフの笑顔に、「やっちまえ!」と誰かが叫んだ。
ロルフめがけて一斉に飛びかかった男たち……だが、ロルフの両腕がわずかにブレただけで、数人の頭が吹き飛んだ。
文字通り、吹き飛んだ。
飛び散る血と脳髄が床と壁を赤黒く染める。
それでも男たちは止まらない。
仲間すら盾に、絶え間なくロルフの死角を狙って攻撃を繰り出そうとしている。
(いやー。スゲーわ【北壁】。マジで壁だな)
そんなロルフの戦いを見ているランディは、扉付近で暇を持て余していた。【北壁】とはもちろん例えなのだろうが、今見せているロルフの戦いぶりは、本当に壁と言って差し支えがない。
なんせロルフの後ろへいるランディには、まったく相手が回ってこないのだ。ロルフの後ろへ回る刺客もいるが、それでもロルフを相手にするだけで手一杯だ。
元々ロルフのサポートのつもりでついてきたランディだが、まさかここまで仕事がないとは思わなかった。
まさに〝ちぎっては投げ〟を体現するロルフ。完全に壁のように相手をせき止める姿は、味方からしたら頼もしい限りだろう。
突入からものの数分で、一階店舗部分は完全に破壊しつくされ、濃厚な血の臭いが立ち込める地獄と化していた。
「ふむ。降りてこんな……」
「上まで来いってことでしょう」
壊れた扉と割れた窓から、店内へ入り込む吹雪。それでも隠しきれない惨状の中、ランディとロルフは上に向かう階段へと足を向けた。
ブーツの底が奏でる「ヌチャ」という不快な音が、階段に響く。
その音が少しマシになった頃、二階へたどり着いた二人の目の前には、一階部分と同じ、ぶち抜きワンフロアの店舗が現れた。
とは言え店舗の中で二人を出迎えてくれたのは、ショーケースに入った宝石でも、着飾った販売員でもない。
「ようこそ。ヴェリタス商会へ」
ニヤニヤと笑う長身痩躯の男だった。
「ヴェリタス商会長……エリオット、だったか?」
眉を寄せるロルフに「これは光栄ですね」とエリオットが恭しく頭を下げた。
「かの高名なヴァルトナー侯爵閣下に、覚えて頂いていたとは」
大げさな素振りのエリオットが、「ですが……」とその瞳を細めた。
「営業時間外に、行儀の悪い訪問されちゃったら、僕としてもそれなりの対応をするよ」
口調を変えたエリオットが指を鳴らした瞬間、ランディ達を中心に、扇形の布陣で魔法士が現れた。
「【北壁】……その二つ名の真価を見せてくれるかな」
エリオットがニヤリと笑うと、魔法士達が一斉に魔法を唱える。炎に風、氷に岩、そして雷と、種類こそ様々だがそこに込められた魔力の大きさは、ランディでも分かる程だ。
(……累唱だったか。城でエリーも言ってたからまさかとは思ったが)
ランディの中でも、自分を襲った連中と【真理の巡礼者】とが完全に繋がった瞬間だ。
「存分に味わってよ」
エリオットの号令で、ロルフとランディへ向けて無数の魔法が襲いかかった。
フロア全体を衝撃と舞い上がったホコリが包み込む。
「わお。やっぱ一斉射撃は壮観だねー」
吹き付ける風とホコリにエリオットが笑顔を浮かべた瞬間……ホコリを突き破って、巨大な手がニュっと伸びてきた。
慌ててバックステップで距離を取ったエリオットだが、伸びてきた指がエリオットの顔面を掠める。
仰け反ったエリオットの目の前には、ほぼ無傷で腕を振り抜いたロルフの姿があった。
「へぇ。やっぱ二つ名は伊達じゃないって?」
笑顔をわずかに歪めたエリオットに、ロルフがまた迫った。
振り下ろされた拳がエリオットを捕らえる。
床に叩きつけられ、無惨な姿になったエリオット……だが、次の瞬間その姿が人形に変わった。
『危ないなー』
上から降ってきた声に、ロルフが無言で天井を突き破って上階へ。
ようやくホコリが晴れた頃には、これまた無傷のランディが大量の魔法士とともに一人取り残されていた。
「あーあー。閣下激怒だな……」
ぶち破られた天井に「なんまんだぶ」と両手を合わせていたランディだが、その顔を一転悪い笑顔へと変えた。
「さてと……置いてかれた者同士、仲良くしようぜ」
嘲笑を浮かべたランディに、魔法士部隊が再び魔力を込めはじめた。ランディを中心に再び魔法を顕現させた魔法士に、ランディは「あのさ……」とため息をついた。
「お前らそれ、遅すぎて使い物にならねーだろ」
それだけ言ったランディが、飛び上がった。
天井へ着地したランディに、魔法士が「上――」と口走った瞬間、天井が弾ける。
重力加速度も味方につけたランディの飛び蹴り。
その一撃が、一人の上半身を引きちぎる。
扇の真ん中をぶち破ったランディが、「今回は服を燃やしたくねーからな」と笑ったかと思えば、魔法士達の身体が次々に弾け飛んで行く。
一瞬で全ての敵を屠ったランディが、「フー」と大きなため息をついた。
「で? おたくはいつになったら相手してくれるの?」
ランディが振り返った先には誰もいない。……が、虚空から現れるように一人の老人が姿を現した。
「素晴らしい探知能力です。敵ながら賛辞を送りましょう」
手を叩く老人に、ランディが再びため息をついた。
「アンタに褒められてもな……同じ爺なら、うちにいるぶっ飛んだ家令に褒めてもらいたいんだが」
ランディの嘲笑に、「家令と同じにしてもらっては」と老人が嘆息混じりに首を振った。
「んで? やるのか、やらねーのか?」
言いながらも手招きするランディに、老人がニヤリと口角を上げた。
「そんなに【北壁】が心配ですかな?」
「いや。早く行かないと、情報吐かせる前に閣下がぶっ殺しちゃいそうだからよ」
嘲笑を返すランディに、「何を馬鹿なことを」と老人がため息を返した。
「エリオット様は【蒼翠の叡智】と呼ばれるお方。あのような力だけの男では――」
老人の言葉をかき消すような振動が建物を揺らした。どう考えてもロルフの元気いっぱいな一撃に、「ほらな?」とランディが苦笑いを見せた。
「流石は【北壁】ですか……まあ良いでしょう。あなたを殺して、私が追いかければ万事解決です」
老人が腰を落としてサーベルを構えた。
「我が名は【幻刃】。【幻刃】のモルファス。私に殺される事を光栄に思いながら死になさい」
老人の姿が消えたかと思えば、ランディの頬をサーベルの切っ先が掠めた。
切っ先が引き戻される前に、サーベルが霧のように霧散していく。
『さあ。我が【幻刃】をいつまでかわせますかな』
フロア全体から響く声に、ランディは首を鳴らして腰を落とした。
「そーすい だか、げんじん だか知らねーが。二つ名のデパートかよ。価値が暴落中だぞ?」
嘲笑めいたランディに、モルファスは何も応えない。
「まあいい。さっさと掛かってこいジジイ。ランドルフ・ヴィクトールが相手になってやるよ」
ランディの言葉に呼応するように、再びサーベルが姿を現した。
☆☆☆
エリオットの声を追って上階へと飛び上がったロルフは、暗闇に包まれていた。
『いやー。馬鹿で助かったよ。流石に僕も真正面からじゃ分が悪いからさ』
暗闇全体から響く声に、ロルフが腰を落とした。
『それじゃあ行くよ――』
感じる気配へロルフが拳を振り抜く。
拳に何かを捉えた感触があった。……が、
『残念。それは偽物だよ』
どうやらまた人形か何かだったようだ。
その後も何度拳を振り回しても、正解に当たることはない。
この暗闇は、エリオットが作り出した、魔術的な空間のようだ。階下からの物音も聞こえない。そして広さが測れない不思議と静かな空間は、ロルフをしても感覚を狂わせてしまう。
『【北壁】が聞いて呆れるね。勇み足で術中にハマるんだから』
暗闇から聞こえた嘲笑に、ロルフが「フン」と鼻を鳴らした。
「この程度、想定済みだ」
右拳を握りしめたロルフが、それを思い切り真下へ叩きつけた。空間全体が大きく振動し、暗闇にヒビが入っていく。
まるでガラスのようにガラガラと崩れ落ちたそれに、ロルフが「他愛ないな」と目の前に現れたエリオットを睨みつけた。
「……〝虚無の牢獄〟を破るとはね」
言葉こそ余裕ぶっているが、その顔に見えるのは紛れもない焦りだ。
「じゃあ、今度は最大出力で――」
エリオットの背後からロルフへ向けて黒が覆い……かぶさらんとするそれを、ロルフが腰のマジックバッグから引き抜いた戦斧で叩き割った。
「最大出力がどうした?」
戦斧を床に下ろすだけで、地響きが建物を揺らす。どう考えても格が違う。ようやくその事に気付いたエリオットが、「やってられるかよ!」と煙幕を放り投げた。
逃げようと後ろへ大きく飛び退いたエリオットだが、煙幕を突き破る戦斧がエリオットへ襲いかかる。
辛うじて頭を逸らしたエリオットだが、右肩にめり込んだ戦斧がエリオットの右腕を吹き飛ばした。
「ぐっ……」
「敵前逃亡か……みっともないな」
戦斧を担ぐロルフを前に、エリオットは完全に及び腰だ。
「まて。待ってくれ。取引しよう」
左手を上げたエリオットだが、その肘から先が吹き飛んだ。
「あぁああ! この馬鹿やろう! こういう時は――」
エリオットの右足が吹き飛ぶ。
「取引だろう。ならば疾く有益な情報を話すと良い。貴様が無駄口を叩く度、その身体が小さくなっていくと思え」
戦斧を担いだロルフに、「手を引く」とエリオットが肘から先のない腕を、再び上げた。
「俺達【真理の巡礼者】はヴァルトナーからは手を引く」
「嘘だな――」
ロルフの戦斧がエリオットの胴体を上下に引き裂いた。
☆☆☆
「げんじん……原人だったっけ?」
首を傾げるランディの前で、モルファスは肩で息をしている。
「悪いけどキース、アーロンさん、あとうちのジジイの三人で、強い爺枠は埋まってんだわ。だからよ――」
ニヤリと笑ったランディを前に、モルファスが「馬鹿な。馬鹿な馬鹿な」と喚きながらサーベルを構えた。
「お前には見せ場も時間もやれねーよ」
ランディが床を踏み切る。
慌てて霧になるモルファス……だが、
ランディの大ぶりな一撃が、周囲の空気を大きく動かした。
ありえない勢いで揺らされた空気に、モルファスが堪らずその姿を現す。
「あ、ありえん。霧になった私を空気ごと揺らすなど……」
「鍛え方が違うんだよ」
鼻を鳴らしたランディが、モルファスへ拳を振り下ろした。
叩きつけられたモルファスの身体が、床を突き破って階下へ。
大きく空いた穴から飛び降りたランディが、グシャグシャになったモルファスを持ち上げ、「何だ。終わりか」と放り投げた。
完全に即死のモルファス。それでもランディ相手に、身体が残った人間は久しぶりだ。
(伊達に二つ名持ちじゃねーってか。だが……)
ランディは、辛うじて人と分かるモルファスの死体に、興味をなくして背を向けた。
「二つ名ってよ……人が呼ぶから格好いいんだろ? 少なくとも俺の知ってる連中は、自分の二つ名をひけらかしたりしねーよ」
ため息を残したランディが、ロルフを追いかけるために、自分が空けた穴へと飛び上がった。




